かいもん4号のホームページ GALLERY ホームグラウンド〜金光臨
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かいもん4号のホームグラウンド、山陽本線の新倉敷駅〜金光駅界隈です。 金光教団体臨時列車、いわゆる「金光臨」を集めてみました。 私の記憶の中では、古くはEF65かEF58+12系、最近までは583系や485系が中心といったところでしたが、東日本震災の影響でほとんど新幹線に移行してしまいました。
本コーナーは旧「ホームグラウンド」を3つに分離しました。 また、金光臨専用列車だけでなく、一緒に撮った通常の定期列車や金光駅界隈の様子も一部含みます。
尚、 「ホームグラウンド〜新幹線」 「ホームグラウンド〜山陽本線一般」 もあわせてご覧ください。

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2020年12月19日   2020年11月 一部追加
2020年1月11日   2020年1月 新規追加
2020年1月4日   2019年11月 一部追加
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2019年7月6日   2019年4月 に一部追加。

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1984年4月

金光駅ホーム。 1984年4月  2017年10月9日追加

長い12系の臨時列車が停車中の金光駅ホームです。 当時は4番線は現役で、すでに使用は中止されていましたが5番線にもレールは残されていました。

EF58。 1984年4月  2017年10月15日追加

2番線列車の機関車は、EF58126号機。 58時代の末期、当地では荷物列車か金光臨の運用でお目にかかることができました。

127号機。 1984年4月  2017年10月22日追加

4番線列車の牽引気はEF58 127号機。 隣の2番線の機関車と連番です。
正面から望遠で眺めると、車端を随分と絞った形の機関車でした。

金光臨・1984年(1)。 

以前の金光臨の定番、EF58と12系です。
EF58引退間近の頃の姿です。

金光臨・1984年(2)。 2017年10月15日リニューアル

金光駅ホームに並んだ金光臨12系です。
この頃はまだ山陽自動車道開通前で、大祭時には臨時列車多数でした。

金光臨・1984年(3)。 

午後、大阪方面帰路につく金光臨12系です。
絵になる場所でしたが、この暫く後に、線路手前に下水処理場が出来てしまいました。

金光臨・1984年(4)。 

同じく大阪方面への帰りの列車です。
この場所、広角気味だと高圧電線や鉄塔がかわせないのが欠点です。

加速中。 1984年4月  2017年11月12日追加

重量的には旧型客車と軽量客車の中間どころの12系客車。 金光駅からはそこそこの距離なのですが、このあたりではまだ「加速中」という感じでした。

帰路。 1984年4月  2017年11月19日追加

この当時の金光臨は、殆どが12系の8両から12両編成。 機関車はEF58やEF65がやって来ましたが、すでにブルトレ牽引機から離脱後で余裕のある状態でしたので、多くはEF58の牽引でした。

金光臨客車。 1984年  

少し昔の金光臨です。 本コーナー下のほうにある写真の連れです。
行き止まりの5番線の少し前方から眺めたところです。

EF58。 1984年  

2本揃った金光臨はEF58の引く客車編成です。
以前はEF65牽引が多かったように記憶していますが、機関車不足のためか廃車直前の頃はEF58が中心でした。

EF58。 1984年  

金光駅2番線に停車中のEF58+12系編成。
この頃までは、金光臨ではほぼ12系しかやって来ない、というあまり面白みの無い状態でした。

金光駅。 1984年  

同じく5番線の末端付近です。
今では少なくなった115系湘南色。 しかし当時普通列車はこればかりでした。


1983年10月

金光臨。 1983年10月   

「金光臨」といえば、EF65PF+12系、というのが私のイメージで、長い間定番でした。 今は特に大阪方面からいろいろな車両がやって来るようになりましたが、12系は姿を消してしまいました。 この頃の12系はまだドア部分にも白帯がある本来の塗装です。

金光臨(2)。 1983年10月   

金光教の春秋の大祭・創立祭のため、4、6月と10月に、主に関西、熊本方面から臨時列車がやって来ます。 新幹線が開通する頃までは参拝客は金光町内に1泊のスケジュールが多く、近くの駅でも車両の停泊が見られましたが、現在は日帰りが殆どです。

金光臨(3)。 1983年10月   

1983年10月の金光臨。EF65と並んでEF58も定番でした。 今では撤去された金光駅5番線に、台車を軋ませながら推進運転で12系を押し込んでいた姿が思い出されます。

1980年10月

急行「阿蘇」最終日。  1980年10月 2006年10月15日追加

金光駅2番線に停車中の上り急行「阿蘇」です。 本来は「くにさき」との弊結列車なのですが、1980年廃止前の最終日上りは「阿蘇」単独運転で、しかも新大阪ではなく岡山止め。 EF58の客車列車牽引運用離脱で、機関車はすでにこの以前からEF65PF新に切り替わっています。

急行「阿蘇」+金光臨。  1980年10月 2006年10月15日追加

最終日の急行「阿蘇」変則運転の正体は、熊本からの「金光臨」でした。
本来は14系客車の「阿蘇」ですが、この日は12系に「格下げ」。 しかも12両中9両が金光臨団体向けで、一般用「阿蘇」は3両のみです。

「岡山行き」。  1980年10月 2006年10月15日追加

「阿蘇」弊結のため、一応岡山までは行きましょうね、といった感じのついでの急行です。 座席が余っているので一般客も乗せようといった感じでしょうか。 ちなみにこの日のもう1本の上り急行「雲仙・西海」は全区間運休でした。

「阿蘇」。  1980年10月 2006年10月15日追加

いちおう「阿蘇」のサボも入っています。 上の写真と合わせると、9号車は団体用?それとも一般自由席? 記憶では9号車より後ろ9両が団体だったと思うのですが。
ちなみにこの日は、未明の広島から終点岡山まで乗車しました。

金光教団体臨時列車。  1980年10月 2006年10月15日追加

本日は一般列車との混合編成のためか、客室ドアには「団体」「指定席」と大書きされています。
この当時は、金光臨といえば12系でしたね。

「阿蘇」(+金光臨回送)発車待ち。  1980年10月 2006年10月15日追加

早朝の金光駅で団体を下ろして小休憩の後、終点岡山まで向かいます。 途中倉敷駅のホーム案内では、これまでの慣れか「阿蘇・くにさき号」と放送していました。(「くにさき」は併結していません) もっとも金光から岡山までのダイヤは、後続の定期(本日は運休)「雲仙・西海」のスジなのですが。


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