■ balance 11 ■ 「ごちそーさまでした!」 「おっ、きれいに食べたな」 「うん。おにいちゃんって、お料理上手だよねえ。ママのよりずっとおいしかった!」 「…それは、かあさんには言わない方がいいぞ…」 苦笑を漏らして言うヤマトに、タケルがにこっと笑みを浮かべてこくん!と頷く。 「あ、うん、そうだね。内緒ね!」 答えて兄と顔を見合わせるなり、互いにぷぷっと吹き出した。 朝食を食べるテーブルは、どうも小さなタケルには高すぎて、かといって、椅子にクッションを置くと落っこちそうで危なっかしい。 仕方ねえなあとか何とか色々自分に言い訳をしつつ、ヤマトは、膝の上にタケルを座らせて朝食をとっていた。 離れるまで時間、出来るだけ、自分の傍に置いておきたくて。 「ほら。タマゴついてるぞ」 言いながら、丸いほっぺについてるスクランブルエッグのかけらを、兄の指がそっと取る。 タケルが、嬉しそうににっこりとした。 膝の上から顔をあげて、真上に兄の顔を見る。 「? どうした?」 首を傾けて尋ねると、ぺたっと背中をヤマトの身体に預け、小さなタケルは見上げたまま、少し哀しそうな顔になった。 「おにいちゃん」 「ん…?」 「ずっと、ずっと、ボクのおにいちゃんでいてくれる?」 「え…・? あたりまえだろ? 俺は、ずっとタケルのお兄ちゃんだろ?」 突然の問いに不思議そうになるヤマトに、タケルはちょっと小首を傾げて考えて、どういったらいいのか考えあぐねているように、ヤマトを見つめて瞬きをする。 「そうだけど、そうじゃなくて。…ずっと、ずっと、ボクのこと、好きでいてね?」 「だから、そんなの当たり前だって。好きだよ、今も、これからもずっと」 「…うん。でも」 「でも?」 小さなタケルは、ますます淋しげな顔になって、ぽつりと呟くように言った。 「いつか、おにいちゃんには、ボクよりもっとダイスキな人ができるでしょ? そうなっても、ボクのこと、忘れないでね」 「…タケル?」 「ねえ、おにいちゃん」 重ねて呼ばれて、ヤマトは困ったような顔で笑んだ。 「タケルよりダイスキな人なんて、ずっと出来ねえよ」 小さいタケルの不安そうな瞳に思わずそう答えたけれど、これは多分本当のこと。 その場しのぎの言葉じゃない。 きっと本当に、タケル以上に誰かを好きになることなんて、この先ないんじゃないだろうか。 内心で、ヤマトが思う。 アブナイと誰かに指摘されれば、それも否めないけれど。 だが。想っているくらいは、自由だろう。 それに、タケルを縛りつけたりさえしなければ。 傷つけたりしなければ。 まだ心配げな丸い瞳に、ヤマトが笑って、ぎゅっと小さな身体を背中から腕の中に抱きしめる。 すっぽりと腕に包み込めてしまう、小さくてあたたかな身体。確かな体温。 このまま、誰に目にもふれさせず、ずっとこうして腕の中に隠しておけたらどんなにいいだろう。 「ずーっと、ずっと、おまえのことだけが、ダイスキだよ」 誓いのように、呪文を唱えるみたいに、ヤマトがタケルを抱きしめたまま上体を傾け、可愛い耳へとこそりと囁く。 「…本当?」 「あぁ、本当」 「本当に、本当?」 「ああ、本当に本当だって」 本当?本当?とそれでも何度も念をおした後、やっと納得したらしいタケルが安堵したような顔になる。 そして、拗ねたように唇を尖らせて、ぽろりと本音を口にした。 「だって……・おにいちゃん、すっごくカッコいいんだモン……」 「…はあ?」 「きっとすっごくモテるんでしょ!? だったら、モテモテ過ぎて、ボクのことなんか忘れちゃうもん! …って、そう思ったのっ」 と、タケルがぷくっと丸い頬をさらに膨らませて言う。 誰に、というわけではない何とも可愛らしいシット心に、ヤマトが思わずくくっと吹き出して、笑い出す。 もーう、おにいちゃんったらーと、爆笑するヤマトを見上げ、タケルは真っ赤になった頬をぶすーとさらにさらに膨らませた。 「太一さんも来るの?」 光子郎の家の前で立ち止まるなり、抱っこされた腕の中で、ふいにタケルがヤマトに訊ねた。 「ん? ああ、一応、さすがに太一には報告しておかねえとな。あとはまあ、色々他にも影響が出るとマズイから、内緒にしておいた方がいいってさ、光子郎が」 「ふうん?」 小首を傾げるタケルに心配ねえよと笑いかけて、ヤマトがチャイムを押すなり、かなり慌てた様子で光子郎が玄関から飛び出してきた。 「タケルくん! さぁ、お母さんに見られるとヤバイですからね、早く僕の部屋へ!」 「え、う、うん!」 ぴっぱられるようにして中に入り、「お邪魔します」と小さく声だけかけて、案内された光子郎の部屋へと転がり込む。 そういえば、光子郎の母は、3年前のタケルも現在のタケルも知っているのだ。 だから、今のこの状態を知られると、また話が長くややこしくなるから…と、早口でまくしたてる光子郎をまじまじと見、タケルがきょとんと目を丸くした。 「あぁ…・えっと、タケルくん。お久し振りです。あ! おひさしぶりっていうのは変ですねえ。…ええっと」 「光子郎さん…?」 「はい、そうです」 「うわあ、すっごおい! 光子郎さんって、こんなに背も伸びて大人っぽくなってるんだ〜!」 感心たように叫ぶタケルに、光子郎が思わず照れたように赤くなって、ぽりぽりと頭をかく。 「い、いやだなあ、そんな、タケルくん」 「だって、本当にそうなんだもん!」 「や、照れるじゃないですか」 「つうか、そんな事はどうでもいいからさ。光子郎、肝心の話をだな」 言ってるところへ、ガチャリとノックもせずにドアが開いて、勝手知ったる太一がずかずかと部屋に入ってくる。 「よう悪い、遅くなった!」 「ふぇ?」 「おっ、タケルかあ!? うわ、ちぃせえ! かわいーい!」 「太一さん!?」 「そうだぜ、タケル! なんかひっさしぶり!って感じだな!」 言うが早いか、タケルを抱っこしていたヤマトの手から、太一がひょいと小さな身体を自分の腕へと抱き上げる。 「うわー、こんな小さかったかぁ、おまえ!」 「うん。あれ? でも太一さんだけは、3年前とぜんっぜん変わってないねー」 しみじみと言われ、太一がタケルを腕に抱いたまま、がっくりとなる。 「………悪かったな」 「ところで、ヤマトさんが心配すると思って言わなかったんですけど」 「なんだよ?」 光子郎の声に、皆でそちらを見た隙に、ヤマトが太一の腕からタケルをするりと奪い返す。 小さな手は、ぎゅっと兄の首へとしがみついた。 「実は。あれからずっと、大輔くんたちとは連絡がとれなくなってしまったままなんです。Dターミナルにメールを送信するんですが、すぐに返ってきてしまうし。…とにかく、デジタルワールドのテレビから僕のパソコンへとゲートが繋がるように、設定はもうできていますから。あとは予定の時間になって、大輔くんたちが集まって無事戻ってさえくれれば…」 「…・そうか」 答えて、太一とヤマトが顔を見合わせ、同時にタケルを見る。 なんとか、その時に。 無事、コイツも元の時間の流れに戻してやらなくては。 コイツを待っているであろう、兄と仲間たちのところへ。 「…とか言ってるうちに。そろそろ時間だな」 「ええ、そうですね…。どうか、無事に、みんな……」 光子郎が祈るように、パソコンの画面を見つめて、両手の指を組む。 太一もまた、睨むように画面を見つめた。 ヤマトの顔が険しくなる。 それを不安げに見つめるタケルに気づくと、ヤマトは表情を崩して、タケルの頭にポンと手を置いた。 「大丈夫だよ」 「…うん」 頷くのを確かめて、至近距離で見つめ合い、額を寄せる。 「…もうすぐお別れだけど」 「おにいちゃん…」 「元気でな。ちゃんとデジタルワールドの平和はおまえたちの力で戻せるから、信じて頑張るんだぞ…!」 「うん…!」 とはいえ。 まだ、こんなあどけないを、過酷な戦いの中に戻すのかと思うと、ヤマトの胸は激しく痛んだ。 考えれば考えるほど、つらくて仕方がなかった。 いっそ、このまま、この子だけでも、この世界に…。 そう思わずにはいられない。 ヤマトのそんな胸中を察して、太一が言った。 「ヤマト。おまえの気持ちはわかるけど…。これは、俺たちが戦ってきた過去なんだ。そこから、タケルだけを消してしまうわけにはいかない。そんなことぐらい、お前にだってわかるだろ? それにそんなことをしたら、今のタケルにも何らかの影響が出てしまうかもしれないんだぜ?」 「…・ああ。わかってる」 「小さくったって、タケルも紛れもなく『選ばれし子供』なんだからさ! な? やれるよな、タケル!」 太一の言葉に、タケルがうん!と力強く頷く。 がしがしと乱暴に頭を撫でられながらも、ヤマトの腕の中から、タケルが尊敬の眼差しで太一を見遣る。 やれやれ。 3年経ってもこうかよ。 まあ。 成長しねえ俺も悪いけど。 タケルの前では、やたらと大人ぶって格好つける、コイツもどうだよ。 ややヒガミつつ思っていれば、ふいに。 小さな手が、ぴと…とヤマトの両の頬にはりついた。 「ん?」 「おにいちゃん」 「なんだ?」 「――もう、会えないんだね…」 淋しげにしみじみ言われると、何ともつらい。 ますます帰したくなくなるだろ、と心中で本音をこぼして、震える大きな瞳を見つめた。 「…3年たったら、また会えるだろ」 「うん…・そうだよね…。えっと。あ、そうだ。公園つれてってくれて、ありがとう。それから、おふろ入れてくれて、一緒にテレビ見て、アイス食べて、ゲームもしてくれて……。それから、いっしょに寝てくれて、ありがとう。ごはん、とってもおいしかった…。それから、それから、ボクのこと、ずっとダイスキだよぉって言ってくれて、ありが……」 大きな瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。 小さい手がヤマトの首に回され、ぎゅっと強くしがみついた。 ヤマトもまた、強くその小さな身体を抱きしめる。 小5の兄が恋しいと泣いていたタケルが、今、自分と離れるのがつらくて泣いてくれてるのかと思うと、ヤマトの胸は不思議な感情に熱くなった。 いじらくして、いとしくてたまらない。 「タケル…。ずっとずーっと、大好きだから。おまえのこと、俺、一生大好きだよ」 やわらかな髪に唇を押しつけるようにしてヤマトが言うと、タケルが懸命に笑顔を作って、うん!うん!と何度も強くうなずいた。 「ボクもずっと! ずっと、ダイスキ! おにいちゃんのことが、ずっとダイスキーー!!」 12につづく。 novelニモドル 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 |