■ balance 12 ■



        
「もうすぐそこだから! 急ぐよ! しっかりつかまってて!」
「ありがと、ガルルモン…」
その背に二人をのせて、空間の裂け目を目指してガルルモンが疾走する。
時間が迫っている。
うまくタイミングを合わせなければ、タケルはまたどこかの時間の流れの中に落とされてしまうかもしれない。
大輔たちがデジタルゲートを開くそのタイミングで、何としても元の時間の流れに戻らなくては。

「なあ…」
タケルの後ろで、少し考え込むようにしていたヤマトが、ふいに口を開いた。
「なに?」
「元気でいろよ」
しみじみ背中で言われ、タケルがガルルモンにしがみついたまま、少し項垂れる。
「うん…・お兄ちゃんも…」
「何でも、オレに言えよ」
「え…?」
唐突な言葉に、タケルが驚いたように瞳を上げる。
オレ、というのは。
…そうか、このお兄ちゃんじゃなくて。
考えて、淋しくなった。
想いが通じたのか、ヤマトもまた淋しげな顔になる。
それでも言葉をかける時は、照れ臭さもあって、つい仏頂面になってしまった。
「あんな風に一人で泣くなよ…な」
「お兄ちゃん…」
「思ってること、ちゃんと言わないと、伝わんねえことだってあるんだ」
それは、自分自身にも言えることだが。
「いつもオレ、おまえのこと、大事思ってるから」
「お兄ちゃん…」
「…信じろよ」
「うん…」
「誰よりも…大事に思ってる。だから、もっと自分に自信を持てよな」
不器用だけれど、精一杯の気持ちを伝えるあたたかな言葉。
もっとうまく言ってやれたらいいのに。
もっとうまく言える筈なのに。
そんな風に焦れているのが、表情でよくわかる。
…お兄ちゃんらしい。
タケルが微笑する。
「うん…。ありがとう、お兄ちゃん。僕も、お兄ちゃんのこと、いつだって一番大好きだよ。太一さんのことも大好きだったけど、本当は、全然比べたりできないくらい、ずっとお兄ちゃんが一番好きだったんだよ」
太一さん、と痛いところをつかれて、思わずヤマトがカッと赤くなる。
お見通し。
これだから、同じ年というのは、やりにくい。
とはいえ。
そんな自分を見て、くすくすと笑むタケルが愛おしいとも思う。とても。
きれいだ、とも。
だけど、これは違う。
兄としてでの想いではなくて。
たぶんこれは、小さな弟に対する感情とは、また少し別の――。

「お兄ちゃん…!」

くしゃっといきなり表情を崩して、タケルが上体を捩じるようにして、ぎゅっとヤマトの首にしがみついてきた。
「タ、タケル…?」
思わずどきりとしながらも、全力疾走のガルルモンから振り落とされないように、ヤマトの腕がタケルの身体を強く抱きしめる。
「タケル…!」

離したくない。
帰らせたくない。
小さなタケルも、コイツも、自分の手で守ってやりたい。
力が全然足りないとわかってはいるけれど、いっそ、このまま。
小さいタケルだけ戻ってきて、コイツもこのままココにいられるといいのに。
…・なんて、とんでもないエゴイストだ。
だけど。

もう、時間がわずかしかない。
話したいことや、話さなければならないことがいっぱいあるはずなのに。
うまく言葉にならない。
でももう、言葉を選んでいる余裕はなくて。
だけども、気持ちを今。
今の、このタケルに伝えておきたい…!
焦るヤマトは、しかしそれでも言葉が見つからず、いきなり、前にいるタケルの頬を手のひらで包んで、強引に自分の方を向かせた。


(え……・っ)

…うそ。


今の。
一瞬だけ、だったけど。



真っ赤になって驚いたように瞳を見開くタケルに、同じく首まで真っ赤に赤面したヤマトが、もう一度、有無を言わさずぎゅっとタケルを抱きしめる。
そして、熱い吐息とともにタケルの耳元で小さく、
『…スキだ』
とだけ告げた。
タケルの頬もますます紅潮する。
お兄ちゃん、あのね、僕も…と、タケルが口を開きかけたその時。
引き込まれて行くような感覚があり、はっと前方を見た。

空間の裂け目――。

ここから時間が流れ出しているのか? 
まるで、ブラックホールのように風穴を開けている。
すべてを吸いこむような、強い風にガルルモンが唸り、逆らうように宙でふんばる。
こんなところに入り込んでしまったら、元の世界に帰るどころか、このまま真っ暗な世界に落ちていくのではないかと不安になってしまう。
だけど。
ちらりと覗き見たその向こうには、確かに光があった。
トンネルを抜けるみたいに。
そして、小さくだけれどはっきりと大輔たちが見えたのだ。
「大輔くーん!!」
タケルは思わず叫んでいた。
声は届いただろうか。
でも果たして、これで本当に元の世界に帰れるのか?と思った瞬間。
タケルの身体は、呼ばれるように、吸い寄せられるように、ガルルモンの背からふわりと浮き上がっていた。

「うわ…っ」
「タケル!」

ヤマトが思わずその手を掴もうとしたが、一瞬遅く。
指先は触れ合うこともなく、あっと声を発する間もないほどの早さとあっけなさで。
タケルの姿は、空間の裂け目へと吸いこまれるように消えていった。

「お兄ちゃん……!ありがとう…!!」

叫び声だけが、タケルの消えた空間に反響する。
もう姿はどこにも見えないのに。

しかも、穴は現れた時を同じく、タケルを飲み込むなり、唐突に消失してしまった。
まるで、すべてが夢だったかのように。
声は、一人取り残されたヤマトの耳に淋しく届いた。









13につづく。 


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イラスト:想子さまvvv
(アップが恐ろしく遅くなってすみませんー!はああvvv本当に素晴らしいイラストありがとうございますー!!)