かいもん4号のホームページ TRIAL20000 左沢線
→TOP PAGEへはここから←
左沢線です。 山形盆地の北西部を走るローカル線です。
山形から途中までは広い田んぼの中を走るローカル線。 向きを西南に変える終点付近は、山に沿う細い線路、という印象の路線でした。
久々に訪れてみると、大きく変わった印象ではありませんでしたが、終点の左沢駅は様変わりでした。

尚、追加は下の方になります。最新の追加は 2014年2月9日
<北山形〜左沢>
2013年7月再訪

山形駅ホーム。

 2013年7月某日、山形県のJRローカル線、左沢(あてらざわ)線に出かけました。
 この線に乗車するのは1978年以来2度目。 おおよそ35年振りのことです。  かなり昔のことになりますが、この線の風景については何となく頭に残っていますので、今回はその記憶をトレースしながらの旅です。
 山形から乗車の気動車は、JR東日本のキハ101型でした。

左沢線気動車。

 山形駅西側の留置線で休む、キハ101です。 ローカル線ではありますが超閑散路線というわけではなく、ロングシートの気動車が2両編成単位で運転されています。
 以前に訪問した際の車両。
 この時も急ぎ足のとんぼ返り乗車でしたが、車両は当時のローカル線でお馴染みのキハ20系でした。

山形駅。

 奥羽本線(山形新幹線)と左沢線、仙山線の3線の列車が乗り入れる山形駅。
 ミニ新幹線方式に変更で線路幅を標準軌に改軌された奥羽本線に対し、左沢線と仙山線の列車は従来の在来線ですから狭軌のまま。
 左沢線の起点は次の北山形駅、仙山線の起点(終点)は更に次の羽前千歳駅ですが、列車はいずれもこの山形駅から発着しますから、山形〜羽前千歳間の奥羽本線は、標準軌と狭軌の単線並列となっています。
 山形駅では、東側が標準軌の奥羽本線ホーム、そして西側が狭軌の左沢線・仙山線ホームとなっています。

山形城址付近。

 山形〜北山形間の奥羽本線です。
 戸籍上は左右の両線とも奥羽本線ではありますが、上の事情により、左側は仙山線と左沢線の直通列車専用。 そして右側が山形新幹線・奥羽本線普通列車用と分かれています。
 左沢線の列車は気動車ですが、電車の仙山線列車も走るため、左側の線路も電化されています。
 左沢線に乗車は実に久しぶりですが、山形には昨年夏に(仙台から車で)訪れた記憶が残っています。 線路の右手の駐車場に車を停め、前方に見える跨線橋を渡って山形城址跡を訪れたばかりです。

北山形駅。

 さて、北山形で奥羽本線と別れ、ここから先が本来の左沢線的風景となります。
 北山形の駅。 左沢線ホームは本線から分かれて左に曲がりかけたところにあります。
 奥羽本線ホームとは近接してはいますが、すぐ隣に並んで、という感じでもなく、長めの跨線橋で結ばれており、広い感じの駅構内ではありました。

東金井駅。

 左沢線。
 起点(分岐駅)が山形でなく、やや外れた北山形駅。 ということで、奥羽本線区間を除くと、町中を走るという印象はありません。
 昔乗車した印象というかかすかな記憶では、終点左沢の手前を除くとひたすら田んぼの中を北西に向かう、という感じでした。
 しかし流石に北山形を発車して暫くは、田んぼの中ではあるものの、新しい道路あり、ショッピングセンターやホームセンターありで、地方の中核都市の郊外といった雰囲気です。
 この東金井駅周辺も、新しい住宅が立ち並んでいました。

東金井駅。

 東金井駅の左沢向きです。
 ホームのある駅右手は新しい住宅地、左手は田んぼの中、伸びる線路は一直線と、頭の中にある左沢線のイメージと大きなズレはありません。
 ここから先は、本格的な盆地の中のローカル線になります。

羽前山辺駅。

 羽前山辺で反対列車と交換です。
 と書きましたが、対向列車の方向が変?
 その通りで、ここに挙げた写真はすべて、実は復路の左沢から山形へ向かう列車の最後尾車掌室部分から撮影しています。 すれ違う相手の列車が本当の左沢行き。
 往路はとにかく車窓を眺めながら昔の記憶を呼び起こす、ということで、写真撮影はなし。 本ページの構成上、復路の写真を使用して、往路の記憶と重ね合わせているという感じです。

田園風景。

 昔の記憶その1。
 左沢線で記憶している風景は、こんな感じが大部分を占めます。
 さほど変哲のない田んぼの風景。 しかしそれでもなお強く印象に残っているのは、おそらく終点左沢手前で変化する風景との対比かと思われます。

羽前金沢駅。

 田んぼの中の駅・羽前金沢です。
 左沢線らしい、と言えますが、一面見渡す限りの田んぼというわけではなく、少し離れた所には新しい?道路が通り、色々な店舗もできています。
 町が新しく変化しているのは道路沿いの部分で、ローカル線の沿線部分は実は変化から取り残された空間?

羽前長崎駅。

 やや古めの住宅地の中にある、といった感じの羽前長崎駅です。
 現在は1線だけ使用の駅ですが、かつての交換設備や貨物の取扱い跡など、国鉄時代の駅の機能を偲ばせる造りが残されていました。
 それにしても。こちら側の線路を残したがために、本来の駅本屋側から乗車するためには、単線駅にもかかわらず跨線橋を渡らなければならない構造になってしまいました。
 もしかすると新しい住宅が立ち並ぶ左側に、新しい改札が設けられているのでしょうか。
 確認しようにも、再訪するには遠い左沢線、ではあります。

最上川鉄橋。

 列車は最上川の鉄橋を渡ります。
 確かに途中でそこそこ大きな川を渡ったり、曲がった川を車窓に眺めた記憶が残っています。 但し当時はそれが「最上川」であるという認識はなかったようです。
 他のコーナーでも書きましたが、最上川と言えば、更に北の新庄から日本海側の余目へ向かう陸羽西線とセットの印象があまりに強いものですから。

南寒河江駅。

 南寒河江駅です。
 一面だけのホームですが、年期は入っているようです。 しかし駅舎は新しく、昔の姿がどうであったのかはよくわかりません。
 上の羽前長崎と比べると、乗客にとっては使い勝手が良さそうな駅です。

寒河江駅構内。

 左沢線の中心駅・寒河江(さがえ)です。 車両の検修庫を併設した、左沢線では大きな駅です。
 ここにも2両編成の気動車が何本か。
 先ほど山形駅の西側に停められていた車両たちや今乗車しているこの列車。 それに途中で交換した列車を含めると、左沢線用の気動車、随分たくさん居ます。 これだけは印象と異なるというか、思いのほかという感じでした。
 ホームの停止位置表示を見ると「6」という数字が見られましたから、ラッシュのピークには結構な両数の車両が必要なようです。
2014年2月9日追加

西寒河江駅。

 西寒河江駅です。
 これまた単線の簡単な駅で、ホームの端にある小さな建物を抜けて踏み切り横に降りるという、私鉄の駅によくあるような構造です。
 線路は一本調子で真直ぐですから昔からこんな感じだったのでしょうが、駅舎は新しくなっています。

羽前高松駅。

 カーブしたホームの羽前高松駅です。
 このあたりを境に左沢線は大きく西方向に向きを変え、山がちになった景色の中を左右に曲がりながら左沢に到着する、というのがかつての印象でした。
 対比として、大部分を占める田んぼの中の風景が強く印象に残った所以でもあります。
 果たして、ここから先は右手に山が迫り(というほどの高い山でもありませんが)、カーブが連続する路線になりました。

柴橋駅。

 終点左沢の一つ手前、柴橋駅です。
 少し高台を山の縁に沿って走る風景、概ね昔のイメージ通りです。
 やや異なるのは、左手に見える左沢付近の様子。
 こんなに家の多い「町」だったかな、というのが正直な印象ではありました。

左沢到着。

 終点左沢駅です。
 地形やら方向やらは記憶に近いですが、流石に駅の雰囲気はかなり違います。
 以前は木材貨物を取り扱っている、広いけれども古い駅、という感じでした。
 しかし駅舎は新しくなりホームも一新され、線路もこんなに真直ぐな到着だった?という感じではあります。
 まあ、駅が変化進化しているのは、ある程度賑わっている証拠、ということでしょう。

駅名標。

左沢駅の駅名表です。 随分久しぶりにここまでやって来たな、という感じです。

折り返し気動車。

 JR東日本の初期の標準気動車スタイルの、キハ101です。
 キハ110シリーズを含めて、ある時期連続投入されましたが、最近はキハ120をはじめとする幅広車体の車両投入により、初期投入路線からは撤退しつつあります。
 ここ左沢線の特徴は、全車ロングシートであること(残念!)。
 通常2両で使われていますが、ラッシュ時には6両編成になることもあるということ。 短めの車体のキハ101の6両運転、一度見てみたい気もします。

左沢駅。

 左沢駅の駅舎です。
 流石にこれは、記憶にあるはずがない。 観光案内所を備えた、新しい駅舎でした。
 駅前もきれいに整備され、かつての左沢駅前ってこんな感じだったか?(もちろんこんな感じではなかったわけですが)といったところです。
 いずれにしても、全体としては、「久しぶりにやってきたな」という感慨の左沢線でした。

→TOP PAGEへはここから←

編成表

TOP
CONTENTS
DIARY
GALLERY DOMESTIC
GALLERY INTERNATIONAL
COLLECTION
TRAVEL
TRIAL 20000
MODELS
NEW YEARS MAIL
LINK
PROFILE
MAIL to KAIMON4
HURC
    




バナーにご利用ください