■ balance 4 ■ ――ふいに。 暗い洞窟の奥に明かりが見えた。 え?誰かいるの?と呼びかけようとした自分の声をぐっと押さえて、敵かもしれないのだからと、なおも慎重に壁伝いに隠れるようにしながら歩を進める。 少し幅が狭くなっているところを過ぎると、タケルが屈まずに歩けるほどの充分な高さのある空洞が現れ、その真中には焚き火があるのが見てとれた。 その火の傍には、大きなはっぱを毛布がわりのようにして、丸くなって横たわっている人影がある。 子供? 僕と同じくらいの…。 あれ? でも。 ――あの子。 え? ええ? ええ――!??? 「お……!」 思わず叫びそうになって、あわてて両手で口を押さえる。 み、見間違い…じゃない…よね? ていうか、見間違えるはずなんかない。 恐る恐る眠っている人のそばにいき、そして、タケルはへなへなとへたりこんだ。 ――間違いない。 「お兄ちゃん…」 そっと呼ぶと、眠っているはずの指先がぴく…と動いた。 お兄ちゃんだ。 しかも、どう見ても今の自分と同じくらいの。 ってことは――。 もしかしてこの兄は、現実世界にとばされ、今頃自分の兄といっしょにいるタケルと、この世界を冒険しているはずの兄なのか?(ややこしい…) 傍にいき、起こさないように、どきどきしながらそっと顔を覗き込む。 まだ、あどけない寝顔。 記憶の中にある小五の兄よりは、どうしてだかずっと幼く見える。 こんなにもまだ少年だったのに、この頃の兄はあんなにも勇敢に、自分を守ろうと懸命になってくれていたのか…。 そんな風に、考えてみたこともなかったな。 タケルが思う。 そして、さらにもっと…と傍に行き、タケルははっとなった。 「…!」 汗をかいていて、顔が赤い。 熱でもあるのか、ひどく具合が悪そうだ。 …どうしよう。 「タケル……」 「え…? あ…」 「タケル…… タケル…!」 熱にうかされうわ言のように名を呼ぶ兄に、タケルが思わず、返事をしようとして躊躇する。 自分がここにいることで、何か兄のいる世界に影響をあたえたりはしないだろうか。 ここにいることを教えても大丈夫だろうか。 そう思いつつ、そっと手をその汗に濡れた額に手をあてようとした時、ふいに誰かが洞窟に入ってくる気配を感じ、タケルははっと立ち上がった。 慌てて、奥の窪みに身を隠す。 「ヤマト!」 「が…ガブモン! タケル…タケルは…」 「ヤマト、起きてきちゃだめだよ!」 「オレはいい。タケルは…見つからなかったのか…?」 「う、うん…。けど大丈夫だよ! パタモンもついてるし! きっと…」 「気休めを言うな! オレは、タケルを探す!」 「待って、ヤマト! もう一度オレが探すよ! そんな身体で無理だよ! ヤマトの方が倒れてしまうよ!」 「オレのことはいいって言ってんだろ! タケル…タケルが…!」 「ヤマト…! そんなにタケルのこと心配して…。だから、オレがもう一回見てくるから。熱が高いんだから、休んでなきゃ駄目だよ!」 「うるさい、どけよ…! タケル…タケ…ル」 立ち上がり、ガブモンを押しのけて駆け出そうとするなり、がくりと膝を折って倒れ込むヤマトに、思わず小さく「あ…!」と声が漏れてしまい、タケルは慌てて口を押さえた。 が、それは少しばかりタイミングが遅れてしまい――。 「誰だ!」 ガブモンの声に、タケルが「しまった…」と思いつつも、仕方なしにおずおずと隠れていた岩の窪みから顔を出す。 このまま、隠れたままで攻撃でもされてはかなわないと思ったのだ。 「僕、だよ。ガブモン…」 「だ、だ、誰…! まさかヤマトや太一の他に人間がいたなんて!」 「他っていうか…。えっと。だから、僕だってば。…タケル、だよ。ガブモン」 「――は、はあ…?」 タケルの言葉に素っ頓狂な声を上げるガブモンに、タケルは心の中で大きく深い溜息をついていた。 「へえ…そんなことがあるのかあー。あ! だったら、こっちの世界のタケルは、君が元の世界に帰らないことには、いくら探してもここにはいないってことだよね?」 気を失ったヤマトを寝かせ、話し声で起こしてしまわないようにと気遣って、洞窟の入り口まで移動すると、タケルはガブモンと肩を並べて座り込み、吹雪を見ながら膝を抱えた。 「うん、そういうことになるよね」 「じゃあ、きっと、君の世界のヤマトも、気が狂ったように君のこと探してるだろうなあ」 ブラコンだもんねーと笑うガブモンにつられて笑いながらも、タケルがふっと淋しそうな顔をする。 「そうでもないよ…。 僕なんかいなくても、お兄ちゃんは別に…」 「そんなあ! ヤマトに限って!」 「うん。でも…。代わりに、小さい僕が一緒だから」 「え?」 「すごく嬉しそうだったんだよね、お兄ちゃん。だから、僕は、きっと帰らないほうがいいんだ…」 「タケル…?」 先ほどよりは幾分明るくなった空を見上げて、タケルが消え入りそうに小さく呟く。 その哀しげな横顔に、ガブモンが、いぶかしむような顔でそれを見つめた。 「タケル、どうして…」 問いかけて、ふいに背後から伸びてきた影に、はっと気付いて二人同時に驚いて振り向く。 壁に掴まって立ってるのがやっとという感じのヤマトが、険しい顔でタケルを見下ろしていた。 「お兄ちゃん…!」 「おい…! 今の話本当なのか…!?」 茫然とするタケルに、切羽詰ったような声でヤマトが訊いた。 5に続く…。 次は無印タケルと02ヤマトです。 novelニモドル 1 2 3 4 5 |