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た行 たちつてとで始まるタイトルの映画

ターミナル 

あー。なんか予想はしていたんだけど。
イライラする映画でしたわ。

キャサリン・ゼタ・ジョーンズが、普通の美人をやっててビックリ。しかも、すごーくキレイ。やっぱり美人だなぁー。
トム・ハンクスも、相変わらず達者なんだけど、そしてこういう役どころが似合うんだけど。

なんかさあ。
いいかげん、「アメリカ、何様よ」と言いたくなる。
冒頭の、国を無くして言葉も通じない一旅行者に対するえーかげんな扱いはなんだ!?伝わってないやんけ!勝手に逃げればお役ご免?食事代稼がせないために新しい部署まで作っちゃう?
バカ。バカな奴は実際、どこにでもいるけど、あまりにも主人公をいじめるためだけに設定されてるのがミエミエで、引いてしまう。こういう、主人公が世界の中心になって他の人物が主人公のためだけに存在する話って、昼メロとかハーレクインとかに多い、だからバカにされるんだけどな。
フォレスト・ガンプ』が『ビック』の二番煎じと思ったけど、だったらこれは三番煎じ、すっかり出涸らし。
主人公がキューピッド役になって空港で結婚式を挙げるカップルの話なんかも、デートのキッカケ作るくらいで充分。会話ひとつも交わさず婚約指輪受け取るか?
そうかと思えば、噴水、あれだけ!?え!?撮影失敗しちゃったの?
いつキャサゼタさんが暴れ出すかとハラハラしたわ。今にトムハンクス鼻折られるぞ、って。無かったけど(笑)。

そして結局、ソ連崩壊にかこつけたアメリカ万歳映画というオチ。
「世界中の人達が、アメリカに憧れているんだよねー」ってさ。
ここまで来ると本当、イヤらしいわ。
キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』が結構面白かったから見直しかけたのにな。
スピルバーグって幼稚だからキライ

ターミネーター

私的にはもはや、「古典の名作」かな。

アーノルド・シュワルツェネッガーに、まずは尽きる。
なにしろすごい肉体、個性的なゴリラ顔に、怪し気な口調(ホントに英語ヘタらしい、逆手に取ったのか、ケガの巧妙か?どうも後者らしいが)。
我々のイメージする「人」を超えた存在として、追われて恐い敵として、本当にバッチリ、ふさわしい。
シュワちゃんは、笑うと結構マヌケな顔になってカワイイし、どうやら陽気な性格らしいんだけど、この頃は知名度も低かったので(ボディビルでは超一流でも、ビル自体マイナーだからね)徹底した無表情な演技でもって、観客はピタリと役柄に彼の個性(の一部)を重ね合わせる事ができた。
加えて黒いグラサン(目が優しいからな)、パンク系の皮ジャンに、大型バイクと、道具立ても素朴で分かり易く覚え易く、グッドなんであった。

そう、この映画は、とっても素朴なの。
公開当時でも「低予算だなー」って感じたSFX(この単語自体今じゃ懐かしい…)。
キャストもシュワのみならず、ヒロインのリンダ・ハミルトンも、ヒーロー?のマイケル・豆(ビーン)も無名で、つまり他の固定イメージが付いてなかった。
ストーリー自体も、時空移動なぞはあるものの、言ってみれば単純で、とにかくものすごーく強くてコワイ物が追って来る、弱い一般人と頼りにならない援軍、とにかくもう必死になるしかない!後はもう、逃走、破壊、アクション、そしてちょろっと、恋もアリ、という事で。
美人でもなく、本当にそこらのオネエチャンだったハミルトンが、後から思えばすごく良かったんだよね。そして、ちょっと二枚目だけど全然弱そうなビーンもね。

そしてこの物語は、単純ながらも未来へと繋がって行く、明確なメッセージを含んでいる。
ち密な撮影技術や高価なセットじゃなく、ましてや出演者の知名度なんかじゃ全然なくて、とにかく熱気が伝わって来る感動。この映画は、アツイんである。

今でも、思い出してはワクワク、ゾクゾクするシーンがいっぱいだ。
時空移動のため、全裸で落っこちて来るターミネーター。ドアを開けるとターミネーターが「サラ・コナー?」と聞く無表情な低音(ここでうなづくと殺されちゃうのよね)。サラの額に合わせられる赤い照準ライト。片手にショットガンを持って大型バイクにまたがり、片足でターンしちゃうターミネーター。黒いグラサンの下に光る赤ランプ。
予算、関係無いよね。
まずはイメージ、そして美意識。

余談ではあるが、最初依頼段階では、シュワちゃんはターミネーターではなく、マイケル・ビーンの演じたレジスタンスの戦士の役だったのを、シュワ自身が「こっちがいい」と言ってターミネーター役をゲットした、らしい。
今にしてみれば、「ナゼ最初そんな配役だったのか!?」と、かえってミョーな気がするけれど、つまり「ボディビル界のスーパースターが美女を守って大活躍」という三流ミーハー企画だったのかな。
あんな顔でも(ごめん、だって…)インテリ、というシュワちゃんの評判は、ウソじゃないのかも、と思ったエピソードでした。

ターミネーター2

ターミネーター』は、本当に大好きな映画だった。
それだけに「2」は、どうするつもりかとハラハラした、だってこの頃すでに(殆ど無名だった「1」と違って)、シュワルツェネッガーは「陽気で親しみ易い筋肉系アイドル」の座を確率してしまっていて(『コマンドー』はまだしも『ツインズ』や『キンダーガートンコップ』も出た後だ!)冷血の殺人マシンを再び演じたところで、観客(私も含む)は付いて行けるのか!?
当時すっかりシュワファンになっていた私は、まるで親戚のおせっかいおばさんみたいな気分で、この映画の行く末を心配したのであった。
結果は、「ひょうきんな筋肉男」ではないものの、「親しみ易いナイスガイ」のイメージが前面に押し出される結果となって、ひと安心。
『2』で急に「いいもの」になっちゃった事を批判する人もいるけど、私はアリだと思ってる。むしろ大正解、他に道は無かった、かな、と。

シュワの役割が変った事のみならず、この『1』と『2』の間には、かなりの差と言うか隔たりがあって、全然タイプが違うからこそ続編が成功したのかな、とも思う。『エイリアン』みたいにね。
どうやら制作費が『1』よりずっと多い、というのも、『2』成功の秘訣?なのかも。
正直言って、この『T2』、『1』程の熱気は感じない。その換わり、画面の完成度、ドラマの展開、でもって、飽きさせないエンタテインメント映画になっている、と思う。
公開当時、まだCGはけっこう珍しくて、変幻自在のスチール色は、とっても新鮮だった(今思えば金属系はCGの得意技なんだけどね)。
「あんなのは初歩技術だ」とか言ってるオタク野郎はいたけどさ。技術誇ってどーする気なんでしょうか、私にはわっかりましぇん。映画が面白いかどうかでしょ。

リンダ・ハミルトンが鍛えまくってて、ビックリ。
『1』では本当に、そこらへんのネーチャンだったのに。これなら「レジスタンスのトップを育てた女」にふさわしい。頑張ったね、リンダ!鬼気迫る芝居もナイスでした。
なんかね、途方も無い非現実的な話なのに、サラの気持ちが、すごーく分かる気がするの。もちろん、こんな風にマッスグ強く生きられる人は少ないって、分ってるんだけどさ。
それから、ジョン・コナー役の、エドワード.ファーロング。カワイイだけじゃなくて、ちょっと憂いがあって、なかなかよろしかったです、ラストの演技には、分っちゃいたのに泣かされちまったし。
そう、もう分ってたのよ、最後のシーンで「僕の命令だ」って言う事は。でも、やっぱり、泣いちゃいました、あのシーン。
そして、新型ターミネーターの、T1000役のお兄さん。
良かったよね、キレイで、無機質な感じが良く出てた。
パンフかなにかに「この役は猫のイメージで選んだ」と監督の弁が載っていたけど、まさしく、足音も無く気が付けば背後にいて、捕まえようとするとスルリと手を逃れる、驚く程柔らかな身体…、ピッタリ。
ロバート・パトリックって言うのね。その後あまり見かけないけど、ダメなのかなあ、ハンサムなのに。役のイメージが強過ぎたのか、それともあのカタ〜イ演技しかできなかったのか。少なくともこの映画では、サイコーだったよ。

私の大好きなシーンは、T1000が病院の鉄格子をすり抜けようとして、手にした銃がカチンと引っ掛かる所。
好きだぁー、こういうの。
あとはもちろん、シュワがバイクで飛ぶシーンとか、ナゼかバラの花束をまき散らして来るシーン(でも、痩せちゃったよねえ)、そして文句無く、ラストシーン。
けど結構、サラが武器を預けた友人の所に訪ねて行った時に、小さい子供を持ち上げて不思議そうに見るシュワが好き。炎の中から出て来るT1000もいい。ジョンの育ての親がやられちゃって…のシーンも、よかった、単純だけど、映画ならでは、と言うか。

そして何よりも、この映画のラストシーンは「希望」を語っている。
「人間だけが感情と理性を持っている」という西洋文化にとっては、「機械でさえも感情を持ちうる」というこの物語はビックリだったかもしれないが、仏教の影響が根強い我々日本人にとっては、しごく当然の結末、と言えるのかも知れない。『鉄腕アトム』を見てるしね。

ところで。
メカって、やっぱりバージョンアップすると、高性能・小型軽量化するのね(笑)。

ターミネーター3

だからさあー。
まあ、思った(心配した)よりは、映画はそんな。つまんなくはなかったよ。
T−Xのお姉ちゃんもキレイだったし。
(しくじった時の無表情ながらも悔しそうな顔が、狩りに失敗した時のネコみたいでカワイイのよ)
でもナゼこれを撮る必要が!?
とは、どうしても拭い去れない疑問のまま、幕が降りてしまいましたね。
その直後のシュワの立候補でしょ。
なんかヤダー。

そして、かつての美少年ジョン・コナーが土砂崩れを起こしてしまったというこの映画最大の謎についても、なんら答えは出ないままなのであった。

第9地区 

これは…こ、これは!
面白い!!
どっかで小耳に挟んで、殆ど予備知識ナシで見て、最初はショボそう〜キライじゃないけど(笑)、なんて思ったんだけれど。
どうしてどうして、すごい出来の良い、大満足の『ザ・映画』でした。

出だしから面白いには面白い。何やらドキュメンタリー風のインタビューが挟まり、やがて性格も頭も軽そうな小役人が登場。え?コイツが主役???そして30年間ヨハネスブルグに棲み着いてるエイリアン=通称"エビ"が登場すれば、うん?キグルミかいな?(いえ、ちゃんとCGでした、キグルミでも全然OKだったんだけど)と、B級テイスト満載
しかし、話が進むにつれ、気持ちはドンドン引き込まれ、ショボいと思った主人公ヴィカスに心と呼吸を合わせて行く。プレデター似の宇宙人も、どんどん愛おしく、しまいには畏敬の念さえ感じていた。
胸がね、胸が痛い。

舞台設定から想像が付くように、差別の問題が大きく絡む。
姿形が(自分基準で)グロテスクで、言葉がろくに通じない、というだけで、蔑み見下す地球人達。
頭では「ダメだよね〜」と思いながらも、椅子に背を持たせて見ている自分に、ある時点で気付いてドキリとさせられる。
"小役人"ヴィカスは素晴らしく、我々凡人が思いを重ね易い位置を移動する。自分の意識の低さ、甘さ、勇気の無さも、それから弱いなりの、愛や友情や、後もう何だか分からないけどそんなこんな。
どうしてこんな事に。なんで自分が。追い込まれなければ、人は奥底を見ない。

とはいえ、決してクソ真面目な社会派映画ではなく、時にユーモラスだったり、グロかったり、意外にも派手なアクションも用意されていたりと、サービス精神もタップリで、本当に画面に釘付けだった。
ラストはちょっと、ほろ苦いけれど、望みうる最高のエンディングだったと思う。
冒頭チンケと思ったヴィカスの、すっかりファンになっていた。
あんな美人の奥さんと、どうして結婚できたんだと思ったけど、ラストはその愛に泣かされた。
そして、最初はあまりの造形に笑ってしまった"エビ"のクリストファーの、見つめる瞳に胸が熱くなる。虫にしか見えなかった子供がまた、賢くて無邪気で、たまらなく可愛く見えて来る。
『アバター』では最後まで微塵も感じなかったけど、よりグロな姿の彼らには、もう容姿なんてどーでもいい、いや姿さえも可愛いよ、と素直に思えた。ナヴィよりエビ(笑)。
…そう言えば私、『えびボクサー』でも泣いたっけ……えーと。

思わせぶりに三年後を予告して映画は終わるが、頼むから続編なぞと妙な色気を出さないでおくれ、と、祈るような気持ちでエンドマークを見た。
きちんと構成されて、良く出来たモノは、もうそれで完成なのだから、お願いしますよ。

残念ながら劇場公開は逃してしまい、DVDで鑑賞。特典映像でメイキングを見たが、これがまたいい。
スタッフが皆若い!みんな目がキラキラしてて、本当に楽しそう。ヴィカス役を大熱演のシャールト・コプリー(と言うんだそうだ)も含め、色んな人が色んな事を考えて、言って、やってみて。そんな活気が伝わって来る。若いってスバラシイ♪
制作に、私の嫌いなピーター・ジャクソンがかんでいた。あ、そうなんだ。
もう若手の発掘と育成に回ったらいいのに(笑)。

タイタニック

レオ様ってどうよ?
かっこ悪いと思うんだけどなあ。
確かに 金髪だし青い目(多分…)だけど、今日日の日本人がそんな事珍しがるとも思えないし。

公開当時、この映画はすごいリピーターが多いと言うので話題になっていた。
映画を生まれて初めて観た未開の人々なのか?
「船が来るぞー、逃げろ!」なんちゃって。

誰もが小耳に挟んだ事はある、実話がベースの物語なので、そういった興味はあった。
「こうやって沈んだのかー(恐ーい)」とか、「上層部が酷いから、こんなに人が死んだんだな」とか。
ヒロインの婚約者が 、あんなに意地汚く生き残ったにもかかわらず後に自殺した、という事後報告は感慨深いけど、確か昔のタイタニック映画でも同じ事言ってたしな。
CGについては、好みもあるし(私はあまり好まない)、技術的な事は分からないんだが、観た感じはサイテー。すごい薄い見にくい画面になっちゃって。
長年アシスタントばっかりやってて、背景は上手いけど人物がダメダメなマンガ家の画面みたい(?)

二人の恋にしても、ちまたじゃロマンチックとか言われているみたいだけど、レオは綺麗にしてる金持ちの女が珍しかったんだろうし、ヒロインは人身御供同然に結婚させられるのがイヤで(そりゃイヤだ)、でも独りで逃げる勢いはつけられない…と、なんかあまり、美しくないの。

ヒロイン役のケイト・ウィンスレット、美人でゴージャスなんだけど、もはやトッチャンボーヤのレオ様と、お似合いとは思えない。もう少しヒロインが少女っぽいか、ヒーローが大人な雰囲気だったら、二人の恋にも違和感は無かったのかも。そうかなあ。
ウィンスレットはこの時すでにかなりグラマーだったけど、その後太り過ぎて「太って何が悪い!?」ってタンカ切ったとか、でも役が付かなくなってダイエットしたとか、色々言われた。次作らしい『グッバイ・モロッコ』、確かにますますドッシリして、見事なオバサンぶりだったけど、きれいだったけどなあ。

追記:TVで美輪明広様がディカプリオの事を「小豚みたいな顔の俳優」と言っていらした。サスガは美意識の権化!

太陽がいっぱい 

子供の頃にTV放映で観た記憶はあって、けっこう印象的な映画ではあったんだけど、最近リメイク版、と言うか同じ原作の映画化である『リプリー』を観たもので、改めて観てみたくなった。

意外に単純と言うかシンプルな映画だった。
昔の人は素直だったのか、凝った内容の『リプリー』を観た後では「ホホー?」という感じ。
でも、光溢れるイタリアの美しさや、男女3人の緊張感ある関係、魅力的な「ワル」の主人公に、衝撃の結末、そして余韻のあるラストシーンと、傑作である事は間違い無い。
公開は1960年。
しかし古くさい印象は無くて、ヒロインの水着姿に時代を感じるのみ、というのも凄い。

主人公トム・リプレイ役は、世紀の2枚目と呼ばれたアラン・ドロン。
全く今見ても、殆ど犯罪的美しさだ。
輝くばかりに若く美しく、頭も切れて、しかし陰惨で下品。
複雑な人物を魅力的に演じている彼を見ると、顔だけ役者ではなかったのだな、と改めて思い知らされる。
先にも言ったように、わりとシンプルな造りの映画なので、例えばリプレイの過去の苦労話なんかはいっさい出て来ないのだけれど(近頃の、特にアメリカ映画は’トラウマ’のオンパレードで、ちょっと食傷してしまう…笑)、金持ち息子のフィリップとの簡単なやり取りだけで、彼の思いの深さ・暗さがしっかり浮かび上がって見える。
ラストシーンで、「あーあ…」と肩を落とす気分にならない観客は、きっとすごく少数派だろう。
金持ち息子が鼻持ちならない、というのも棄てがたくあるものの、やはり犯罪者のリプレイに肩入れしてしまうのは、彼が人間らしく魅力的に描かれているから。
言い訳もせず、泣きも入れず、殆ど目の表情で語り尽くしてしまうドロンは凄い奴だ。

『リプリー』を観た感想は、「これは2枚目がやってはダメな役ではないか」という物だった。
そういう意味では、あれとこれは全く別物、と思った方が良さそうだ。
マット・デイモンのねちねちしたリプリーも見応えがあったが、ドロン版の単純明快さは逆に新鮮。
サスペンス要素は比較的スッキリ片付けて、忘れられないラストシーンへと繋ぐ終盤は見事だ。
哀愁の名曲はもうあちこちで聴き過ぎてしまっていて残念だが、それでもラストの青い青い空との対比は痛い程印象的。
ため息が出る程の完結ぶりに、46年後から拍手を送ろう。

タクシードライバー

名作の誉れ高いこの映画。
今まで観た事が無かったと思い、やっと思い切ってDVDを借りて観ました。
……観た事、あったわ。
見始めてずーっと気付かず、最後の殴り込み?あたりでやっと思い出した。

デ・ニーロ演ずるベトナム帰りのタクシー運転手・トラヴィスに、共感ができるか、あるいは「かっこいい!」と思えるか、でないと、この映画はキツイと思うんだけど、私はどっちでもない。
うーん、イタイな、というのがあったから、少しは共感はあるのかな。

第一、若くてギラギラしたデ・ニーロは、一見してキモチワルイ
初デートでポルノ映画館に連れて行かれちゃーなぁ。
あれってどういうつもりのエピソードなんだろう。
女性に慣れてないだけの悪気の無い男、って事?それとも、そういう物(ポルノ)にしか触れるチャンスが無い程お粗末な人生を送って来たって事かな。
私には、あれだけで「大カン違いのアブナイ野郎、取り扱い注意」ってレッテル貼るに充分なんだけど。

13歳の娼婦役で、ジョディ・フォスターが出てる。
うっわー、変わってない!サイズは小さいけど(笑)。
身体付きは少女なのに、顔は大人びて、当時は「世界一色っぽい13歳」なんて言われたよね。でも残念、色っぽいと言うよりも、知的な印象を受けてしまうのは、今の彼女を知ってるせい?
家出して、ヒモ男に食い物にされるバカ少女、ってイメージが、今となってはシックリ来ないんだけど。
この少女アイリスがトラヴィスにヒモの悪口を言われてかばう会話は、なかなか泣かせる物がある。「本気で言ってるんじゃないわ」。大人っぽさが痛々しい、いい場面だ。
栴檀は若葉より芳し。 

夜の街の様子や、そこに生きる人々の風情は生き生きとして見応えがあった。
色々な意味で追い詰められたトラヴィスが、(元々素養があるのは明白だし)ああいう行動に出るのは、分からなくもない。腕に覚えもある事だし。
銃撃シーンは生々しくて迫力があった。ドバーッとな。
でも、ラストの扱いは、ナンジャーコリャー、おかしいでしょ。
アイリスの両親は感謝するでしょうが、それにアイリス本人を出さなかったのも正解(あの段階で本当に感謝してるかも不明・笑)だけど、同僚とか、例のポルノに怒った彼女までがヒーロー扱い。
それはちょっと…と、理解に苦しむ、と言うよりも、殆ど男の妄想世界に突入しちゃってる気がするんだけど……。
もしかして、アメリカって、それがまかり通っちゃう?だからベトナム行っちゃったの?

タッチ 

うわ。地味。
一昔前の人気マンガ、と言うよりアニメの実写化、という事で、最初から「ナニを今更?」と思っていたんだが、予想以上にしょぼい映画だった。
南ちゃんが新体操をやらない=レオタード姿もナシ=学園のアイドルでもない普通の可愛い子でしかない。ここですでに、旧作の人気の半分は捨ててる。
映画という枠を考えると、話が多少駆け足になってしまうのは仕方無いとしても、全然ポイントを押さえてない。くどいようだが南ちゃんはブルマで泣かないし(笑)。
取り柄と言ったら双子がソックリな事と、野球のポーズがキマッてた事くらいだ。

 元々、悲しい痛い物語である。それを子供向けらしい”お色気”やら”モヤモヤ”でオブラートしてあったから、楽しく見られた原作だったのではないか?
それなら真正面からシリアスに徹しているか、と言えば、主要キャストの棒読み演技ではとても無理。母親役の吹雪ジュン(好き!)だけがマトモに芝居をして浮きまくっていた(ちょっともらい泣きした)。
演出も演技も地味で平坦。画面もなんだか薄暗いし、せっかくの巨大なピレネー犬も庭先に繋がれてるだけ。やたら手脚の細長い(世間じゃ「スタイル抜群」と言うのか?)南ちゃんが、好みの人には楽しいのだろうか。

 極め付けは、アニメのテーマ曲を臆面も無くクライマックスで流すという暴挙。
あの曲は名曲だし懐かしむ層も映画を観るだろうけれど(私だってその一人だ)、独立した作品としてあんなやり方は悲し過ぎる。
エンドクレジットあたりで、南ちゃんの可愛い笑顔なんかに被さって流れてくれたなら、余裕あるいいサービスになったのに。

 高校生、スポーツ、幼馴染みの恋と、サワヤカ要素を取り揃えながら、青春キラキラ感が全然無い、地味〜で退屈な映画でしたー。

タッチ(by京都の金)

ダセ〜!
\1800出して観に行った人は日本に何人いるんでしょう?
青春映画のハズなのに、おば様の楽しみな可愛い若い子はひとりもいないし・・・変に平均年齢高いような・・・甲子園のはずが“社会人野球”に見えたのはアタシだけか〜〜〜!!!
だいたい何なのよ!きょんび(京都弁で今時の事です)のリバイバルだか何だかはよ〜!新しいアイデアないのん?

タップス

青い、青臭い!
この映画を思い出す時、いつもたまらなくテレてしまう。
つまり私は、こういう青臭いのが、キライじゃないんだろう。
そして、事の善し悪しや、展開のあまりの悲惨さを置いておけば、立派な青春映画だ、とも思う。

なにしろ舞台がミリタリー・スクール、つまり兵隊学校なので、若い(12〜18歳、中高一貫の男子校みたいなモンね、しかも全寮制)男の子がいっぱい出て来る。揃いのミリタリールックで、キリリと敬礼なんぞして、絵的にはたいへん可愛らしい。
今をときめくトム・クルーズと、お騒がせの名優ショーン・ペンの映画デビュー作という点でも要注目。トムは初々しかったが、ペンはこれがデビューとは、と思わせる達者ぶりで印象的だった。

主演の生徒指揮官(!)役のティモシー・ハットンは、青臭い理想に燃える優等生のイメージにピッタリ。潔癖で、スマートで、夢見る瞳。
篭城が長引くにつれてどんどんボロボロのヨレヨレになって行く。ラストシーンで冒頭の生徒指揮官になった日のパレードの姿が再び映し出されると、そのボロボロぶりに胸をつかれる。
トムの役は学校一の過激派。戦争ゴッコがしたくてしたくてたまらないガキ。クルーカットに、まだ子供子供した丸顔(ダンゴに楊子で目鼻を描いたみたいだった)で、いるよねー、こういう子、って感じ。
私はこの役の印象が強くて、「ちんちくりんだけどキレた芝居がナカナカな俳優」というイメージが定着してしまい、どうしてもトムが「サワヤカな二枚目」には見えないのよ。
マグノリア』では久々にキレまくってくれて、楽しかったよー、トム。『ラストサムライ』も、あなたのアル中ぶりがあってこそ。
そしてショーン・ペン。すでに貫禄。冷静で穏やかな指揮官の参謀、という役所がピタリとハマッていて、後の(実生活の)暴れん坊ぶりを思うと、本当に演技力あるなあと、ミョーな感心をしてしまう。

物語は、愛する学校を廃校から救おうと立ち上がった生徒達が、武器を手に校内篭城を続けるうち、どんどん追い詰められて行く、というもの。
生徒達も生徒達だが、制圧に軍隊出して来る大人も大人だ。
子供に危ないオモチャを持たせちゃいけないね。
でも、高い理想とプライドだけはあっても、どっかで甘く見てると言うか、恐さが分かっていないと言うか。そういうの、あったでしょ、子供の頃って。
それから、トムの役の子みたいに、やたらに血がたぎっちゃって歯止めがきかなくなる、っていうのも、組織で動こうとしてもだんだんバラバラに勝手な方向に広がってしまう、なんて事も。どこかで身に覚えがあって、みんな小さな大人になっていく(笑)んじゃないのかな。
観ながら「おいおい、どこまでいくんだ」とハラハラしたが、結果は最悪、後に引けなくなるタイミングの悪さも分からないじゃないけれど、救ってほしかったなあ、私としては。
だからこそ青臭さを歌い上げた事になるのかもしれないけど。

ダンサー・イン・ザ・ダーク 11/29

好きかと問われればそうでもないし、できるならもう二度と見たくないけれど、忘れられない映画というのがたまにある。
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は、まさしくそういう映画だ。

恥ずかしながら、この映画を見るまで私はビョークという人を知らなかった。有名な歌手だそうだけど、女優っぷりが堂に入って見えた。もちろん歌は素晴らしく、何と言うか、別の世界から聞こえて来るような歌声に魅了された。
それは作中での歌の使われ方のせいもあるかもしれない(おかげでか、ミュージカル映画にありがちなむず痒い思いはしないで済んだ)。
ひたすらに辛く、厳しい不幸のデパートみたいな人生。逃げ込めるのは、歌と踊りの妄想の世界…。
私は物心付いた頃には、「こちらの世界とあちらの世界」を行き来していて(時折混乱しながらも)、それが当たり前と思っていた。「あちら」に殆ど興味を示さない人がけっこういる、と気付いたのは、多分大人になってから。今でこそ『リア充』なんて言葉もあるが、「こちら」だけで楽しく生きられる人が不思議だった。そんなに不幸だったワケでもないと思うんだけど。
だから、セルマの逃避行動はスンナリ受け入れられるし、違和感は全く無かった。

子供に関しては、正直想像が付かないので、突き詰める事はできないんだが。
ただ、セルマの決断は、理不尽ではあってもアリだとは思う。いや、あってほしくは無いけど。
最高の結論では無かったにせよ、彼女の望みうる範囲ではベストだったのだろう、としか、言いようがない。それはビョークの恍惚の表情が、何より物語っている、はず。
あの状況で、あの決断で、多分セルマは幸福だったのだ。もちろん恐怖はあるし、もっと良い展開を望まないはずは無いけれど、それでも。
セルマの状況が、あまりに悲惨で理不尽で、途中観るのが苦しくなったり、あまりに不器用な生き方に憤りを覚えたりもしたし、画面が不安定でイライラもした。
けれど、私が彼女なら、という"if"は、私があの過酷な状況を実感として想像もできない中では、無意味だ。宗教観の問題も大きく関わって来ると思う。
そして何より、母性愛。分かりません。

ただ、冒頭で述べたタイプの映画でも2種類あって、私の中では例えば『ミリオンダラーベイビー』や『グリーンマイル』なんかは本当にもう二度と見たくない類の映画だが、この『ダンサー・イン・ザ・ダーク』はいずれ、自分がもう少し成長したら、また見てみたいかも、と思うモノではある。
前者のような攻撃性を感じない、不思議な優しさや暖かさを、悲惨な中にも感じたように思う。
尤も、以前観た頃よりも歳ばかり取って、更に貧しくなり、子供を産む可能性も断たれた今となっては、以前よりもずっと辛い映画になっているような気もして、やはり当分見直す勇気は持てそうにないんだけれど。

ダンサー・イン・ザ・ダーク(by ココアちゃん) 5/1

評判がすごくいいので観たいとは思っていたものの「すごく暗い」ちゅうんで敬遠してたら、たまたまCSで字幕版も吹き替え版も何度もやってたので観たのでした。
私もビョーク知りませんでした。不思議な顔ですね、東洋人っぽい。中身はよかったと思います。
もちろん暗いし、ラストの処刑の場面なんか作り物とわかっていても観るのキツイ・・。
でも看守役の女の人とかラストの友人の「袋をかぶせないあげて!彼女は眼が見えないのよ!」のセリフとか印象的でした。・・・しかしその友人役がなぜカトリーヌ・ドヌーブなのか?女工役がまったく似合ってないなあ、と思いました。違和感。
カメラワークがよかったですね。線路のミュージカルシーンとか。

「ち、つ」へ