杉並「住基ネット裁判」報告(19)最高裁に上告 2007年12月12日
1.杉並区 最高裁に上告を決定
杉並区は、2007年11月29日の東京高裁での「住基ネット受信義務確認等請求訴訟」敗訴判決を受けて、12月10日に上告することを決定し、12月12日上告の手続きを取りました。今後は2008年2月上旬を目途に上告理由書を最高裁判所に提出する予定としています。
12月12日、杉並区サイトに、区長のコメントと上告理由が掲載されました。
また広報すぎなみ12月21日号にも、同文の上告理由が掲載されています。
杉並区は高裁判決の問題として以下の5点を指摘し、「高裁判決はまったく不当なものであり、到底受け入れられるものではありません」としています。
(1)経済的請求以外で、区が国や都を訴えることはできないとされたこと
(2)区民の権利の代弁者としての区の立場が否定されたこと
(3)住民基本台帳法上の裁量権が否定されたこと
(4)自治体の法令解釈権が否定されたこと
(5)IT社会が進んだ今日では当然のものとされる憲法第13条に基づくプライバシー権を全く認めなかったこと
この裁判について杉並区は、「健全なIT社会を築く」ことと「自治と分権の発展」という意義を述べてきました。
高裁判決がもっとも不当なのは、住基ネットについて当初目的とされた住民サービス向上には役立っていない一方で、データマッチングの危険性が高まっているという現実を認識せず、行政効率化に役立ちそのためには全員参加が必要、と断定している点です。
しかし区の指摘する問題点は「自治と分権」に偏り、「健全なIT社会」を阻害する住基ネットの問題点は霞んでいます。
そのためか広報やホームページでの住基ネット訴訟についての説明では、住基ネットの問題点を曖昧にするような表現がされています。
「区民の中には、住基ネットという形で国民の基本的な情報が一つにまとめられることにより、プライバシーが侵されたり、他の目的のために使用されたりすることを恐れる声もあります。住基法はそうしたことを禁止してはいるのですが、不安がぬぐえない人もいるのです。」
あたかも区民が住基ネットを誤解して不安がっている、とするようなこの文は、杉並区自身が裁判で主張してきたこととも矛盾します。杉並区自身が住基ネットは人権侵害だと認識していることを明確にしなければ、そもそも区民の権利を守るために自治的裁量が必要である理由も曖昧になってしまいます。これでは最高裁で勝つ展望はありません。
2.「最高裁で勝っても負けても住基ネットに接続」?!
上告に先立ち、2007年12月5日区議会の「総務財政委員会・区民生活委員会連合審査会」が行われました。この時点では、まだ上告は区の方針として決定していませんでしたが、質問に答えて区長の見解として上告の方向が示されました。その際区長は次の趣旨の発言をしています。
「自分の信念として、財産権の保障とプライバシーの保障は自由の根幹にかかわり、キチッとした対応をしなければ日本全体がおかしくなるという基本的考え方から、住基ネットに警鐘を鳴らしてきた。他方、法律は住基ネットへの参加を強制しており、行政官として法を守る立場があり、自分の信念と法を執行する立場との難しい所にいる。
今回の問題は法の中でどこまで認められるかということを争っている。その点で高裁判決は時代逆行的な判断で承服し難い。将来の地方自治と国民の自由に対して、このまま法解釈を確定させてしまったら禍根を残す。一定の結論を出さなければならない、それが将来の国民のため、日本の国のため、と考えている。
法の支配ということは、中世から近代にかわる大事な理念であり、法の執行はきちんとやらなくてはならない。最終的に法の判断が下された場合には、当然ながらそれに従っていく。いかに不服であろうがそれはやらなければならない。変えたいと思えば立法に入って法を変えるしかない。それが法治国家のスタンスであり、そこが崩れたら法も何もなく、それは認め難い。」
区は控訴の際には、仮に敗訴してもただちに住基ネットに接続しなければならないということではなく、上告をしない場合でも住基ネットへの接続については改めて区として判断する、としてきました。
今回、最高裁判決が出た場合の区の対応について質問され、副区長等からは「現時点での、仮定の話」との限定をつけつつ、「勝った場合は横浜方式で住基ネットに接続し、区の主張が違法となった場合は最高裁の判断にしたがう」と、いずれであれ住基ネットに接続することになる、との答弁がされました。
区の説明は担当者毎にズレが感じられ、審議は錯綜しましたが、要約すると以下の判断のようでした。
- 今回の判決は横浜方式での送信に都の受信義務がないということだけで、その他は理由の中での判断であり、事実上の効果は生じても法的な効果は生じない。
- 上告せずに高裁判決で確定した場合は、違法だとは言われているが、だからといっては絶対につながなくてはダメということではなく、いろいろな角度から情勢判断していかなくてはいけない。
- 判決の規範力や拘束性という点からは、上告せずに高裁判決で確定しても最高裁で敗訴しても、ただちに接続しなくてはならない、というものではない。
- しかし高裁と違い最高裁は三審制の最終審であり、その判決は尊重していくことが必要と区として判断としており、行政の立場でそれに従うことが当然と現時点で考えている。
要するに、最高裁で敗訴しても法的な接続義務は生じないが、区の姿勢としていかなる判決であれ最高裁判決は尊重し従う、ということのようです。
しかし「横浜方式」での接続を求める訴訟の結果がでれば、すぐに住基ネットに接続するというのは、筋が違います。
上告を報じる区広報の冒頭にあるように、今回の住基ネット訴訟は「住基ネットの安全性を区長が総合的に確認するまでの間、住基ネットへの接続を希望しない区民の意向も尊重し、当面、接続を希望する区民の情報だけを住基ネットに送信すること」を求めたものです。高裁の判決は、このような裁判を杉並区が起こすことはできないこと、そして「希望者のみの送信」は住基法に規定がないという内容です。
現在の住基ネット非接続状態が「違法」だとは、司法は未だ判断していません。国・都は違法だと主張するだけで、杉並区に対して地方自治法にもとづく違法な措置の是正要求はしておらず、この是正要求をうけての裁判は行われていません。
杉並区は控訴審で「(第三者機関が)存在しない現状では、自分の情報を守るための最終手段として、住基ネットからの離脱を選択する自由が保障されるべきことが、憲法上のプライバシー権保障の帰結である」と、住基ネットへの全員参加の強制は違憲だと主張してきました。
であるなら、「確固とした個人情報保護措置」が整備されそのような違憲状態が解決されたと判断するまで、「横浜方式」が実現できなければ住基ネット非接続を継続すべきです。行政として司法の判断に従う、というのは、その杉並区の住基法の解釈が誤りだと、地方自治法にもとづく是正要求を受けた裁判の判決が出された時にいえることです。
3.杉並の会 区長に話し合いを申し入れ
住基ネットに不参加を!杉並の会では、控訴審判決に向けて、山田杉並区長に2007年11月13日、申し入れ書を提出しました。趣旨は、判決後の住基ネット接続の可能性があるなかで、接続する際は、杉並区が裁判で指摘した住基ネットの問題点の解決や横浜方式採用の際に区民に表明した措置などを実施し、区民に接続について判断を求めてほしい、というものです。
高裁判決後、12月18日に区民課長から申し入れに対する回答を受けました。申し入れ書は、山田区長も見ているとのことです。
指摘した個人情報保護のための措置については、現時点で一つ一つ検証していく必要はあり、裁判で憲法上の話をしている以上、最高裁でどういう判断が出るかによって取り扱いも変わってくるが、接続の際はそれらに対する杉並区の判断を区民に説明しなくてはいけないと考えている、とのことでした。ただ2003年6月の横浜方式の発表時から時間がたっており、横浜方式導入時の5項目については、いまの時点でみたときにこれでいいのか、別の方法がいいのか、やる必要がなくなっているのか、などをもう一度見ていく必要がある、との説明です。
また最高裁の判決がでた時の杉並区の対応については、区議会での答弁は、仮定の仮定についての現時点での説明であり、質問の内容と答弁を精査した上で、改めて説明をしたい、とのことでした。
なお接続する場合の実務的な問題として、区議会で「住民票コードの二重付番」が指摘されていたため確認したところ、以下の説明がありました。
住民票コードを付番したのは法律上は平成14年8月5日で、杉並区も平成14年8月1日に区長が不参加宣言するまでは参加の準備をし仮の番号をつけて準備データを送っていた。杉並区が住民票コードを区民に通知したのは、1年遅れて平成15年10月20日。その1年の間に杉並区から出た人は、普通は転出証明書に住民票コードを記載して先方の市町村はそれを受け取って住民票に番号を載せるのだが、杉並区は転出証明書で住民票コードを知らせていなかったので、相手方で新しく番号を振る手続きを総務省の通知でやっている。その間に転出した人は、仮番号と相手方で振った番号を持っている。杉並区としては不参加宣言をした後に、都に仮番号を削除するよう求めたが聞き入れられなかったために、残念なことだが二重になっている。ただこれは技術的に解決できる問題だと考えている。
初版:2008年02月09日
http://www5f.biglobe.ne.jp/~yabure/suginami01/court19.html