あ行  あで始まるタイトルの映画

アイ アム サム


いや〜、スゴイのなんの!
演技派ショーン・ペンの、お見事すぎるノ−タリン芝居
フォレスト・ガンプ』なんてメじゃないって。
 
「知的障害のある男性」サムと、父に似ず賢い幼い娘ルーシーとの愛の物語。
娘役を天才子役ダコタ・ファニングちゃんがやっていて、こちらも感動モノの見事さ。
普通天才子役と呼ばれる子供って、顔イマイチだったりするんだけど、この子はちゃんと美少女。こまっちゃくれてはいるけどイヤ味が無くて、いじらしく、凛々しく、頑張るわけさ。
そんなモンが登場したら、全部持ってかれて当たり前。「子役と動物には食われる」とかって言うじゃない。
でも、ショーン・ペンは負けない。映画のタイトルはあくまでも、『アイ アム サム』だ。

7歳児程度の知能しか無いと言われるサム。善良で、無邪気で、人が好きで、とてもとても優しい男。
知的障害のある人が純粋で正直、とかいう考え方は好きじゃない。ただ「サムはいい奴」なんだとストレートに感じる。最愛の娘とブランコに二人乗りする顔を見よ!すごいから。
そうそう、『レインマン』もメじゃないな。

弁護士リタ役のミシェル・ファイファーも、とてもいい。
いきなり飛び込んで来たサムの存在にとまどいながらも、大切な物を見い出して行く姿は感動的だ。
サムとルーシーの親子愛の物語に、このリタの人生の物語がからむ2本立てだから、ひねくれ者の私でも素直に泣けたのかも知れない。
裁判でも活躍する、サムと似たり寄ったりの御近所さん達や、サムの職場(スタバだ!)の人々もいい。ルーシーの里親の女性もいい。みんな血の通った人間らしく、誰も完璧でなく、誰も悪人じゃない。

そしてもう一つ、全編を通じて流れるビートルズのカバ−曲の数々。
恥ずかしながら、初めてビートルズ、いいと思ったな。
ただのBGMではなく、サムがビートルズの大ファンという設定で、音楽はストーリーに、つまりは人生に食い込んで来る。
サムが赤ん坊の名を思い付く時。そのルーシーがカメラ目線で父への愛を宣言する時。
世界中の人々が、こんな風にビートルズと付き合って来たんだろうな、と思うと、それだけでハートウォーミング。作り手の敬愛の念が、ひしひしと伝わって来る。

きつくない人生なんて、きっとどこにも無い。
美しい音楽と、大好きな人々と、何よりも自分の魂を大切にしよう。
そうすればきっと、きつい事も幸せな気持ちで乗り越えてゆける。
…なんて素敵なメッセージ。
天才役者ペンと天才少女ダコタちゃんのガチンコ勝負に、ミもフタもないヤサグレっぷりがいかすファイファーが参戦。
感動ドラマとしても、達者な演技を拝見するにも、またとない映画だ。
 
 

アイデンティティー

うーん、面白いっちゃあ、そうなんだけど。
ジョン・キューザックって、ビミョ〜にキモいでしょ。
そういう意味では、ハマリ役かも。

「ビリー・ミリガン」の本なんか夢中で読んだし、TVドラマ『ヤヌスの鏡』も面白かった。
興味深いテーマではあるし、なかなか真面目に丁寧に作ってあるとは思うんですよ。
けっこうハラハラしたし、ビックリもさせられた。
謎解きやドンデン返しが一杯あって、そういう点でサービスは上々だったし。
救いが無さ過ぎるのと、ちょっとやり過ぎであざとい感じがするのが、イマイチこの映画を好きになれない理由かな。

モーテルでの連続殺人事件を真剣に追っていたので、ちょっと肩すかしを食った気はしたな。
未だにあのキイはなんだったのか?
映画的に怖がらせるためだけの手段にしか見えなくて、そういうのってあまり好かんのだけど。
まあ、登場人物が多いので、整理券みたいなモンかしら。
モーテルの展開は、けっこう面白くて、脅かし方、怖がらせ方はイケてた、上着を脱いだ警官の背中に血がベットリとか、そういうの、わりと好き。
でもまあ、ビックリって点では、いいのかも、1本くらいああいう映画があっても。
最後の最後のオチも、イヤ〜な話になっちゃったけど、なんか分かる気もするし。

一緒に観た友人が、「あの(売春婦の)女の人が鏡見ちゃったら、ジョン・キューザックのショックどころじゃないですよね」と言ったのには笑ったな。

アイランド 

またしても、古色蒼然たるSFの映像化。
まあ、CG技術の進歩で、「もはや不可能は無い」時代なので、往年のSFファンなら実際に目で見たい、と思うかも知れず、古臭いストーリーをなんで今更……とは、言うまい。
実際、バカみたいに真面目に作ってるクローン牧場のセットとか、それなりに面白かった。製造過程の絵とか、影で吐きそうなブシェミとか(笑)。
このご時世に、あえてCGに頼らず、セットにロケにスタントで、すごい頑張ってる感は伝わって来て、そういう態度は評価したい、のは山々だし。

でも、なにしろ、長い
136分は上映時間としても長いけど、それ以上に話の焦点がズレまくりで飽きてしまう。(多分お得意なんだろう)カーアクションも長過ぎるし派手過ぎてかえって単調に感じてしまう。あそこにそこまで力(金も)使う必要あるか?無い

スカーレット・ヨハンソンって、やっぱりカワイイな。
かなり走ったり飛んだり銃扱ったり、可愛らしい顔のイメージに反して動きもキレイ。金髪も、良く似合って素敵。
ブシェミ、唯一の人間臭いキャラで、ちょっと救われた……もう少し頑張って欲しかった(笑)。

アウトレイジ 5/1

いやぁ。
濃いです、クドいです。
さながら「殺し方カタログ」みたいに、まあ簡単にアノ手コノ手で人が死ぬ死ぬ。
しかし、殺伐とした中にも笑いどころが散りばめられて、思わず吹き出しては反省?してしまう、「こんなトコで笑っちゃうワタシって…」と。
かつて『毒ガス』と呼ばれたタケシの真骨頂なのか?実はワタシ、タケちゃんの漫才は殆ど見た事が無いので、良く分からない。

このところ、映画監督・北野武は、ちょっと迷走していたように思う。
全部観てるワケじゃないが、初期の数作はかなり好みで、尊敬する監督の一人でもある。
しかし今回は、迷走からは脱した感があるものの、以前とは全く違うタイプの造りになっていて、"ファン"としてはいささか戸惑いもあった。
何と言うか、分かり易い…易過ぎて。
ヒネッたモノを造っていたのが、もう一ヒネりしてみたら反対向きでマッスグになっちゃった、みたいな(笑)???
何度か見たら、また違うのかも知れず、再会が楽しみでもあるけれど。

しかし、面白いのは間違い無い。
サクサクと無情に進むテンポの良い殺戮。思わず生唾飲み込む、かっこいい絵ズラ。微妙にズレて行く会話の楽しさは相変わらずだが、なにしろ皆すぐ死んじゃうのであっけない(笑)。
それにしても、"いつものメンバー"をほぼ一掃した出演陣〜TVで見慣れた人も無名の人も〜俳優さん達の、誰も彼もの素敵な事!
キャッチコピー『全員悪人』は看板に偽り無し。とにかく皆が腹黒くドライで悪いんだが、『ワル』というのは男性の細胞を活性化するんだろうか、ってくらい、皆生き生きとワルい。
まず北村総一朗おじさまにビックリ!意外性と言えば三浦友和も凄い、加瀬亮も良い。苦手だった椎名桔平も初めていいなと思えたし、何と言っても石橋蓮司が!!!(笑)かわいそうで……(爆笑)ああ、ひどい。
どう見てもサラリーマンにしか見えない組員の人も良かったな。あれは騙されるわ。そして小日向さん、塚本君も、ハイクオリティ。
"役者"タケシに関しては、まあ毎回必ず出なくてもいいとは思うんだけど、今回は良かった。
あの棄てられた犬みたいな目がね。殺伐とした中で非情になり切れない半端ぶりに説得力があったな。
そう言えば私がこの人に注目したのって、『戦場のメリークリスマス』が最初だったっけ。私にとっては役者が馴れ初めだったんだな。

続編の制作も進んでいるようで、楽しみなんだけど、メンバーは大半が死んでしまったので大幅入れ替えで、発表を見た限りではちょっとレベルダウンかな?という印象なんだけど。
次回もまた"北野マジック"で、ベテラン俳優さんの思わぬ顔を見せてもらえる事に期待したい。

アザーズ

面白かったんですけどね…。
子供達の病気が理由で、カーテンを張り巡らした豪邸。
建築や家具が美しい程、不吉な印象がつのる、そのイメ−ジ造りは大成功だと思う。
ニコール・キッドマンの神経質なヒステリックぶりもピッタリで迫力があった。
子供達も、ビミョーにコワイ顔で、存在感があり、見応えがあった。
そして、これはホラーなんだけど、恐いよりも悲しい物語。

…なんだけど、んー、ちょっとタルイ、かな。
いわゆるミスリードになっている、3人の使用人の描き方が、なんだか中途半端で。
でも、降霊術のくだりとか、戦死したはずの夫の急な帰宅と別れとか、娘の「友達」とか、じわりじわりと真相が臭って来る過程はとてもデリケイトで楽しめた。
ホラーは絶対、絵が美しくないとダメ、と私は決めているんだけれど(単なる趣味)、その点でも文句無く合格。

言いたかないんだけど、どうしても『シックス・センス』を引き合いに出さずにはいられない気分な訳で、やっぱり後から出た分お気の毒、って部分もあるなあ。
ニコールよりブルースが好き、というのも無くはないけど(笑)。
話の面白さと、設定の無理さ加減で『シックス センス』に軍配、だな。
ニコールは熱演だったけど印象が良くなくて、思い入れできるキャラクターがいなかったのも残念。

アパートの鍵貸します

この時代('50年代)のコメディ映画って、なんでこんなに面白いんだろう!?私のツボにバッチリなのよ。
7年目の浮気』『お熱いのがお好き』そしてこの『アパートの鍵貸します』。
…てな事を思っていたら、みんなビリー・ワイルダー監督でした。
私、ビリー・ワイルダーのファンだったんかい。

なにしろ楽しい、これはコメディの必須条件。だけどこれすら満たしてなくてコメディを名乗るヤカラは多数。マンガ家も自戒せねば。軽くて内容の薄いだけの恋愛モノをラブコメと呼ぶなかれ!
そして明るい、これもコメディなら当然と思いがちだけど、さにあらず。ダークサイドに訴えて笑いを取るのって、わりと楽なのだ、ただし印象も、感動も薄い(と、思う)けど。
その上何より、古臭くないのがスゴイ。
『お熱いのがお好き』でも書いたけど、そこに流れる意識は、むしろ現代でも進歩的かも知れない。
平たく言ってしまえば、クールで、知的なのだ、知性無くして笑いは創れない(はずよ)。
そして本質的な部分では、種の進化などというものは、とても歩みがのろいのだろう。
ただし、とても品がよろしい。この上品さはやはり、旧き良き時代ならではか、とも思うが、どうなんでしょう。この時代にも下品な物は山程作られていたんだろうしね。

と、長々とクダを巻いてしまったけど、ホント面白いのよ、これ。
シャーリー・マクレーンも可愛いし(第三次接近以前!?)、ジャック・レモンはサエないけど清潔で、いいかんじ。設定も展開も、本当に今日公開でもおかしくないくらい、説得力もキッチリ。
ありそうで、なかなか無いけど、でもやっぱり現実感タップリの、口当たりも後味もとってもいい、気持ち良く笑えてほんのりハートがあったかくなる、ザ・コメディ。
職人芸って美しい。

アバウト・ア・ボーイ

ロクデナシで有名(らしいぞ)のヒュー・グラント。
面目躍如って感じの、楽しい映画でした。
ヒューちゃん本人は、「落ち着きたい…」とかって弱気な発言をしているらしいけど、このまま突っ走ってほしいなあ。
あのタレ目は、ぜったい落ち着いたりしないって。

ヘンな人が、いっぱい出て来る。
で、親の遺産を食い潰してヘロヘロやってるヒューちゃんが、ひょんな事からいじめられっ子の少年(小デブ)と出会い、絆が生まれていくんだけど、その過程がちっとも説教臭く無いと言うか、ヒューのタレ目や少年の体型同様、全然気張った所が無いのよ。なんか、そーかもねー、と思ってるうちに、出来上がってる。

で、少年には困ったちゃんのママがいて、フラワーチルドレンのなれの果てみたいな女で、母一人子一人の寂しい生活で、少年はママがヘンテコなので学校で笑い者になってたりする。
そして少年とヒュー演じるいい歳して独身、無職、お金アリの男が仲良くなって、となると、ありきたりなイヤ〜な展開、すなわち、改心したヒューが少年のママと恋に落ちて、仕事を始め、暖かな家庭を築くとか、そういうのを予想してウンザリしたんだけど、さにあらず。
ロクデナシはロクデナシのまま、少年とは家族のような絆を保ちつつ、ついでにフシギちゃんなママとも、恋や家庭などという横道に逸れる事無く同様のシンパシイを育てる。
たまに熱くなってギター抱えて熱唱しても、安手の邦画みたいに観客は感動したりしない。
本来のメンクイを貫いてお目当ての美女ともいい感じになって、みんなでなんとなくあったかい関係に流れ込んでしまうのよ。
いいなあ、まさにパラダイス。

それにしてもヒューちゃん、走る姿がかっこ悪すぎ。

アポカリプト 

うう〜もう、相変わらずと言うか、ますますの、メル・ギブソン監督。味付け濃過ぎです。
R指定も激しく納得の残酷描写。これでもかこれでもかと繰り出されるサディスティックな攻撃。人の命を何とも思わない悪役達………ゲップ。いや失礼。
本当に長くてしつこくて、延々と続くので、正直途中から早回しにしたくなってしまった。しなかったのは、それでもとにかくクオリティが高いから。

近年には珍しく、CG臭のしない画面作りは大いに賛同したいところ。やっぱりホラ、全っ然違うじゃん!と、声を大にして言いたい。
問題は、そのCGに頼らないリアリティで何を語るか、という点なんだけどね、本当は。
俳優の全てが知らない顔で、聞き慣れないと思ったら言語は何と『マヤ語』ですって!そういうところ、エキゾチックな雰囲気はタップリだ。
…けど、え?マヤ???アステカと違う????と、すでに混乱。
そして、主人公達が『土人』過ぎやしないかい?マヤと言えば、すごい高度な文明だったはずで、その近辺で、同じ言葉喋ってて、あの野生生活……???なんだか頭が『?』だらけになる。(こうなると、いっそ英語でやってくれた方が良かったかも、なんて思ったりして)
300』も真っ青の裸祭りですから!でも『300』は腹筋だったけど、こちらは『』ですから。なんかアマゾンの裸族を取材、みたいな。
(あの悪役の、青っパナ垂れてるみたいな顔は笑えたな。)

まあ、設定はいいよ、取りあえずそういう架空の世界だと受け入れても。
結局やってる事は、ジャングル使ってリアル鬼ごっこですから!
子供のできない仲間に対する皆の態度とか、レイプされて最後まで抵抗しなかったら地獄行きとか、この部族アホ過ぎで不快極まりない。(むしろキリスト教の悪しき特徴では?)
長丁場にもかかわらず、主人公に思い入れが全然できなかったせいか、力一杯の壮絶アクションシーンの連続も、TVゲームのような印象で見た。いや画面そのものは、とっても(過剰な程)生々しいんだけど、気持ちが付いて来ないのよ。
惜しいな〜、凄いよね、あの滝のシーンとか、ジャングルの景色、本物のジャガーとか、ピラミッドの生け贄シーン、死者累々の廃棄所とか。あ、ヤドクガエルのシーンはちょっと可愛かったな。でも素手で大丈夫なのか???

例えるなら、店構えは立派で料理の素材も盛り付けも最高だけど、味付けが致命的に不味いレストランみたい。ついでにシェフはハンサムときたもんだ(笑)。
おまけに、またしても「家族さえ無事なら万々歳!」なエンディングで、本当にウンザリ。『2012』もそうだったが、結局そういう奴らだよ、と毒づきたくもなるわいな。

頭を空っぽにして残酷描写を楽しみたい方には、オススメの映画。

甘い生活

何となく苦手意識と言うか、小難しいイメージがあって、さりげにスルーしていた、フェリーニ監督。
機会があって見てみれば、別に面倒な事は何も無かった(笑)。

ただ、ストーリーを追うタイプの映画ではないので、若い頃に見てたら「なんじゃこりゃあ?」となってたかも。
マルチェロ・マストロヤンニ扮する伊達男の記者の、ひたすら自堕落な生活。浴びる程酒を飲み、女と見れば全力で口説き、夜を徹して徘徊し、同棲中の恋人を自殺未遂に追いやっても泣きはするけど反省しない。
ウンザリしても良さそうなロクデナシ男の日々を、淡々と追うばかりの内容だが、当時のセレブの生活の華麗さ、ローマの街の景色、次々現れるいずれ劣らぬ美女達に、目は釘付け。全然飽きる事無く3時間の長丁場を乗り切った。

モノクロ画面は人を美しく見せるけれど、それにしても女優達の綺麗な事、粋な事。黒いドレスひとつ取っても、どういうカットでどうなってんだ?という、魔法のようなシルエット。若きマルチェロの美男っぷりも半端でなく、漂う色香にむせそうだ。
ハンサムな彼は女性にモテる。彼もまた、女性と見れば情熱的に愛を囁き、それはどう見ても真剣に見える、けれども心のどこかはいつも空虚。対する女性達も、相手にはなっても決して恋の幸福に酔いはしない。乱痴気騒ぎの毎日は、繰り返すごとに倦怠と憎悪にまみれてエスカレートする…。
途中、田舎から父親が出て来るエピソードがあり、なんだかハラハラしながら見た。はしゃいでいた父親が急に我に返って家に帰って行った時は、なんだかホッとすると同時に悲しくもあった。
友人の死のエピソードがあった。なんだかとても、分かる気がして、怖くなった。

こんなに長い映画と知らず、劇場で観たので、そろそろトイレが心配だがどうやってこの状況を収束するのだと心配になって来た頃に、見事なラストシーンが用意されていた。
夜通し遊んだ夜明けの海岸、打ち上げられた腐った魚、対岸の少女の届かない声。
この甘い地獄から救われる手立てが、すぐそこにあるというのに、彼は諦め、背を向けて来た道を戻り始める。
きっと明日も明後日も、同じ日々は続く。徐々に煮詰まり発酵しながら。
ブラボォ!
公開当時の日本で、こんな気分が伝わっただろうか。現代の方がむしろ、共感を覚える向きは多いのでは、と感じた。

それにしてもまあ、男も女もやたら煙草吸うねぇ。
こんな時代に生まれなくて、本当に良かった。

アマデウス


光の洪水。
と、思ったら音楽だった。
みたいな、何がいいって、音楽がいい。
誰もが認める天才モーツァルトの、圧倒的、絶対的実力。
これが説得力を持って出せれば、この物語は大方完成なわけで、そして見事に成功している。

もちろんそれは、脚本も、美術も、役者も演出も、映画のいろんな要素がそれぞれとても完成度が高い事に支えられているのだけれど、それらの全てのベクトルが、「モーツァルトの音楽」に向かって綺麗に延びている。
だからこそ観客は、圧倒され嫉妬しながらも熱狂する、サリエリに自分を重ねざるを得ない。
日本の舞台でサリエリ役をやった俳優が、「私はいつもサリエリの苦悩を抱えている」みたいなコメントを出していた。
おそらくそれは、一度でも真剣に物を造ろうとした者なら誰もが感じる苦悩だろうと思う。
「サリエリ」は、みんなの心の中に住んでいる、だから、共感を得るのは、ある意味たやすい。
だからこそ、その共感がどこまで深く食い込むかは、作品の完成度にかかっているんだが、この映画の完成度は、ものすごーく、高い。

サリエリは言うまでもなく名演だったけど、アマデウスも良かったよね。
おサル顔で、アホそうで、でも可愛くて若々しい。
素晴らしい作品を造り出す事と、人格や知性とは別。
才能とは理不尽で暴力的な物であり、哀れサリエリはその暴力にボコボコにやられてしまうのであった。

アメリカン アウトロー 

若者達が大活躍する西部劇、と言えば『ヤングガン』がすぐ頭に浮かぶが、(いやアレはいい映画だったんだけど)私的には主演男優の差でこっちに軍配上げちゃうな。コリン・ファレル、いいです。
南北戦争直後の南部の街が舞台で、主人公は実在とされる南部のヒーロー。とは言ってもやってる事は列車強盗団なんだけど(笑)それだけ体制側に反発があったって事でしょうね。
若くて向こう見ず、と言うか、良く分かってないんちゃうか?というヤンチャ坊主達のムードが良く伝わって来て、ウキウキしてしまいます。

悪役のおヒゲのおじさんが、渋いオトコマエ、と思ったらティモシー・ダルトンだった!ちょっと意外、でも良かった。
コリンが若々しいんでヒロインがちょっと年増に見えてしまって残念、かな。
手配書の扱いでモメるくだりや、ママ(ミザリー!…違うって)のキャラも傑作。
仲間達も、基本的に若々しく明るく素直で、程良いキャラの立ち具合でコリンをしっかり立てている。

ジェシー・ジェイムズは実際に民衆に人気の義賊的存在だったらしい。南北戦争の直後、という特殊な社会事情があったせいでしょうが、魅力的な存在ではあるね。
危険な闘いを目の前にすると笑い、呆れる程の大胆不敵さと冷静さを併せ持つ英雄的戦士。銀行強盗の犯行時には「紳士、紳士」と仲間に言い聞かせるスタイリストでもある。
反面、好きな女の子を前にすると「でかくて老けた」なんぞと口走り、口説き文句の一つも言えず友人に教わったりする純情さ。かと思えば負傷して追っ手に迫られる局面で、気を失ったふりをしながら彼女にちゃっかりタッチしていたりする。
友達思い、家族思いで、愛国(この場合南部)精神に溢れる愛情深い男。
物語は(人が死んだりする割に)終始明るいトーンで、青春映画然として犯罪や殺人のダークさを感じさせない。

あんなに楽しそうに人を殺しちゃイカンだろ、と思いつつも、カワイイ男の子の大活躍ぶりに頬がゆるんでしまう私であった。

アラビアのロレンス 
 

最初に、この人かなり、キテるよねー。
と、思うんだけど、それはそれ。
 
このスケ−ル感、このカタルシスは、何回観てもスゴイ!
映画館の大スクリーンの、右と左に、砂漠の広がるのを感じた。(実際には巨大扇風機とかレフ版かかえたジーパン青年とかがいるんだろうけど…)
白い族長服を着たロレンスが両腕を広げると、まるで白い鳥のよう、古典悲劇の王のよう、神のよう。
列車の屋根を歩くシーン、迷子の手下を連れて戻るシーン、片手を振って戦闘命令を下すシーン。
ロレンス自身の傲慢なカン違いに、観客は(アラブ軍同様)ウカウカと乗せられてしまう。
砂漠の風や太陽。これまた壮大なBGM。ピーター・オトゥールの、どこか悲し気な青い瞳。
「スケールとは、気の遠くなるようなディティールの積み重ねだ」と言ったのは、私の嫌いな某監督だが、言葉そのものは素晴らしい。「アラビアのロレンス」は、まさしくその事を、これでもかと体現している傑作だ。

「なぜ砂漠が好きか?」と質問されて、ロレンスは答える、「清潔だから」と。
有名なセリフだが、「清潔」という事は、「生き物に厳しい」って事でもあるんだよね。
彼は「清潔」な砂漠で、「運命などない!」と言い放ち、それを体現して見せてヒーローになるが、アラブとのギャップは超えられず、母国イギリスには捨て駒にされて、己が神ではなかった事を思い知る(当たり前なんだけどなあ…)。高揚感の後の挫折、まるでキリストの苦悩だ。
彼は白人社会では、かなりの変わり者だったようで、だからこそ砂漠の民を率いて武勲を挙げたりできたんだが、結局は極めて白人的な部分を露呈して、逃げ帰ってしまう。
それでも。
あの高揚感、あの全能感。結末はどうあれ、一度味わった快感は、忘れられるものではない。

恐い野蛮人としてロレンスの前に登場し、友人となり、崇拝者になって、ずっと彼を見つめ続けるアラブの首長、アリ。こちらが色付き人種のせいか、彼の気持ちに乗り易い。
ありゃあもう恋だね。そしてゴミのよーに捨てられる。

アラブの衣装というのは、どうも男性を三割増し位に見せるみたい。
ロレンスにしてからが、英軍の軍服の時は貧相なのに白い族長服になった途端神掛かってしまうし、アリのみならずアラブ勢は風格があって、すこぶる男らしい、顔濃いけど。
思えば『風とライオン』のショーン・コネリーは、最高にセクシーだった。『レイダース』のハリソン・フォードにも、ドキドキしたなあ。
ラクダというのがまた、へんてこな生き物で、物語は佳境なのにふと目が行くと離せなくなっちゃう(笑)。
砂漠のテント生活も、観る分には魅力的だ。やるのはキツそうだけどね。

こんな壮大なスペクタクル映画が、大真面目に作られた時代、膨大な労力と金と知恵が惜しみ無くそそがれた時代。(意外と新しくて、1962年作だそうだが)
この頃、映画って、さぞやロマンティックなものだったんだろうな。

アレキサンダー 

いや〜、こんなホモホモ映画とは。
それで評価が変わったりはしないけどさ。どうせそんなモンて気もするし、あのへんの(アバウト…)時代。監督オリバー・ストーンだし。
でも、母親の「若い男同士なんだから当然よ」発言には軽く後ずさった(笑)。
主演のアレキサンダー大王役は、このところすっかりお気に入りのコリン・ファレル君。八の字眉毛が可愛いのよ。
痛々しいような若さと、確かな演技力。適役でした。

合戦シーンはとっても痛そうで迫力あるんだけど、正直いきなり始まってしまった感じで、こちらが人物に思い入れが整う前にどんどん進んでしまって、ちょっと引いた。痛いシーンも長すぎると疲れるし退屈しちゃう。
後半部分のゾウとか出てくるあたりは気持ちも追い付いて来て、しっかり観られたけど。
遠征する先々での衣装や調度品等も様々に豪華で見応えがある。
嬉しそうに現地の服装で登場するアレキサンダーも、ちょっとしたお楽しみだ。

母親役のアンジェリーナ・ジョリー。きついっす。
嫌いじゃないんだけどこの人、コスプレ似合わねー。『ポワゾン』でも思ったけど、やっぱり時代物は端正な美女がいいな、私。
父親役のヴァル・キルマーは、粗野だけど熱い王を熱演。しばらく誰だか分からなかった!

物語は世紀の偉業を成し遂げた若き王の、英雄的な面よりも苦悩を中心に据えて展開される。
平たく言えばこの英雄、ホモでマザコンでヒステリーである。
コリン・ファレルは英雄の苦悩をしっかりと演じているけれど、あまりに暗い面ばかりが強調されて、かえって薄い印象になってしまっているのは残念だ。
戦争は憎いかも知れないけど、人にやれない事をやった人物を描くのに、トラウマの一枚岩では納得いかない。
人に真似できない、おおらかさや剛胆さ、かっとんだ部分が、きっとあったはず。
コリンは笑顔だってカワイイんだからさ。

アンソニー・ホプキンス演じるじじいが回想する形式で、気持ちは分かるんだけど、成功してないと思うな。このシーンに戻って来ると緊張感が途切れちゃうし、たださえ長いんだからやめて欲しかった。
結局、最後にこのじじいが主題らしき事を語って幕、なんだけど、うん?これって内容と合っているのか?
結構面白いのに、最後に取って付けたようにどっかで聞いたような事言ってまとめるの、悪い癖だと思うんだけどな。

アンタッチャブル

デ・パルマって、私が映画を見始めた頃周囲で凄く人気で、だから何本も観てるんだけど、自分でも好きなのかなんだか分からなかった。
絵は綺麗なのに、内容がエグイ。脅かしたり、怖がらせるのは巧みだけど、なんか小手先っぽい、嘘っぽい…。でも、気になる。
『アンタッチャブル』は、そんな私が初めて心から楽しめたデ・パルマ映画だ。
案の定、と言うか、やっぱり古くからのカルトなファンは「終わったな」とか言ってた。ふむ。

もの心付いた頃には、もう何となく聞き覚えのあったこのフレーズ、『ジ・アンタッチャブル』。そして「アル・カポネ」という名前。
禁酒法なぞという無茶な試みがあった時代。ファッションも、ダンスも、車や冷蔵庫なんかのデザインも、とってもオシャレで魅力的。
そんな舞台設定で、実在したギャングのアル・カポネと、彼を逮捕した捜査官の死闘を描く。って、んー、ワクワクする!
でも、シチュエーションの興味深さをしのぐ面白さが、この映画にはあった。
善玉悪玉共に魅力的なキャラクターが入り乱れ、キャストも豪華、 アクションも人情もてんこ盛り。多分お金もかかってる。
主人公の捜査官を演じたケビン・コスナー、良かったなあ、この頃は。
私はこの映画で初めてこの人を見た。スーツにソフト帽が良く似合う、端正でクラシックな容貌。ハンサム過ぎて今時あまりウケないかも…なんて思ったけど、さにあらず、案外押し出しの強い性格だったせいか?
アル・カポネはロバート・デニーロ。例によって、リキ入りまくりの飛ばしまくり。20kg太ったとかって、おかしいよ、アンタ!そうして作ったカポネの姿は、残っている本物のアル・カポネに笑っちゃう程良く似てる。オシャレでオトコマエで、とってもアブナイ親分でした。
そしてショーン・コネリー。ハゲてるじゃん!ハラ出てる(多分この時が一番太ってたんじゃないかな)じゃん!ジジイじゃん!なんでかっこいいんだよおー。

階段の乳母車のシーンはもちろん、コネリーの最期とか、その仇討ちとか、カポネがバット使ったりとか、見せ場も色々、元々絵はとても美しいのだから、ストーリーに安定感があれば落ち着いて楽しめたのは当然の事。

マニアには不評でも、この映画はウケたし、デ・パルマの代表作になった。
作家のワガママが押さえられた分、寂しい部分も分からないではないけれど、今までどこか「なんちゃってー」的な逃げがあったように感じていたのが、今回は真っ正面ド真ん中、剛速球ストレート。
私は支持します、でも、その後デ・パルマって、なに撮ったっけ?

追記:すみません、その後『カリートの道』撮ってました。名作。

アンタッチャブル(by hayakawa)

私も『アンタッチャブル』とか『ワンスアポイン以下略』好きなんです〜。何か好きって時代背景とケビンとショーン・コネリーっ。
ショーン・コネリー、老けてからの方がずっと色っぽいってどういう事よーーー♪♪


「い、う」へ