■ balance 5 ■ 「わあ、久し振りー! ココ、前に来たね、一緒に!」 大きな瞳に見上げられ、無邪気にそう言われて、ヤマトがそうかと首を傾げる。 マンションの近所の公園だから、そりゃあ何度かつれてきたことはあるかもしれないが。 それもあまりにも以前のことで、よく覚えていない。 そういやそんなことも…と遠い記憶を手繰るヤマトに、タケルは繋いだ手をそのままにして、足元からにっこりと背の高い兄を見上げた。 ヤマトがそれに気づき、考えるのをやめて視線を下げる。 「ん?」 「おにいちゃん、背高いねー」 「え? そうか?」 「僕も、いつかそんな、おっきくなれるかなー? おにいちゃんみたいに!」 屈託無く言う弟に、ヤマトがつい瞳を細める。 「ああ。おまえバスケやって、今にどんどん背が伸びるから。心配しなくっても大丈夫だよ」 「本当?そっかー、バスケかー」 言ってから、なんとなく将来を左右するような刷りこみをしてしまったか?という気がしてやや後悔したが、まあ言ってしまったものは仕方がない。 それにしても、こんなに小さかった弟が、わずか数年であれほど成長するのかと思うと、ヤマトはあらためて不思議でしようがない。 最近は、妙にまた大人びてきて、なんだかまぶしいくらいで…。 思いながら見下ろすと、くりっとした目がまだ自分を見つめていた。 なんだかこうも身長差があると、兄弟というより親子みたいだよなーと何げに思ってみたりする。 つないだ手があったかくて、やわらかくて。 (…親子、か) …そういや、手を繋いだのって、いつ以来だろう。 「ねえ、遊んできていい?」 公園の中に入るなりタケルがそう尋ね、頷くヤマトの答えを待って「わーい」と走り出す。 繋いだ手が離され、走り出す小さい背中がふいに小5のタケルとダブって、ヤマトははっとしたように瞳を見開いた。 なんだか…。 明日の夜には帰ってくるというのに、また会えるはずだとわかっているのに。 この妙な淋しさは何だろう。 もう会えないんじゃないか…? そんな不確かな不安さえ、頭を持ち上げてくる。 少しの間離れていることが、こんなに淋しいなんて。 同じ世界にいないことが、これほど頼りないなんて。 あいつは…。 淋しがってやしねえ…よなー。 第一、こういう状況になってるなんて、知りもしないはずだから。 勝手に淋しがってる自分が、なんだか滑稽だ。 ブラコン通り越して…なんというか。 最近、マジっつーか…。 いや、何言ってんだ俺。 弟相手にマジも何も…。 考えて、自分で照れ臭くなってしまう。 早く帰ってこいよ。タケル。 今ならいくらでも、嫌だっていっても甘やかして、めちゃくちゃ猫可愛がりしちまいそうだけど。 ――けど、そういやアイツ、ここんとこ。 皆といる時に、時々ふっと淋しそうなかおして…… 「うわーん!!!」 「タ、タケルッ?」 「いたいよおーーー! おにいちゃん!」 「おい、どうした。転んだのか?」 「うん、転んじゃったのー」 慌てて駆け寄り、うわああんと大きな声で泣くタケルを、ヤマトが軽々と腕の中に抱き上げる。 「おにいちゃああん!!!」 「ほらほら、もう泣くな」 「だって、だって!!!」 大泣きしながら、しがみついてくる身体は小さい。 すっぽりと腕の中に納まってしまうほど。 小さな身体。 軽いなあ。 こんな風に、よく抱っこしたっけなぁ。 こんなに小さかったか?と思いつつ、腕の中で泣きじゃくる小さい弟をあやしてなだめる。 「もう大丈夫だって。ほら、男の子だろ。転んだくらいで泣くなよ」 それでもしゃくりあげて泣きやまない、というより泣きやめない小さな子に、ふと、ヤマトがあることに気がつき、思わず言葉を詰まらせた。 タケルは確かに泣き虫だったけど。 転んだぐらいじゃ、そうそう泣かなかった。 我慢強かった。 大丈夫、我慢できると、涙目ながらも、 いつもしっかり笑顔を見せていた。 ・・・・・・・空は夕焼け。 夕焼けの色は、暖かだが、どこか淋しい。 皆が家路につく時刻。 母や、兄弟たちと手をつないで公園を去る、小さな影がいくつも道に伸びている。 自分といっしょにいたはずの、小5の兄のことを思い出したのだろうか。 それとも母親の…? そういえば、こっちに来てからこの子は、最初泣き顔を見せただけで、あとはずっと笑顔だった。 元いた世界に戻れる保証があるから、今はタケルなりに、彼にとっての3年後を楽しもうとしてるのだなと悠長に思っていた。 でもそれは、考えてみれば不自然だ。 保証なんて、そんなの、こんな小さい子には無意味な言葉だ。 「不安」を一度も口にしないのも、不自然すぎる。 あーあ、もう。 …馬鹿だよなぁ。俺って。 なんて、成長してないんだか。 そりゃあ、泣きたいよな。 転んで怪我したのにこじつけてでも。 思いきり、泣きたいよな。 不安で、心細くて泣きたいのを、ずっとずっと我慢してたんだもんな…。 「帰って、消毒するか?」 「ううん、大丈夫。舐めたらなおるから。おにいちゃん、いつもそうしてくれるもん」 「へえ」 そんなことしてたっけか?と思いつつ。 確かにバンドエイドも消毒液もないデジタルワールドにいたわけだから、薬草も見つからなければそうしていたに違いない。 人の記憶なんて、こんな風に曖昧なんだな。 過去にあれほどの旅と冒険をしてきたというのに。 ヤマトが思う。 「ねえ、おにいちゃん?」 「ん?」 「おまじない、して」 にっこりと笑う顔に、ちょっと驚いて、それからやさしく笑みを返す。 「ああ、いいよ」 「いたいのいたいのとんでけー」と傷口に手をかざしておまじないをすると、タケルが手の甲で涙をごしごしと拭って、「もう痛くない」とヤマトを見て微笑んだ。 その幼い顔が無理に微笑んでいるのが、今度ははっきりわかったから、ヤマトの胸はずきんと痛んだ。 「…ブランコのるか? こいでやるから」 「うん!」 もう泣いていない子を、それでもひょいとだっこして、公園の隅のブランコに向かう。 タケルを坐らせて、それを跨ぐようにして立つと、ヤマトは勢いをつけて、まるで空まで届けというようにブランコを漕ぎだした。 「うわああーすっごいー! 空までとどきそうだよー、お兄ちゃん!」 「よーし、もっと高くまでこくぞ、タケル!」 「うん! うわあ、高いたかーい! 気持ちいーい!」 ブランコをこぐ兄弟の影が、砂場の上を長く伸びる。 二人の声は、誰もいなくなった夕暮れの公園に少し寂しげにこだました。 そして。空に一番星が出る頃。 兄弟はまた手を繋ぎ、公園を後にした。 6に続く…。 次は無印ヤマトと02タケルです。 novelニモドル 1 2 3 4 5 6 |