THAILAND-JAPAN FRIENDSHIP MEMORIAL

 
クンユアム第二次大戦戦争博物館
( クンユアム旧日本軍博物館 )

Khun Yuam WW2 Japanese War Museum
 


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THAI-JAPAN FRIENDSHIP MEMORIAL
メーホンソン県立
クンユアム第二次大戦戦争博物館

タイ王国メーホンソン県クンユアム郡

仏暦2539年(平成8年)11月9日開館
8:00〜17:00毎日(不定休)
12:00〜13:00休
TEL:053-622165
入場料お一人 50バーツ(タイ人20バーツ)
400Mu1 T.KhunYuam A.KhunYuam
Backyard Wat MuayTo Mae Hong Son

概要

 ここクンユアムはタイの北西部に位置し、ミャンマーと国境を接している。ビルマ作戦に於ける重要な兵站基地の一つでもあった。サルウィン河の渡河地点ケマピューに道は続いており、さらにトングーにつながっている。この道はインパール作戦後、日本兵が敗走してきた所謂白骨街道といわれている。更にこの地では、7,000名に上る日本軍将兵が命を落としたといわれる。チェンマイへ通じる道は北、中、南、三本のルートがあるが、この北回りの道も日本陸軍第15師団の自動車道建設のため多くのタイ人労働者が命を落とし、違った意味での白骨街道でもあった。しかし、当地メーホンソン県においては大東亜戦争中、日本軍と現地住民との関係は良好に保たれており、多くの深い人間性のある交流が生まれた。今日に至るも、当時よりの友好と友情の交流は続けられている。

メーホンソン県立 クンユアム旧日本軍博物館

第二次世界大戦には多くの残忍な思い出があるでしょう。
でも、私たちタイ人は違います。
この戦争はタイ人と日本軍兵士との間に愛と絆を同時にもたらしたのです。
私たちは、決して忘れることはないでしょう・・・

The second world war was a brutal memory to many,
Yet, for Thais like myself,the war brought love and bond together
between the Thais and Japanese soldiers.That I will never forget...



Pol.Lt.Col.Chiedchai Chomtawat

ご挨拶

 私は、この世のすべてのものには魂が宿っていると信じている。
・・・物をつくった人は、その物がこの世の中に存在する価値を吹き込む。
・・・その物の持ち主の心
・・・持ち主の子孫やその物に興味を持った人の心は、その持ち主に思いを馳せる。

 戦争時の日本兵の持ち物は生きるための必需品である以外に、持ち主とともに苦楽をともにした友達である。何年もの間共に任務を遂行した物に、持ち主の愛情と友情は伝わったはずだ。その愛情は、持ち主が去ってしまってもその物に宿っている。物は持ち主の代わりに子孫や後世の人たちにかつての時代のことを語り、尊敬の念を起こさせる。その時、その物は子孫たちにとってお金で買うことの出来ないかけがえのない物になる。

 この考えが、私たちが物を集め、出来事を語り伝え、そして第二次世界大戦博物館を設立した理由のひとつだ。博物館は後世の人たちが歴史の一場面を学ぶ場である。先祖の使ったものに触れる喜びは、去ってしまった人の心に触れる喜びとなる。
 この喜びはあなたの中にも起こるかもしれない。

 「チェンマイ旧日本軍博物館」設立協力募金のお願い

 私は日本の方が訪問しやすい、チェンマイ市内に「旧日本軍記念博物館」を建設したいと考えております。
 日本軍兵士の遺品を展示すると共に歴史の事実を伝えて、タイと日本の友好を促進するこの事業に、多くの方のご協力をお願い申し上げたい。

 
設立協力募金のお願い


平成22年1月4日

旭日双光章受勲 クンユアム第二次大戦博物館創設
警察中佐 チューチャイ・チョムタワット

(HP管理人宛)

クンユアムの日本軍


MR.CHAROEN CHOWPRAYOON

 私はクンユアムに進駐してきた最初の日本兵から、帰還する最後の一兵までを知っている。クンユアムの日本兵は
村人と共に働き、お互い協力して生活していた。カンチャナブリの博物館で宣伝される日本軍とは違う。優しかった日
本兵を私は忘れない。                                   

 I know the last one soldier from the first Japanese soldier who has advanced to KhunYuam from whom everyone
who returns. A Japanese soldier of KhunYuam lived by working with the villager, and cooperating mutually. It differs
from the Japanese army advertised in the museum in Kanchanaburi. I do not forget a gentle Japanese soldier.

ジャルーン・チャオプラユーン(元運輸大臣)
平成17年1月8日 財団設立準備総会にて


クンユアムの日本兵士



 敗戦前に日本兵がビルマから敗走してきて、お寺、村人の家、学校、村の小さな病院などはほとんどいっぱいになっ
た。そして村の一軒一軒に日本兵が一緒に住むことになった。家の大きさによって違うが、一軒に大体5人〜20人くら
いいた。また道のかたわらに野宿する人もいた。
 日本兵は村の人に何でも出来ることをいろいろと手伝った。たとえば米の脱穀精米作業とか、農作業のときの赤ちゃ
んの子守などやってくれた。
 クンユアムの人たちは、日本の兵隊さんのことをいやだとは思わなかった。

「第二次世界大戦でのクンユアムの人々の日本の兵隊さんの思い出」
チューチャイ・チョムタワット著から抜粋









開設日:平成15年11月3日  更新日:平成22年1月4日
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