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  BGMは、静岡高等学校昭和14年度寮旗制定記念歌「秋深み行く」  秋逍遥の安倍川原 綾羅を飾る伊豆の山 秋蛩(しゅうきょう)すだく(きざはし)に あたら三年の青春(はる)は逝く(3番) *蛩 「こおろぎ」のこと

紅葉
紅葉の名所



 秋、日本全国には、本ホームページで紹介した「京都の紅葉」「湖東三山と永源寺の紅葉」「札所の紅葉」のほかにも紅葉の名所が多い。「紅葉の名所」として、岐阜県・横蔵寺、愛知県・香嵐渓、岐阜県・中山八里、栃木県・日塩もみじライン、千葉県・上総養老渓谷、群馬県・赤城山、群馬県・榛名神社、群馬県・妙義山、栃木県・足尾、東京都・高尾山薬王院、大分県・耶馬溪の紅葉を以下にご紹介しましょう。 
 金襴緞子も友禅も人がどんなに綺麗に織り上げ染めようとも、四季の移ろいとともに偉大なる自然が織り成す錦秋の世界には到底及ばない。あたかもこの世に浄土の世界を具現しているかのようである。

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 横蔵寺
 岐阜県谷汲村(現揖斐川町)の両界山横蔵寺は、801年伝教大師最澄が創建したと伝う名刹である。美濃の「正倉院」といわれているそうで、本尊の薬師如来はじめ、十二神象、四天王像等二十二の重要文化財が安置されているが、それよりも即身成仏したミイラの寺として、また秋、紅葉の寺として有名である。朱色の瑠璃橋や城郭のような土塀が紅葉により、一層際立つ山間の森閑とした寺である。
 

 香嵐渓
 愛知県・足助町の香嵐渓は、巴川沿いに巴橋から香嵐橋まで約1キロにわたって紅葉が川面に映える。赤.黄に輝く錦秋の景色は、豪華絢爛で、東海一の紅葉の名所とされる。
 香嵐渓のモミジは、もともと香積寺の住職三栄和尚が1634年頃に杉やモミジを参道から境内にかけ植えたのが始まりとされる。その後、大正から昭和にこの地の住民が総出で飯盛山から巴川一帯に桜やモミジを植え、現在の香嵐渓の姿となった。ちなみに香嵐渓の名は、、昭和5年に、香積寺の「香」と巴川川面に発する嵐気の「嵐」を取って、命名されたものである。
 この地の名物は猪鍋、紅葉を愛でた後は、この三河の地で志半ばにして無念にも倒れたという武田信玄を偲びながら、鍋を突付き骨酒(岩魚)を飲むのも一興である。

  


 中山七里
 中山七里とは、下呂温泉から飛騨金山までの飛騨川沿いの七里(約28キロ)の道程をいう(天正年間、難所であったこの渓谷の道路改修を行なった領主金森長近が名づけたという)。
 渓谷美に満ち、春は桜、ツツジ、秋には紅葉が、乳白色の奇岩(釜ヶ淵の牙岩、羅漢岩、屏風岩等)と絶妙のコントラストをなす。
 下左の写真は、41号線から側道に入ったところで見つけた小さな滝の紅葉。滝つぼ付近では、水鳥が二羽、仲むつまじく泳いでいました。


羅漢岩付近


日塩もみじライン 
 日塩もみじラインは、栃木県・鬼怒川川治温泉と塩原温泉を結ぶ28.5キロの高原ハイウェーである。
 沿道には、モミジの木が多く植わっており、晩秋の時期は、その名のとうりモミジ街道と化す。モミジのトンネルを潜りながら、谷向こうの山に目を向けると、山全体が真っ赤に燃えています。
 シーズン中は、特に日曜・祝日は車の渋滞は相当のものですが、その分、ゆっくりと車窓に展開する紅葉を楽しむことが出来ます。
 紅葉を愛でた後は、塩原温泉に一泊し、温泉で旅の疲れを癒すというのも一法です。


上総養老渓谷 
 関東地方で最も遅い紅葉を楽しめる上総養老渓谷(千葉県)、中でも「粟又の滝」周辺は人気が高い(落差30m、長さ100m)。
 渓流沿には、水月寺まで約2キロの自然遊歩道が整備されている。晩秋の一日、谷間の風を心地よく頬に受けながら川辺をそぞろ歩きしましょう。
 見上げれば崖上のモミジが青空に映え、行く手には川面を蓋うモミジが迫る。
 そして、真っ赤なモミジの間からは、真っ白な滝が滔々と水しぶきを上げて流れ落ち姿を垣間見ることが出来ます。


赤城山
 国定忠治で有名な赤城山は、榛名山・妙義山とともに上毛三山の一つで、紅葉の名所である。特に大沼湖畔は、黒檜山や地蔵岳、駒ヶ岳の赤城連山を眺めながら赤や黄色に色づいたナナカマドやミズナラ、カエデなどを楽しむことが出来るとあって、人気が高い。
 私は、紅葉の時期、2回赤城山を訪れたが、2回とも霧が深く、紅葉はおろか、赤城山も沼さえもはっきり見ることが出来なかった。
 写真は、大沼の東岸小鳥ヶ島に鎮座する赤城神社の紅葉である。靄っているのは、もちろん深い霧のためである。

 榛名神社
 榛名神社は、上毛三山のひとつ榛名山を祀る。神社は、榛名山から安中方面に下る中腹、群馬県榛名町(現高崎市)に位置する。
 隋神門をくぐって清流沿いに参道を本殿まで登る。途中、武田信玄が箕輪城攻めの折、戦勝祈願に矢を立てたという伝えのある樹齢1000年の矢立杉などの老杉が、鉾岩や御姿岩の巨岩奇岩の上に聳えたち、谷川の清流には、晩秋、赤・黄に染まった木々が映える。森閑とした静寂の中、境内に聞えるのは、唯、せせらぎの音のみである。

 榛名神社から程近くに、幕末の遺臣小栗上野介が最後を過した倉持村がある。明治維新に興味のある歴史好きには見逃しがたいスポットである。 


 妙義山
 群馬県・妙義山は、上毛三山の一つ。また大分県・耶馬溪、香川県小豆島・寒霞渓とともに日本三大奇勝の一つでもある。
 険しい奇岩を背景に、春は桜(妙義神社の枝垂れ桜や妙義桜の里)、秋は紅葉の名所として多くの人が訪れる。
妙義山の東麓には妙義神社が、南麓には轟岩をご神体とする中之嶽神社がある。中之嶽神社では、やっと登った急峻な石段上の社殿は本殿ではない。御神体は、さらに後方の轟岩である。健脚自慢の方は、命綱のチエーンを握り締め、断崖絶壁の轟岩を目指そう。頂上に立ち、天を切り裂くように屹立する金鶏山や金洞山の岩肌を見上げ、また眼下に奇岩に張り付くように根を下ろした木々を見下せば、あなたも壮大で男性的な妙義山の紅葉に感嘆せざるをえないでしょう。


 足尾
 足尾銅山で有名な栃木県・足尾は、また紅葉の名所でもある。
私は国道122号線経由で日光に行くことが多いが、足尾は日光のすぐ手前である。日光に近づくにつれ、渡良瀬渓谷の山々の木々は色づき、足尾辺りでは、山肌はすっかり錦繍に覆われ、陽の光に照り輝いて綺麗だ。
 写真は、渡良瀬川の畔に下り、休憩した時のものである。両岸のカエデやナラ、ナナカマドが鮮やかに紅葉し、水面に影を落としていた。突然、トロッコ電車の汽笛が廃鉱の里の静寂を劈き、枯葉が一葉、頭上に舞った。
 この次は、ゆっくりトロッコ電車に乗って、車窓から足尾の紅葉を楽しみたいと思った。白いススキの穂が、「またおいでね」というように風に揺れていた。


高尾山薬王院
 東京八王子の薬王院は、真言宗智山派の大本山で、正式名は「高尾山薬王院有喜寺」という。奈良東大寺大仏を勧進した行基が聖武天皇の命により、744年に薬師如来を安置して開山したと伝える。
 高尾山頂の広場は標高約600mで「十三州見晴台」とも呼ばれ眺望がよく、「関東の富士見100景」に選ばれている程だ。
 晩秋の高尾は、紅葉の季節、山上に向うリフトやケーブルカーは、1時間近くの待ち時間である。それでも薬王院や山上の紅葉を愛でんと多くの人が、この高尾に押し寄せます。

 

 耶馬溪

羅漢寺リフト
 大分県中津市の耶馬溪は、1818年この地を訪れた頼山陽によって「耶馬溪天下無」と命名された。耶馬溪は、また菊池寛作「恩讐の彼方」で一躍有名になった。30年にも及ぶ艱難辛苦の上、ノミとツチのみで「青の洞門」を貫通させた禅海和尚の話である。
 この山国川上流の青の洞門のある競秀峰周辺、羅漢寺(禅海和尚の資料館、五百羅漢で有名)のある羅漢山一体を本耶馬溪といい、現在は、それ以外の裏耶馬渓・深耶馬溪・奥耶馬渓など耶馬十渓も含め耶馬溪という。
 いずれも林立する奇岩奇峰と清流が織り成す変化に富む景観は、大正12年には名勝に指定され、昭和25年には耶馬日田英彦国定公園に指定されている(妙義山・寒霞渓と日本三大奇勝であることは前述)。
 晩秋、林立する奇岩と清流に加え、木々の紅葉が、耶馬溪の景観に彩を加えます。紅葉スポットとしては、八つの奇岩を一望できる山移川(山国川の支流)沿いの「人目八景」が特に有名です。紅葉を楽しんだ後は、名物の蕎麦を食べ、ビールを飲みながら、旅の疲れを癒せば、言う事無です。 

禅海和尚像

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