杉並「住基ネット裁判」報告(11)杉並区控訴理由書提出 2006年5月26日
1.控訴理由書を提出
杉並区は2006年5月26日、「住基ネット受信義務確認等請求控訴事件」の控訴理由書を提出しました。控訴理由書は、杉並区のサイトに掲載されています。
控訴理由書では、まず、杉並区が「段階的参加」方式で送信した住民情報を都は受信する義務がある、という訴えを、原判決(東京地裁判決)が「法律上の争訟に該当しない」と却下したことに対して、それが依拠した2002年の最高裁判決が法律上の争訟に新たな要件をつけたことを憲法上問題と指摘しています。
さらにこの最高裁判決を前提としても、原判決が区の財産権主体性を否定し、行政権内部の紛争としていることに反論し、法律上の争訟にあたると主張しています。
次に住基ネットについて原判決の住基法解釈の誤りを、二つの論理から指摘しています。
一つは「合憲的限定解釈論」です。住基ネット参加を望まない住民の情報も送信することは違憲であることを、金沢地裁判決を引用して指摘し、違憲にならないようにするためには、憲法第13条に適合するように合憲的限定解釈をし「住基ネットからの本人確認情報の流出等の危険を重視しようと考える住民の個人情報については、市町村長は都道府県知事への通知義務を負わないと解すべき」(控訴理由書54ページ)というものです。
もう一つは、「住基法・地方自治法から導かれる区の裁量権論」です。「合憲的限定解釈論」が認められないとしても、「地方自治法制や個人情報保護法制など関連する法体系との整合的かつ合理的な解釈によれば、住基法上、市町村には、合理的な理由がある場合、一定の情報を送信しない裁量権があるというべき」(54ページ)という指摘です。
そして「横浜方式」について、原判決が「行政事務効率化という趣旨目的を没却する」と認めていないことについては、支障は軽微であるとともに参加市民の利便性享受は可能であると、新たに明らかになった国民年金の現況届の廃止問題を例に指摘しています。
それとともに原判決が「横浜方式は違法」と述べたことに対しては、「実体法としても住基法の解釈として違法と目されるにしても、手続法的には過渡的に適法として当面国にも公認された」(74〜75ページ)と主張しています。
2.住基ネットの「合憲的限定解釈論」
原判決は、「自己情報コントロール権」を内容が不明確で憲法第13条で保障されるか疑問とし、「本人確認情報」については完全に秘匿される必要性が高いものとは言えないとしていました。
これに対して杉並区は、2点の反論をしています。
- プライバシー権が情報技術の発達により「自己情報コントロール権」を含むものとして把握されるようになり、憲法第13条でそれは保障されている
- 住基ネットで送信される本人確認情報には要保護性があり、「行政との関係での利便性よりも,住基ネットからの個人情報の流出等の危険を重視しようと考える住民については,住基ネットにおいて本人確認情報が送信されることは,それら住民の自己情報コントロール権を侵害するものであり,後述のOECD8原則との関係で問題があること,住基ネットの目的や必要性は,それら住民の自己情報コントロール権を犠牲にしてもなお達成すべきものとは評価できない」(控訴理由書31ページ)
住基ネット金沢地裁判決や早大名簿事件最高裁判決を引用しつつこれらの主張をしていて、とくに目新しいものではありませんが、住民をA群(住基ネットの危険性より行政との関係での利便性を重視しようと考える住民)とB群(利便性よりも住基ネットからの個人情報の流出等の危険を重視しようと考える住民」)に分けて、行政の効率化に一定の正当性が認められてもB群のプライバシー権を犠牲にしてまで達成すべき必要性はない、との主張です。
「個人情報コントロール権が個人の権利である以上、その行使は各個人の自由であるから、A群の住民がその考え方をB群の住民に強制することもできないし、その逆もできないはずである」(43ページ)というわけです。
ただ私たちからみれば、全国民の個人情報を集中管理するシステムそのものが問題であり、住基ネットの利便性といわれるものは違う形で実現すべきもので、「参加したくない住民」だけの問題にしてしまうのは疑問です。
3.地方自治法制や個人情報保護法制との「体系的解釈」
原判決は、杉並区の「体系的解釈」の主張に対して、住基法の条文と住基法改正の趣旨から「採用の余地がない」と否定していました。控訴理由書では、住基法全体、地方自治法制との関わり、個人情報保護法体系との関連について「整合的かつ合理的解釈」をすべきことを、次のように改めて主張しています。
住基法では、都への送信を定めた第30条の5は「電気通信回線による」という住基事務執行上の技術的手段にすぎず、第36条の2の「市町村長の適切管理義務」で限定されることを、「技術的基準」で国も事故時の市町村長による応急的切断を合法としていることを例に指摘しています。また原判決が「行政効率化」だけをほぼ唯一の立法趣旨ととらえてプライバシー権を軽視していることを批判しています。
地方自治法制との関連では、地域特性に応じた裁量、自治事務における裁量権などを主張。
個人情報保護では、「住基ネットを通じた本人確認情報データの送信が、目的外利用・提供に該当することは明らか」「(住基ネット接続は)本来的な収集目的の範囲を超え出る目的外の外部提供ないし外部結合に該当するものであると解釈すべき」(控訴理由書65ページ)とし、個人情報保護法制やOECD8原則をふまえた体系的解釈を要請しています。
4.住基ネットは目的外利用・提供
住基ネット問題からはもっとも関心ある目的外利用・提供・外部結合の問題について、控訴理由書の述べるところを紹介します。
まず個人情報保護法制では収集目的の明確化がもっとも重要な出発点であり、それは収集時点で明確にされなければならず、利用はその範囲内に限定されるという「目的明確化の原則」を指摘しています。
そして住民票管理の主目的は「住民の居住関係の公証」(住基法第1条)であり、住基ネットを通じた本人確認情報の多様な行政利用は、収集時には予定されていなかったもので、利用の仕方も高度のセキュリティを要するようなプライバシー権侵害の危険性を内包し、利用される範囲は、全国的かつ広域的であり、「それ故、明確化された収集目的内の利用であるなどと到底言えない」と分析。
したがって「住基ネットを個人情報保護法制と体系的につき合わせるに際しては、これを当初の居住関係公証の収集目的を超えた目的外の利用・提供と位置付けた上で、チェックすることこそが肝要」と述べています。
正しい指摘ですが、ただ原判決は同じ第1条にある「国及び地方公共団体の行政の合理化に資する」という目的を一面的に偏重しており、さらに突っ込んだ反証が必要でしょう。
その上で原判決が住基ネットによる国の機関等への本人確認情報提供・利用を「法律に基づく場合」だからとして無条件に義務づけていることに、次の論理で反論をしています。
- 都道府県知事への電気通信回線を通じた送信を定めた住基法第30条の5は、「単なる行政法治主義の根拠法律規定」ではなく、住民個人情報の目的外利用の根拠規定として位置付けなければならない
- 本人同意なしの目的外提供を根拠づけるものとしての「法令に規定のある場合」は、行政権限行使の根拠法条をすべて指すものと誤解されてはならず、「個人情報保護の見地から懸念なく合理的理由あるものと認められるもの」でなければならない
- 住基法第30条の5が、本人同意なしの目的外提供を根拠づけられる条件を満たしているかは、現行法の体系的解釈の重要課題であり、無条件の義務づけは誤りである
そして住基法が利用事務を法定(別表に列挙)していることで、個人情報保護の仕組みたりえているかについて、「個人情報保護法制の情報法原理的観点からは、国民選挙の議会立法である法律の定めでは、各人の本人同意に代わる意味合いは本質的に弱く」(69ページ)、国会の多数決で国策的に変わると、その不十分さを指摘。また住民票コードを汎用の共通番号制とすることに立法政策的な歯止めが乏しく「名寄せシステム」に対する危機感が原判決にないことを批判しています。
「法令に定めがある場合」について重要な指摘がされていますが、この「目的外提供」やデータマッチングの問題は控訴理由書だけでは展開不足で、今後、意見書等での補強がされるものと思われます。
Copyright(C) 2006 やぶれっ!住基ネット市民行動
初版:2006年08月21日
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