て、とで始まるタイトルの映画

デビルマン

あああぁああ。ああぁああ〜〜あぁあ。

すごい。すごいです。
さんざん悪評を聞かされて、期待マンマンで見たのに、全然期待を裏切られなかった(爆)!

もはや語り尽くされているので、これ以上言う事はありましぇん。
ただ、皆さんがちゃんと反応してくれたのでちょっと安心した、かな。

ハッピーバースデー、デビルマン♪

天国から来たチャンピオン  

「とにかく泣ける映画を一本」と言われたら、未だにこれを上げてしまうかも。
なななんと、1978年だって!古いとは思っていたけど。

ウォーレン・ビーティ、けっこう好き。
あまり颯爽としているよりも、ちょっとドンくさい所があった方が、セクシーだなと。

物語は、おとぎ話ですな。
あの世に行きかけてすったもんだ、とか、期間限定でこの世に舞い戻れるとか、まあよくある設定だけど、やっぱり私も描いてみたいなあ。色々想像すると楽しい。
で、この映画は、あまたあるその手の話の中でも、いいんである。
元々は舞台で、設定もボクサーだったのを、ビーティがリメイク(監督脚本主演だ!)して、ここでは主人公はアメフト選手。日本ではイマイチ馴染みの薄いスポーツだけど、ああ死んじゃうかも、とかはなんとなく思うし、まあいいか。アメリカでは最高にかっこいい男はアメフトやってるらしいしね。

そして、やっぱり縦軸はラブロマンスなんだけど、そしてまたお約束の展開として、先行きの運命を匂わせて幕が降ろされるワケなんだけど、そこが腕の見せ所。
きれいに素直にキマッていて、腕の良さもさる事ながら、本当に心から、「良かったー」って思えるのは、キャラクターに対して愛があるからだと思うのよね。
でも、(最初に)観ていたこちらが若くてウブだったせいもあるのかなあ。

追記:つい最近、TV放映してるのを途中から観て、やっぱり泣いちゃった。前は恋人とのラストシーンに気を取られていたけど、今回はトレーナーのおじさんに泣かされた。
「ドンくさい」なんて書いちゃったけど、この頃のビーティはホントに甘いハンサムボーイだったのね。歳取ってからの顔の印象だったみたい。

トイ ストーリーズ1、2 

好きだあー、このシリーズ。
CG嫌いとか言っておいて、なんなのよ、って感じですが。
『オモチャのチャチャチャ』は永遠のロマン。…なんて言っても、バズもウッディも「???」でしょうけど。
私の幼少時の「友達」は動物、それも樹脂系のクマやカエル、ゾウ。ミッキーマウス。
それらを床の上に全員集合させて、お芝居をさせるのが好きだった。セリフを作り、動作をさせて。
あの頃確かに、「彼ら」は生きて、心と痛みを持っていた。

三つ子の魂、今はその延長線上で仕事してるもんなあ。
そんな私だから、このシチュエーションは、とても入り易く、楽しい。
主役の二人、ウッディとバズのキャラクターが良いのは無論の事。
表情も豊かで、可愛過ぎない(サン○オとかジ○リみたいに・笑)ところが親しみ易く、なにしろ性格が、とても人間らしくて(笑)いい。
カタブツで正義漢だけど、融通の利かないバズ。陽気で行動力があるけど、ちょっとセコいとこもあるウッディ。単独で立っているとバズの方が大男かな?という印象なんだけど、並ぶとウッディの方が大きい、そのバランスも、オモチャらしくていい。
そしてワキを固める個性派の面々が、またサイコー。
ジャガイモおじさんも、ダックスフントも、ペンギンも、ブタちゃんも、みんな大好き!
でも一番のお気に入りは、『2』の宇宙人?三人組かな。ものすごくカワイイ!!
動物系オモチャは、幼少期の遊びにダイレクトに繋がっているから、まさしく私の妄想が形になって現れた感じ。モチロン、それぞれが生き生きと魅力的だからこそ、郷愁もひとしお、なんだけど。
ジュラシック・パーク』の恐竜同様、「CGってありがたいなあ」と思わされる、しかも恐竜と違って、オモチャ達は泣いて笑ってケンカしてくれるんだから、もうたまらんっす。

ストーリーも1、2とも、良く出来ていて面白い。ギャグあり冒険ありパロディあり、友情ありで、最後はもう大泣き(マジで…)の大満足。
私的に贅沢を言わせていただければ、「人間」は実写で撮って欲しかったんだけど、そのへんは技術的知識も無いから良く分からない。難しいのか、それがこだわりだったのか?
でもそんなの、観終わってしまえばささいな事、なんだけどね。

トーク・トゥー・ハー

同じペドロ・アルモドバル監督の『オール・アバウト・マイ・マザー』というのが、結構気難しい感じの映画だったので、覚悟して観たんだけど。
思いの他、分かり易い内容でした。
単純で、純情で、悲しい映画。
ラテン系って、よく「明るい」って言われるけど、映画を観ると「そうかな!?」って思う。
光の強い所には影も濃い色を落とす、と言う事なのかもな。
イタリア映画はとっても哀愁があるし、こちらスペイン映画は、もう少し重厚で、いつも少しコワイ。(浮ついたアメリカ文化に慣れてる身としては、厳しさにびびってしまう事がたびたび。)
それでも、愛に対してマッスグで、掛け値無いものとして扱うあたり、やはりラテン系は恋に生きる人々なのだろう。あ、だからキビシイのか。

と、言う訳で、この『トーク・トゥー・ハー』は、強くて悲しい愛の物語だ。
純情って恐い、純粋って悲しい。
そしてまた、純情でばかりはいられない現実的な大人もまた、切ないのよ。
一見突飛に見える設定だが、バーチャルが横行する今の世の中を思えば、見過ごせない要素ではある。ましてや私はマンガなぞという不思議な仕事に携わる身。「一方通行の愛」は、他人事では全然ない。

不幸な事故で植物状態の女性を、愛し続け、献身的に世話を焼く男。
最初、友人からこの映画を薦められ、あらすじを説明された時は、「なんちゅー鬼畜な!」と呆れたものだったが。いや実際、事象としては酷い話なんだけど。
悲惨な結末の果てに見えるひとすじの光に、なんだか心暖まってしまう、これはこれで仕方無かったんだよなあ、と受け入れ体制になってしまう、愛があまりにもマッサラで、泣けてしまう。
作品の説得力の前には、既製の道徳心など色褪せて見える、こうでなくっちゃ、と思う。(だからって、良い子は真似をしないでね!)

劇中に派手な動きは殆ど無く、いわゆる「見せ場」になりそうなドラマティックなシーンはだいたい事後説明で済まされる。カメラが追うのは事件ではなく、それを受ける人の心。いい度胸だ。
物語の大半は会話でもって進められるから、脚本は丁寧できめ細かく、例えばラジオドラマでもそのままイケそうな造りだ。
でもこれは、映画。
植物状態の「眠り姫」アリシア(レオノール・ワトリング)の、圧倒的肉体!
女の私でも、と言うよりは、同性だからこそ、かも知れない、こんなにも美しい身体が、この世にあるのか。
起きている時の彼女は、まだ初々しく少女のような印象で、これはまた物凄く可愛らしく、さながら天使のよう。しかし寝ている(植物状態の)彼女は、グッと大人びて、女神のよう。
この寝姿を見るだけでも、映画1本観る価値はある、と思うくらいの迫力だ。
そして映画の、一番の説得力とは、こういう所にあるのだと思う。

地味な造りの映画だが、ゆるゆると手を引かれて、気が付けばとても深い所へ連れて行ってくれる。
そしてその深みから眺める景色は、意外にも広く暖かいのだ。

時計じかけのオレンジ 

すみません。
「キューブリック天才!」なぞと日頃ほざいておきながら、この代表作を観てませんでした、今まで。
噂には聞いてたし、そこかしこのシーンは目に入って来てはいたんだけど。
そして、これに影響されたであろう作品も、多分いっぱい見てるし。
でも、新鮮でした。

内容はさて置くとして(ひとまずね)まずは、画面のスタイリッシュぶりには参った。本当にかっこいい。
終始バカ騒ぎを演じる人々を捉えた画面が、宗教絵画みたいに静寂で清浄。加えて60年代的サイケデリックと古典的クラシカルなファッションやインテリアのぶつかり合い。
そしてそして、音楽!
主人公の悪ガキが「ルードヴィッヒ」に心酔している、という設定もイカシていて、ベートーベンの畳み掛けるような旋律がストーリーの重要な小道具にもなり、何よりシュールな画面とのコントラストに酔っぱらってしまう。
酔うと言えば、悪ガキ共は寄り集まってミルクを飲んでいるんだよね。

内容については、反発した人々にさんざイヤがらせを受けたりして、イギリスでは長い事公開できなかったとか(公開中止は1974年、正式公開は2000年)
…まあ、この映画自体が、イヤがらせみたいなモンですから(笑)お互い様って言えばそうかもな。
公開されてしまったら、残念ながら観客を選ぶ事はできないから、テーマやメッセージに関係無く刺激的な場面に悪影響を被るおバカちゃんもいるでしょう。
そりゃあ刺激的だもの、クレイジーだもの。
でも、枝葉末節にとらわれず最後まで観れば、この映画が暴力賛歌ではない事くらい分かりますね。ちゃんと因果応報もあり、さらにその先の悪も見える。
そういう点、クレイジーだけど理不尽ではない。
野放図に見えて物凄く緻密だし。好きだー。

あの不良グループの制服?は「バカボンのパパ」みたいで笑ったけどな。

ドックヴィル

不思議な画面に、まず「おや?」と思う。
物語りの舞台は小さな村なんだが、実際の映画のセットは床にチョークで区切り線が引いてあるだけ。
舞台中継ですかい?なんて、最初は思ったが、なかなか雰囲気があって、良かった。
ニコール・キッドマン、初めてキレイだと思ったな(何本も観てるんだけど…)。
この美しい謎の女・グレースが、突然田舎町に現われて、物語りは始まる。
ダンサー イン ザ ダーク』の監督と聞いて、ちょっと構えて観ていたんだけど、分かり易くて面白かった。
あまり大きな声では言いたくないが(笑)、一応カタルシスのよーなモノもあったし(やばいかも)。
『ダンサー…』は、可哀想な女がひたすらイジメ抜かれて終わりだったからなあ。
こちらも、いい人かと思ったら悪い所がドンドン出て来て、そういう意味ではイヤな話なんだけど。

細かい事を言えばきりがないけれど、おおむねこんなカンジかもなあ、という気が、私はする。
善良に見える人も、機会さえ与えられれば暴君になる、少なくとも多くの人は、その可能性を抱えながら、機会を(幸運にも)与えられる事無く善良の範疇にとどまったまま人生を終えて行くのかな、というような。
村人達は、それぞれはそんなに悪党では決して無く、ただ平凡で、貧しく、弱く、志が低いだけ。そして、とても閉鎖的で不自由な生活に甘んじている。
それだけなら通常、罪に問われはしないが、悪い物が育つ土壌としては最適だ。
グレースという格好の存在の登場は、溜ったまま朽ち果てるはずだったそういう汚い物が吹き出す穴を開けてしまった。
最初親切だった人々が掌を返しながらする偽善的な言い訳は、本当にムカつくけれどありがちで、貧しく不自由な人間が、どうやって自分を誤魔化して生きて行くかが分かり易く表現されていて面白い。

ストーリーの大筋は、なんとなく予想がついてしまったが、この予想は裏切られる事無く実行されて良かった、と私は思った。
いやな話だが、グレースの最終決断にはついつい拍手を送りたくなる。特に子供の扱いについては、そう来なくっちゃ!である。
彼女にひどい事を、しかもアカラサマにしたのは子供も変わり無いし、あの母親もサイテーだからね。
あ、赤ん坊もいたか、まあ、細かい事はいいやね。
グレースが神でないのはもちろんで、そういう意味で彼女もまた正義ではないのは無論だが。
だってスッキリしちゃったんだもん、あの場はね。

トスカーナの休日 

ダイアン・レインと言えば、ちょっとしたアイドルだった。久々に見たら、すっかりしっかり「フツーのオバサン」になっていた。
フツーと言うにはちょっと綺麗だし、ちょっとケンがある目元は『ストリート・オブ・ファイヤー』を思い出させるけれど、青春は遠くなりにけり。

でも、このおばさんぶりは悪くない。ナチュラルだし、まだまだ「オンナ」ではあるし。ちょっとカリカリした表情や、相変わらずドタドタした動きも、この役には合っていて親近感が持てた。おまけに笑うと、けっこう可愛かったりしてね。
一応クライマックス?に当たる白いドレス姿は、サスガ!だった。
他の出演者、特にイタリア勢も、とてもいい。あ、ポーランドの出稼ぎさん達も。
不動産屋の女性が素晴らしい美人で、こりゃあアメリカじゃあお目にかかれない(だろう)タイプだな、と思うし、イタリア男は口がうまくて陽気でハンサム…というパターンを絵に描いたようなのが2人も登場するかと思えば、シャイで誠実な男性(ちょっとサエないけど・笑)も一応出て来たりして。娘に激ラブな親父とか、情熱的な小娘、飄々と壁のマリア像に花を供え続ける爺さん。出稼ぎ3人組もそれぞれで、最後には皆仲良くなって、そこそこ感動的。
アメリカ勢は、ちょっとなあ、でした。
レズのカップルのエピソードとか、酷評を恨んで夫の浮気をバラす小説家とか(一応複線?しょーもない複線)、ちょっと鬱陶しかった。
まあ、そんなアメリカだからイヤ気がさして、イタリアに家を買った、って話なのかも知れないが、蛇足に思えました。

でも、正直言って、キャストは風景の一部、といった内容だったと思う。
イタリア、それも南イタリアって、本当に欧米人の憧れのパラダイスなんだね。
私もとても心惹かれる物があって、楽しめた。
笑っちゃうくらいアタリマエに美しい景色。ボロボロだけど趣豊かな家。美味しそうで、見るからに元気が出る料理の数々。生き生きした人々、おびただしい植物、市場や町並みの、ウキウキした気分。
いながらにして楽しめる、南イタリア小旅行、っていう意味では、『火曜サスペンス温泉編』に近い物があるかも。

で、もっといい気持ちになりたくて、原作を読んでみた。
おー、なーるほど。良く分かった。
原作は殆どストーリーの無い日常的なエッセイで、イタリア生活の魅力がてんこ盛り。それを、多分「映画にするには盛り上がりが必要」とか言って、無理矢理しょーもない(いかにもアメリカ的な)ストーリーをこじつけて、原作のエピソードを解体して組み込んだ、という結果だったのね。
そんな姑息な事をしなくても…と、思うのだけれど。

トランスポーター 

ハゲでマッチョでオトコマエのジェイソン・ステイサム。
なんか、ものすごいイイ体してます。
殆ど見所はそれだけの映画だが(笑)。

いえね。アクションだって凄いのよ。
破裂したり燃えたり走ったり潜ったり、そりゃあもう。殴る蹴るのがあのイイ体だからダメージ大きそうだし。
終いにゃローションプロレス始まっちゃうし(笑)。
…でも全然、乗れなくて、(主演男優けっこう好みなのに…)不思議な程。
だってヘタレなんだもん、あの運び屋さん。
アレコレとご大層な「ルール」を並べて、かっこつけて登場して、すぐルール破るし。ドンドンなし崩しに破るし。口ばっかりですわ。かっこわるー。
男性にとっては、可愛い女の子の匂いがすればルールなんてどうでも良くなっちゃうのかも知れないが。
引き引き。

あの女の子もなんだかなぁ。
勝手に押し倒しておいて、恩着せがましいから凄い。
そもそもなんでトランクに詰められて運び屋に運ばれたのか、分かんないし。

ところで、パパの頭。あれ、ヅ○だよね?
見終わって何も残らない騒がしいだけの映画、と書こうと思ったけど、男性の頭髪については色々考えさせられる一本でした。

トロイ

ブラピのサービスカット満載
鍛えてますねー。
年々シュワちゃんみたいになって来てる。
顔もけっこうゴリラ顔だしね。えらい美形のゴリラ(笑)。

男のカワイイのって可哀想なのかも。
愛する従兄弟を殺されて、仇を討ってもまだ治まらず、死体を戦車に縛り付けて引きずり回すという、物凄いシーンだって、城壁を見上げる顔が…、「あー、ブラピがふくれてる、かーわいー(ハート)」なんだもん。
それはそれで楽しい人もいるんでしょうが、私はそこまでブラピに夢中じゃないからなあ。
一方、お騒がせの美青年・パリスを演じるオーランド・ブルームは、意外と地味。
髪も今回黒っぽくしてて、役もサエないしパッとしなかったな。

とは言え私は、こういう大味のコスプレ物って大好き。
(でもブラピは殆ど服着てなかったような…笑)
ストーリーは、おおむね神話に沿っているものの、神々の存在が切り捨てられているせいで、ちょっと無理矢理辻褄合わせみたいに感じる部分もあったけど。私的には神話のままでもいいじゃない、と思うんだけど、まあリアルな戦記モノにしたかったのね、と納得しなくもない。
人物も、パリスもヘレナも性格悪くない(若くてバカなだけ)ので、ちょっと地味な印象はあったけど。
ピーター・オトゥールの父王は、サスガ!で、品格も悲しみも、きわどい狂気も、秀逸。
アキレスと恋に落ちる王女(けっこうムリヤリよね)のキャラクターとか、ヘクトルの家族愛とか、へんに現代風に寄り過ぎのキライもあったけど、まあアキレスはアホそうだし、スパルタ王は憎たらしいし、ヘレナは完璧美人だし、戦闘シーンも大掛かりで、しっかり楽しめました。

この監督、『Uボート』の人なのね。
少し引いて眺めるような広い視野は、芸風なんでしょう。