野菜を中心とした食事は、腸内細菌叢に良い影響をもたらし、短鎖脂肪酸を増やす

2015年10月30日…No.151030-103

イタリアのフェデリコ2世ナポリ大学の研究者らによって、「地中海式食事のような野菜を中心とした食物繊維が多い食事は、腸内細菌叢に良い影響をもたらし、短鎖脂肪酸を増やして健康レベルを上げる」との発表がなされました。

本研究の背景

この研究は、栄養学的に優れ、生活習慣病の予防にも推奨されている地中海式食事の健康効果を、腸内細菌叢の分析を通して明らかにするために実施されました。本研究の背景には、次のような事情があります。

日常的に摂取している食事が、腸内細菌叢を形成する主要な役割を担っていることは、広く認識されています。しかし多くの研究は、“日常食と腸内細菌叢”との関係について、幅の広い体系的な検討がなされていないのが現状です。腸内細菌叢の構成パターンは習慣的な食事と関連性があると言われています。普段摂取している食事を急に変えると、腸内細菌叢にも急激な変化が引き起こされますが、一時的な食事の変化によって、個人のエンテロタイプ(※1)が変わることはありません。

野菜が豊富な食事は、腸内のプレボテラ属の細菌の増加と関連性があり、動物性タンパク質や脂肪が多い食事は、バクテロイデス属の細菌やクロストリジウム菌の増加と関連性があることが示唆されています。しかし、実際に肉を摂取する人たちと比較して、ヴィーガン(*完全菜食主義者)やベジタリアンの腸内細菌叢の構造の違いについては、これまでほとんど分かっていませんでした。米国で行われた小規模研究では、肉を摂取する人とヴィーガンの腸内細菌叢には、ほとんど違いが見られなかったことが報告されています。また別の研究では、ベジタリアンの腸内細菌を調べたところ、プレボテラ属がバクテロイデス属に比べてそれほど優勢ではなかったことが確認されています。

地中海式食事は、果物・野菜・豆類・精製度の低い穀類・ナッツ・魚貝類・適度のアルコール(*ワイン)で構成される食事パターンであり、赤肉や乳製品の摂取割合が低いのが特徴です。こうした野菜を中心とした食事の長期間の摂取が、どのように腸内細菌叢に影響を与え、細菌による代謝産物の生産性を高めるのかを調査することが本研究の目的です。

研究方法

この研究は、イタリアの4つの都市に住む153人の健常者を対象に行われました。研究チームは、被験者をヴィーガン、ベジタリアン(*卵や乳製品、または魚を摂取する菜食主義者)、肉食者(*肉も野菜も摂取する人)の3つのグループに分け(*各51人で、いずれも被験者自身の申告をもとに振り分けをしています。)、1週間の食事と飲料について調査しました。さらに研究者らは、被験者の食事データを地中海式食事の基準に照らして、どれだけ一致しているかを算出し、その一致(摂取)割合に応じて被験者を高・中・低の3グループに分けました。また腸内細菌とその代謝産物を調査するために、被験者の便と尿を分析し、「日常食(*ビーガン・ベジタリアン・肉食者のそれぞれの食事と地中海式食事)と腸内細菌叢」との関連性を比較検討しました。

研究結果

調査の結果、ヴィーガンとベジタリアンの食事は、腸内細菌の中でも食物繊維を分解することができるラクノスピラ属とプレボテラ属の細菌の量を増加させ、その働きを促進することが確認されました。また果物、豆類、野菜が豊富な地中海式食事を主に摂取していた人(*ヴィーガンの88%、ベジタリアンの65%、肉食者の30%の人が該当)は、それらの腸内細菌によって産生される短鎖脂肪酸(※2)の便中濃度が高かったことが確認されました。

一方、動物性食品を中心とした食事は、Lルミノコッカスや連鎖球菌の増加と関連性があることが明らかにされました。また動物性食品を多く摂取していた人は、短鎖脂肪酸の産生レベルが低かったことが判明しました。さらに肉食者のうち、地中海式食事の摂取割合が低かった人は、ヴィーガンやベジタリアンと比較して、心血管疾患の潜在的要因とされているトリメチルアミン―N―オキシド(TMAO)の尿中濃度がかなり高かったことが判明しました。TMAOは、牛肉などに含まれるカルニチン(*アミノ酸の一種)などが、腸内細菌による代謝の過程を経て産生される化合物ですが、この物質の増加は、動物性タンパク質と脂肪が多い食事と関連性があることが確認されました。

結論

研究チームは、「今回の研究は、地中海式の食事パターンと腸内細菌叢とその代謝産物との間に相互関係があることを示す具体的な証拠を提示した最初の調査である。欧米型の食事を摂取している人でも、地中海式食事のように植物性食品を多く摂取すれば、有益な腸内細菌が関与して生成される代謝産物の増加に結び付く。健康的な食事は、宿主と微生物との良好な相互作用に寄与し、疾病を予防するための効果的な代謝経路を確立することができる」と結論づけています。

※12011年の研究で、「ヒトの腸内細菌叢がどのような種類(属レベル)の細菌が優勢であるかによって大きく3つのタイプ(エンテロタイプ)に分かれる」という仮説が発表されました。この仮説による3つのタイプとは、「バクテロイデス属が多いタイプ」「プレボテラ属が多いタイプ」「ルミノコッカス属が多いタイプ」です。研究者らによれば、エンテロタイプは血液型と同じように、人種・国・体重・食習慣などとは関係なく、現存の人種が分岐する以前から存在していたと述べています。しかし、上記のように長期的な食事とエンテロタイプとの関連性を示す研究結果が報告されています。また、腸内細菌叢は個人差が大きく、3つのタイプに分類することはできないことを示唆する報告もあり、エンテロタイプ説については議論が続いています。

※2短鎖脂肪酸は、腸内細菌による食物繊維の発酵過程において生成される代謝産物で、酢酸やプロピオン酸、酪酸などが知られており、炎症性疾患・糖尿病・心血管疾患などの発症リスクを下げる効果があることが確認されています。

出典:『Gut 2015年9月28日号』 online版“High-level adherence to a Mediterranean diet beneficially impacts the gut microbiota and associated metabolome”

※当研究所の見解

「腸内細菌」に関する疫学研究はここ10年ほどの間に急増し、本研究のような「食事と健康(または病気)との関連性」を腸内細菌叢の解析により立証しようとする大学や専門機関が多く見られるようになりました。海外では、口腔、鼻腔、皮膚、腸管など人体の各部位に常在している細菌叢(*マイクロバイオームと呼ばれる微生物の集団)の調査(ヒトマイクロバイオームプロジェクト)が進行しており、腸内細菌叢に関しても、これまで示されなかったさまざまなデータが発表されるようになっています。こうして腸内細菌叢の研究は一気に進展するようになりましたが、その大きな理由としてヒトの常在菌の検査方法やそれに基づく分類法が飛躍的に進歩したことが挙げられます。従来の“細菌培養法”に新たに“遺伝子配列による解析法”が導入されることで、これまで分離培養することができなかった多くの腸内細菌についての事実が明らかにされ、種類の特定や分類が一段と進むようになりました。これまでに人間の腸の中には、およそ500種類以上、100兆個以上もの細菌が住んでいると言われてきましたが、現在では、「1000種類以上、600兆〜1000兆個もの腸内細菌が存在し、その重さは1.5sにもなる」との見解が示されています。専門家の多くが人間の細胞の数(60兆個)の10倍以上もの細菌が身体に存在し、そのほとんどが腸内に住んでいると考えるようになっています。

また現在では“メタゲノム解析”と呼ばれる、最新の遺伝子配列解読装置を用いた解析法も採用され、腸内細菌叢全体の遺伝子情報を読み取ることによって、細菌叢の持つ代謝活性を調べることが可能となりました。

こうした分子生物学的手法を用いた最先端の研究によって、腸内細菌叢の全容とその重要性が従来にも増して明らかにされつつあります。しかし、遺伝子解析による腸内細菌叢の研究は始まったばかりであり、現在はその全容を知るための新しい一歩を踏み出した段階と言えます。

最近の研究では、「腸内細菌叢(または腸内環境)」「免疫」「代謝」の3者が密接なつながりを持ち、身体の健康に重要な役割を果たしていることが明らかにされています。腸内細菌叢の状態が代謝や生体維持機能に影響を及ぼし、腸内細菌叢のバランスが崩れると、糖尿病・脂質異常症・高血圧・肥満症・骨粗鬆症などの代謝性疾患の発症に関与することが確かめられています。

腸内細菌の研究は、時間の経過とともにますます発展し、分子遺伝学と並ぶ医学における重要な分野として位置づけされるようになっていくと予想されます。腸内細菌理論は今後、ホリスティック医学における根幹理論の一つになっていくものと思われます。

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