凡例:〔 〕内は引用者註
杉並区は、2008年8月1日付の区広報すぎなみで、住基ネットへの参加準備を始めることを区民に明らかにしました。
この住基ネット参加は、以下のとおり、杉並区個人情報保護条例第十四条および第十五条の規定によらない目的外利用および外部提供ですので、第二十一条により利用中止を請求します。
なお以下の請求の趣旨を述べるにあたり、杉並区の「住基ネット受信義務確認等請求訴訟」(以下「住基ネット訴訟」と記載)における杉並区の陳述や書面を引用します。この訴訟は本年7月8日の最高裁決定によって、都の受信義務確認については却下、損害賠償請求については棄却という一審・二審の判決が確定し、杉並区の主張は認められませんでした。
その住基ネット訴訟での杉並区の主張を今回引用とするのは、この利用中止請求が杉並区自らが定めた個人情報保護条例の手続きに従った目的外利用・外部提供をしているかを問題とするものであり、杉並区自身がこの問題をどのように認識しているか、という点を明らかにするためです。
したがって、杉並区が個人情報保護条例に則った正しい手続きをとっているか、という点においては、判決結果の如何は関係がないものと考えます。
また利用中止請求の時期について、現時点では住基ネットへの参加が行われていないと思われますが、中止請求が認められるケースとして「①目的外利用・外部提供が継続・反復して行われているとき ②目的外利用・外部提供がすでに行われていて是正可能なときがある。この2つのほか、まだ利用行為等が行われていないが目的外利用・外部提供を行うことが決定しているときも含めることが適当であろう。」(『情報公開・個人情報条例運用事典』悠々社p.258)との解釈があることをふまえ、区広報すぎなみにて参加準備を始めることが明らかにされていることから、中止請求は可能であると考えます。
杉並区個人情報保護条例第二十一条は、「何人も、第十四条第一項若しくは第二項の規定によらないで自己情報の目的外利用がされているとき、又は第十五条第一項若しくは第二項の規定によらないで自己情報の外部提供がされているときは、この条例に定めるところにより、実施機関に対し、当該目的外利用又は外部提供の中止(以下「利用中止」という。)の請求(以下「利用中止請求」という。)をすることができる。」と定めています。
今回の住基ネット参加は、第十四条第一項若しくは第二項の規定によらない自己情報の目的外利用です。
第十四条は、以下のように規定しています。
(目的外利用の制限)
第十四条 実施機関は、第八条第一項の規定により登録された収集目的の範囲を超えて、当該登録に係る管理個人情報の利用(以下「目的外利用」という。)をするときは、本人の同意を得なければならない。
2 前項の規定にかかわらず、実施機関は、次の各号の一に該当する場合においては、本人の同意を得ないで、目的外利用をすることができる。
一 目的外利用について法令に定めがあるとき。
二 区民の生命、健康又は財産に対する危険を避けるため、緊急かつやむを得ないと認められるとき。
三 区民福祉の向上を図るため、法令等の定めに基づき適正に業務を執行するとき。
四 前三号に掲げるもののほか、審議会の意見を聴いて、区長が、特に必要があると認めたとき。
3 実施機関は、前項の規定により目的外利用をしたときは、規則で定める事項を記録しておかなければならない。
4 実施機関は、第二項第二号の規定により目的外利用をしたときは、速やかにその事実を当該本人に通知するとともに、審議会に報告しなければならない。
以下に述べるように、住基ネットへの参加は、目的外利用であり、本人同意はなく、本人同意を得ないで利用できる4点の例外事項のいずれにも該当しないことは明らかであり、この杉並区の住基ネット参加は杉並区個人情報保護条例に違反するものであり、中止すべきです。
杉並区は「住基ネット訴訟」において、以下のように住基ネットの導入は目的外利用であることは明らかである、と主張してきました。
『住基ネットの導入は、本人確認情報の国や都道府県の行政機関への広域的利用・提供を予定しており、住民の個人情報が、国の行政機関等の各種行政事務に係る本人確認事務において、従来の利用目的を超えた形で利用されることを意味する。つまり、従来は、国の行政機関等は、住民本人の意思に基づいて住民票を提出してもらったり、免許証などで本人確認をしていたわけであるが、それが改正住基法により、住基ネットを通じて本人確認情報の提供を受けることとなるのであるから、従来の市町村での固有の事務での利用を超えた目的外利用となることは明らかである。』
(「上告受理の申立理由書」p.55)
この目的外利用については、住基ネット訴訟の控訴審第1回口頭弁論(2006年7月6日)において、杉並区の情報公開・個人情報保護審査会長を1987年から2001年までつとめられた兼子仁都立大学名誉教授は、杉並区が提出した鑑定意見書(甲第55号証)で、次のように指摘されており、請求人もこの解釈に同意します。
『(1) 住基ネット送信は住民票個人情報の"目的外提供"に当る
本件訴訟において、国側の主張では、住基ネットに「本人確認情報」を送信して広域・広汎に法定の行政利用に供することは、個人情報の収集「目的内」の利用・提供であるとされ、その解釈を原判決も認めているようである。
なるほど、1999(平成11)年の住基法改正により、住基ネットを通ずる住民票個人情報の利用・提供は、法定の追加事務になってはいる。しかし、そもそも「収集目的」は、個人情報保護法制において、「目的明確化の原則」の"要"に位置する概念である。その点、OECDの1980年勧告に示された著名な表現として、「データ収集の目的は、収集の時期において明確化されるべきであり、その後の利用は、収集目的の実現、またはそれと両立しかつ明確化された変更目的の実現のために、限定されなければならない」と書かれている。
しかして、住基法がかねて本来的に予定していた住民票情報管理の目的は、「住民の居住関係の公証」(1条)であって、住民票の写し交付はまさに"居住証明"を主目的にしていたはずである。住民票の第三者閲覧・写し取得も同様である。ところが、住基ネットを通ずる「本人確認情報」としての利用は、「住所」を、居住関係情報であることを越えて、氏名等と合わせて広範囲に本人識別目的で活用するのにほかならない(旅券の発給など)。したがって、住基ネットを通ずる「本人確認情報」の取扱いは、改正法定の根拠を有するとはいえ、「住所」情報を居住関係の公証という住基法上の本来収集目的を越えて「本人確認」のための識別情報として利用することを意味するのであって、「目的外の利用・提供」と解するのが、個人情報保護法制の原理に照らして相当であると言える。』
(甲第55号証 p.13ー14)
このように住基ネットにおける住民情報の利用が、第十四条に規定する「目的外利用」であることは明らかであり、実施機関である杉並区はそのことを認識しています。
第十四条は、目的外利用をするときは本人の同意を得なければならない、と規定しています。
杉並区は平成15年6月の「住基ネット対応方針」において、「区民選択方式」(横浜方式)を導入すると表明しました。そして「段階的参加方式(横浜方式)」と表現を変えつつ、平成15年10月〜11月に「非通知申出の一斉受付」を行いました。
この「段階的参加方式(横浜方式)」は、区長が住基ネットの安全性が確認されたと判断した際には、非通知申出区民も含めて住基ネットに参加することを前提としており、また個々人に同意を確認するのではなく非通知を希望する者だけが申し出るものであり、杉並区個人情報保護条例の定める「本人同意」とは異なるものです。
しかしこの不十分な「本人同意」も「段階的参加方式(横浜方式)」による送信を東京都が拒んだために実施されず、杉並区は、住基ネット訴訟を起こしましたが、2008年7月8日の最高裁決定により、実施することができなくなりました。
今回の杉並区の表明した参加方針は、非通知申出をした区民も含めて全区民の住民情報を住基ネットに送信し目的外利用するものとなっており、第十四条の定める本人同意を得ない目的外利用に該当することは明らかです。
第十四条は第2項で、次の各号の一に該当する場合においては、本人の同意を得ないで、目的外利用をすることができると定めています。
その一において、目的外利用について法令に定めがあるときを定めています。
杉並区は住基ネット訴訟において、この「目的外利用」の例外を認める法令の定めに住基法は該当しないと主張してきました。
『 3 法律の規定による場合
目的外利用は、法律の規定による場合、例外的に認められている。
しかし、法律で定めれば、無限定に利用できるというものではない。 利用制限の原則の例外を許容する合理性がなければ、例外規定を設けるについての裁量権の濫用となるのは当然である。
原判決は、法律の内容についておよそ制限を加えることなく、形式的に法律であれば、例外を許容するようであるが、それは原則と例外が逆転した発想であり、個人情報の保護ひいてはプライバシー権保護について、正しい理解をしておらず、個人の精神的な自由が奪われていく危険に無頓着で恐ろしく無神経である。
住基ネットを通じた本人確認情報の275事務への利用提供を許容した場合、自らの情報がどのように利用提供されているのかをデータ主体が認識して同意を与えるかどうか判断できる状態を確保されているとは到底いえないのである。
そうであれば、法律の規定で275事務への利用提供を定めたところで、例外許容の合理性は、その前提条件を欠いており、存在しないといわざるを得ない。』
(「上告受理の申立理由書」p.55ー56)
兼子仁都立大学名誉教授の鑑定意見書(甲第55号証)では、住基ネットへの送信を定めた住基法30条の5第1・2項が、「目的外提供」を根拠づける法律規定としての実質的限定要件を満たしていない、と指摘されています。
『(2) 住基法30条の5第1・2項は「目的外提供」を根拠づける法律規定としての実質的限定要件を満たすと解しうるか
住基ネットを通ずる「本人確認情報」の利用は、住民票記載の住所とコード番号といった個人情報を本来の目的以外に広範囲に取り扱うものであって、個人情報保護法制の原理と制度に適合しなければならない。
(中略)
そこにおいて、目的外の利用・提供を特別に根拠づける「法令の定め」とは、行政法における"行政法治主義"としての行政権限行使の根拠法令をすべて無条件に指すものではありえず、本人同意に代る個人情報保護の手続として、実質的限定を擁した法令規定でなければならない。
(中略)
たしかに現行の住基ネット法制では、国の行政利用を法定事項に限り、自治体のそれを法定および条例規定の事項に限っている(住基法30条の30、30条の8、30条の10第1項)。そこにそれなりの規律的意味合いは含まれているが、国民選挙の議会立法である法律の定めでは、"情報法"上の個人情報保護原理の観点からは、国民個々人の本人同意に代る手続という意味合いは本質的に弱く、またその点、住民参政の自治体議会による条例の定めでも大きく変るものではないと目さざるをえない。
(中略)
そしてそれは、住基ネット上の住民票コードが全国民各人ごとの統一番号制であるため、いわゆるIT革命の時代に、これを汎用の共通番号制にすることに立法政策的な歯止めが乏しいという問題であり、国民各人ごとのいわゆる"名寄せシステム"化の問題性でもある。すでに、住基ネット利用がいかに自己情報についてなされているかを本人に開示する"アクセスログ開示システム"が国民の要求に応えて組まれた結果、一種の名寄せシステムがすでに稼働していると知られる。
かくして、住基法36条の2第1項に基づくデータ・セキュリティの観点からのチェックと並んで、"個人情報保護法制"における「目的外提供」のコントロール制度をクリアーすべきである、というし"体系的解釈"の見地に立つ場合には、住基法30条の5第1・2項は、ほんらい住基ネット送信の技術的執行方法を定めるという特質にもかんがみて、その適用にはしかるべき限定解釈こそが必須であると言わなければならない。』
(甲第55号証 p.14−16)
同様の見地から、杉並区は個人情報保護条例の規定についても、次のように指摘しています。
『ウ 現行の個人情報保護法制としては、国の個人情報保護法および行政機関個人情報保護法ならびに各自治体の個人情報保護条例が、「情報法」の体系として一体的な法原理を擁している。その情報原理は、前記OECD原則に根ざす「目的明確化の原則」および「本人同意の原則」である。
もっとも、同時に、本人同意なしの収集目的外提供の根拠づけとして「法令の規定」が挙げられているが(行政機関個人情報保護法8条2項3号、杉並区個人情報保護条例もほぼ同旨)、これが行政法治主義に基づく行政権限行使の根拠法条をすべて指すものと誤解されてはならない。
今後は個別立法的に法制的チエックを受けるはずであるが、本人同意なしの個人情報の目的外提供を特別に根拠づける法律規定は、それ自体として、個人情報保護の見地から、懸念なく合理的理由あるものと認められるものでなければならないはずなのである。したがって、住基法30条の5第1項及び2項も、個人情報の目的外提供を根拠づける法律規定である以上、それが本人の同意なしに有効たりうる条件の如何が現行法の体系的解釈の重要課題にならざるを得ない。
それ故、無条件に送信を義務付けようとする原判決の判断は誤りである。』
(控訴理由書 p.68)
したがって、法令に規定があるから無条件に送信を義務付けられており目的外提供を認めなければならない、と、杉並区が認識していないことは明らかです。
住基ネットで送信される本人確認情報は、国等の機関で資格付与や給付に際しての本人確認に利用されることになっており、目的外利用が本人同意なく認められる場合の二 「区民の生命、健康又は財産に対する危険を避けるため、緊急かつやむを得ないと認められるとき」に該当しないことはあきらかです。
またこの二に該当する場合は、第4項において「実施機関は、第二項第二号の規定により目的外利用をしたときは、速やかにその事実を当該本人に通知するとともに、審議会に報告しなければならない。」とされているところ、杉並区はこの報告を行っておらず、この二に該当すると杉並区が認識していないことは明らかです。
条例第十四条の三では、「区民福祉の向上を図るため、法令等の定めに基づき適正に業務を執行するとき」には目的外利用を認めています。
この項は、以下の2つの要件を満たすことを条件としています。
1)区民福祉の向上を図る目的である
2)法令の定めに基づき、適正に業務を執行するとき
この1)と2)の要件も満たしていません。
杉並区は最高裁決定後の、広報すぎなみ2008年8月1日号で、以下の住基ネットの問題点を広く社会に伝えることができたことが住基ネット訴訟の意義だ、としています。
(1)費用対効果が明確でないこと
(2)強制加入の制度は、いずれ不効率とサービスの劣化を招くこととなり、制度を崩壊させるおそれがあること
(3)共通番号が、個人情報の国家への集積をもたらし、国民の自立心や独立自尊の精神を萎えさせるおそれがあること
つまり区民福祉の向上に住基ネットがなんらかのプラスになるとしても、それは費用対効果も考慮すれば疑問であり、住基ネットで提供される区民福祉はいずれ不効率とサービスの劣化につながる、と認識しています。
具体的には、住基ネット訴訟の訴状において、住基ネットで向上するとされた利便性の内実は乏しい、と指摘しています。
『(3)住民の利便性の内実
ア 住民票の写しの広域交付
住基ネットの住民にとってのメリットとして強調されているものの一つとして,住民票の写しの広域交付がある。(中略)
なお,住民票の写しの広域交付は,住所地以外で住民票の交付を受ける必要性を感じない多数の住民にとっては利便性が乏しいものである。
イ 転入転出の特例処理
転入転出の特例処理も住民のメリットとして紹介されている。(中略)
なお,本特例処理は,転居の可能性が皆無か少ない大方の住民にとって利便性が乏しいものである上,住民の異動が少ない小規模の市町村においては,住基ネットの導入・運営に伴う費用に比して行政効率化のメリットは極めて小さいものである。
ウ 本人確認と住基カード
(中略)
このような住基ネットによるメリットを享受するために必要な住基カードは,個々の住民の希望により交付されるものとされている。しかし,平成16年3月末までに発行された住基カードは約25万枚にすぎず,総務省が平成15年8月段階で平成16年3月末までの目標としていた300万枚を大きく下回っている。これは,住民の多くが住基ネットの有用性を高く評価していないことの反映といえよう。』
(訴状 p.5−6)
この主張は、現実に住民票写しの広域交付や転入転出の特例処理の利用件数がごくわずかであることからも、事実に即した主張です。
また控訴理由書においては、住民をA群(住基ネットの危険性より行政との関係での利便性を重視しようと考える住民)とB群(利便性よりも住基ネットからの個人情報の流出等の危険を重視しようと考える住民」)に分けて、行政の効率化に一定の正当性が認められてもB群のプライバシー権を犠牲にしてまで達成すべき必要性はない、と主張しています。
つまりすべての区民を対象とした区民福祉の向上は期待できない、と認識しています。
また条例第十四条の三が「区民」福祉の向上としている点は、そもそもこの条例が区民情報の電算化が「国民総背番号制」につながるのではないか、との区民の不安を背景に、あくまで区民福祉の向上のために区の電算システムを利用する、という趣旨で作られたことをふまえるならば、たんなる「福祉向上」一般とは異なる限定を加えている、とみるべきです。つまりこの目的外利用が、福祉向上一般ではなく、「区民」福祉の向上になることを要請しています。
この点についても、杉並区は一審で「黒田充意見書」(甲42)を用いて、『立法の目的とされている「行政サービスの向上」なるものは,机上の空論でしかなかった』と主張しています。(準備書面(6)p.12−16)
すなわち『立法段階の政府答弁によれば,このシステムは,「市町村が住民基本台帳制度を運営するという制度の基本的枠組み」のうえに,「市町村と都道府県が連携して構築するもの」とされている(甲45 5頁)。そうであれば,まず,最も重要なシステムの構築主体とされている市町村にとって,「市町村や都道府県の区域を越えた本人確認システムが不可欠」であるのか,つまり,住基ネット導入の必要性があるのかが問われなければならない。』とし、黒田意見書を引用して、住基ネットを使っての本人確認を必要としているのは市区町村ではなく都道府県と国でしかないこと、行政効率の面でも、市区町村は住基ネットの構築および維持のために多額の費用を負担するだけでなく本人確認情報を常に最新かつ正確にするための業務やセキュリティ対策を日常的に強いられ、こうした負担に対して市区町村が得られるメリットは皆無といって良い状況であることを指摘し、『市町村にとっては、たとえ、なにがしかの行政効率化が図られたとしても、総体的には、導入の必要性は認められない』と主張しています。
つまり仮に住基ネットになんらかの「福祉向上」につながるものがあったとしても、それは「区民」の福祉向上という観点からは導入の必要性はない、と認識しています。
以上のように、杉並区は条例第十四条の三の「区民福祉の向上を図るため」には該当しない、と考えているにもかかわらず、住基ネットに接続し目的外利用をしようとしています。
この「法令の定めに基づき」については、杉並区が住基法30条の規定により無条件に目的外提供を認めなければならないとは認識していないことを、(3)で述べました。
さらに適正に業務が執行されるかについても、住基ネットでは利用目的の不当な拡大や目的外利用の捕捉不可能性、データマッチングによる名寄せの危険性など、不適性な利用の危険が内在していることを、杉並区は住基ネット訴訟で主張してきました。
たとえば一審の準備書面(4)では、次の指摘をしています。
『ア データマッチングによる名寄せの危険性
住民票コードは,上記のとおり,迅速な検索が可能で経済的であり,確実な本人確認ができるという性質を有しているため,データマッチングによる名寄せを通じて,行政機関が個人の人格を推知させる情報を一元的に管理することを可能にするという危険性をも有している。・・・
まず部分的なデータベースが形成され,さらに複雑な行政事務が新たに生じることによって,広く全省庁にまたがっで清報が共有化されることも当然想定される。しかし,そのようなことが徐々に行われても,外部からチェックすることはできない。住民票コードで一元的に管理可能な蓄積データは,行政機関にとっては極めて便利なデータベースであるから,多用され,事実上一元管理されることとなる可能性は十分にある。
その上,次のようにデータマッチングヘの強い動機付けがある。・・・
そして,前記のとおり目的外利用への罰則がないなど各省庁の保有しているデータベースを結合することについて何ら実効ある明文規制はないことや,後述するような防衛庁職員のリスト作成・配布という違法行為が行われたという事実が存在していることなどからすれば,データマッチングによる名寄せの危険性は極めて高いと言わざるを得ない。
イ 目的外利用の問題性
①利用目的の不当な拡大のおそれ
・・・総務省令や他の市町村・都道府県の条例の規定の仕方如何によって,利用目的が不当に拡大しかねない。
また,30条の34で,国の機関を含む本人確認情報の受領者は,目的外利用の制限があるものの,「当該事務の処理に関し本人確認情報の提供を求めることができることとされているものの遂行に必要な範囲内で,受領した本人確認情報を利用し,又は提供する」と規定されているに過ぎないため,当該事務処理にあたって,およそ行政機関が総合判断を要するとして必要と考えるものについては,本人確認情報を利用・提供できることとなる危険性を内包している。
政府は行政事務の効率化の観点から,住基ネットの導入を決めたのであるから,国の機関等が,事務処理上便宜と考える事柄にこれを使用することについては,十分な動機がある。
それ故,利用目的が不当に拡大していくおそれは否定できない。
②目的外利用の捕捉不可能性
国の機関が,いかなる事務について,個人情報をいかなる管理をしているか,その目的外利用がないかどうかについては,以下のとおり,これを確認する手段は住基法にはない。・・・・
現行法令上は,個人情報の一元管理がされていないかどうかを確認するための住民の権利規定等の実効的な制度は全くない状態であり,住民本人によるチェックができないこととなっているのである。それ故,住民が,目的外利用がなされているかどうかについて,これを捕捉することはほぼ不可能である。
このようなことからすれば,個人情報の一元管理は,事実上可能である。しかも,一元管理されていても,これが発覚することは,公務員の守秘義務違反等がない限り,あり得ないこととなる。・・・』
(p.24−30)
以上のように、住基ネットは適正でない業務執行が行われる危険性があり、目的外利用を認める条件を満たしていないことを、杉並区は認識しています。
条例第十四条の四では、前三号に掲げるもののほか
1)審議会の意見を聴いている
2)区長が特に必要があると認めている
の二つの要件が満たされている場合に目的外利用を認めています。
以下、この2要件が満たされていないことを明らかにします。
ここで確認しなければならないことは、「目的外利用」を認める場合に該当するかについて、審議会の意見を聴いているかです。
請求人が杉並区のホームページで情報公開・個人情報保護審議会会議録を見た限りでは、住基ネットに関連した諮問が行われているのは、以下の4回です。
これは「住民基本台帳法の一部を改正する法律の施行にあたって、区民の個人情報保護の観点から、区の住民基本台帳事務の取扱に関し取るべき措置について、杉並区情報公開・個人情報保護審議会条例第2条第1項第1号及び第2号の規定に基づき諮問」されたものです。
つまり個人情報保護条例の規定により区長がその意見を聴くこととされた事項のほかの、次に掲げる事項(事務の運用に関する重要事項、電子計算組織の管理運用に関する基本方針)について、区長の諮問に応じ、答申するという規定に基づく諮問です。
したがって、第十四条(目的外利用)および第十五条(外部提供)についての意見の聴取ではありません。
会議録中には、個人情報保護条例第16条第1項に基づく諮問であると発言されて〔いる〕ことから、電子計算組織に記録する個人情報の項目についての諮問であり、第十四条(目的外利用)および第十五条(外部提供)についての意見の聴取ではありません。
これらは平成15年6月の住基ネット対応方針に基づき「段階的参加方式」を実施するための諮問です。諮問18は条例第16条第1項に基づく諮問であり、諮問19は入力業務の外部委託の諮問であり、いずれも第十四条(目的外利用)および第十五条(外部提供)についての意見の聴取ではありません。
これも、電子計算組織に記録する個人情報の項目に関する諮問であり、目的外利用についての意見聴取ではありません。
いずれも、審議会において第十四条にもとづき目的外利用を認めるか否かについて意見が聴かれてはいません。
山田宏杉並区長は、住基ネットの危険性について全国の自治体首長のなかでいち早く警鐘をならし、住基ネットの必要性に疑問を示してきました。以下、区広報すぎなみの「区長からのいいメール」により、区長がこの目的外利用を特に必要があるとは認めていないことを明らかにします。
① 2001年10月1日『IT社会とプライバシー』では、韓国の住民登録番号を例に、『この個人番号がわかれば、その人の読む本や好きなビデオの傾向、かかった病気や財産など、その人の過去の情報がいっぺんにわかってしまう技術的可能性が高まる・・・来年から全国民に初めて11けたの番号を付ける「住基ネット」の導入に、私が危惧をいだくのは、いずれ韓国のようにこの個人番号がいろいろなものに使われていき、区民のプライバシーの脅威になりかねないと考えるからです。・・・IT社会には番号が不可欠でしょう。しかし、プライバシーへの脅威を減らすためには、便利だからといって、1つだけの統一個人番号を使うことは避けなければなりません。』と、住基ネットの使用は避けるべきだ、と指摘しています。
② 住基ネット稼働を前にした2002年7月19日の『ルビコンを渡る前に』では、便利さに目を奪われて失うものに、強く警鐘をならし、住基ネット稼働に反対しました。
『私は、便利さだけに目を奪われて、失う可能性のあるものから目をそらしてはならないと思います。だから確固とした個人情報保護の制度が未整備のまま、住基ネットを稼動してはならないし、まして個人情報保護法が未成立の中での稼動は、住基法違反と考えます。また個人番号の取得は強制ではなく任意とすべきだし、さらに将来は単一の個人番号ではなく、納税や医療など目的別の複数番号制をめざすことなど、健全なIT社会となるため、「ルビコン川」を渡る前に固めておくべき決意があるはずです。』
③ 住基ネットの本格稼働を前にした2003年6月1日には、『四〇〇億円かけた「便利さ」』で、住基ネットによって向上されるとされる便利さに疑問を示しました。
『鳴り物入りでスタートした住基ネットの新たなサービスが、6月1日から始まります。それは、旅券(パスポート)の申請時に11桁の個人番号(住民票コード)を記載すれば、これまで必要だった住民票の添付が不要になるというものです。・・・つまりその「便利さ」の差は、一〇年に一度しかない旅券の申請時に、役所で戸籍謄本と住民票の両方を取るか、戸籍謄本だけを取るかの違いなのです。・・・さて8月25日からは、「全国どこでも住民票がとれる」という住基ネットの本格サービスが開始されますが、果たして初期投資四〇〇億円、年間経費二〇〇億円の税金を費やしてまで求める「便利さ」なのでしょうか。杉並区民一人あたりの年間住民票申請件数は0.8件で、つまり一年で一人一枚すらとらないのです。』
④ そして最高裁決定後の2008年8月1日にも、『最高裁の決定を受けて』として、住基ネットに対する否定的な見解が変わらないことを表明されました。
『このように私は全国に先駆け、一貫して「国民強制参加の住基ネットは、健全で有効なIT社会につながらない」という信念のもと、全区民の安全安心のため、日本の将来のため、自治体の長として主張すべきは堂々と主張してきました。
今回の最高裁の判断は、住民基本台帳事務という自治体固有の事務に関して、独自に住民の安全安心を確保しようとする自治体の裁量権を認めない点で、時代錯誤の不当な判断であり、私としても全く承服できるものでありませんが、司法の最終判断が下った以上、行政官としては当然判決には従っていかなければならないと考えます。
ただ司法の判断があったからといって、「利用の選択権があってこそIT社会は健全なものになる」という私の政治家としての信念は変わりません。これからは法の改正を求めつつも、区長として区民の安全安心を確保していくため、法の範囲内でできうる方策を追求していきたいと思います。』
以上を見ても、区長が住基ネットによる目的外利用について、特に必要があると認めていないことは明らかです。
さらに杉並区としても、広報すぎなみ2008年8月1日号で3点の住基ネットの問題点を広く社会に伝えることができたことが住基ネット訴訟の意義だとしており、住基ネットへの参加による目的外利用について、特に必要があると認めていないばかりか、「(3)共通番号が、個人情報の国家への集積をもたらし、国民の自立心や独立自尊の精神を萎えさせるおそれがある」との指摘は、目的外利用の危険性を指摘しており、この目的外利用の必要性をまったく否定していることは明らかです。
以上、実施機関である杉並区は、目的外利用であることを認識し、本人同意をとっていないにもかかわらず、4点の例外事項のいずれにも該当しない目的外利用を行おうとしており、この目的外利用は中止すべきです。
杉並区個人情報保護条例第十五条は、外部提供の制限について、以下の規定をしています。
(外部提供の制限)
第十五条 実施機関は、管理個人情報の区の機関以外のものへの提供(以下「外部提供」という。)をするときは、本人の同意を得なければならない。
2 前項の規定にかかわらず、実施機関は、次の各号のいずれかに該当する場合においては、本人の同意を得ないで、外部提供をすることができる。
一 外部提供について法令に定めがあるとき。
二 区民の生命、健康又は財産に対する危険を避けるため、緊急かつやむを得ないと認められるとき。
三 前二号に掲げるもののほか、審議会の意見を聴いて、区長が、特に必要があると認めたとき。
3 実施機関は、第一項又は前項第三号の規定により外部提供をするときは、外部提供を受けるものに対し、外部提供に係る個人情報について、その利用の目的若しくは方法の制限その他必要な制限を付し、又はその漏えいの防止その他の個人情報の適切な管理のために必要な措置を講ずることを求めるものとする。
4 実施機関は、第二項の規定により外部提供をしたときは、規則で定める事項を記録しておかなければならない。
5 実施機関は、第二項第二号の規定により外部提供をしたときは、速やかにその事実を当該本人に通知するとともに、審議会に報告しなければならない。
今回の住基ネットへの参加が、住民情報を東京都に外部提供し、さらに国等の機関に提供するものであることは明らかです。
また1の(2)で述べたように、本人同意は得ていません。
したがって、本人同意を得ないで外部提供することができる3点の事項に該当しないことを、以下、明らかにします。
1の(3)で述べたように、杉並区は目的外利用について、法律で定めれば無限定に利用できるというものではない、と主張しており、これは外部提供についても該当します。法令に定めがあるから、と無前提で外部提供できるとは、杉並区は考えていません。
さらに外部提供については、住基ネットへの送信を定めた住基法30条の規定(註1)に対して、杉並区は住基ネット訴訟において、住基法そのものの規定からも、提供が義務付けられているわけではない、との主張をしています。
『2 住基法の文言が決め手にならないこと
(1)住基法30条の5について
住基法30条の5は、次のとおり規定している。
すなわち、第1項、第2項につき、
「市町村長は、住民票の記載(中略)を行った場合には、当該住民票の記載等に係る本人確認情報(中略)を都道府県知事に通知するものとする。」(第1項)
「前項の規定による通知は、総務省令で定めるところにより、市町村長の使用に係る電子計算機から電気通信回練を通じて都道府県知事の使用に係る電子計算機に送信することによって行うものとする。」(第2項)
とそれぞれ規定されているのに対し、第3項においては、
「第一項の規定による通知を受けた都道府県知事は、総務省令で定めるところにより、当該通知に係る本人確認情報を磁気ディスクに記録し、これを当該通知の日から政令で定める期間保存しなければならない。」
と規定されている。
したがって、第1項及び第2項の末尾は「ものとする」とされ、3項の末尾は「しなければならない」とされており、これらの文言は明確に使い分けられているところ、このような文言の使用については、立法担当者によって、次のように指摘されている。
(中略)
このように、「ものとする」という規定が、「しなければならない」という言葉と意識的に使い分けられている場合には、日本の法令用語では、例外的に裁量を認める趣旨とされている。
それゆえ、本人確認情報につき、市町村に送信する義務を、都道府県に受信する義務をそれぞれ規定している住基法30条の5の解釈としては、市町村には、合理的な理由があれば、一定の情報を送信しない裁量権がある一方で、この通知を受けた都道府県の方は、送信されたものをそのまま受信する義務があり、これを拒否する裁量権は一切ないという結論になる。』
(「上告受理の申立理由書」 p.31−33)
選択的送信については、この裁量権は住基ネット訴訟において認められていませんが、この判決に対して山田宏杉並区長は、住基ネットへの参加を表明した8月1日の広報すぎなみにおいて「自治体の裁量権を認めない点で、時代錯誤の不当な判断」であると表明しており、杉並区自身は現時点においても、住基法30条の規定(註2)が、無条件に外部提供を定めた規定だとは判断していません。
このように、杉並区がこの一の規定により本人同意がなく外部提供できる、と判断していないことは明らかであり、この例外事由には該当しません。
1の(4)で述べたように、住基ネットへの提供が「区民の生命、健康又は財産に対する危険を避けるため、緊急かつやむを得ないと認められるとき」に該当しないことは明らかです。
また第十五条5項で、この規定により外部提供をしたときは、杉並区は速やかにその事実を当該本人に通知するとともに、審議会に報告しなければならないと定められているところ、杉並区はこの本人通知も審議会報告も行っておらず、杉並区としてもこの二に該当すると判断していないことは明らかです。
1の(6)で述べたように、杉並区のホームページで情報公開・個人情報保護審議会会議録を見た限りでは、住基ネットに関連した諮問が行われているのは4回です。このいずれも、第2条第1項第1号及び第2号に基づく運用に関する重要事項・基本方針、第16条第1項に基づく電子計算組織に記録する個人情報の項目、事務の外部委託についての諮問であり、第十五条(外部提供)についての意見の聴取ではありません。
また1の(6)で述べたように、区長は住基ネットへの参加について、特に必要があると認めていないことは明らかです。
さらに杉並区としても、広報すぎなみ2008年8月1日号で3点の住基ネットの問題点を広く社会に伝えることができたことが住基ネット訴訟の意義だとしており、その「(3)共通番号が、個人情報の国家への集積をもたらし、国民の自立心や独立自尊の精神を萎えさせるおそれがある」は、まさにこの外部提供によって起こる国家への個人情報の集積につながる危険性を指摘したものであり、この外部提供の必要性を否定していることは明らかです。
外部提供にあたっては第十五条3項で、「実施機関は、第一項又は前項第三号の規定により外部提供をするときは、外部提供を受けるものに対し、外部提供に係る個人情報について、その利用の目的若しくは方法の制限その他必要な制限を付し、又はその漏えいの防止その他の個人情報の適切な管理のために必要な措置を講ずることを求めるものとする。」となっています。
「法令の定め」によるのであれ、「審議会の意見を聴いて特に必要と認めて」提供するのであれ、外部提供するのであれば(註3)、提供先である都、住基ネット全国センター、その他提供を受ける国等の機関および都道府県・市区町村に対して、必要な制限や措置を講ずることを杉並区は求めなければなりません。
しかし、8月1日区広報で発表した「参加にあたっての対策」では、この必要な制限や措置はまったく入っていません。それどころか、かつて杉並区自身が「段階的参加方式」の採用を表明した際の「住基ネット対応方針」(平成15年6月)で杉並区として講じるとした5点の措置には含まれていた、「(自治体共同設置による)住基ネット監視第三者機関」や「アクセス・ログ公開にあたり区民の公開申請を支援」という住基ネットそのものの運用監視の支援がなくなっており、提供先に対する「必要な制限や措置」を求めた第十五条3項に明白に違反しています。
住基ネットは杉並区自らが述べてきたように、国等の機関に提供された後の利用について区民自身も杉並区も把握できず、利用事務の拡大に対して区民も杉並区も関与することができない仕組みになっています。また全国の自治体や国等の機関の出先機関を含めて、膨大な提供先で本人確認情報の閲覧・利用が可能になっており、漏洩の可能性は至るとこにあり、しかもその提供先の個人情報保護に不安があることを、杉並区は住基ネット訴訟で主張しています。
したがって、提供した本人確認情報の利用後の消去など住基法が求める措置が履行されているかの確認、利用は法の定める「本人確認」に限定し住民票コードをつかった個人情報の結合に使用しないことの確認、提供後の利用内容の報告、利用機関拡大の際の杉並区の関与など、制限や措置を講じる必要を杉並区は認識しています。
にもかかわらず、「目的若しくは方法の制限その他必要な制限」や個人情報の適切な管理のための措置を講じないまま外部提供しようとしており、中止すべきです。
条例第三条(実施機関等の責務)は、実施機関は、個人情報を収集し、又は管理個人情報を管理し、若しくは利用するに当たつては、区民の基本的人権を尊重するとともに、個人情報の保護及び区民福祉の向上を図るため必要な措置を講じなければならない。」と定めています。
また杉並区住民基本台帳に係る個人情報の保護に関する条例も、第三条(実施機関等の責務)として「実施機関は、個人情報を収集し、又は管理個人情報を管理し、若しくは利用するに当たつては、区民の基本的人権を尊重するとともに、個人情報の保護及び区民福祉の向上を図るため必要な措置を講じなければならない。」としています。(註4)
この杉並区住民基本台帳に係る個人情報の保護に関する条例では、第六条(不適正利用に対する措置)として、「区長は、住民票記載事項の漏えい又は不適正な利用により、区民の基本的人権が侵害されるおそれがあると認めるときは、国、他の地方公共団体、指定情報処理機関その他の関係者に対し報告を求めるとともに、必要な調査を行わなければならない。
2 区長は、前項の規定による国等からの報告又は調査により、区民の基本的人権が侵害されると判断したときは、区民の個人情報の保護に関し、必要な措置を講じなければならない。」と規定しています。
杉並区は『条例6条第1項及び第2項等に基づく区長の「必要な措置」の一環』として「杉並区住基ネット調査会議」を、『区長が判断するに当たって必要な専門的事項について調査をし、助言をいただくことを目的に、区長の私的諮問機関として』設けています(住基ネット訴訟における山田区長陳述書 地裁甲第41号証 p.9)。
しかし今回の外部提供にあたり、第十五条3項で求められている必要な制限や措置について諮問をしていません。(4)で述べたように「参加にあたっての対策」では、条例で求められている必要な措置を講じておらず、外部提供は中止されるべきです。
今回の外部提供は、電子計算組織の結合により行われます。この電子計算組織の結合については、条例第十七条で禁止され、例外的に認められる場合が2点規定されています。
(電子計算組織の結合の禁止)
第十七条 実施機関は、管理個人情報を処理するため、区が管理する電子計算組織と区以外のものが管理する電子計算組織との通信回線による結合を行つてはならない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
一 電子計算組織の結合について法令に定めがあるとき。
二 区民福祉の向上を図るため必要と認められ、かつ、管理個人情報の保護措置が講じられている場合で、審議会の意見を聴いて、区長が、特に必要があると認めたとき。
2 実施機関は、前項第一号の規定により、電子計算組織を結合したときは、速やかに審議会に報告しなければならない。
しかし今回の外部提供は、この例外のいずれにも該当しません。
「一 電子計算組織の結合について法令に定めがあるとき」に該当しないことは、1の(6)、2の(3)で述べてきました。
さらに「法令の定め」による場合は、第十七条2で「速やかに審議会に報告」することが規定されています。住基ネットへの回線結合をどの時点としてとらえるかについては、二つの考え方があります。
①2002年5月から住基ネット参加準備のために行われた「仮送信」
②今回の参加方針による住基ネットへの送信の開始
①とした場合、もしそれが法令の定めによる結合と杉並区が判断していたのであれば、速やかに審議会に結合したことを報告しなければなりません。
しかしその直後に行われた平成14年度第1回審議会(平成14年7月12日)では、住基ネットについての経過報告がされていますが、報告資料と議事録をみるかぎり、「回線結合を行った」ことの報告はされていません。
このことをみるならば、法令に定めがある結合と杉並区は判断していません。もしくは、条例に定められた報告をしないまま、回線結合を行ったことになります。
条例第十七条の二で結合を認める場合は、
①区民福祉の向上を図るため必要
②管理個人情報の保護措置が講じられている
③審議会の意見を聴いて
④区長が特に必要があると認めた
の4点のすべてが満たされていることを要件としています。
この③の意見聴取がいつ諮問されたのかは、杉並区のホームページで情報公開・個人情報保護審議会会議録を見た限りでは明確でありませんでしたが、①②④を満たしていないことは、1の(5) (6)、2の(3)で述べてきたとおりです。
したがって、今回の住基ネット参加は、第十七条により電子計算組織の結合の禁止の例外に該当せず、回線結合は認められません。
以上、実施機関である杉並区は、本人同意をとっていないにもかかわらず、例外事項のいずれにも該当しない外部提供を行おうとしており、この外部提供は中止すべきです。
「住基法30条の5の規定」の誤り
「住基法30条の5の規定」の誤り
条例解釈の誤りです。
杉並区個人情報保護条例第15条第3項は、次のように規定しています。
実施機関は、第一項又は前項第三号の規定により外部提供をするときは、外部提供を受けるものに対し、外部提供に係る個人情報について、その利用の目的若しくは方法の制限その他必要な制限を付し、又はその漏えいの防止その他の個人情報の適切な管理のために必要な措置を講ずることを求めるものとする。
ここでいう第15条第1項は「本人の同意を得たとき」、第15条第2項第3号は「審議会の意見を聴いて、区長が、特に必要があると認めたとき」の外部提供を指します。
したがって「審議会の意見を聴いて、区長が、特に必要があると認めたとき」(第15条第2項第3号)は、第15条第3項の規定に該当しますが、「外部提供について法令に定めがあるとき」(第15条第2項第1号)は、第15条第3項の規定に該当しません。
杉並区住民基本台帳に係る個人情報の保護に関する条例 第三条(区長の責務)の正しい条文は次のとおり。
(区長の責務)
第三条 区長は、住民基本台帳事務の処理に当たり、区民に関する正確な記録が行われるよう事務処理の適正化を図るとともに、住民票等記載事項の漏えい、滅失又はき損の防止その他の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない。