横浜市の動きと運動の経過
1.「横浜方式」発表前夜
2002年8月5日住基ネット第1次稼動が近づくにつれて、マスコミも住基ネットを取り上げるようになり、疑問や不安の声も上がってきた。
7月22日福島県矢祭町が住基ネットに不参加を表明。現在でもその姿勢は変わっていないが、矢祭町長の決断は全国的に大きな波紋をもたらした。
続くように、杉並区が8月1日に不参加を表明。
横浜市は、7月10日に国に対して住基ネット実施の延期を求める要望書を提出している。市民運動としては、「住基ネットを考える会」が県と市に対して申し入れを行っている。市民としても、住基ネットに対する不信感の高まりを背景として横浜市に対して「不参加」を期待して行動をとった。しかし、7月29日付けで提出した横浜市に対する要望書の回答はなんと9月18日付けで回答された。それ以降もそうだが、市民からの申し入れや質問に対する横浜市の回答の遅さは、際立っている。いつもピントの外れた時期に回答され、また内容も質問に沿ったものではないことが多く、憤りを感じることも多々あった。
2.中田市長「横浜方式」を発表
2002年8月2日、中田市長は唐突に「横浜方式」を発表した。
横浜市は、2002年7月10日、国に対して8月5日の住基ネット稼動延期を申し入れている。また直前まで「不参加」の検討が行われていたことがマスコミによって報じられている。しかし、いわゆる「選択制」を採用することは発表以前に全く知ることができなかった。
ここで「横浜方式」を整理しておきたい。
「市民選択制」と銘打ったのはマスコミだった。横浜市が作成した文書に「選択制」の語句は全く見当たらない。私たちも「横浜方式」を「選択制」と呼ぶべきかどうか躊躇していた。
「横浜方式」とは「住基ネットの安全性が総合的に確認できるまでの間、本人確認情報について神奈川県へ「非通知」とすることの申し出を受け付ける」システムである。
「横浜方式」の特徴は次の2点である。
- 最終的には横浜市民全員が住基ネットに参加することが前提となっているシステムであること
- 「不参加」を希望する市民が申告しなければならないシステムであること
「市民の会」発足以前には、「住基ネットを考える会」がこうした「横浜方式」に対して「参加を希望する者が申告するシステムにすべきである」旨の申し入れを行った。
3.「市民の会」発足
これまで住基ネットに関心を持ってきた様々なグループ、個人を幅広く集めた「住基ネットに不参加を!横浜市民の会」が2002年8月21日の集会で結成された。横浜市民の会の特徴は、議員が中心になっていないことである。
市民の会は「横浜方式」について次のことを横浜市に申し入れた。
- 参加者が意思表示を行う方法に変更すること
- 区役所窓口だけでなく、郵送による申告も認めること
- 世帯単位ではなく、個人別に住民票コードと「非通知申出書」を郵送すること
- 「不参加」を権利として認め、恒久的に保障すること
- 住基ネットに対する説明を十分に行ってから市民の意思を問うこと
その結果、郵送による申告方式のみ採用され、あとは受け入れられなかった。
4.「非通知申出」期間
当初、「非通知申出」期間は1か月間が想定されていたようだが、約10日間延長され、2002年9月2日から10月11日までとなった。横浜市の「非通知申出」に関する説明は圧倒的に不足していた。もともと住基ネットそのものがわかりにくいシステムであるうえに、「横浜方式」のわかりにくさがプラスされた。
市民の会における「横浜方式」、中田市長に対する評価の論議は必ずしも統一的なものではなかった。しかし、この「非通知申出」期間においては、とにかく一人でも多くの「非通知申出」者を出すことが市民の会の運動目標となった。具体的運動は、横浜市による不十分な説明の状況のなかで、「住基ネット」と「横浜方式」に対する説明、宣伝を数多く行うこと。この1点に集中した。
精力的に宣伝活動を展開し、3種類約3万枚のビラを配布した。
- 9月3日
- 記者会見。
- 9月3日〜9月19日
- 市民の会による「住基ネットに不参加を!ホットライン(電話相談)」の開設。約20人の対応者で120件の相談を受ける。
- 9月1日から毎週日曜日
- 街頭宣伝。
- 9月29日
- 市内12ヶ所で一斉街頭宣伝+住基サイクル(自転車5台による市内宣伝)。
- 10月2日
- 市民集会。150名参加。
- 10月10日
- 締切前日、市庁舎前宣伝。
市民の反応はすこぶるよかった。他の課題のビラまきでは考えられないことだが、ビラを受け取り、その場で30分くらい立ち話することは珍しくなかった。家族会議を開き、どうするか話し合ったという話も聞いた。
5.不参加者84万人に
当初横浜市は「非通知申出者」数の中間発表はおろか最終数も発表するかどうか明らかにしなかった。ところが、実際には中間発表を4回も行った。
- 9月3日
- 初日申告者数 1,202人
- 9月18日
- 市議会本会議で発表 133,847人
- 9月30日
- 9月27日までで 396,386人
- 10月11日
- 最終日の速報値 802,708人
最終的には2002年10月16日に839,539人と発表。横浜市民350万人のうち約4人に1人が「不参加」申告を行ったことになる。この数字は全国的にも驚きをもたらした。不参加希望者が手続きを行うというハードルの高さにもかかわらず、4分の1の市民がその手続きを行ったことは住基ネットに対する不信感の高さを表現するとともに、お任せ民主主義を脱する新たな民主主義の萌芽を感じさせるものだった。
プレス発表と同じ10月16日、中田市長は片山総務大臣と会見を行い、これまでの「横浜方式は脱法行為」という見解を撤回させ、最終的に全員参加することを前提に「横浜方式」を認知させた。これも84万人のなせる業か?
6.「横浜方式」に対する申し入れ
84万人の「非通知申出者」発表の直後、市民の会はただちに横浜市に対して申し入れを行った。
- 不参加を権利として認め、全員参加をしないこと
- 国に対し、住基ネットに廃止を働きかけること
- 神奈川県に対し、仮運用時の横浜市民の全データの削除を要求すること
- 非通知申出期間を延長すること
横浜市は私たちの申し入れに誠実に答えることはなかった。
中田市長は2002年9月18日の議会答弁で「所要の措置が講じられているとは思えない」として、住基ネットの不備を5点示した。
- 国が責任を持っていない
- 不正があっても自治体から調査請求ができない
- アクセスログの開示請求の仕組みがない
- 不正使用に対する罰則規定が整備されていない
- 将来像が明示されていない
12月に行った再申し入れではこの点について触れたが、具体的回答はなかった。
7.市議会議員アンケート・住基ネット条例制定・旅券問題
横浜方式は中田市長が議会の承認を経ずに、実施したため、その後議会でも問題とされることがしばしばあった。国政レベルの党派の住基ネットとは異なる対応を取るのか否か、私たちは市議会議員に対するアンケートを行った。
2002年11月22日、中田市長は住基ネットに係る本人確認情報等の保護に関する条例案を市議会に提案することを発表した。その特徴は、不正使用に対する罰則規定と本人確認情報等保護審議会の設置だろう。私たちはこの条例制定が全員参加の条件整備につながる危険性が高いと判断し、拙速に条例制定を行わないよう陳情を行ったが、反対する会派もなく、12月19日本会議において裁決され、成立した(詳細は「横浜市民の会の声明」を参照されたい)。
2003年4月から旅券発給の際に必要な住民票の添付が住基ネットを利用することによって省略できるようになった。しかし、その段階では、横浜市は全市民が「不参加」状態であるために、住民票を省略することができない。
そこで、横浜市は、住基ネットへの参加者は「無料」で、不参加者は「有料」で住民票を発行することを決定した。もともと旅券発給に係る住民票発行は無料で行っている自治体もあるので、こうした取り扱いの差が発生することは不当ではないか、と横浜市に対して申し入れを行った。
8.住基ネット「横浜市民アンケート」の取組み
2003年に入ってから、市民の会は、中田市長を全員参加に踏み切らせないようにするにはどういう運動が必要か、時間をかけて検討した。そこで住基ネットに対する参加の是非を問う住民投票の可能性が検討された。市町村合併や原発の是非を問う住民投票について調査し検討したが、横浜市には住民投票条例がなく、その設定から始めなければならない。横浜という全国最大規模の自治体において住民投票条例を策定するのは現状では無理だろうという結論に達した。
条例制定には、直接請求50分の1の署名を集めるか、市長に提案させるかが必要である。直接請求に必要な約5万人分の署名を集めることは、84万人の非通知申出者数からすれば不可能な数字ではない。しかし、議会へ提案までこぎつけたとしても、現在の議会情勢において可決させられる見込みは0%に限りなく近いと思われる。そこが最大のネックだった。これまで住民投票で住基ネットの是非を問うた自治体はいまだない。4人に1人の不参加者数をもって住民投票へ、という期待は私たちの中にも存在したが、技術的に展望が出ないというのが現実であった。
私たちは住民投票を断念せざるを得なかったが、小さな規模の自治体でなら可能性を模索することはできると考える。住基ネットを自治体のあり方の問題として捉えるならば、市民の自己決定の手段として住民投票を是非ともいろいろな自治体で検討してほしい。最近では杉並区の市民運動において住民投票が模索された。やはり議会がネックとなり実現していないが。
住民投票の断念の後、次善の策として私たちの手で市民の意思を問う「市民アンケート」に取り組むことを決定した。84万人という数字に対してあまりに少数だと逆効果なのではないかという不安の声もあったが、2003年3月から5月の3か月間、ハガキ・チラシ・FAXの3種類で「市民アンケート」を実施した。
回収数は3,122枚。大きな団体に依存することなく集めた数字としては、評価に値すると考える。市長判断で全員参加させられてしまうことに対しては4人に3人の市民が反対した。やはり市民の多くが、自らの選択は生かされるべきだと考えていることが浮き彫りとなった。
このアンケート結果をマスコミに発表するとともに、横浜市に対してどのように受け止めるか質問したが、市はアンケート結果を全く無視した。
9.データ送信問題をめぐって
横浜市は、非通知申出をしなかった261万人市民のデータ送信を2003年4月10日から行い、6月9日までに完了すると発表した。
ところが、この問題は参加市民のデータ送信にとどまらず、不参加市民のデータもあわせて送信することを含んでいた。いわゆる「職権消除」問題である。
全国の市区町村は、福島県矢祭町を除き、2002年7月22日までの住基ネット「仮運用」期間にその時点における全住民登録者のデータを都道府県に送付または送信し、都道府県はさらに全国センターに送付または送信していた。離脱自治体は、2002年8月5日の第1次稼動以降、更新データを送信していないということになる。本来であれば、更新されない離脱自治体の仮運用期間のデータは削除すべきであるにもかかわらず、そのまま都道府県サーバにも全国サーバにも保存されている。ここに大きな問題が存在している。
個人情報保護上、更新されない古いデータが蓄積されていること自体がプライバシー侵害を引き起こしていると言わざるを得ない。離脱自治体は一様に「仮運用」期間に送ったデータの削除を要求したが、いずれも認められていない。
「横浜方式」を採用し、参加市民の更新データだけを送信する場合、本人確認情報の提供を受ける国や法人は、更新されない不参加市民のデータだけを選別して利用に供しないということは事実上、不可能である。この問題を解消するため横浜市は、「不参加市民」について住基ネット上だけ「職権消除」データを送信する手法を採用した。
元来「職権消除」とは住民基本台帳においてその住所地に居住していないため行政が職権で住民票を消除することを意味する。住民基本台帳には載っているのに、住基ネット上は消除されたことになっているという取り扱いの齟齬が生じてくる。また、横浜市における「職権消除」者であれば、ほぼ「不参加」市民であることが特定されてしまい、私たちの危惧していた「不参加市民」のリスト化につながる危険性がある。市民の会は、県や全国センターが仮運用データを削除しない限り、更新データを送信するなと、2003年4月23日付けで申し入れたが、予定どおり送信されてしまった(「横浜市民の会の見解」「横浜市本人確認情報等保護審議会への申し入れ」「神奈川県知事への申し入れ」「横浜市長への申し入れ」を参照されたい)。
10.「審議会」の発足とその動向
住基ネットに係る本人確認情報等の保護に関する条例に基づき、本人確認情報等保護審議会の第1回会合が2003年4月28日に開催された。2回目は7月7日に開催され、その後開催されていない。中田市長はこの審議会に全員参加の可否を諮問し、お墨付きをもらおうという段取りだと想定される。審議会委員には長野県ほどではないが、住基ネット批判派も任命されている。
現時点で全員参加は得策でないという中田市長の思惑が働いているのではないだろうか。審議会の審議回数も発足以降2回だけで、活発な議論がなされていないようだ。
ただし、全員参加の前にこの審議会に諮問することになるので、この審議会の動向を常に注目しておく必要があるだろう。
11.学習・情宣活動
市民の会は、日常的な活動として隔月で学習会と街頭情宣活動を行ってきた。
住基ネット本格稼動の2003年8月25日には、ICカードを利用した監視社会が進むマレーシアからこれに反対しているヤップさんを招いて集会を行った。2003年12月11日には、長野県の住基ネット侵入実験を行った吉田柳太郎さんを招いて学習会を行った。この2回分の内容はパンフレットにまとめて発行した。
その後も街頭情宣と連続学習会を継続して行っている。
12.住民基本台帳の大量閲覧に関する実態調査
2004年3月、横浜市、相模原市、藤沢市、鎌倉市などの神奈川県内で住基ネット問題に取り組む市民グループが、住基ネット問題神奈川県連絡会(神奈川県連絡会)を結成した。
神奈川県連絡会では、既存住基4情報(氏名・住所・生年月日・性別)が原則公開となっていて、日々大量に閲覧されている状況を問題視し、2004年、神奈川県内の全市町村に対して、住民基本台帳の一部の写しの大量閲覧に関する実態調査を実施した。実態調査の詳細については、実態調査報告を参照されたい。
13.金沢地裁判決を受けての申し入れ
2005年5月30日、金沢地裁は、住基ネットの差し止め訴訟に対して画期的な判決を下した。自己情報コントロール権を憲法第13条が保障する権利として認定した。判決は、その意味から改「正」住基法の住基ネット部分が「違憲」であると認定。金沢地裁判決は、個人が住基ネットへの参加・不参加を選択できる「権利」を初めて認めたのだ。翌日の5月31日には名古屋地裁が全く逆の内容の判決を下したが、それでも金沢地裁判決の輝きが失せることはない。
私たちは、金沢地裁判決を背景に横浜市に対して「横浜方式」を市民による主体的な選択が可能となる「市民選択制」に変えるよう申し入れた。これに対する市長の回答は「ノー」だった(「横浜市に対する申し入れ書と回答」「神奈川県に対する申し入れ書と回答」を参照されたい)。
Copyright(C) 2005 やぶれっ!住基ネット市民行動
初版:2005年07月21日、最終更新日:2005年11月06日
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