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「……よっく食うなあ……」



ヤマトの作った手料理を、片っ端からぱくぱくとたいらげていく"弟"に、ヤマトがその前で呆れたように言う。

タケルって、小さい頃はこんなよく食うヤツだったっけ??

思いつつ、気持ちのいい食べっぷりについ笑みがこぼれる。
テーブルに片手をついて顎をのせ、自分をしげしげと見ているヤマトに気づくと、ちょっとぷうっと頬を膨らませ、タケルが小さな手で空になったお茶碗をその目前へと差し出した。
「おっ?」
「だって、おなかすいてたもん! おかわり!」
「まだ食うのか?」
「だって、まだぺこぺこなの! なんかいくら食べても、おなかいっぱいになんないんだモン!」
可愛い口ぶりに、つい、ちょっとからかってみたくなる。
「そんで、ころころしてんだ?」
にやにやしつつヤマトが言うと、タケルはますますぷううっと頬を膨らませた。
「ころころなんかしてないよ! パタモンみたいに言わないでよー」
「パタモンみたい?」
「うん! タケルってば、顔もまんまるで、なんかぽちゃぽちゃころころしてるよねって! でも、パタモンだって、ぽちゃぽちゃのころころでしょう! ヒトのコトいえないくせにー」
「ふーん。そりゃまあ、そーだな」
納得するヤマトに、ふと辺りをきょろきょろして、タケルが訊いた。
「あ、ねえ、パタモンは?」
「え? パタモンは……。デジタルワールドだろ?」
「そうなの…? だったら、僕一人でこっちに帰ってきちゃったのかなあ」
「そうなんだろうな。つーか、おまえ。もうちょっと良く噛めよ」
「噛んでるよー」
「噛んですぐ飲むな! 消化に悪いから。三十回くらいは噛まねえと」
「んんー? いっちにいさんし、ごーろくしち……」
「口で言わなくてもいいから」
「だって、わかんなくなるもん。じゃあ、おにいちゃん、数えて」
「えぇ? …いーちにーいさーんしー………… やっぱ、いいわ、もう」
「どしてー」
「いや、俺が悪かった。せっかくうまそうに食ってんのにな」
「そお? でも、おにいちゃんのゴハン、とーってもオイシイよv」
「そっかv?」
「うん! あ……でも」
「ん?」

「おにいちゃん、どして大きくなっちゃったの? 僕、小さいまんまなのに」

「…へ?」
しみじみ言われて、ヤマトが思わず返答につまる。
「ねえ、どして?」
「どしてって… だからだなー。いいか、わかるか? 俺は、おまえのおにいちゃんが大きくなったんじゃなくて」
「僕のおにいちゃんじゃないの??」
「いや、実際は、おまえのおにいちゃんで合ってるんだけど。おまえと一緒の世界に存在するヤマトじゃなくて、俺は小5のおまえと一緒の時間の…。あー、なんか自分で言っててもややこしいよなぁ」
「うんー、全然わかんない。だって、おにいちゃんは僕のおにいちゃんなんでしょ?  ここだって、パパとおにいちゃんのおうちだし」
「…なんだけどなー。何て言やいいんだ? ま、とにかく明日にはちゃんと元の世界に戻れるはずだから、心配すんな。うまく、こっちのタケルと入れ替われるといいんだけどな」
「うん!」
「わかったのか?」
「ぜんっぜん、わかんない!」  
自信たっぷりに言われて、ヤマトががくりとテーブルに突っ伏す。
「…ま。そうだろうな。言ってる俺もよくわかんねえし」
「うん!」
それでも元気いっぱいの返事をかえしてくるあどけない顔に、ヤマトが気を取り直して上体を起こすと、小さな弟に笑んで言った。

「飯食ったら、散歩でも行くか。ちょっとなら、3年後の世界を見るくらい大丈夫だろ」

「いいの? わーい! じゃあ」
「ん?」

「おかわり!」

「ま、まだ食うのかあ???」
「だって、僕も早くおにいちゃんみたいにおっきくなりたいんだもーん!」
「いや、だからって、食やぁいいってもんじゃ……」







         ◇◆◇







「…………」


呆然と目の前の景色を見ていたタケルは、ふと襲いかかってきた寒さにぶるっと身を震わせて、両の腕で自分の身体を抱きしめた。

確か、ついさっき、目の前の景色がぐらっと歪んで、大輔たちの姿がその歪みの中に消えたような気がしたけど…。
あれはいったい?
それに、この吹雪はどうして…?

夏服に吹雪はどうしてだって寒くて、何が起こってこんなところに立っているのかはわからないけど、とにかく何処かでこの寒さを凌げるところを探そうと、タケルは雪を踏みしめるようにして歩き出した。




森を抜けたところに、洞窟が見える。
あそこなら、ちょっとはましだろう。
いくら途方に暮れるにしたって、こんな雪の中じゃ、あっというまに凍りついてしまいそうだから。

そんな現実的なことを考えて洞窟に入り、その入り口に立つと、荒れ狂う雪嵐を見上げ、ふうと思わず溜息が漏れる。
いったい、どこに来てしまったんだろう。
ただ単に、迷い子になっただけでないことは、もう明白だ。
突然目の前に広がった、さっきまでとはまったく違う光景に、どうやら自分だけがちがう空間に飛ばされてしまったのだ――ということは、容易に想像がついた。
光子郎が、デジタルワ―ルドに歪みが生じたといっていたのは、こういうことだったのか。

納得しつつ、再び途方に暮れた。
いったいどうやって、さっきの歪みの場所に戻ればいいんだろう。
このあたりでテレビモニターを運良く見つけられたとして、いったいそれが現実世界のどこにつながってるのかもわからないし。



――でも…。いいや。



どうせ帰るとこなんて、ないから。
お兄ちゃんには僕がいる。
明るくて、素直で、屈託なく笑う、お兄ちゃんの好きな「小さな僕」。

抱きしめて、嬉しそうだった。


ここで僕が帰ったら、お兄ちゃんのせっかく叶った夢をこわしてしまうことになる。
たぶん、自分の帰還ととともに、あっちの世界にいるタケルは強制終了されてしまうだろう。
なんだかそれを兄が残念がる気がして、タケルはそれを見るのがとても怖いと思った。
今の自分を、一番認めてほしい人に、否定されてしまうようで。


(どうしよう…)


タケルは再び自分の身体を抱くと、厳しくなってきた寒さに身を震わせて、もっと洞窟の奥に逃れようと、慎重に穴の奥へ向かって歩き出した。












4に続く…。

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