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「赤ん坊は水に沈めておけばいいんだよ」
誰かに教わったことを、なんの疑いもなく実行に移した。
ひとりは生まれたての男の子。
もうひとりはその子の兄。
風呂場の洗面器の中にふたりを入れて水を張る。
ふたりが着ている産着が、水の中でゆらゆらと白く光る。
「あなたが生んだ赤ちゃん、どうしたの?」
友達が尋ねる。
「お風呂場の、洗面器の中・・・・」
言いながら初めて気づく。
生まれてしまった赤ん坊は、もうえら呼吸は出来ないはず。
24時間経ってしまっている。
死んでいるだろうか。
「酷い母親だ」とののしる声が、
遠くで聞こえるような気がする。
さして慌てもせずに風呂場に向かう。
扉の前で、中の惨状を思い浮かべる。
形容しがたい徒労感が、突然襲う。
扉を開けると、洗面器は覆されており、
ふたりの赤ん坊がタイルの上に横たわっている。
兄の方が目を開けて私を見、はればれと微笑む。
生まれたての方は、タイルの上で健やかな寝息をたてている。
「お兄ちゃんが自分で洗面器から這い出して
赤ちゃんを助けてくれたんだね」
耳のそばで、誰かが言っている。
赤ん坊のやわらかさ、あたたかさを腕に感じながら
ふたりを抱き上げる。
私の目を覗き込む兄の瞳が大人びている。
抱かれているのは、わたし。
許されているのは、わたし。
窓から射し込む光は、夕日だろうか・・・
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