〜がんとの出会い〜

1.その瞬間

2.不安〜初診

3.告 知

4.波のように

5.セカンドオピニオン
6.初めての礼拝
  〜e−クリニック〜娘

7.検査〜ストレス

8.スイッチ

9.光、そして夢

10.目  標

11.入院〜手術前日
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 9.光、そして夢

その日の午後、友人が二人顔を見に来てくれた。
わたしは、前日からの大きな動揺と解放で、身体が空っぽになったような状態 だった。
そのせいだろうか、わたしの顔を見たい、そして、応援したい、という気持ちで 来てくれた二人の想いが、とてもまっすぐ届いた。

友人の一人、Y子が「長生学」というのを施してくれた。 これは施術者が自分の身体をアンテナにして、相手の身体に宇宙のエネル ギーを通す、というもので、誰でも何回か方法を習えばできる、というものらし い。しかも、お金を取って治療してはいけない、と固く約束させられる、と聞い ていたので、いかがわしいものではないだろうと思い、受けることにした。
椅子に座って目をつぶり、頭の上に乗せられたY子の手のひらに意識を集中 した。すぐに、シーンと静かな気持ちになった。
ふっと時間が止まったような感じがして、次の瞬間、光のようなものがわたし の心の深いところに触れた。
「あ・・・わたしは、治る」
当然そうなることになっている、と感じた。
まったく理屈を越えて、とてもくっきりした確信が、いきなり身体の中に入って きたような感じだった。
透明な涙がぼろぼろ流れた。
終わって眼を開けた時には、身体も心も、とてもすっきりしていた。

この翌々日の明け方のことだった。
それまでの20日間、夢らしい夢は一度も見なかったのだが、頑なになってい た心がようやく解放されたからだろう、とても暗示的で象徴的な夢を、ふたつ 続けて見た。

象徴的な夢、その1。

いつも寝ている和室で、ふとんに寝ている。
いつの間にか夜が明けている。
何故か、寝ている位置から空がたくさん見える。
抜けるような青空を見ていると、空のかなたから何かがこちらに向かって落ち てくる。
ものすごい勢いで落ちてくるのは、大きな岩だった。
大きな岩がふたつ、わたしに向かって落下してくる。
対処する術もなく、逃げる時間もなく、無力感に囚われながら、とりあえずふ とんをかぶってその場をしのごうとする。
「こんな大きい岩に対して、ふとんなんか、なんの役にも立たないのに」と思い ながらも、惨事を目の当たりにする勇気が無くて、ふとんの中で眼をつぶって、 次に起こることに耐えようとする。
5秒。10秒。・・・・。
大きな音がして岩が墜落するのか、それともわたしが押し潰されるのか、と身 を固くして待っているのだが、しーんとしていて、何事も起こらない。
30秒・・。
おそるおそるふとんから顔を出すと、あたりは静かなままで、何事も起こって いなかった。
心の底からほっとした。
空が抜けるように青い。

象徴的な夢、その2。

夜、明かりもついていない暗い中、ビルの外についている鉄板の非常階段を 降りていかなければならない。
雪が凍って、つるつるになっている。
暗い。
降りきったところに何があるかさえ見えないほど、暗い。
足元だけを見ながら、恐る恐る一歩づつ降りてゆく。
怖い。
不安だ。
気がつくと、扉の前に立っている。
開けると、また同じ、暗い非常階段が続いている。

また恐る恐る一歩づつ降りる。
また扉の前。

いつまで繰り返さなければならないのだろう、と思い始めた時、扉の横に鏡が あるのに気づく。
鏡に映っているわたしは、なんと、金髪で、白いドレスを着たハリウッド女優だ った。
「そうか、この扉を開けると、今度はきっと、シャンデリアに照らされた大理石 の階段が続いているんだ。そして下から、ブルースウィルスのような男優が上 がってきて、階段の途中でしっかり抱き合うんだ」
意気込んで開けた扉の向こうは、やはりさっきと同じ、真っ暗な非常階段だっ た。
でも、女優として演じているんだ、と思って降りる非常階段は、まったく怖くな かった。
下から、ブルースウィルスよりもかなり歳をとっているけれど、外人の男性が 上ってきた。

階段の途中で、しっかり抱き合った。
男性に抱きしめられた時の安心感と、よろこびが、身体の奥から湧き上がって きた。

ひとつ目の夢は、おそらく数日前の、スペースシャトルの事故からの連想だろ うと思う。
大惨事が起こると思っていたのに、結果的に何事も起こらなかった、というの は、翌日、他臓器への転移の結果を聞くことになっていたわたしの、心の底 からの願いだったのだろう。
ふたつ目の階段を降りる夢。どこへ向かって、何の為にこの不安な道程を歩 いていくのか、目的も結果も見えず、ひとりぼっちで孤独でよりどころが無かっ た。
けれど、演じるんだ、と思った途端にその不安はあとかたもなく消えた。誰か (監督か?)が一部始終を見ていてくれる、という安心感と、階段の真ん中で 抱き合う、という目的がわかったことで、自分を取り戻すことができた。

あとから思っても、このふたつの夢は、ほんとうに象徴的だった。

明日いよいよ、他の臓器に転移しているかどうかがわかる。
「どんな結果でも、逃げないで受けとめよう」
それだけを思ってその日に望んだ。

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