【廃墟マニヤ File028】
M尾鉱山(岩手県)
(その1)
いまさら説明の必要もないほど有名な「松O鉱山」の従業員アパート群です(ちょっと大きい写真[1024×683pixel]で見たい方はここをクリック!)。
……とはいうものの一応簡単に解説しておくと、1882年(明治15年)、八幡平の中腹で硫黄の大露頭が発見され、1914年(大正3年)M尾鉱業株式会社が創設されます。その後、最盛期には従業員4000人、鉱山の人口1万5000人という東洋一の硫黄鉱山に成長。スチーム暖房完備の鉄筋コンクリート住宅などが次々に建設されました。標高1000mの山上に、当時としては最先端の都市が生まれ「雲上の楽園」と呼ばれるようになります。
しかし昭和30年代になると、海外の安価な硫黄が輸入されるようになり、そして日本の硫黄鉱山の例に漏れず、回収硫黄の登場でトドメをさされてしまいました。閉山の年は資料によってまちまちですが、1970年頃のようです。
ちなみに、今でも強酸性水が排出され続けており、その中和処理に年間数億単位の費用がかかっているという話です。
満足度:★★★★★
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