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――ふいに。

暗い洞窟の奥に明かりが見えた。


え?誰かいるの?と呼びかけようとした自分の声をぐっと押さえて、敵かもしれないのだからと、なおも慎重に壁伝いに隠れるようにしながら歩を進める。
少し幅が狭くなっているところを過ぎると、タケルが屈まずに歩けるほどの充分な高さのある空洞が現れ、その真中には焚き火があるのが見てとれた。


その火の傍には、大きなはっぱを毛布がわりのようにして、丸くなって横たわっている人影がある。


子供? 
僕と同じくらいの…。



あれ?
でも。

――あの子。



え?
ええ? 
ええ――!???



「お……!」


思わず叫びそうになって、あわてて両手で口を押さえる。


み、見間違い…じゃない…よね?
ていうか、見間違えるはずなんかない。


恐る恐る眠っている人のそばにいき、そして、タケルはへなへなとへたりこんだ。
――間違いない。


「お兄ちゃん…」


そっと呼ぶと、眠っているはずの指先がぴく…と動いた。

お兄ちゃんだ。
しかも、どう見ても今の自分と同じくらいの。

ってことは――。
もしかしてこの兄は、現実世界にとばされ、今頃自分の兄といっしょにいるタケルと、この世界を冒険しているはずの兄なのか?(ややこしい…)

傍にいき、起こさないように、どきどきしながらそっと顔を覗き込む。
まだ、あどけない寝顔。
記憶の中にある小五の兄よりは、どうしてだかずっと幼く見える。
こんなにもまだ少年だったのに、この頃の兄はあんなにも勇敢に、自分を守ろうと懸命になってくれていたのか…。

そんな風に、考えてみたこともなかったな。

タケルが思う。
そして、さらにもっと…と傍に行き、タケルははっとなった。


「…!」


汗をかいていて、顔が赤い。
熱でもあるのか、ひどく具合が悪そうだ。

…どうしよう。


「タケル……」
「え…? あ…」
「タケル…… タケル…!」

熱にうかされうわ言のように名を呼ぶ兄に、タケルが思わず、返事をしようとして躊躇する。
自分がここにいることで、何か兄のいる世界に影響をあたえたりはしないだろうか。
ここにいることを教えても大丈夫だろうか。
そう思いつつ、そっと手をその汗に濡れた額に手をあてようとした時、ふいに誰かが洞窟に入ってくる気配を感じ、タケルははっと立ち上がった。
慌てて、奥の窪みに身を隠す。


「ヤマト!」
「が…ガブモン! タケル…タケルは…」
「ヤマト、起きてきちゃだめだよ!」
「オレはいい。タケルは…見つからなかったのか…?」
「う、うん…。けど大丈夫だよ! パタモンもついてるし! きっと…」
「気休めを言うな! オレは、タケルを探す!」
「待って、ヤマト! もう一度オレが探すよ! そんな身体で無理だよ! ヤマトの方が倒れてしまうよ!」
「オレのことはいいって言ってんだろ! タケル…タケルが…!」
「ヤマト…! そんなにタケルのこと心配して…。だから、オレがもう一回見てくるから。熱が高いんだから、休んでなきゃ駄目だよ!」
「うるさい、どけよ…! タケル…タケ…ル」

立ち上がり、ガブモンを押しのけて駆け出そうとするなり、がくりと膝を折って倒れ込むヤマトに、思わず小さく「あ…!」と声が漏れてしまい、タケルは慌てて口を押さえた。
が、それは少しばかりタイミングが遅れてしまい――。


「誰だ!」

ガブモンの声に、タケルが「しまった…」と思いつつも、仕方なしにおずおずと隠れていた岩の窪みから顔を出す。
このまま、隠れたままで攻撃でもされてはかなわないと思ったのだ。

「僕、だよ。ガブモン…」
「だ、だ、誰…! まさかヤマトや太一の他に人間がいたなんて!」
「他っていうか…。えっと。だから、僕だってば。…タケル、だよ。ガブモン」

「――は、はあ…?」

タケルの言葉に素っ頓狂な声を上げるガブモンに、タケルは心の中で大きく深い溜息をついていた。




「へえ…そんなことがあるのかあー。あ! だったら、こっちの世界のタケルは、君が元の世界に帰らないことには、いくら探してもここにはいないってことだよね?」
気を失ったヤマトを寝かせ、話し声で起こしてしまわないようにと気遣って、洞窟の入り口まで移動すると、タケルはガブモンと肩を並べて座り込み、吹雪を見ながら膝を抱えた。
「うん、そういうことになるよね」
「じゃあ、きっと、君の世界のヤマトも、気が狂ったように君のこと探してるだろうなあ」
ブラコンだもんねーと笑うガブモンにつられて笑いながらも、タケルがふっと淋しそうな顔をする。
「そうでもないよ…。 僕なんかいなくても、お兄ちゃんは別に…」
「そんなあ! ヤマトに限って!」
「うん。でも…。代わりに、小さい僕が一緒だから」
「え?」
「すごく嬉しそうだったんだよね、お兄ちゃん。だから、僕は、きっと帰らないほうがいいんだ…」
「タケル…?」
先ほどよりは幾分明るくなった空を見上げて、タケルが消え入りそうに小さく呟く。
その哀しげな横顔に、ガブモンが、いぶかしむような顔でそれを見つめた。


「タケル、どうして…」


問いかけて、ふいに背後から伸びてきた影に、はっと気付いて二人同時に驚いて振り向く。
壁に掴まって立ってるのがやっとという感じのヤマトが、険しい顔でタケルを見下ろしていた。


「お兄ちゃん…!」

「おい…! 今の話本当なのか…!?」


茫然とするタケルに、切羽詰ったような声でヤマトが訊いた。














5に続く…。
次は無印タケルと02ヤマトです。

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