■ balance 6 ■ 「いったい、どういうわけなんだか説明しろよ!」 「ヤマト! やめてよ、ちょっと!」 「…お兄ちゃん…」 「お兄ちゃんなんて、気安く呼ぶな! おまえ、オレの弟をどうしたんだ! どうして、オレの弟とすりかわっちまったんだ! 弟は何処に行ったんだ!!」 「落ち着いてよ、ヤマト! このタケルは、3年後のデジタルワールドから…!」 「わかるもんか、そんなの! 気をつけろ…! デビモンの罠かもしれねえだろ!」 「罠…?」 思ってもいなかった言葉を投げつけられ、タケルが兄を見つめて呆然となる。 「待ってよ、ヤマト! そんなことないよ! オレにはわかる! これは本当に、キミの弟のタケルだよ! ねえ、ちゃんと話をきこうよ! とにかく落ち着いて! キミはまだ熱も高いんだから!」 「ガブモン…!」 何とかヤマトを落ち着かせようと懸命になるカブモンを、ヤマトが険しい表情のまま、黙れというように睨み付けた。 「だったら! それがもし本当なら、こいつがとっとと元の世界に戻ればいいんだ。そうだ、そういう事なんだろ!? おい、おまえ! だったらさっさと帰れよ! そうすりゃ、オレのタケルはこの世界に帰ってこれるんだろ?!」 「ヤマト! なんて事いうの!!」 タケルをなんとか庇おうとするガブモンに、苛立った、噛み付くような鋭い視線を向ける兄を見、タケルは表情をなくしたまま、ゆっくりと立ち上がった。 そして、ヤマトに近づくと、自分と同じくらいの高さにある兄の肩に、そっと手をおく。 「火のそばに行こう。…熱があるんでしょ?」 宥めるように言うなり、その手をヤマトの手が乱暴に振り払った。 「さわるな! オレはおまえなんか知らねえからな!!」 「あ…! ごめん…なさい…」 驚いたように瞳を見開き、慌てて手をひっこめるタケルに、さすがに傷つけたと思ったらしく、ヤマトがはっとなる。 が、しまった…と思うなり、熱のせいで眩暈に襲われ、その場に崩れるように蹲った。 「ヤマト! 大丈夫!?」 「お兄…! ともかく、火のそばに寝かせよう。手伝って」 タケルがガブモンに言うと、ガブモンもそれに頷き、タケルは振り払われるのを覚悟で、ヤマトに肩を貸して身体を支えた。 ヤマトがそれをちらりと見、けれど、今度はそれを邪険に振り払うことはせず、そのまま従う。 間近で見るその顔が、紛れもなく、彼の弟に酷似していたから。 大きくなったら、たぶん。こんな顔になるのだろう。 丸い幼い輪郭が、こんな風に、少しすっきり細くなって。 それを、認めたいような、認めたくないような。 兄の心中は複雑だ。 タケルの方は、痛い胸を抱えながらも、いつも見上げていた兄の顔が、僅かだが自分より下にあるのを、なんだか不思議な感覚で見つめていた。 「ねえ、ガブモン。ちょっとお願いがあるんだけど」 「どうしたの? タケル」 「ちょっと、二人で話していい?」 タケルが言うと、さも心配そうな表情になりつつも、この状況では自分がいるよりその方がいいかもしれないと判断したらしく、ガブモンは快く返事を返すと、雪のおさまった洞窟の外へと姿を消した。 きっとそれでも心配で心配で、近くで様子を窺ってくれていることだろうけど。 兄のパートナーとしては本当に申し分ないな、とタケルが思う。 あたたかで、心が広くて、一番兄のことをよく知っててくれている。 ――ここでも僕は、用なしだ。 必要ないよね。 早く帰らなきゃ。 だけど、帰るはずの場所には…。 あの子がいる。 元の世界の兄は、僕が戻って、代わりに小さなタケルが消えてなくなることを、きっと悲しがるだろう。 自分がいることで、2人の兄が哀しむのか…。 いやだな。それって。 最悪じゃないか。僕って。 どうしてずっと、人は小さいままでいられないんだろう。 小さいままでいられたら、僕は僕でしあわせだし、お兄ちゃんも、ずっとしあわせでいられるのに。 考えていると、どうしようもなくつらくなって、火の前で膝をぎゅっと両手で抱えて、頭を垂れた。 「………」 それを、少し離れた岩壁に背中を凭れ掛けさせて、ヤマトが無言でじっと見つめる。 膝を抱えて蹲る細い肩が、小さく震えている。 熱で意識が朦朧としてたとはいえ、弟のことが心配すぎて気が動転してたとはいえ。 ……随分、酷いことを言ってしまった。 だけど。 あの小さな弟が、わずか3年でこんなに大きくなるなんて。 想像できない。 今の自分よりもまだ、少し背ものびて、大人びてもいる。 なんだか、そんなこと。 認められない。認めたくない。 だって、弟は、あんなに頼りなげで小さいのに。 それを自分で自覚するより先に、思いが言葉になって出てしまった。 だけど。 いくら認めたくないからって、 あの言い方はないよな……。 「おい…」 「明日、帰るから」 「え…っ」 「あ、ううん。明日って言ってないで、今から何とかしてみるよ。空間の歪みのあったところに僕を戻してもらえれば、すぐにでも帰れると思う…から。そこから元のデジタルワールドに戻って、光子郎さんに連絡をとって…」 「え…おい」 「そうだ、そうしよう! 僕がこっちの世界から元の世界に戻ったら、きっと"タケル"も戻ってこれるよ! どちらにしても、僕がここから出ていかない限り、向こうの世界からはどうしようもないから。光子郎さんたちのデジヴァイスじゃ、ゲートは開けられないんだし」 「って。おい、待てよ…!」 「大丈夫、心配しないで! きっと、キミのタケルは戻ってこれるから!」 キミの、とわざと言って、タケルは思いを振りきるように立ち上がった。 「じゃあ」 「おい、待てよ!」 追うように立ち上がるヤマトが、慌ててその腕を掴んで引きとめる。 「大丈夫だよ、心配ないから」 「ちょっと待てったら!」 「は、離してよ…」 「待てよ!」 「離して…っ!」 「タケル!!」 「…!」 呼ばれた名にびくっとして、タケルが瞳を見開いて兄を振り返る。 その大きく見開かれた驚きの瞳に、ヤマトが少々バツの悪そうな顔をしながら、タケルから目を反らせるとぼそりと言う。 「坐れよ」 「…だって」 「坐れって。タケル」 言って、微かに頬を染める。 タケルは見開いた瞳のまま、怒ったように自分の傍らを顎でしゃくって「いいから坐れ」と命じる兄に、とりあえずは抗えず、おずおずと言われるままに、そこにぺたりと腰を下ろした――。 7に続く…。 次は02ヤマトと無印タケルです。 novelニモドル 1 2 3 4 5 6 7 |