〜がんとの出会い〜

1.その瞬間

2.不安〜初診

3.告 知

4.波のように

5.セカンドオピニオン
6.初めての礼拝
  〜e−クリニック〜娘

7.検査〜ストレス

8.スイッチ

9.光、そして夢

10.目  標

11.入院〜手術前日
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 2.不安〜初診

1月20日、いつも婦人科の検診に行っているJ病院に乳癌の検診に行った。 それまでの3日間、身体全体に重いものがまとわりついているようで、苦しかっ た。左の乳首のあたりがうずくような気がしたり、左の肩が異常に凝っているよ うな感じがしたり、左脇の下に違和感があるような気がしたりした。それまで 全く気づかなかったのに・・・。ほんとうに人間の感覚って不思議だ。

その日の午後に、関西で仕事をしている息子が1年ぶりに帰ってくることになって いたので、病院に出かける前にリクエストされていたお雑煮を作った。
「母さんの作ったお雑煮を食べないと、正月が来た気がしない」とかわいいこ とを言ってくれて嬉しかったのだけれど、作りながら「来年はお雑煮を作れるかな・・」
と 気弱な考えがよぎった。

胸部外科の待合室で待っている間は、不安、というよりも、早く白黒はっきり させたい、という気持ちだった。診察室に入るととても感じのいい若い男の先 生だった。張りのあるいい声。バリトンかな・・。「しこりがあります」と言うと、 「じゃぁ、今日出来るだけの検査をしてしまいましょう」と言われ、マンモグラ フィとエコーと細胞診の検査を受けた。エコーで、素人眼にもはっきり映る塊を 見た時に、「こんなに大きいものが、いつの間に出来たんだろう・・・」と唖然 とした。自分の身体に全然気持ちを向けていなかったことに気づいて一瞬、 離人感覚に襲われた。若い頃、何かのきっかけで自信を失うと、突然体重 が無くなったような、自分が自分でなくなったような気がしたものだが、 この時もほんの一瞬、その感覚に襲われたのだ。だが、この時は、すぐに 離れたところから見ているもう一人の自分が現れて、「あらまぁ、ずいぶん 立派なのができてるじゃない」とでも言いたそうな、余裕のある視線でわた しを見ていた。本体のわたしは、まだ事態を認めたくなかったらしい。格別 恐怖を感じることもなく、先生が説明してくださるのを冷静に聞いていた。 明後日の22日に細胞診の結果がでますから、と言われて帰る時に、カルテ に書き込みながら先生が「うーーん・・乳腺症であることを祈りましょう!」と 言われた。そのことばがいつまでも耳に残った。何回も頭の中で再生しては、 声の調子の中にいい結果と悪い結果の比率を探ったりした。

2日後の仕事相手に携帯からキャンセルの電話を入れて、息子を迎える為 に自宅に向かった。途中、札幌駅の構内で号外が配られていた。受け取っ て見ると、「貴乃花引退!」だった。「なにかの知らせかな?わたしもそろそろ 引退、ってことかもしれない」事態の重大さがじわじわ身体をしめつけ始めた。
自宅に戻ってお雑煮を温めていると、息子が自分で鍵を開けて入ってきた。 なんだかすごく前向きのエネルギーに溢れている。「おかえりー」と言うと、い きなり「何か変わった事、ない?」と言う。

「あはは・・・多分ある」
癌かもしれない、ということをこの時初めて口にした。不思議なことに、言葉 に出した事で少し楽になった。ひとりで闘わなくても大丈夫だ。応援してくれ る人はたくさんいる。久しぶりの息子の顔を見ながらあたたかい気持ちにな っていた。

午後、仕事場の近くのレストランで毎週開いている「楽しく歌う会」。年配の方 8人で声をそろえながら懐かしい歌や、シャンソンなどを歌う。まったくいつも と変わらずに楽しく過ごす。仕事モードになると人格が変わるらしい。たまた まここのレストランがこの日で閉店するので、次週からわたしの仕事場で続 けてやることになった。その場所へ皆さんを案内しながら「来週の今日はど んなことを皆さんにお話することになるのだろう・・。レストランが閉店になる のもなにかのサインかもしれない」などと考えていた。

夜、ホテルのコンサートの企画運営を一緒にやっている仲間に会う。コンサ ート出演予定者と会食。6月か7月に・・・と想定してコンサートの内容の話を すすめるが、自分は関われないかもしれない、と思うと消極的になってしまう。 だが、出演者に不安を与えてはいけないので前向きに進める形をとらなけ ればならない。この状況は辛かった。
打ち合わせが終わった後、仲間にだけ「実は癌かもしれない」と打ち明けた。 この時に、同じ大学の同級生が、乳癌の権威で全国から患者さんが来る、と いう病院の院長夫人だ、ということを教えてもらった。すぐに、「セカンドオピ ニオンで行ってみよう」と決めた。するべきことがあると、不安な気持ちが少 し緩和されるようだ。

この日は決まりつつあった3月のコンサートの最終決定をする時期にあた っていた。ホテルと出演予定者に「3月○○日に決定したいと思います」とメー ルをし、「ただし、確認しなければならないことが2,3ありますので、明後日 まで確定をお待ち下さい」と断りをつけ加えた。こういう手順の中ですこしづ つ覚悟を決めていったような気がする。

その晩夫に、癌かもしれないと思って検診に行ったこと、 あさって結果がわかることを伝えた。
「それは多分、癌だな・・・」
宙を見つめながら夫が言った。深い驚きと不安が伝わってきた。同時に、もし癌だったとしても最後まで一緒に闘ってくれると確信した。 結果がわかるまで、余計な事は考えない事にしよう。そう決めて眠りについた。

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