かいもん4号のホームページ TRAVEL くずりゅうをとりまくエトセトラ プラスアルファ
→TOP PAGEへはここから←
東京オリンピック開会に合わせた4連休。 しかし情勢は「県境を越えた不要不急の外出自粛」要請へ。 一方現実は、夏休み開始直後の4連休とあって、各地で大勢の人手と交通渋滞。 気兼ねはあったものの、十二分な対策を考慮した遠出の旅へ。 遠くの「密」を横目で眺めながら、恐ろしく誰とも触れ合わない「疎」の旅でした。
謎かけみたいなタイトルですが「くずりゅう」以外にも色々出てきます。

尚、追加は下の方になります。最新の追加は 2022年9月10日

九頭竜ダム。

  珍しく「観光旅行」をしています。
福井県と岐阜県の県境にほど近い山の奥。 九頭竜(くずりゅう)川をずっと遡った所に、電源開発の九頭竜ダムと九頭竜湖があります。
 立派な観光地になり得るとは思うのですが、駐車場と看板があるだけで、売店や飲食店も無ければすぐ側を走る国道に大きな観光地標識がある訳でもありません。
 時折車やバイクが立ち寄っては短時間の散歩の後すぐに出発する。 そんな残念な観光地です。
 しかし湖だけならともかく(湖だけでも十分ではありますが)、ダムもあるとなれば是非立ち寄ってみたい。
 かような訳で、いい機会なので訪れることにしました。
 幸い、と言うか現地の方にとっては残念ながら、と言うか、「皆無ではないが非常に少ない」観光客ですので、コロナ禍時の訪問にはうってつけです。

ロケーション。

  九頭竜ダム。 交通標識のあるとおり、ロケーションはこんな場所になります。
 つまり、福井市内から九頭竜川を遡り、越前大野を通って美濃白鳥方面を結ぶ国道158号線の途中です。
 現在立っているのは九頭竜ダムの観光駐車場。 正面の標識と前方の道路の方向関係が写真では少々判りにくいのですが、目の前を左右に通っているのが国道158号線の旧道。 現在は、左右とも駐車場から国道158号線への出口として一方通行状態となっており、右へ進めば越前大野方面に合流。 そして、右手正面左、ではなくこの写真の本当に左に進めば、美濃白鳥方面に合流となります。 (こちらは標識の表示と少し関係性がおかしいですが。)
 肝心の国道158号線はこの写真の背中側を通っており、連続する2つのトンネル間の短い明かり区間からこの駐車場に進入する。 つまり注意していなければ極めて気づきにくい駐車場入り口です。
 そのせいか、4連休初日と言うのに、殆ど車も人もいない駐車場です。
 もっともまだ朝9時頃なので、観光の車が本格的に通るのは、もう少し時間が経ってかな?

ダム。

 そして、上の写真の「九頭竜ダム」の付近まで近寄ると、こんな感じでダムとダム湖が見渡せます。
 中央がダム本体部分で、右端が放流水路。左端が水力発電所への導水路となります。
 右側放流水路から左側導水路のすぐ手前までは、一般車は乗り入れ禁止ですが、徒歩で見学することができます。 残念ながら、新型コロナの影響で、中央に見える管理棟1階の展示室は閉館中でした。
 それにしても、写真の中に観光客、全く写っていません。

ご紹介。

 九頭竜ダムの紹介看板です。
 ロケーションは、放水水路の上を渡って管理棟敷地に入った部分の屋外にあるのですが、全体の位置がわかる写真、撮っていませんでした。
 本ページの他例に倣って、詳細は写真をご覧ください。

福井方面。

 放流水路の上部から眺めた、九頭竜川の下流側。 つまり福井方面です。
 上天気です。
 こんな山の中でのんびり観光することは滅多に、しかも一人だけの個人旅行ではまずないのですが、本日はちょっとここに来た理由があります。
 と、ちょっとだけ匂わせをバラ撒いといて、もう暫く九頭竜ダムの観光写真が続きます。

放水路。

  放水路の真上から下を見下ろすと。
 こんな感じで下の貯水池に下っていますが、放水路の上を横切って管理用の通路が。 この部分のみ天井が透明板の「明かり区間」となっていますが、前後はコンクリートの壁の中です。
 ダム下の発電所とダム上部管理棟を繋ぐ連絡通路です。
 通って見たい気もしますが、残念ながら一般開放はされていませんでした。

ダム湖。

  巨大な九頭竜ダムによりせきとめられたダム湖、沢山の水を湛えてのどかな風景です。
 こんな景色の中、食事でもしながら半日ばかりゆっくりしたい気もしますが、如何せん7月の日中のこと。 真夏の太陽が照りつけます。

九頭竜川。

 こちらは国土交通省の管轄、ダムではなく川の表示です。
 ただ、よく見ると鉄橋や橋梁部分によく見られる看板と違い、「一級河川」の文字は見当たりません。
 その代わりに「River」の文字が。 「湖」ではなく敢えて「川」と強調したいのでしょうか。

くずりゅう。

 上の写真の裏側は、平仮名で「くずりゅうがわ」の文字。 それ以外は反対面と同じ記述です。
 昔時刻表を愛読するようになった頃、北陸本線の電車急行「くずりゅう」っで何の名前?と不思議に思ったものでした。
当時は今と違い、ネットで簡単に検索するなんてことは出来ませんでしたし。

石碑。

 「ただのカンバン」よりも威厳を感じる、こちらの石碑です。 何より、ロックフィル式のダムにぴったりの逸品に思えます。
 普通なら4連休初日の今頃はこの前で記念写真を撮る人多数。 なのかもしれませんが、何しろ新型コロナが収まらないこの時期ではあります。
 もっともそれ以上に、やはり通りすがりに立ち寄ってみたくなるような標識や案内が不足しているように思えます。

ダム。

 そしてこちらが九頭竜ダムの本体。 コンクリード造りでなくロックフィル式のダムは、前面が大きな岩の集合体の外観です。
 なだらかな傾斜は、思わず下って水辺まで行ってみたいような気にもなります。 (もちろん柵の外は立ち位置禁止ではありますが。)
 よく見るダムのイメージとは少しばかり異なります。

ダム湖。

 岩と土に支えられた大きなダム湖。 コンクリートでなくこんな外観のせいか、のどかさはひときわです。
 のどかなのはおそらく、観光客が全くいないせいかもしれません。 いえ、本当に一人もいない訳ではないのですが、たまに車かバイクが入って来ては、暫くして出てゆく。 そんな繰り返しで、ここに居る間に少なくとも観光客の総員が10名を超えたことはありませんでした。

ダム上。

 もちろんダムの上も自由に観光できます。
 と言いたいのですが、誤って車が進入しないように柵がある上、人が入る入り口にも鎖が渡してあり、一見「入っちゃダメ」と言っているようです。
 よく見ると「通った後はちゃんと鎖を元通りに掛けて」との表示があるので、入ってはダメということは全くないのですが、何か紛らわしいです。
 ともあれ、折角ですから行けるとことまでは行くことにします。

反対側。

 で、ダムの上を渡り切ったところがこちらです。
 深い部分の水圧に耐えるようにすり鉢状になった岩と土の巨大な壁です。
 誤解を受けそうなアングルですが、別に柵を乗り越えてる訳じゃありません。

取水口。

 ダムを渡った一番奥にある、メインの取水口部分。
 真上まで行って見学したいところですが、残念ながら進めるのはその手前まで。
 そこから先は「立入禁止」でした。
 ま、一応満足したので、ここで引き返すことにします。

発電所。

 下の鷲ダムと、その横にある長野発電所。
 しかし見たところそれほど大きな施設ではありません。
 発電所の設備自体は地下にあり、普通ならダムの横にむき出しの太い通水路も見えないため、何かいやにあっさりした設備です。
 そして特高圧で送電するため、送る電力量の割に鉄塔や送電線もさほど目立たない。
 やはりどこかのんびりした感じの九頭竜ダムではあります。

橋脚。

 ダムも大規模ですが、ここかしこで目立つのは巨大な建造物の建設工事。
 ダム自体が巨大なためこの写真ではあまり目立ちませんが、大きな橋脚が建設進行中です。
 福井と奥飛騨を結ぶ、更には信州松本までをつなぐ中部縦貫道。 その未開通区間であり、福井県と岐阜県の間を阻む山を一気に貫く大野油坂道路が、まさに工事中でした。
 完成すると、風景は一変しそうです。

放水路。

 一通りダムの上をブラブラと散策的往復した後は、正面側に回ってダムの姿を眺めることにします。
 一番入り口側の放水路。 上に掛かる管理用の通路は、やはりわたって見たくなる設備です。
 発電所も含め、一般公開してくれないかな。

九頭竜ダム。

 九頭竜ダムの全容、と言いたいところですが、写真右半分が大分切れています。
 何しろ長いダム。 撮影場所の関係であまり引きが取れないので、「全容」がファインダーに収まりません。
 ロックフィル式ダムで傾斜が恐ろしくなだらかなため、尚更です。

ダム。

 で、こちらがロックフィル式の部分の全容です。
 今度は手前の放水路部分が切れてしまいました。
 それにしても、岩と土だけでこの後ろに湛えられた大量の水を支えることが出来るんですね。 ま、重さと圧力は別物ではありますが、それにしても巨大な建造物です。

終着駅。

 延々ダムの写真と文章が続きましたが、ようやくここで線路が出て来ました。
 はい。 こちらが真の目的地。 JR西日本、越美北線の終点は九頭竜湖駅です。
 もっとも九頭竜湖のすぐ横にある訳ではなく、前の写真のダムまでは車で5分ばかり掛かります。 つまり、九頭竜湖駅で下車して、そのまま徒歩でダムや湖見学、と言う訳にはゆきません。
 もっとも時間と体力がある場合は、不可能な距離ではありませんが。

九頭竜湖駅。

 JR越美北線の終点、九頭竜湖駅です。
 もっともこの駅名は少し離れたダム湖から取ったもので、地名は「和泉」です。 以前は和泉村だったのですが、現在は合併で大野市の一部になり、全国地図からは存在感が薄くなってしまいました。
 とは言え、この写真で存在感を誇るのは九頭竜湖駅ではなく、「和泉ふれあい会館」の方。
 地元の人にとっては「九頭竜湖」駅ではなく「和泉」駅だったほうが親しみを感じたかもしれません。

終点。

 ここ九頭竜湖駅は越美北線の終点。 ご覧の通り、線路はここで途切れています。
 しかしながら越美「北線」の名前通り、当初計画通りならここは「越美線」の中間駅。 越美南線と繋がり、岐阜県は美濃太田まで通じるはずでした。
 すでに計画はなくなり、越美南線は国鉄地方交通線廃止にあわせ第3セクターに移管。 この越美北線も末端部は廃止の危機に直面しています。

ホームから。

 手前側九頭竜湖駅のホームに向かって真っすぐ伸びた線路。
 越美南線自体が1960年に部分開通した比較的新しい路線ですが、末端の勝原(かどはら)〜九頭竜湖間は更に先の1972年開業。
 この区間は山岳をトンネルで直線に結んでおり、九頭竜湖駅に進入する線路もこんな感じです。

駅舎。

 駅舎本体部分と駅前広場(と言う程広くはない)はこんな感じ。 こじんまりとした田舎の駅と言う感じです。
 しかし道の駅と和泉ふれあい会館に両脇を固められており、全体を合わせるとそこそこの規模の設備ではあります。

到着。

 ちょうど福井から到着の列車がやって来ました。 本数僅少の越美北線としては良いタイミングです。
 と言うのはもちろん嘘で、朝から山の中の九頭竜湖(駅ではなくダム)で長時間過ごしたのは、数少ないこの列車の到着に合わせるためです。
 到着便の1番列車ですが、すでに時刻は10時を大きく過ぎています。

到着。

 到着便を待ち受ける人たち。
 乗客、と書きたいところですが、全員がそういう風でもなく、たまたま道の駅に来ていたお客も含まれているようです。
 観光客風の乗客もいますが、ここまでどうやって来たんでしょうか。

乗客。

 列車から降りてきた乗客。 そこそこの人数です。
 福井から日中良い時間に往復しようとすると列車は2往復しかありませんし、何より4連休の初日ですから、結構混雑しています。
 新型コロナの拡大がなければ私も乗車したいところなのですが、さすがに今(2021年7月)はこんな列車に乗車する気にはなかなかなれません。

発車。

  終点九頭竜湖到着後10分余り。 列車は再び福井に向けて発車です。
 多くの乗客はそのまま往復。 なのですが、一部新たに乗車したお客もいれば、下車したまま乗車しないお客、それも明らかに地元の人ではなさそうな方もいます。
 ここからどうするのでしょうか。

福井に向けて。

 列車は九頭竜湖のホームを離れ、この先のトンネルに向かってグングン速度を上げてゆきます。
 小振りで軽快な気動車は加速も良好で、ローカル線の末端区間にしては条件の良い線路と相まってよく走ります。
 お客も結構乗車しているようでした。

ホーム。

 さて、列車が発車した後の九頭竜湖駅ホーム。
 片面1線だけのホームは、祭りの後の静けさと言った感じで、人がいなくなりました。
 この後列車がやって来るのはおよそ3時間半後ですので、それまではたまに車の観光客がもの珍しげに入って来る程度です。

恐竜。

 福井と言えば恐竜?
 町おこしに積極的にPRしている大野市ですが、現在はここ和泉も大野市の一部。 駅前にはこんなモニュメントもありました。
 大野市にある巨大な奴とは一回りも二回りも小さく、「駅前サイズ」といった感じです。
 ここはやはり観光でやって来る親子連れの子供たちに人気でした。

九頭竜湖駅。

 さて、列車が発車してしまい、次の列車は3時間半後です。
 ここでもうワンシーン写真を撮って眺めたいのですが、流石に時間を持て余します。
 九頭竜ダムと九頭竜湖までは車で5分ばかりですが、すでに先ほど十分に歩き回ったのでお腹一杯、というかもう新たに見る物はありません。
 もちろん湖岸でボケッとするのもいいのですが、如何せん、日陰が無くて恐ろしく暑い。
 どうしましょ?

くずりゅうではないけれど。

 と言うことで、「こっち側」にやって来ました。
 元々の計画では越美北線と繋がるハズだった越美南線。 現在は第3セクター長良川鉄道です。
 九頭竜川ではなく、南に流れる長良川側です。
 結局開通せず仕舞いだった、越美北線の九頭竜湖駅と越美南線の北濃駅間。 福井・岐阜県境間には国道経由だと間に油坂峠があるのですが、地図で水平距離だけ見ると、九頭竜湖駅と美濃白鳥駅の間が意外と近い。
 時刻表では越美北線の列車が発車してから長良川鉄道の次の列車がやって来るまで1時間ばかり。
 山道のこと。 直線距離通りには走れないとしても、もしかするとギリギリ間に合うんじゃないか?という算段です。
 実は写真の通り、意外にも余裕の到着でした。

列車。

 長良川鉄道の列車。 こちらも単行の気動車ですが、やはり駅間は相当の高速で目の前を通り過ぎます。
 さて、九頭竜湖から美濃白鳥まで。
 間の国道158号線は、九頭竜湖の縁を湖岸に沿って曲がりくねって走り、県境を越えると油坂の急な下り坂、という、道路地図で見るとどれくらい時間が掛かるのか?とも思える区間です。
 しかし実際走ってみると、福井県側はカーブは多いながら意外とスムーズ。
 一方岐阜県側は、急勾配区間ながらその大部分は、中部縦貫自動車道の油坂峠部分開業の無料開放区間。
 と言うことで、九頭竜湖駅と美濃白鳥駅の間は車でほんの35分間。
 あっけないほど早く到着した、長良川鉄道沿線でした。

到着。

 上の写真通り、まずは途中の駅間で列車を迎え撃ちましたが、こちらは終点の北濃駅です。
 結構高速で走る列車なので間に合わないかな、と思っていたのですが、ギリギリ車で先回り。 と言ってもそんなに飛ばした訳じゃありません。
 高性能の気動車で速度は早くても、途中に停車駅が2駅あるだけでどうしても時間が掛かってしまいます。
 地方でも主要な幹線の道路整備は進んでいますし、一昔二昔前の加速の悪い国鉄型気動車では、ローカル線は車に太刀打ちできなくなった現実がよく判ります。

列車。

 で、到着した列車の外観はこんなやつ。
 先ほど走行写真を撮った時は「派手な奴だな〜」くらいにしか視認できなかったのですが。
 某民放テレビでお馴染みの、「チャギントン」です。 派手なはずです。
 と言うか、絵柄がちょっと細かい。

北濃駅。

 旧国鉄越美南線、現在は長良川鉄道の終点北濃駅に到着した列車「チャギントン号?」です。
 先ほどの越美北線九頭竜湖での列車程ではないにしろ、家族連れ含めそこそこのお客が下車して来ました。
 写真ではHPアップの関係上できるだけ人は入れないようにしていますが、ホームでの記念写真も多数です。

チャギントン。

  北濃駅に停車中の「チャギントン」。 派手ですね〜。
 風景はちょっとコマゴマしすぎですが、コミカルな3Dキャラクターは判り易いアップです。
 これはジャックマンですね。 駅名表の向こう側のブルースターはもっと大きく描かれているのですが、この写真では隠れてしまいました。

終点。

 長良川鉄道の終点、北濃駅ホーム先にある終点表示。 その先若干線路は続いたところで途切れます。
 本来はこの先九頭竜湖まで続くはずだったのですが、経由地は本日車でやって来た油坂峠ではなく、一つ北の石徹白(いとしろ)地区経由。
 このため九頭竜湖から国道経由でやって来ると、長良川鉄道の最寄は手前の美濃白鳥ということになります。
 それはさておき、美濃太田から722キロ? そんなハズはない。 元の大きな写真を見ても、小数点は見当たりません。
 時刻表で確認したところ、間違いなく営業距離は72.1キロでした。 イヤ0.1キロの差は何だ?

いらっしゃいませ。

 島式のホームを降りて駅舎に入る前に掲げられた「いらっしゃいませ」の看板。
 観光協会の表示の通り、ローカル線であっても地元にとっては貴重な観光資源の一つではあります。
 これは長良川鉄道に限った話ではなく、反対側の越美北線でも他のローカル線でも同様ですが、途中路線や列車はともかく到着地自体にいまひとつインパクトが少ないのも確かです。

駅舎内。

 駅舎内はごくごく普通の、無人の終着駅そのものです。
 ただ「ご案内」にある通り、やはりインパクトのある観光地(あまり長時間過ごせるものでなくても)が無いのでは観光資源としての活用は難しそうです。
 よく見るとこちらの表示は「美濃太田より72キロ100メートル。 やっぱり、100メートルの差って、何だ?

時刻表。

 発車時刻表はご覧の通りです。
 九頭竜湖よりは列車本数多いですが、決して多いとは言えない。
 通勤通学の便は図っているのでしょうが、観光協会の期待に応える?日中の便はわずかです。
 もっともそんな便だと、平日の乗客はあまり期待できないか?

バス停標識。

 駅前ではお馴染みのバス停標識です。 まだ綺麗で新しくも見えます。
 しかし日中わずかの列車が到着、折返し発車になるというのに「バス」は居ません。
 鉄道のローカル線だけでなく、地方のバス路線も乗客減で廃止の嵐。 バス会社では運営できず、タクシー会社に移管され、ワゴン車で運転されたりデマンドの所も少なくありません。
 ここ北濃駅前にも、この時は予約のタクシーが1台居るだけでした。

北濃駅。

 ご覧の通りの北濃駅駅舎です。
 なぜか、駅名を示す金色の文字が異彩を放っていました。
 駅には人は居ませんが、隣の、と言うか駅舎を活用した食堂の方が活気がある主役のように見えます。

折返し列車。

 さて、北濃駅での発車を待たず、先ほどの撮影地に戻って、少し違うアングルでの写真の準備をすることにします。 (見た目、さほど違う写真にも見えませんが。)
 チャギントン。 北濃駅で車体を観察した後に眺めると、走り過ぎる姿でも確かにそれっぽい雰囲気は感じられます。

ながら。

 さて、日中良い時間の列車が少ない、と書いたのですが。
本日は休日なので、「チャギントン」の1時間後に観光列車「ながら」が運転されます。 折角ですから、そのままここでこの列車を迎えることにします。
 やって来たのは「ながら」と書かれたイベント用の車両でした。

通過。

 目の前を「ながら」が通過して行きます。
 先ほどは「チャギントン」を追いかけて北濃まで行きましたが、この列車は各駅停車ではないため、さすがにこれから北濃までに車で追いつくのは無理。 そのまま見送ることにします。
 乗客はいかほどかと思いますが、先ほどHPで確認したところでは、本日の列車は上下とも「完売」とのことでした。
 観光列車で定員制のため人気上々なのでしょうか。 それとも新型コロナで定員を抑えている?

折返し。

 で、「ながら」の終点北濃での折返し時間は10分程。 大きな動きは出来ませんので、そのままここで折返し列車を待ちます。
 のどかな人のいない田んぼの中を行く観光列車。 長良川とは縁のない風景のようですが、実は向うの山沿いを長良川が流れており、この付近は川遊びの隠れた?、名所のよう。
 列車を待って過ごしていると、川岸の木陰には結構車が出入りし、そこそこ賑わっている様子が伺えます。

帰路び。

 この列車。  北濃発が13時過ぎですから帰路としてはちょっと早すぎる気がしますし、折返し10分と言うのも慌ただしい。
 せめて1時間くらいの折返しで、北濃駅北側の用地に何か施設でも作ればとも思いますが。
 復路は郡上八幡や関で少しばかり停車時間もありますし、終点よりは途中駅で何か販売でもした方が勝手がいいのでしょうか。
 確かに北濃発は13時過ぎと早いですが、美濃太田到着は16時前のダイヤですので、帰路としては決して早すぎるわけでもなさそうです。

再び九頭竜湖駅。

 上の写真で長良川鉄道のダイヤに色々勝手なケチをつけた表現をしましたが、悪いことばかりじゃない。
 「ながら」を見送ってから車で再び油坂峠を駆け上がり、九頭竜湖を横目で眺めながら九頭竜湖駅まで戻ってくると、次の越美北線の列車の到着を待ち受けることができる、実は絶妙な?両社のダイヤなのです。
 往路で道路の勝手は判っていますので、焦る必要は全くない時間配分です。
 ところでかなり上の九頭竜ダムあたりの写真に出ていた、中部縦貫自動車道の建設工事。
 今まさに工事の真っただ中で、国道は沢山のダンプカーが列をなし、何か所もある工事出入り口に出入りしています。
 山を削って、巨大なコンクリートの建造物が出来つつあるところです。
 越美線が果たせなかった、越前と奥美濃を結ぶルート。 あと数年すると、鉄道の未開通区間は道路でほんの10数分で結ばれることになりそうです。

駅と道の駅。

 と言うことで「ながら」を離れて再び「くずりゅう」に戻って来ました。
 間もなく列車が3時間半のインターバルでやって来る予定ですが、賑わっているのはこちらです。
 駅に隣接した道の駅の施設と駐車場。 満車で入ることが出来ない、と言う程ではありませんが、それでもそこそこの車が常に出入りしています。
 中京地区から福井方面へ、またはその逆へ。
 うまく使えば名神高速米原経由よりは時間もコストも節約できることも出来そうです。

到着。

 待つこと暫し。(と言う程長い時間じゃありません。)
 やって来たのは3時間半ほど前と同じ、やや茶色っぽい朱色の気動車です。
 先ほどはホームからでしたが、反対側からも眺めたくなり、再び同じ駅での列車ウォッチングです。

ホーム。

 朱色の気動車が終点九頭竜湖駅に到着。
 ホームには数人の人がいますが、見る限りでは写真を撮るだけなのか、これから乗車するのか判別できません。 が、それほど大勢の人ではありません。
 もっとも、列車にはそこそこのお客が乗っているように見えます。

下車。

 列車が到着し、下車客が続々。 とは言え九頭竜湖駅は無人駅なので、切符を渡しながら、または運賃を支払いながらお客が降りてくるのには時間が掛かります。
 やはりそこそこの乗客でしたので、小型の気動車の座席はかなり埋まっていたことでしょう。
 何よりロングシートの割合が高いJR西日本のキハ120形のことではあります。

乗客。

 やはり乗客の多くはそのまま列車で引き返すようです。
 ほんの10数分の短い折返し時間。 乗客はホームに出たり車内に入ったりを繰り返しています。 しかしあまり出歩く時間はありませんし、何より少ない座席数ですから、これを確保しないことには始まりません。
 (もっとも下手なロングシートよりは眺めのいい場所に立っているという選択肢もありますが。)
 ホームで賑わっているのは駅舎出入り口と列車前方付近にほぼ限られます。

列車。

 と言うことで、こんな感じで人を入れずに写真を撮るのは、短い折返し時間の間では意外と難しいのです。
 個人的には「人が入っちゃダメ」ということは全くなく、むしろ積極的に入れて撮る場合も結構あるのですが、何しろこういうご時世。 個人のHPとは言え他人の顔がまともに入っているのを載せるのは、さすがに最近でははばかられます。
 ところでこの気動車。 ご当地塗装なのですが、表記が「福井⇔大野」です。
 福井市と大野市を結ぶ、と言いえば間違いではないのですが、何か福井駅と越前大野駅を結ぶ、と捉えると、越前大野と九頭竜湖間を区間廃止前提のようなうがった見方をして仕方ありません。

ホーム風景。

 間もなく発車時刻です。
 ギリギリまで粘って写真を撮っている方もおられますが、流石に時間にせかされているようなそぶりではあります。
 先ほどの長良川鉄道でもそうでしたが、ここ越美北線でも、観光客がここまで来てこの先どこへどう行くのか、と考えると選択肢はあまりなさそうです。
 折角の至近の九頭竜ダムなのですから、組み合わせて観光コースなんてのは難しくなさそうなのですが。

発車。

 短いそして慌ただしい折返し停車時間の後、列車は再び福井に向けて発車です。
 このキハ120形。 ダイヤ上は3時間半前の列車が福井で折り返してちょうどやって来られるようになっているので、同じ車両の折返しかと思いましたが、よく見るとキハ120の202号。
 午前中の車両は201号と、別物でした。

ホーム。

 そして列車が去った後のホーム。
 乗客だけでなく車での観光客ギャラリーもいたのですが、それらも皆いなくなり、ホームは空っぽになってしまいました。
 もっとも静かなのはホームと駅舎内だけで、「道の駅」側は相変わらず結構賑わっています。
 新型コロナ再拡大のこの時期あまり近寄りたいとは思いませんので、ここ九頭竜湖駅はこれで終わることにします。
 何より、次の列車がやって来るのは相当先のことでもありますし。

駅舎。

 さて、この後は列車を追いかけて、間に合わなければ途中駅の美山で交換するはずの越前大野行きの列車でも、と思っていたのですが。
 九頭竜湖と越前大野の間の九頭竜川沿いの山間部。 道路工事の関係で、片側交互通行が何か所も。
 今朝の往路では時間にイヤと言う程余裕があったので気にならなかったのですが。
 通行量が多くなっているこの時間帯。 思った以上に渋滞しており、信号1回待ちではとても通り抜けられません。
 九頭竜湖と美濃白鳥の間の峠道がスムーズだったのとは大違いです。
 と言う訳で、本日の越美北線での列車ウォッチングはこれで終了。
 やって来たのは「こちら」です。

えちぜん鉄道。

 やって来たのは、えちぜん鉄道永平寺口駅。 かつての京福電鉄東古市駅です。
 つまりこちらも越美北線と並び、「くずりゅうをとりまく」鉄道の一部です。
 越美北線とは異なり、日中でも30分ヘッドで電車が走るこの路線。
 ここ東古市では30分毎に上下の列車が交換します。

5001形 。

 正確にはMC5001形です。
 スタイリングは一番新しそうな印象なのですが、ここえちぜん鉄道の現役車両の中では古いタイプです。
 こんなスタイルのやつが転換クロスシートくらいで走ってくれれば楽しい車両だと思うのですが、これまた少数派のロングシート車ではあります。
 この福井行きが先に発車です。

勝山行き。

 福井行きより若干遅れて、反対側から勝山行きが発車です。
 現在メインで使われているのはこちらの2番・3番ホームですが、線路の頭の錆の様子からすると、1番ホームも折返し用に使われているようです。

駅舎。

 元々は1番ホームに接したこちらが本来の駅舎だったのですが。
 現在は反対側に駅舎が新築され、こちらはご覧の通り、地域交流館になっています。
 コロナ禍ではありますが、中では地元の人数名が「活動中」の様子ではありました。

ロケ地。

 上の写真に記念の石柱も建っていますが。
 お馴染み、「寅さん」のロケ地です。
 昭和ですね〜。 懐かしい方の名前も見られます。
 (上の写真と合わせ)見たところこの2つだけがロケ地を記念して展示されているようですが、交流館の中に入ると別のやつもあるのでしょうか。
 (新型コロナ対策のため、あえて中には入りませんでしたが。)

ホーム。

 ホームはこんな感じで、1番線と2・3番線は横並びではなく渡り通路をはさんで前後になっています。
 通票閉塞のローカル線ならよくある配置なのですが、1番線は旧永平寺線用で、勝山側の列車交換はもともと2番線と3番線で行っていたはずなのですが。
 以前は1番線と2番または3番線がメインだったのでしょうか。

渡り通路。

 1番ホームと2番3番をつなぐ渡り通路。
 現在は、さらにその先の右手が新しい「永平寺口」駅の駅舎となっています。
 もっとも以前の京福電鉄時代は、現在の駅舎付近が廃止となった永平寺線・丸岡線の代替バスの発着場でしたので、細い通路が裏手(現在は表?)まで通じていました。

永平寺方面。

 そして、かつてはここから永平寺線が右に分れ、終点永平寺との間を結んでいました。
 線形的には永平寺線が大きく90度以上に右に曲がって進んでいた訳ですが、ここ(当時の東古市駅)を出るとまず勝山側が左にそれ、その後に永平寺線がこの線路の先、大きくカーブして行く、といった感じでした

駅舎。

 と言うことで、東古市駅改め永平寺口駅の現在の駅舎は、3番線側のこちらです。
 旧駅のイメージとは違い、自動ドアのついた立派な駅舎、そして有人駅です。
渡り通路の正面ではなく、更に駅舎までこれだけ連絡通路があるのは、駅前の用地広さの関係でしょうか。

駅舎。

 永平寺口の駅舎。 しっかりしたデザインと造りで、雪止めのついた瓦屋根に洒落た窓。
 決して豪華とか広いとか言う訳ではありませんが、最近のそっけないほどの造りの駅舎とは大違いです。
 嬉しいことに中はガンガンに冷房が効いており、幸いこの時間帯はお客も少なかったので、列車を待つ間(と言っても乗車するわけではないのですが)暫く中で待たせて頂きました。
 とにかく暑い、7月4連休の初日ではありました。

バス。

 現在は鉄道の無くなったここ永平寺口駅と永平寺駅の間ですが、これを補うバスはちゃんと運行されています。
 運行する京福バスは、今でも旧京福電鉄時代の電車・バスと同じ装いです。

バス乗り場。

 雪国のためか、立派な屋根のある永平寺口のバス乗り場。
 しかし残念なことに、永平寺口駅舎本体の屋根とは繋がっておらず、大雨の日の乗り換えにはちょっとだけ傘が必要かもしれません。
 管理会社が違うから? あとほんのちょっとだけなんですけれどね。

時刻表。

 京福バスの発車時刻表です。
 意外なのは、京福電鉄永平寺線時代は1時間ヘッドだった電車に比べて、日中1時間に2本運行の時間帯が結構ある。
 それにもかかわらず、朝8時台は平日・休日ともに便がありません。
 ま、ロケーションからして朝の永平寺行きでは通学の生徒は乗車しないとして、この時間帯ではまだ観光客は全くいないのでしょうか。
 もっとも朝から観光客で賑わうほどの路線だったら、廃止にはなっていなかったかもしれません。

駅舎側から。

 駅舎と言っても、現在の「永平寺口駅」の駅舎から眺めた連絡通路、そして1番線側の旧東古市駅舎です。
 現在は駅機能はなくなっていますが、ホームまで架かる深い瓦屋根は見るからに立派な建物で、当時の賑わいが偲ばれます。

ホームム。

 現在主に使用されるのは、この2番・3番ホーム。 ここで30分毎の列車交換が繰り返されます。
 上の写真のバス乗り場や、1番ホームの駅舎屋根と比べると、1本柱のこのホーム屋根は少々華奢な感じもします。
 大雪でも傾いたり倒れたりしないのでしょうか。

案内。

 バス乗り場への誘導案内はありますが、なぜかこの位置に「出口」の案内はありません。
 何しろ1番線側の駅舎が立派なので、間違えてこちらに進むお客もいそうな気はしますが。
 もっとも、別の地域から来て間違えそうなお客は、みな「バス乗り場」を目指すのかもしれません。

2番線。

 福井方面行きの2番ホーム。
 現在でもかつてのように永平寺方面への右手への分岐が残されています。
 写真では判りにくいですが、この先永平寺方面へは田んぼの中ながら上り勾配となっており、京福電鉄時代の永平寺線列車のブレーキ故障・冒進正面衝突事故への一因ともなりました。
 これに対して、九頭竜川沿いに進む勝山方面は、比較的フラットです。

旧駅舎。

 現在は交流館となっている、京福電鉄時代の旧東古市駅舎。
 「奥側」というか「裏手」というか。 そんな角度からの1枚ですが、こちらも凝った造りをしています。
 現在は改札口のない駅なので、渡り通路からそのまま直進してこの場所にも出られます。
 ところで「自動走行」って何でしょうか。 この日この時刻ははそれっぽいものは見られませんでした。

1番ホーム。

 交流館側の1番ホーム。
 こちらの線路も現在でも使われていると見え、ちょうどこの目の前の部分まではレールの頭がきれいに輝いています。
 そしてホームも例の「黄色い線」が新しく補修された形跡があり、決して廃止された訳ではないことがわかります。

次の列車。

 そうこうするうちに30分。 勝山方面から、次の福井行きの電車がやって来ました。
 今度は2両編成の電車です。
 京福電鉄時代もそうでしたし、昼間は単行ばかりかと思っていましたが、そういう訳でもないようです。
 もっとも地方鉄道とは言え、やって来る列車が皆単行ばかりでは、鉄道のメリットを生かせている状況とは言えません。

2両編成。

 やって来た福井行きの電車は2両編成です。  まだ夕刻の通勤タイムと言うにはいささか早い時刻ですが、永平寺側はともかく勝山側は福井市内以外の通学客も見込めるのでしょうか。
 本日は7月の4連休のため通学客は皆無ですが、ホームには意外と大勢の乗客が列車を待っており、その大半は福井行きに乗り込んで行きました。

7000形。

 電車は7000形。 元国鉄飯田線用の119系の改造車で、サイドは両開き3扉の一般的な近郊型スタイルです。
 しかしながら正面は運転窓部分が大きく改造されており、面影はあまり残っていません。
 少数派の2両編成。 正面には大きく「2両」の表示がありました。

交換列車。

 この駅で必ず行われる列車交換。
 やって来た勝山行きは、こちらは単行の6101形です。
 正面スタイルは上の7000形とよく似ているのですが、サイドは片開き3扉と言う、近郊型としては少数派のちょっと珍しいスタイルです。
 2両併結編成での運転に備え、こちら側には貫通幌が付けられています。
 こちらは 愛知環状鉄道からの譲渡車でした。

交換。

 福井行きと勝山行きの列車交換風景は、島式ホームの2番線と3番線です。
 以前の京福電鉄時代は、これに1時間おきに永平寺線の列車が接続していましたので、ちょうどこの写真を撮っているすぐ後ろ側と言うか左手に、永平寺行きの電車が停まっていたものです。

発車。

 福井行きの7000形2両編成の電車が発車します。
 元119系、と言われれば確かにその通りのサイドスタイル。 国鉄105系から受け継いだスタイルではありますが、よくよく見ると、車内がセミクロスシート配置となった関係で、105系とは窓配置やドアの位置が若干異なるのがわかります。

田んぼの中。

 永平寺口駅からちょっとだけ離れ、線路際からの列車観察です。
 タイトル通り「田んぼの中」といった風景を撮りたかったのですが、残念ながら線路際に電柱が沢山あるため、後ろに引いた位置からだとこちゃごちゃしてあまり絵になりません。
 次の吹く福井行きも2両編成でした。

間もなく到着。

 ギリギリ「田んぼの中的風景」と言った感じの写真は、永平寺口到着直前の福井行き列車です。
 越前鉄道になってからのこの塗装。  グラデーションでなく線の太さで腰の「青」と上部の「白」を繋げているのですが。
 ちょっと腰高な感じに見えてしまい、デザイン的には上の2本は無くていいんじゃないか、という気はします。

5001形。

 永平寺口で列車交換。
 やって来た勝山行きは、先ほど永平寺口駅ホームから眺めた5001形。
 福井で折返し、1時間後に再びここを反対向きに通ります。
 現在は1両だけしか在籍しないこの5001形。 えちぜん鉄道の車掌の中では少し特異なスタイルです。
 しかしながら、他の車両より低い正面窓と、連なった感じの側面窓のお陰で、上の2本の青線が全く目立ちません。
 やはりこちらの方が、塗装のバランスが良いように感じます。

勝山へ。

 九頭竜川を遡り、勝山へ向かう列車。
 えちぜん鉄道最古参の5001形は、単行でも編成にしても似合いそうな、良いスタイルをしています。
 敢えて言うなら、最新のスタイルではなく、少し昔に流行った感じのスタイル、と言えないこともありません。
 さて、本日はここまでです。
 本ページの大きなタイトルは「くずりゅう」ですが、九頭竜川沿線はこれでオシマイ。
 ここから先は別の場所に移動することにします。

富山平野。

 日付が変わり、場所も福井県から富山県まで移動して来ました。
 「くずりゅう」から離れて「エトセトラ」部分に入ってきましたが、実はこのページ、ここらあたりでようやく折返し点付近です。
 と言うことでまだまだ延々アップしますので、呆れずお付き合いください。
 早朝の撮影は、富山平野の田んぼの中。 時々やって来る、お馴染み舟橋村の撮影地です。
 と言うことで、本HPの中では全く目新しい写真じゃありません。
 まずは、一番好きな、富山地鉄旧塗装の14760形から。

朝の電車。

 次にやって来たのは、元京阪3000形特急、テレビカー。
 もちろんテレビは富山地鉄に移籍するより前に撤去されていますし、2両編成に短縮され、塗装も「新地鉄色」に変わりました。
 それでも悪くないスタイルです。

17480形。

 ステンレス車体の元東急の17480形は、富山地鉄としては久々のロングシート車です。
 これにより昭和30年代以前の車両が一掃された富山地鉄。  今でも中心はクロスシート車両ですが、元京阪3000形の10030形、元西武特急レッドアロー5000形の10610形が昭和40年代、そして地鉄オリジナル車両の14760形が昭和50年代中盤と、いずれも40年を経過した車両ばかりです。
 もちろんこれらの車両。 いずれも優れたデザインの車両で、今でも全く陳腐化した感じはしないのですが、いずれは置換の時期が来る。
 その時には、ロングシート車に置き換えられてしまうのでしょうか。

レッドアロー。

 元西武特急レッドアローの16010形。 2編成あるうちの、こちらは中間1両を抜いて2両編成に短縮されたやつです。
 富山地鉄のクロスシート車のうちでも、この車両は元々西武で有料の座席指定特急用として造られた車両。 他のクロスシート車とは一段格上の車両です。
 こんな車両に乗車券だけで乗れるのは嬉しいことです。

14760形。

 同じ14760形でも、こちらは「新地鉄色」のやつです。
 何だか同じ場所で車両だけ取り換えて撮影してアップしているようですが、全くその通りです。
 お気に入りの場所でもあり、アングル的にも一番好きですので、ついついここに腰を落ち着けて撮影することになってしまいます。

不要不急の外出中。

 この場所に腰を落ち着ける理由はもうひとつ。
 こんな感じでクルマを停めることができるので、駐車場探しや歩き回る苦労が全くない、という横着な理由です。
 そして、不要不急の外出自粛が呼びかけられているさ中ではありましたが、人が通るような道じゃ全くありません。
 ごくたまに農作業の車や「犬の散歩」の人が通り過ぎるくらいで、「密」どころか恐ろしく「疎」な空間なのです。
 「安全安心」の空間です。

日本的風景。

 実は上の場所からは、少しだけ撮影のアングルに制約があります。
 ご覧の通り高圧鉄塔があり、線路の上を電線が横切っているため、あまり画角を広げるとそれらが入り込んでしまうのです。
 と言うことで、このコーナーでも別コーナーでも似たようなアングルの写真ばかりなのですが。
 ま、旅行記ならこんな写真もイイでしょ。
 何より現在の日本的風景ではあります。

視点を変えて。

 それでも多少歩き回ったり、視点の高さを変えて変化をつける方法はいくつもあります。
 ちょっと視点を下げてみました。
 作付けの早い田んぼの中ですが、7月ではまだ稲穂は頭をのぞかせていません。
 この時期にやって来るのは、実は珍しいです。 大抵は、ゴールデンウィークの田植え時期か、9月初めの稲刈り時期が多いので。

17480形。

 17480形ステンレス車。 正面帯の色に2種類あるうちの、黄色のグラデーション入りの編成です。
 少し横に移動して撮影しているのですが、この区間。
 ちょうど舟橋駅と越中三郷駅の中間あたりです。
 と言ってもそれほど離れた駅間じゃないので、ここからは両方とも見渡せるのですが、それでも電車の加速は素晴らしく、恐ろしいスピードでやって来ます。
 下手な撮り方すると、ブレてしまってロクな写真になりません。

田園風景。

 で、思い切って後ろに引いて撮影すると、こんな感じになります。
 水田の雰囲気からするともう少し広角気味にしたいところですが、「鉄塔と電線」を入れないようにするにはこれが精いっぱいではあります。
 またまた16010形がやって来ました。
 特急運用ではなく、各駅停車でこんな車両に乗れるのは楽しいです。

撮影地。

 上の写真の撮影場所から思い切り広角側にするとこんな感じになります。
 画角的にはこちらの方が好きですが、高圧鉄塔と電線はご覧の通りに入り込みます。
 ついでに邪魔な「クルマ」も。
 しかしながらこんな雰囲気の場所なので、ボケッとしながら電車を待って過ごすのは、実はとても贅沢な時間ではあるのです。

アルペン特急。

 さて、そうは言ってもいつまでも同じ場所で撮影するだけじゃ芸がない。
 おまけに、16010形で運行されるはずの「アルペン特急」はこの場所を通りません。
 いつもなら新宮川駅と中加積駅の間に行くか、寺田駅で撮影するかなのですが、いつもそれじゃこれまた芸が無い。
 と言うことで、立山線の終点、立山駅近くまでやって来ました。

常願寺川。

 と言う訳で、本日は「くずりゅう」を離れて「じょうがんじ」です。
 常願寺川を渡るアルペン特急。 温泉宿泊地の宇奈月温泉駅と観光地入口の立山駅を結ぶ列車は、県都富山を通らない、異色のルートの特急です。
 とは言え観光も重要な産業の当地。 このアルペン特急も長い歴史を持っています。
 しかしながら、以前は朝夕に上下計4本が運行されていたアルペン特急。
 観光客の変化や新型コロナの影響もあり、2021年7月現在最新のダイヤでは、宇奈月温泉発立山行きの1本だけに削減されてしましました。
 しかしながら「特別な列車」に変わりはありませんから、車両は16010形3両の「アルペン」編成が充当されています。

10030形。

 「アルペン」到着と同時に立山駅を発車してきたのは、富山行きの普通列車、10030形です。
 常願寺川に架かる高い鉄橋。 この終点立山付近は人家がまばらな場所で、有峰口、本宮と言った駅の周辺には若干の民家はありますが、乗客は殆どが黒部立山観光のお客です。
 とは言え列車は概ね1時間に1本。 アルペン特急以外の特急運用もなくなりました。
 車は賑わっている立山駅周辺ではあったのですが。

立山付近。

 常願寺川の鉄橋を渡ると左にカーブして、その先が終点立山駅。
 そこからはケーブルカーに乗り換えて美女平へ。
 更にバスの乗り換え室堂へ。 そしてそこから立山登山。 或いは更に乗り継いで黒四ダム方面に向かうこととなります。
 人気のルートですが、やはり鉄道を利用するお客は減っているようではあります。

立山駅。

 終点立山駅です。 先ほどのアルペン特急が待機中です。
 特急としての運用はここまでで、この後は次の富山行き普通列車として発車します。
 「アルペン」編成は、元々西武の有料特急として立派な設備を持っていた車内を、さらに観光用にグレードアップした車両。
 そんな車両が各駅停車として運転されるなんて、運用上仕方ないとは言え、贅沢な話ではあります。

16010形。

 立山駅に停車中の16010形。
 外観スタイルも塗装も、西武特急時代と殆ど変わっていませんが、「アルペン」改造に合わせて色々細かいロゴや表示が追加されてはいます。
 現在ではあまり流行らない昭和の時代の直線的デザイン。 ですが、陳腐化した感じは全くなく、逆に今だからこそ当時流行の「カッコよさ」が目立つ車両です。

トロッコ。

 さて、ちょっとだけ視点を変えて。
 地鉄立山駅のすぐ横。 大型バスの駐車場後ろに、こんなやつが停まっているスペースがあります。
 立山砂防軌道の車両たち。 正確には「トロッコ」と言う表現は少し違うかもしれませんが、荷材を運搬する無蓋車?の編成です。

貨車。

 2軸の小さな無蓋車ではありますが、何だか長い編成が組まれています。
 河川工事専用の軌道は、もちろん一般の旅客営業運転はしていませんので乗車はできません。
 が、「立山砂防」の名前は古くから有名です。
 役目を終えて姿を消していった各地の森林鉄道と違い、こちらは今のところその使命が無くなることは考えられません。
 昔の森林鉄道や鉱山鉄道を偲ばせる、軽便の規格の小さな車両たちがまだまだ活躍することでしょう。

構内。

 とは言え、現役バリバリですから、「古い」ばかりじゃなく、軌道も車両もきちんと更新整備されています。
 決してノスタルジーの世界じゃありません。
 ところで、こうして貨車は沢山いるのですが、本日は構内に機関車やモーターカー、人車が全く見当たりません。
 どこかに隠れているのでしょうか。

駐車場。

 さて「何だ、この写真は?」と思われるかもしれませんが。
 先ほどの鉄橋撮影の場所から少し向こうに目を向けてみると・・・。
 川の流れの向こう側。 河川敷になにやらゴチャゴチャしているのは、「クルマの群れ」です。
 別に廃車のスクラップ置き場とか、大雨で流された車たち、という訳じゃありません。
 何しろ4連休の2日目で上天気。 度重なる緊急事態宣言と自粛要請にも関わらず、この4連休は各地でかなりの人出です。
 この立山黒部方面も例外ではなく、駅周辺の駐車場はすべて満車。 そして駅から離れた河川敷の駐車場も、すべて満車の有様です。
 何しろここから先、室堂方面へは一般車の乗入れは禁止されていますから、アルペンルートに入るには、少なくともマイカーでやって来た以上は、ここに車を置いてケーブルカーに乗り換えなきゃならない。
 そんな車で溢れかえっています。


常願寺川。

 で、ここが列車の撮影場所なのですが。
 上の写真は、川の向こう、この写真左手を望遠気味に眺めたところです。
 この時刻、立山駅から歩いて行ける範囲の駐車場に空きは無く、やって来る車はハンパでなくかなり遠い駐車場に誘導され、そこから送迎のマイクロバスが運行されています。
 もちろんコロナが無い頃よりは混雑は少ないのかもしれませんが。

ケーブルカー。

 立山のケーブルカー。 ここ立山駅と美女平の間を結びます。
 この区間(というかここから先)は一般車は乗り入れ禁止なので、バスを利用する以外は、皆このケーブルカーにお世話になる必要があります。
 しかしながら、1両のケーブルカーは定員が120名。 普段ならこれで十分なのかもしれませんが、混雑時となるとそうは行きません。
 すでに時刻は11時頃。 山の上、室堂方面に向かうには遅い時刻ではありますが、立山駅を覗いてみると、臨時便が運行されているにも関わらず、乗車券の発売制限中で、美女平行きは1時間半待ちの状態でした。
 と言うことで、あまり長居したくない立山駅の周辺の混雑振りです。

発車。

 立山駅を、先ほどの16010形が発車しました。
 富山行き普通列車としての運行です。
 以前は、夏ダイヤ時には「アルペン特急」以外にも富山と立山間の特急列車があったのですが、現在は普通列車ばかり。
 先ほどの駐車場の写真や様子からすると、列車を利用するお客はどんどん減少しているようで、寂しい限りです。

電鉄富山行き。

 ここに挙げた写真では読み取れませんが、先ほどのアルペン特急にはカラーで「アルペン特急 立山」という表示が出ていました。
 そしてこの列車は黒地白抜きで「普通 電鉄富山」の表示です。
 豪華な車両に似合わない、ちょっと寂しい運用ではあります。
 以前は多いときは、社内特急のほか国鉄から「立山」「むろどう」「北アルプス」の3往復の列車が立山まで乗入れていたのですが。

川を渡って。

 16010形普通列車が、電鉄富山に向かいます。
 立山駅周辺はケーブルカー待ちの乗客でかなり混雑していましたが、常願寺川を渡ったこの場所は、歩く人は全く居ません。
 見た目には涼しい常願寺川の清流。 ですが、実はこの場所は並行する道路橋の上なので、全く日陰の無い暑い暑い場所なのでした。
 しかしおそらく、新型コロナとは無縁です。

再び舟橋村。

 さて、立山駅周辺で「アルペン」編成を見送った後、すぐに舟橋村まで引き返してきました。
 実は朝の立山行きのアルペン特急。
 中加積で撮影の後、寺田まで追いかけてスイッチバック風景を撮影。 更に立山まで追いかけて鉄橋で、というプランを検討したのですが、寺田から立山までの追っかけがちょっと無理そうで断念。
 立山のみでの撮影としたのですが、実際に車で走ってみると、やはりこのプランは無理なようです。
 しかし復路のアルペン編成は、普通列車としての運用。 各駅に停車する分だけ、足は遅くなります。
 と言うことで、観光客の車に雑じっての運転でも、この場所まで余裕で先回りすることが出来ました。

14760形。

 撮影場所は同じ、越中三郷と越中舟橋の間なのですが、時間が経って太陽も回っているので、こんどはこちら側からの撮影です。
 またまた似たようなアングルで、車両だけ取り換えての写真が続きます。

10030形。

 元京阪電鉄3000形の10030形は新地鉄塗装車です。
 この車両、眺める角度によっては、何か妙な違和感があります。 京阪時代ではなく、ここ富山地方鉄道にやって来てからの話です。
 おそらく理由は、前部のスカートがないことかと思っています。
 京阪電鉄時代は標準軌の1435ミリの軌道でしたが、ここ富山地鉄は狭軌の1067ミリ。 移籍時はあっと驚く、異なる軌間の会社間の譲渡でしたが、当然足回りは一回り細くなっています。
 それに加えてスカートが無くなり、運転台の下が何かスカスカになった気がします。
 元々結構頭でっかちに見える先頭部デザインのため、余計に強調されているのでしょうか。

ステンレス車。

 まだ夕刻には時間がありますが、これからどこかへ行くほどのことでもないので、この後はここでやって来る列車を多少角度を変えながら眺めることにします。
 そこそこ車種にバリエーションがありますので、飽きるほどのことでもありません。
 何より、風が通る田んぼの中でボケッとしているのは贅沢ですし、嫌いな時間じゃありません。

14760形。

 以降しばらく、本当に同じ場所で車両を取り替えてのカットが続きます。
 富山地鉄オリジナル色のこの車両。 やはりここでは一番しっくり来る感じです。
 が、折角のヘッドマーク。 ホントに地味で、もうちょっとどうにかすればいいのに、といった感じではあります。

10030形。

 時間が更に経過し、太陽が少し西に回ったため、線路のこちら側に移動です。
 こちらも撮り慣れた場所の写真、と言いたいところですが、実はいつもはこの位置より更に数10メートル後ろから撮影しますので、このポジションカメラを構えるのは初めてです。
 画角的に田んぼがやや狭くなる代りに、上を横切る高圧電線がほぼ邪魔にならなくなります。
 やはり慣れた場所でも、色々視点を変えてみることは必要なようです。

14760形新塗装。

 新地鉄色の14760形。 目線を下げて眺めると、ちょっと印象が変わったような気がします。
 撮影場所が方所変わっただけですが、この画角で田んぼと後ろの屋敷森の組み合わせは初めてで新鮮な気がします。
 残念なのは、後ろの立山連峰がなかなか姿を現してくれないこと。
 この季節はやはり難しいですね。

10030形。

 このポジション。
 レンズの長さ、広角側から望遠側までかなりダイナミックに変えることができます。
 で、思い切って広角側にしてみると。
 この10030形。 上でも書きましたが、本当に頭でっかちと言うか、足元が細い感じです。
 ちょっとばかりアンバランスです。

元京阪。

 上と同じ画角の写真ですが、ちょっと左に振ってみました。
 写真で判りますが、車両は同じタイプですが別の列車です。
 かなり高速ですので、この画角ですと、シャッター速度をかなり上げないとブレてしまいます。 (元の写真を拡大してみると、実はほんのちょっとだけブレています。)
 幸い写速を上げても大丈夫なお天気、そのかわりこの場所も日陰の無い、暑い暑い田んぼの中でした。

16010形。

 編成が少ない分だけなかなかやって来ない16010形ですが、暫く振りに電鉄富山側からやって来ました。
 2両編成のやつです。
 先頭部に光が当たっていないため、その特徴があまり出ておらずちょっと地味な感じを受けます。
 と言うより、何か昔の東武鉄道「りょうもう」1800系のようなイメージです。
 やはりこの車両は先頭部の尖ったデザインが命のようです。

後追い。

 上と同じ列車の後追いなのですが。
 やはり先頭部がハッキリ見えるとシャキッとします。 これでこそレッドアローです。
 ただ、最近は先頭部のヘッドマーク差しが全く活用されていません。 アルペン特急でさえ、台座がむき出しです。
 ここに何か入るだけでも違うのですが。
 ともかく、この位置でこの車両を眺めることができました。
結構いい時間になりましたので、本日はそろそろ「店じまい」ということにします。

えちごトキめき鉄道。

 翌日は早朝。
 前日より更に北に向かい、新潟県は妙高市界隈です。  地元の方には大変失礼な話ながら、新井が妙高市って、遠方在住の私にとっては名前にかなり違和感がある。 確かに長野県境まで続く妙高市ではあるのですが、中心地は北部の新井ですからね。
 「妙高」という名前と「市」の組み合わせに恐ろしく違和感を感じます。
 という自分勝手な印象はさておき、この場所も妙高市と上越市が複雑にからまった場所です。
 さほど広くない田んぼの中ですが、後方の国道に目を瞑ればそこそこ邪魔物を除いたアングルも確保できます。
 やって来たのは、えちごトキめき鉄道の普通電車。
 JRから路線の移管と合わせて移籍の、ET127系。 早朝の電車は2両編成でした。

特急編成。

 路線は第三セクターに移管されましたが、現在でもJR東日本の特急が乗入れてくるここえちごトキめき鉄道です。
 早朝の回送列車。 この先新井まで回送されたのち、折返し新潟行きの特急「しらゆき1号」として運転されます。
 整備新幹線の開業でJRから切り離された並行在来線ですが、人の流れと利便性上、列車まで完全に分断することが出来ない良い事例です。
 それでも無理な乗り換えを余儀なくしている所の方が多いですが。
 もっともこれは、JR各社相互間の方が大きい問題かも

4両編成。

 次の普通列車は4両編成です。
 最初に2両編成の写真を出しましたが、この区間。
 この4両のほか、6両編成もやって来て、それが山中長野県境の妙高高原まで走ることもあります。
 かいもん4号の地元、天下の山陽本線より立派な編成です。
 それはともかく、1両ごとに色の違う楽しい編成です。

特急しらゆき。

 先ほどの回送列車が新井で折返しです。
 新潟行きの特急「しらゆき」としてやって来ました。
 電車はJR東日本のE653系。
 写真サイドビューの通り、窓の位置が低くかつ大きな車両です。

4両編成。

 4両編成の「しらゆき」。
 JR時代の快速「くびき野」よりは編成が短くなりましたが、輸送量に見合った長さなのでしょうか。 直江津と新潟の間では、もう少し長くても良いような気がします。
 それ以上に、そこそこ居る観光客の便を考えると、新井や上越妙高始発でなく、妙高高原や更に延長して長野まで乗入れ、というか直江津と長野間の観光特急運転でも良いような気がします。
 もっともそうなると、JRとしなの鉄道3社が絡むことになりますし、かなり難易度が高いでしょうか。


二本木駅前。

 田んぼの中で「しらゆき」撮影の後、やって来たのは同じく「えちごトキめき鉄道」の二本木駅です。
 新井から長野方面に上って来たのですが、ここは妙高市を抜け出して再び上越市です。 複雑な線形で絡み合う、上越市と妙高市の境界線です。
 勾配区間の途中にある駅は、駅前風景も写真のような坂道でした。

駅前通り。

 上の写真では今一つはっきりしないのですが、坂の下の商店街?から駅を見上げると、こんなことになります。
 平地ではなく「斜面にある」と言う感じの町並み。
 駅舎も一段高い場所にありました。

二本木駅。

 少々古い作りの二本木駅。
 大きな駅舎は、今は無人駅です。
 バス停標識はあるのですが、ローカル駅の御多分に漏れず、運行はタクシー会社に移管されていました。

スイッチバック。

 さて、二本木駅にやってっ来たのは、久しぶりにスイッチバック風景を眺めたくなったからです。
 写真の看板の通り、ここ二本木駅はスイッチバック駅。 停車する列車はすべて、スイッチバックで前後進が必要となります。
 もっとも、この看板のイラストはちょっとだけ線路が省略されていて、駅を通過する列車はそのまま直進通過できる線形にはなっています。
 しかし現在はすべての列車がここ二本木に停車しますから、スイッチバック風景が眺められます。

撮影デッキ? 

 二本木駅ホームの一番長野寄り。
 ホームの端にこんなスペースが設けられていました。
 ホームから線路に降りて、地面の高さで列車の進入発車を眺めることが出来ます。
 面白そうな企画ですが、カメラのファインダーを覗いた限りでは、ホームからの眺めの方が楽しそうです。
 一応、こんな施設があった、というご紹介だけ。
 ちなみにここでは今回の旅行で唯一、隣に同業者が数名カメラを構えていましたが、だれもこのデッキに降りる人はいませんでした。

スイッチバック。

 スイッチバックの線形はこんな感じです。
 右手向こうに伸びるのが長野方面への本線で、直江津方面へは向こう側の渡り線手前から左に分岐しています。
 つまり通過列車は向こう側の渡り線を通れば、スイッチバックの必要はありません。
 それにしても、貨物列車も客車列車もなくなった今、渡り線のあたりにホームを造ったら、スイッチバック解消とは行かないのでしょうか。
 6両編成は来るし、この駅で列車交換も考えなくちゃならないし。 やっぱり無理、かな?

二本木駅。

 望遠で撮ると上の写真のように全く平地が無いように見えますが(確かに本線部分はほぼ平地がないのですが)、スイッチバックの二本木駅ホーム部分はこの通り、かなり広い平地に設けられています。
 交換駅のホームと駅舎だけでなく、以前は隣の日本曹達工場に引き込み線もありましたので、今見ると無駄なくらい、広い敷地ではあります。

にほんぎ。

 JRから「えちごトキめき鉄道」に変わった二本木駅。
 電柱の駅名標も一新されました。
 社名と言いロゴマークと言い、JRから転換された第三セクター鉄道は、いろいろと目を引くネーミングや仕掛けが一杯です。
 そういう趣旨では全く無いのでしょうが、珍しく感じられるのは、一番下のハングルの案内。
 距離的には私かいもん4号の居住地の方が朝鮮半島には近いのですが、やはり日本海側。
 色々な地域性を感じます。

列車接近。

 列車が到着です。
 この時刻は、上下の普通列車がここ二本木駅で交換します。
 踏切の音の様子から、上り妙高高原行き列車が先に到着。 と思っていたのですが。
 左手から勾配を登って進入してくる上り列車を眺めていると、すでに真っ直ぐな線路のその先に、下り列車が遠くから近づいて来ます。
 とは言え急勾配のせいなのか、下り列車。 いやにゆっくりゆっくり近づいてきます。

進入。

 上り列車は一旦左手の引き上げ線に入った後に、すぐに折り返してこちら側にやって来ます。
 そして若干先行して、下り列車も。
 まさかのホーム同時進入です。
 複数の路線が交錯する大都会の駅なら珍しい風景ではありませんが、こんな山の中の駅ではちょっと意外な光景です。
 下の地上の「撮影デッキ」に居たら意外と面白かったのでは? とちょっとだけ思ってしまいました。

停車中。

 ホーム進入はほぼ同時ですが、停車位置はこんな感じ。
 右側の妙高高原行きは6両編成、左側の直江津行きは4両編成で、こちら側頭の位置は随分離れています。
 元々は長いホームだったのですが、現在の使用場所だと、6両編成では一杯一杯です。

妙高高原行き。

 先発は上りの妙高高原行き。
 到着は同時でしたが、出発時には両列車共に渡り線を渡る必要がありますから、同時発車と言う訳にはゆきません。
 まずこちらの編成が先に発車。 本線に渡り出て、そのまま真っ直ぐ妙高高原に向けて上り勾配を登ってゆきます。
 特急ならともかく、各駅停車の編成。 この場所では随分長い編成に思えます。

直江津行き。

 続けて隣の線から、下り直江津行きが発車です。
 こちらの列車は一度引き上げ線に進んだ後に、向きを変えて直江津方面に出発します。
 このスイッチバックの部分。
 運転士と車掌の乗務位置交替は無く、進行後ろ側に乗務の運転士が操作する推進運転的扱いとなります。
 列車は手前こちら側に向かって走っていますが、「最前部」に乗務の車掌がホームと前方の両方を監視します。

引き上げ線へ。

 渡り線を渡り引き上げ線に進む直江津行き列車。
 左側先頭部では車掌が身を乗り出し前後を監視中ですが、一番手前右側の運転席にいる運転士も、窓から身を乗り出し監視しながらの操縦です。
 短い区間とは言え、注意が必要な緊張する時間です。

折返し。

 一度引き上げ線に入った列車。
 乗務員の場所はそのままですから、前後進スイッチの切り替えだけで、すぐに折り返します。
 引き上げ線を出るとすぐに、直江津方面に向けて分岐して行きます。

勾配。

 直江津方面に分岐した列車。
 こんな感じで横に遠ざかりながら、二本木駅の横、というか少し下を通過して行きます。
 写真では少し判りにくいかもしれませんが、この時点でホームとはすでに相当の高低差がついています。
 電車はラッピングの広告電車でした。

広告電車。

 編成全体が広告電車のこの編成。
 上の写真1両目の写真と色違いではありますが、同じくこの二本木駅横に工場がある企業のラッピング広告電車です。
 鉄道貨物輸送は終了した同社ですが、地域に根付いた活動とPRは怠りありません。
 3枚上の写真と比べると判るのですが、この2両の両側4面、全部色違いのようです。

3両目。

 2両目とよく似た色使いではありますが、今度は窓下に白線が入っています。
 こちらは別の企業の広告電車です、
 電車自体が2両一組のユニットになっていますが、広告も編成2両単位のようです。  

4両目。

 最後尾4両目。
 今度は「赤」ですが、やはり窓下に白線が入る、3両目と同じデザインで色違いの車両。 やはりこちらも2両ユニットで同じ企業の広告電車のようです。
 これも前掲の写真と比べるとわかるのですが、こちらの後部2両のラッピング車は、左右は同じ色でのデザインのようです。

次の電車。

 さて、暫くして次の上り妙高高原行き電車が到着です。
 新井から南は過疎地域で列車本数も少ない、と言う印象があったのですが、この時間、意外と短いインターバルでやって来ました。
 車両は同じET127系ですが、こちらは広告電車ではなく、「えちごトキめき鉄道」本来の塗装車のようです。
 こちら側に向かってやって来ているのですが、ただ今引き上げ線からホームに進入中ですので、こちらで監視しているのは車掌です。

発車。

 この時刻の列車は交換がないため、駅に進入してわずかの乗客の乗降が終わるとすぐに発車します。
 渡り線を渡ってゆく列車。 長い編成なら見た目にも面白い眺め。 とは言え4両でもそこそこ見応えはあります。
 この駅で見た3本の普通列車、いずれも4両編成か6両編成です。 ローカル線に成り下がってしまった?信越本線のこの区間にしては、長い編成が走っているという気がします。

次の電車。

 次にやって来た電車は、直江津行きの6両編成。 見た目にも「長いな」と思える列車が、急勾配を下って来ます。
 先ほどの妙高高原行きの折返し、V1編成です。
 下り到着時は通常の進入ですので、運転席には通常通りに運転士が。
 このスイッチバック駅があるばかりに、この区間の列車は通常車掌と2人乗務。 しかし「交換駅」の役目もあるので、簡単に駅移設とはゆかないのかも。

こんなやつ。

 さて、妙高高原からの列車が発車してから暫くの後、直江津方面から「こんなやつ」がやって来ました。
 本日ここ新潟県までやって来たのは、こいつを拝むためでもあります。
 懐かしい交直流の急行電車です。

スイッチバック。

 一旦スイッチバックの引き上げ線に入った列車。 向きを変えてこちら側にやって来ます。
 もちろん本来の進行方向は向こう向きですから、こちら側はテールライトを灯したままです。
 この色の列車を見るのは、いつ以来でしょうか。

急行型。

 JRから「急行列車」が消滅した現在、ただ1両だけ現役で残っている急行型電車。
 3両編成の中に1両組み込まれているだけですが、この窓とドア配置は、急行列車そのものです。
 私「かいもん4号」が育ったころは、まだ特急列車は高値の花の特別な列車で、急ぐ時や長距離では急行が主流でしたし。
 ぜひ乗ってみたい気はしますが、本日は「眺めるだけ」です。

停車中。

 「急行」の方向幕とヘッドマーク。
 国鉄時代末期の急行列車はヘッドマークの無いものも多数。 でしたが、この列車。 ちゃんとへどマークを掲示しています。
 本日午前は直江津から妙高高原までの往復運用です。

急行発車。

 短い折返し時間の後、「急行」が発車です。
 ヘッドマークのデザインは、かつてこの475系が北陸本線で使用していたデザインのもの。 横幅が短くなって貫通扉の幅に収まるようになった、後期の小型のやつです。
 まさに昔の急行そのものです。
 もっとも、「赤倉」は475系ではなく、かつては気動車急行。 そして電車化された末期は165系での運転でした。
 が、この区間にゆかりの列車名ではあります。

勾配へ。

 二本木駅を発車した列車。 渡り線を渡り、妙高高原方面に向かいます。
 この編成、こちら側2両は413系で、つまり近郊型であり「急行編成」とは言えないのですが、先頭部の形状はそもそも475系と同等ですので、急行色に塗り替えて正面から見れば、立派な急行列車に見えます。
 クーラーも、近郊型でなく急行型のものをそのまま流用していますので、それっぽい、というより急行型そのものです。
 こんな撮り方をしたら、どう見ても急行型にしか見えません。

勾配へ。

 妙高高原に向けて急勾配に挑む列車。 ですが、電動機は定格出力120kWのMT54ですので、この程度の勾配なら3両編成でも十分のようです。
 えちごトキめき鉄道のこの編成。 運行の都度色々なヘッドマークを取り付けるとのことのようですが、残念ながら近郊型のこちら側には取り付けはありませんでした。

二本木駅。

 さて、次の列車まで少し時間がありますので、駅を眺めてみることにします。
 かつては優等列車もスイッチバックで入ってきたため、長い二本木駅のホームです。
 が、現在は6両編成が最長ですので、そこから先は柵で立ち入り禁止。
 架線も以前はずっと奥まであったはずですが、現在はこの先で途切れています。

ホーム。

 こちらは同じホーム反対の線側。
 勾配区間のスイッチバック駅にしては、横にかなり広いスペースで線路も沢山です。
 スイッチバックと列車交換以外に、この駅ではかつては貨物輸送も。
 写真すぐ左手にある日本曹達の工場に専用の引き込み線があり、専用の貨物列車が仕立てられていました。

停車位置。

 上の2枚の写真をまとめるとこんな感じ。
 6両編成の停車位置はこの場所になり、そこから先はホームの上も草ぼうぼうです。
 それにしても、この写真だけ見れば、左右も向こう側も広々とした敷地で、とてもスイッチバック駅には見えません。

ホーム。

 とは言え、長い列車を停めるスペースを確保するのは少々苦しかったと見え、こんな感じで大きくカーブしたホームです。
 左の駅舎は一段低い、と言うほでではありませんが、ホームの位置とは若干高低差があるため、連絡通路は跨線橋ではなく地下通路です。

ム。

 さほど広いとは言えないホームではありますが、上屋根の造りは頑丈です。
 さすがに雪国ではあります。
 かつて引き込み線があった写真右側の工場。
 決して輸送量が落ちて貨車輸送をやめたわけではなく、ちょうどこの時も新しい工場建屋を建設中でした。

待合室。

 ホーム待合室もこんな感じで、冬場に備えた広めの構造となっています。
 主要な表示はJRからえちごトキめき鉄道のものに置き換えられましたが、ホーム乗り場を示すこの表示。
 直江津はともかく、「長野方面」がそのままなのは嬉しい限りです。
 県境をはさんで途中から別会社になると、線路もそこで途切れている寂しい感じになってしまいますから。

ホーム。

 待合室付近からホーム奥側を眺めると。
 この二本木駅。 現在残っている施設にも戦前の古いものが幾つもあり、ホームと駅舎にも見所は沢山です。
 しかし、精力的に歩き回るにはあまりに暑い、晴れた夏の日でした。

駅名標。

 待合室に掲げられた駅名表はもちろん、「えちごトキめき鉄道」の新しいもの。
 旧信越本線と北陸本線の2系統の路線を継承した同鉄道。
 「山」と「海」のイメージ作りで、こちら信越本線側は、電車の色も駅名標の色も、少し淡い感じの緑がシンボルカラーです。
 普通の駅名標は両側の駅が表示されるのですが、妙高高原行きが発車するこちら側のホーム。 「関山」だけが表示されていました。

上屋根。

 ホームの上屋根。
 頑丈な鉄骨組の上に、更にごつい垂木としっかりした屋根板の構造。
 さすがは雪国です。
 これまた古い作りですが、取り替えようとするとかなり大掛かりな工事になると思われます。
 この駅はこの姿を残して欲しいと思うのですが。

待合所。

 ホーム待合室に目立たぬように取り付けられた、資産を示す建物財産標。
 昭和10年となっていますが、上屋根も同様なのでしょうか。
 いずれにしても、文化財的価値のある建造物が多い二本木駅です。

列車接近。

 さて、暑いと言いながらホームを歩き回っているうちに、先ほどの「急行列車」が折り返してやって来ました。
 今度はこちら側にヘッドマーク、と期待していたのですが、残念ながら先ほどと同じく、近郊型側はマーク無しでした。
 告知では「列車ごとに取り換える」ということでしたが、さすがに折返しの運用では、そこまでしないのでしょうか。

列車接近。

 413系+475系がホームに進入です。
 手前2両は急行型ではなく両開きドアの近郊型ですから、この角度でもよく見れば、少しだけ違和感は無い訳ではありません。
 しかしながら、今回初めて交直流急行電車色に塗られた手前2両の413系。 正面スタイルは475系と同様ですので、決して悪くはありません。

停車中。

 さて、ホームに到着です。
 6両編成対応のホームに3両編成の列車。 さらにカーブしたホームですから、ホーム先端からだとこんな眺めになります。
 が、これもまた悪くはありません。
 ヘッドマークは先ほどの「赤倉」のままです。 今度は「妙高」かな?と思っていたのですが、流石に折返し運用ではそこまで細かい取替は行わないようです。

人気。

 この時のほんの数日前から走り出したこの列車。 さすがにそこそこの人気です。
 しかし新型コロナの影響か、ここ二本木駅にはもっと人が集まるかと思っていたのですが、思った以上に少ない人出ではありました。
 但し乗客はそこそこ乗車していたようです。
 先頭部の列車種別幕。
 北陸本線急行末期からは使用せず「蓋付き」となっていたのですが、こちらの復活も嬉しい限りです。

発車。

 発車時は、渡り線を渡って一旦スイッチバックの引き上げ線へ。
 先頭車両からは車掌が顔を出して監視し、運転士はこちら側の運転席で操作しています。
 残念ながらこちら側の413系は、列車種別の窓には蓋がされたままでした。

引き上げ線。

 一旦引き上げ線に引き上げた後、こちら側に向かって発車です。
 と言いたいところですが、よく見るとまだポイントは直江津側には開いていません。
 この時点ではまだ列車は向こうに向かって「逆走」しているタイミング。
 しかし、本来の進行方向は「こちら向き」ですから、ヘッドライトはずっとこちら側に灯ったままです。

発車。

 引き上げ線から、今度こそ直江津に向けて発車です。
 進行方向右手にそれると、こんな感じで二本木駅の横を、勾配を下りながら通過して行きます。
 この車両自体も改造車ですので、本来のクハ455とは若干異なる所もありますが、やはりサイドビューは正真正銘の急行型です。

車輪。

 で、ちょっとだけオマケの観察は、駅舎前に陳列されていたこの車輪です。
 こういう場面でよくあるのは蒸気機関車の動輪ですが、こちらはそれと比べると直径がかなり小さいプレーンの車輪です。
 そして、なにやら説明表示もあるようです。

説明。

 で、その説明がこちら。
 大きな写真だと文字も読めますので重ねて文章にはしませんが、駅のすぐ隣、現在でも操業を続けている日本曹達二本木工場への専用タンク車の車輪とのことです。
 以前は各地で、こんな社有貨車の専用編成が走っていました。
 説明にある通り、2007年までは運行されていたとのことで、専用列車としては最後まで残っていたうちの一つではあります。

倉庫。

 で、小さな倉庫ですが、こちらの建屋も駅舎と並んで古い建造物です。
 今回はスイッチバックと急行型電車が主眼でしたが、駅の敷地周辺を歩き回っても、昔の遺構や名残が見られそうな、楽しい場所ではあります。

駅前。

 駅前広場、と言うほどには奥行きはありませんが、二本木駅の最後に。
 駅舎正面から妙高高原側を見ると、こんな感じになります。
 説明っぽいですが、先ほどの「車輪」が置かれている場所の紹介です。
 さて、この後は場所を変えて移動することにします。

姫川。

 場所は再び九頭竜川、ではありません。 二本木からクルマで移動して、糸魚川は姫川橋梁までやって来ました。
 こちらはJR西日本の元北陸本線ですが、現在はやはり「えちごトキめき鉄道」の路線として再出発しています。
 やって来たのは単行の気動車です。
 場所的にはこっちの方が「平地」で、線路も堂々たる複線電化路線なのですが、旅客列車はご覧の通りの姿でした。

姫川橋梁。

 北陸本線の姫川橋梁。 やって来たのは初めてではありませんが、前回はJR時代でしたから、もう数年前のことではあります。
 単行気動車が行き来するだけとは思えない、堂々としたコンクリート造りの橋梁です。
 以前は長編成の特急列車や急行列車が行き来したものですが、
 もっともこの後、「別の列車」もやって来ます。

ラッピング車。

 「えちごトキめき鉄道」の列車。 普通の塗装のやつに加え、こんなラッピングのやつもいます。
 車両はJR西日本のキハ122タイプで、両開きながら前後両端に配置されたドアと、その間に並ぶ客窓が程良いスタイルの車両です。
 乗車するなら、信越本線側の電車ではなくこちらの方が圧倒的に楽しそうです。
 残念ながら、JR姫新線でもまだ乗車の機会はありませんが。

貨物列車。

 2枚上に書いた、「別の列車」とはこんなやつです。
 鉄道会社は第三セクター化で分割されてしましましたが、この路線は日本海縦貫線として今でも貨物列車にとっては重要な路線です。
 1両の気動車に対し、貨物列車はJR時代からも国鉄時代からも変わらぬ長い長い編成です。

やっぱり、コレ。

 そしてやって来たのはコレ。
 ここにやって来たのは、この列車をこの場所で拝むためです。
 先ほど二本木で眺めた413系+475系の急行編成。 今のところ、本来の運転区間はこの北陸本線側で、二本木駅のある信越本線側は、「間合い運用」的設定です。
 2往復が設定されている「観光急行」。 この度「えちごトキめき鉄道」がJRから購入して急行の姿に化粧直しした編成で運行を開始しました。

くずりゅう?

 このコーナーのタイトルからすると急行「くずりゅう」とゆきたいところですが。
 ヘッドマークは「ひめかわ」です。 今度は先ほどと違うヘッドマークに取り換えてやって来てくれました。
 急行「ひめかわ」は、やはりこの区間を走っていた急行列車。 しかしこちらもかつてはキハ58系での運転でしたので、475系「ひめかわ」はおそらく初めて。

回送。

 待ち時間の間に、こんな機関車がやって来ました。
 もちろん「えちごトキめき鉄道」の車両ではなく、JR貨物の機関車です。
 しなしながら、北陸本線の金沢から直江津までが第三セクターとなった現在、どこからどこまで回送されるのでしょうか。
 電気機関車の単機回送では、線路使用料もバカにならない気がしますが。

2022年9月10日追加

普通列車。

 こちらが本来の、「えちごトキめき鉄道」の定期普通列車です。
 しかし、本来のこの区間の列車ではありますが、単行運転のため違和感は一杯です。
 側面のデザインもイイですが、正面も良いスタイルです。

後追い。

 気動車とは言え最近の高性能の車両。 そして線路は規格の高い北陸本線。
 と言うことで、あっという間に目の前を恐ろしく高速で駆け抜けてゆきます。
 最近の気動車は、加速と言い速度と言い、昔の国鉄時代の車両とは比べ物になりません。

下り列車。

 複線区間ですので、信越本線のような駅での交換は不要。
 駅間にはお構いなしに反対側の列車がやって来ます。
 ちょうど姫川橋梁を渡っているところなのですが、コンクリート橋梁にバラスト撒きなので、このアングルでは川の上かどうかサッパリわかりません。
 しかし線路と言い架線柱と言い、この場所にはやはり電車が似合います。
 そういう目で見ると、パンタグラフがあってもおかしくないスタイルのET122系ではあります。

観光急行。

 そしてやって来たのは、先ほどの編成。 急行1号が市振で折り返してきた、急行2号です。
 列車名が「急行○号」というのも安易な気はしますが、色々ヘッドマークを取り付けてくれるようなので、列車名を敢えて限定しない方がいいのかもしれません。
 やはり413系側にはヘッドマークなしでした。

急行ひめかわ。

 後部になりますが、こちら側クハ455には、先ほどの「ひめかわ」のマークが取り付けられていました。
 さすがにここで急行色3両編成となると、ちょっと短い気がします。
 かなわぬ贅沢かもしれませんが、「立山」の12両編成がもう一度見られれば。 いや、この区間は「立山」は9両編成だったかな?

かげろう。

 九頭竜川にはじまり常願寺川、姫川と辿った今回の旅行は、この写真で終わりです。  写真のように、線路の上には陽炎が揺れる、暑い暑い夏の日でした。
 この観光急行、未来永劫ずっとの運行ではなく、発表ではあと2年ほどの期間限定の運行のようです。 詳しくは調べていませんが、この車両の定期検査の期限が切れる時が引退の時期、と言うことでしょうか。
 それまでにはもう一度出かけて、こんどは乗車してみたいと思います。
 それにしても、もう一度この車両で見てみたいぞ。 急行「くずりゅう」のヘッドマーク。
 運行区間は違うけど。
-->
このページのトップへ 
→TOP PAGEへはここから←

編成表

TOP
CONTENTS
DIARY
GALLERY DOMESTIC
GALLERY INTERNATIONAL
COLLECTION
TRAVEL
TRIAL 20000
MODELS
NEW YEARS MAIL
LINK
PROFILE
MAIL to KAIMON4
HURC
    




バナーにご利用ください