杉並「住基ネット裁判」報告(2)第2回口頭弁論 2004年12月21日
1.法廷でのやりとり
杉並区が「横浜方式」での住基ネット参加を求めて国・都に対しておこした訴訟の第2回口頭弁論が、2004年12月21日午後1時45分、東京地方裁判所713号法廷で行われました。
今回は、杉並区が訴状の証拠説明書(1)及び甲第1号証〜甲第26号証を提出し、国及び東京都が準備書面(1)を陳述しました。
次回は、杉並区が学者の鑑定書・意見書を準備するため、2005年3月15日午前10時40分から行われることになりました。鑑定書・意見書は2月23日までに提出を求められています。
杉並区のwebサイトに当日提出された杉並区の甲号証と国・都の準備書面が掲載されています。
当日の口頭弁論は15分程度の書類や日程確認で、内容の論議はありませんでした。
裁判長からは、「受信義務確認については杉並区が主張し裁判所を納得させるように、国賠請求が不適当というのは国・都が主張し裁判所を納得させるように」という趣旨の発言がありました。
2.訴訟が不適法として却下を求める国・都
国・都の「準備書面(1)」では、まず訴訟が法律上の争訟性を欠くとして受信義務確認と国賠請求の2点とも不適法だと却下を求め、次に杉並区の主張に対する認否を述べています。
「法律上の争訟性を欠く」という点については、次のことを指摘しています。
- 行政機関相互の見解の対立や紛争は行政組織の内部の問題として解決されるべきで裁判所による解決に適さないこと
- 行政主体ないし行攻機関が提起する訴訟は個人の自由や権利利益に関係せず具体的権利義務に関する争いではないこと
機関訴訟については『特に法律に定める場合において法律に定める者に限り提起することができる
』としています。
そして今回の杉並区の2点の訴えは、いずれも実質は住基法上の権限の存否・行使に関する機関訴訟であり、また損害も公行政責任遂行に伴う効果である、と主張。機関訴訟が認められている地方自治法第251条の5、第252条に該当しないことと、私人間の具体的権利義務に関する訴訟ではないことから、法律上の争訟に当たらない、と結論づけています。
山田杉並区長は区議会で今回の訴訟の意義について「国や都道府県と基礎的地方公共団体との紛争解決の方法の一つとして、訴訟による公正な判断を求めるという道筋を明確にすること」を強調してきました。この裁判の適法性の問題は、住基ネットそのものとは関係ないものの、自治体関係者には関心あるところだと思われます。
3.杉並区の住基ネット批判に対する国・都の反論
つぎに国・都側は「準備書面(1)」で、杉並区の主張に対する反論をしています。ここでは興味をひかれたやりとりを、いくつかピックアップします。詳細は「杉並区の訴状と国・都の反論対比」をご覧ください。
(1)「住民票写しの広域交付」「転入転出の特例処理」について
「住民票写しの広域交付」「転入転出の特例処理」は市町村間の直接送信で足りる、という杉並区の主張に対しては、住基ネットで住所地・転出地市町村に本人確認が必要、と反論しています。
現状の住基ネットの仕組みはそうなっているので、杉並区の主張として「現状で直接送信されている」ということか、それとも「本来直接送信でことが足りるはず」ということなのか、今後、明確にしていくことになるでしょう。
なお「住民票写しの広域交付」については、経済産業省の委託によりニューメディア開発協会が2001年度に行った「IT装備都市研究事業」で、東京多摩5市を舞台に富士通が代表研究員となり、住基ネットを使わずに住民票写しを広域交付する実証実験を行っています。
希望者にICカードを交付し、広域運用センターを介して交付申請をし、各市間で直接送信して交付するもので、これでもなんら支障なくできています。こちらの方が全国民のデータを一元管理する必要もなく、自治体責任で実施でき、簡便です。
(2)住基カードの発行枚数について
住基カードの発行が予想を大きく下回ったのは住民が住基ネットの有用性を高く評価していないから、との杉並区の指摘に対して、国・都は次のように反論しています。
『総務省が住基カードの発行枚数について目標を立てたことはない』
総務省の第5回住基ネット調査委員会(2003年7月10日)で、第2次稼働の準備状況として「今年度(2003年度の約7ヶ月間)における交付予定枚数は約300万枚」と公表していたのは何だったのでしょうか。
(3)住基ネット利用事務の拡大について
国等への本人確認情報の提供が今後も拡大されていく可能性があり流出の危険が増加、との杉並区の指摘に対しては、国・都は次のように反論しています。
『本人確認情報を提供する事務が今後拡大される可能性があることは認めるが、その余は争う』
国はいままでは、住基ネット利用事務の拡大は国会の意思による、としてきたと思います。今後の住基ネットの拡大を国として堂々と認めたのは、はじめてではないでしょうか。
(4)プライバシーの権利について
杉並区が住基ネットの問題性の前提として述べているプライバシーの権利や個人情報の法的保護については、国・都はいずれも『事実に関する主張ではないから認否の限りでない
』としています。
杉並区の主張は「住基ネットへの参加を求める」もので、正面から住基ネットの違憲性を主張するものではないので、この裁判ではこの点はあまり争点にならないかもしれません。
(5)提供された本人確認情報の扱いについて
杉並区の「本人確認情報が広汎な行政機関に提供される」との指摘には、国・都は、次のことを挙げ反論しています。
- 提供先は法別表で限定されていること
- 住基法で提供先の安全確保措置と目的外利用等禁止を定めていること
しかし提供先がなし崩しに拡大していく問題とともに、住基法第30条の34は、提供先機関が「別表」の事務に必要な範囲と判断すれば「他に提供」することを認めています。この「他に提供」が何を意味しているのかという疑問は、住基法改正を審議した国会でも質問されましたが、内容は明確になってしません。怪しげな規定です。
「提供を受けた国等の機関がそれを廃棄する定めがない」との指摘には、『本人確認事務が終了した後,当該国の機関等と指定情報処理機関との間で締結されている協定書の規定に基づき,受領した当該本人確認情報を消去
』することになっている、と反論しています。
問題は、そもそも住基法に提供先での「消去」の規定がないことです。提供先機関のデータベースへの住民票コードの付加を認めている以上、現実には死亡時まで消去されない可能性もあります。
(6)住基ネットのセキュリティ上の危惧について
杉並区の「コンピュータ・ネットワークにおいて完全なセキュリティを確保することが不可能」との批判に対しては、次のように反論しています。
『「完全」なセキュリティを確保することが不可能であることは認めるが,....住基ネットについては,必要かつ十分なセキュリティ対策が講じられている。』
いつのまにか総務省はこのような見解を述べていますが、そもそも住基ネット稼働時に片山前総務大臣は、住基ネットの危険性の指摘に対して「住基ネットのセキュリティは万全」「あらぬ想定をして、安全でないとか世の中を惑わす」などと言いまくっていました。いまごろになって「完全なセキュリティは不可能」などと言い出すのは無責任な話です。
市町村では住基ネットのセキュリティ対策に費用をかけにくい、という杉並区の指摘には、『市町村におけるセキュリティ対策費については,所要の財源措置が施されている
』と反論。市町村の庁内LANからの侵入可能性の指摘には、『市町村の庁内LANの接続口やハブの位置については不知
』とし、『住基ネットヘの侵入の危険性及び住基ネットから個人情報が流出する危険性があることは否認
』するとしています。
総務省はこの間、「住基ネット本体」と「市町村システム」を切り分けて、市町村システム部分については「市町村の責任だ」と主張しています。しかし、庁内LANへの接続を国が認めてきた以上、知らないと言ってすむのでしょうか。今後長野県の調査結果を交えての論議がされることを期待します。
CS等に使われているWindows2000のセキュリティの脆弱さについては、次のように主張しています。
『Windows2000であるか否かは,機密保持上,認否することができない。』
住基ネットのセキュリティ統括責任者が不明確で、それは自治事務のために国が全国サーバの管理・運営の主体になれず、地方自治情報センターには住基法上,強力な権限は認められていないから、という杉並区の指摘に対しては、次のように反論しています。
『地方自治情報センターは,法30条の12が定める指定基準を満たし,適正かつ確実に業務遂行を行う能力を有する機関であるし,住基ネットにおいては,関係機関の責任体制が明確に定められている』
杉並区の指摘は、住基ネットの構造的な矛盾を指摘しているのに、国は形式論で逃げた反論です。
(7)「横浜方式」での送信の適法性について
杉並区が訴状で「横浜方式」と記している部分には、国・都の準備書面は、逐一しつこく『「横浜方式」の内容が明らかでないため認否できない
』としています。
横浜「方式」なんてものはない、という気持ちがアリアリと現れている感じです。
杉並区が、地方自治法改正で国と自治体が対等協力関係にあること、そして法定自治事務について国に地域特性に応じた処理の配慮を求めていることを指摘した点については、『事実の主張ではないから認否の限りではない
』と主張。
杉並区が、住基法改正で首長に第36条の2第1項「適切管理義務」が新設されたことを論拠に、少なくとも本人確認情報非通知希望者については送信しない扱いをなし得る、とした点については、国・都は次のように主張しています。
『原告主張の規定の存在は認めるが,その余は争う』
自治体側の住基ネット参加の裁量の法的根拠として住基法第36条の2の解釈を裁判所がどう判断するかは、今後の自治体での運動には大きな影響があると思われ、杉並区側の論証に期待したいと思います。
(8)国賠請求について
杉並区が国の違法行為について、法の下の平等を定めた憲法第14条の精神に反して、一方で横浜市に対しては横浜方式での住基ネット参加を容認しながら,杉並区に対しては妨害している、等と主張した点には、『争う
』のみ。損害についても、『不知ないし争う
』だけです。
そもそも損害賠償についての杉並区の主張は、横浜方式での接続を都が認めないために、機器のリース代が無駄になり、本人確認情報利用事務について住民票写しを無料交付する費用がかかり、転入確定通知の郵券代がかかり、住基ネットで軽減される転入通知事務処理や住民票交付事務処理に人件費がかかっている、というものです。
一方で住基ネットの利便性の乏しさや非効率など不合理を批判しながら、他方、住基ネットに参加できないために通知希望者の利便性と行政効率化が阻害されている、という主張は、理解に苦しみます。
機器のリース代は住基ネットへの接続を断念すれば不要で、住民票の交付も元々は自治体に入っていた交付手数料が住基ネットからの提供になって入らなくなったものです。転入確定処理にしても、郵送するかわりに転入確定情報を住基ネットに入力する手間はあります。損害賠償請求の当否以前に、そもそも何を「損害」とするのか、区民に対して説明が必要ではないでしょうか。
Copyright(C) 2005-2006,2008 やぶれっ!住基ネット市民行動
初版:2005年08月01日、最終更新日:2008年02月10日
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