【廃墟マニヤ File064】

Kッパピア(群馬県)

(その1)

朽ちたライド

日本人のレジャーのスタイルや嗜好が変わったのか、あるいはアメリカからやってきたネズミの王国にやられてしまったのかは知りませんが、2000年くらいから、観覧車やメリーゴーランド、ジェットコースターなど定番のライドしかないようなオールドスタイルの遊園地が次々と閉園していきました。

もういい歳になってしまった自分は、最新のアミューズメント施設よりどちらかというと古いスタイルの遊園地の方が郷愁もあって好ましく思うのですが、世間の流れは残念ながら違う方向のようです(まあ、こんなことを言っていても、実際に行くことはほとんどないので自分も同罪ですね)。

今回紹介する遊園地は、1952年に開催された『新日本T崎子ども博覧会』がその始まりで、50日間にわたる博覧会の終了後、残された施設の一部を利用して市営遊園地として営業を開始しました。ちなみに子ども博覧会で設けられたのは、豆自動車、お猿の列車、メリーゴーランド、飛行塔、ボブスレッド、動物園などで、動物園にはタイから贈られたゾウの他に鹿、猿、熊などがいたようです。

1961年、上信電鉄に経営がうつり、『高Sフェアリーランド』として施設などもリニューアル。新たなスタートを切りました。そして1969年「流れるプール」が完成した際、愛称を一般公募し、それから「Kッパ・ユートピア」を縮めた『カッPピア』という名前が使われるようになりました(名前が変わったのは1973年という資料もあるので、プールの完成年は間違っている可能性もあります。あるいは、正式に変更したのが1973年だったのかもしれません)。この頃は年間の入場者数が62万人ほどいたのですが、それから次第に減っていき、末期には11万人ほどになってしまっていたようです。

『T崎フェアリーランド』としてスタートしてから42年間、群馬県のヤング&ファミリーに愛され続けてきた(たぶん)この遊園地も、入場者減と施設の老朽化に耐えられず2003年11月末、ついに力尽きて閉園してしまいました。


満足度:★★★★★

 


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