観 光 編

<5日目(2002.9.24)>


※ $1 = \120 = 3.5ソル(2002.9当時) ※

 旅も中日。前夜の頭痛は酸素の供給によってすっかり回復していたので一安心。 マチュピチュでの石段上り下り&ワイナピチュ登山で生じたふくらはぎの筋肉痛は治っていないけれど、今日はプーノへ向かいつつ途中で観光もするという高級観光バスで移動の1日なのでなんとかなるだろう(希望的観測)。
 これまでよりやや遅めの7時半にホテルを出発し、クルマでバス乗り場へ。INKA EXPRESSというツアー会社で、中にトイレもある大型観光バスが待機していた。 クスコのガイドだったタナカ氏とはここでお別れ。
 バスに乗り込むとき、プーノで泊まるホテルを聞かれたが、どうやら我々が泊まるソネスタ・ポサーダ・デル・インカオテル・リベルダドール・イスラ・エステベスという2大高級ホテルまではバスが直接行ってくれるという(それ以外のホテルに泊まる人は町中で下ろされる)。 8時15分頃にバスが出発したときは30名くらいが乗車しており、日本人は女王様たちを入れて7名だった。 ガイドさんは女性で、英語&スペイン語で説明をしてくれる(ので、説明内容がすべて理解できるわけではない (^^;)。 アンダワイリヤースの教会

 1時間くらいで最初の停車地であるアンダワイリヤースという村に到着。 ここでは希望者のみ、16世紀だか17世紀だかに造られた古い教会(左写真)を見学する。入場料はバスの料金とは別で3ソル。 由緒ある教会らしいが、地震の影響であちこち歪んだり崩れかかったりしている。資金不足でなかなか修復できないらしい。
 古くからあるインカの神様をキリスト教に取り込んだ形で祭壇に飾っているのが特色(と言っていた気がする)。 だが、あちこちにいかにもスペインっぽいリアルタイプの聖人像(人形)も飾られており、スペインに行ったときのことが思い出されたりもした。
 教会見学&教会前の露店物色で45分くらい費やした後、再びバスに乗り込んで出発する。

 また1時間ほど先に進んで、今度はラクチー遺跡で下車。ここが本日のメイン観光地である。 事前に調べた情報によると、インカ皇帝ビラコチャが建てた神殿の遺跡らしい。入場料は5ソル
ラクチー遺跡  すぐに巨大で奇妙な形の壁(右写真)が見えてくるが、これは横に長い建物内部の中央を仕切っていた壁で、いくつもある戸口の上の部分が崩れたのでこんな形に残っているのだった。 ガイドさんが見せてくれた復元図によると、この壁から両側に傾斜した屋根が出ていたそうだ。 神殿にやってきた参拝者の入場?を管理する建物だったとのこと。
 他にも低い石垣で囲まれた広い敷地内に、泉(貯水池?)の跡があったり、参拝者が持ってきた供物を貯蔵するための石造りの円筒形倉庫がたくさん並んでいたり。 貴人の住居跡?が両側に立ち並ぶ通路は、夏至の日に太陽が昇る方向(つまり正確に東西)に一致しているとか。 しかし、女王様1号の語学力&理解力不足かもしれないが、肝心の「神殿」の跡は残っていなかったような…。 それともこの敷地一帯を「神殿」と呼んでいるのだろうか。うーむ、わからん。 この辺りのことは、ガイドブックにも1行くらいしか載っていないのだ。
 ガイドさんの説明の後、ピクニックの現地小学生たちに混ざりながら倉庫の周りなどを自由に見たり、露店でみやげものを買ったりして、謎を残したまま見学終了。 所要1時間くらい

 昼食は、ラクチー遺跡からほど近いシクアニという街の観光客用レストランにて。飲み物以外はバス代にコミ。 ビュッフェ形式なので、最初にサラダ&スープだけ取ってきて2回目にメインを取ろうと思っていたら途中から大行列になってしまい、なかなか食べ物にありつけなかった。 両手にトレイを持って、1回で全部の食べ物をゲットすることをお勧めする。

ライン

 再び出発すると、行く手が徐々に上り坂になってきた。この先には最高地点のララヤ峠があるのだ。
 周りの景色は樹木のない高原と遠くに見える山々のみで単調なのだが、女王様1号がふと車窓を見ると上空を1羽の大きな鳥が悠然と飛んでいた。 コンドル? 遠目なのではっきりとはわからないが、やはりペルーと言えばコンドル(断言)。 女王様1号のメモリーの中ではコンドルが飛んでいったことにしておこう。
ララヤ峠  そうこうするうちにララヤ峠に到着。ここで10分程度停車する。標高は標識(左写真)にもあるとおり、4,335m。 クスコよりさらに1,000m近く高い。クスコ初日のように、意識的に深呼吸をしないと息苦しい。 ちょっと足早に歩くと足元がふらつく
 峠周辺にはニット製品などの露店が店開きをしていたが、商売をしている現地の人々はどこから来ているのかナゾだった。 1日にここに停車する観光バスの数も限られていると思うのだが。 写真のように小さな女の子も、観光客のチップ目当てで着飾ってスタンバイしていた。

 ララヤ峠を出発した後は、バスの中は完全に昼寝モード。 トイレ休憩で停まったプカラという村は、屋根の上に2体飾る牛型の焼き物の産地として有名らしい(この飾りはクスコ周辺などでも見られる。沖縄のシーサーみたいなもの???)。

 プーノには夕方5時頃に到着した。先にチチカカ湖沿いの2軒の高級ホテルに廻ってから、町中に戻って残りの客を降ろすという。
 ところが! いざソネスタ・ポサーダ・デル・インカで降りようとしたら、「あなたたちはここで降りることになっていない」とガイドさんに言われてしまった!
 WHY?とオロオロするが、プーノ担当のガイドさんの姿も見あたらないし、わけがわからぬまま再び車内へ。 ホテルまで送ってもらえるというのは今朝初めて聞いた話で、それまでは町中のバス降り場でガイドさんが待っているということになっていたため、やはりそうなのか?と思ったりもしていた。
 しかし、次にリベルタドールに着いたところで今度は「降りろ」と言われてしまう。 朝バスに乗り込むときに泊まるホテルを係のおばちゃん(ガイドさんとは別人)に申告するのだが、どうやらそのリストでは我々のホテルが間違ってリベルタドールと書かれていたらしいのだ(ソネスタにはあまり日本人は泊まらないから?)。 ホテルのクーポンを取り出して「我々のホテルはソネスタ」と主張したが、ガイドさんに「なぜさっき言わない!」と怒られる。 (T_T) 言ったじゃん。確かにさっきはクーポン出さなかったけど。酸欠で頭が回らなかったんだよ(ララヤ峠では大丈夫だったが、昼寝から覚めたらまたビミョーに頭痛になっていた)。
 ルートの都合でソネスタに逆戻りすることはできないということで、結局町中まで一緒に行って個別にソネスタに送ってもらうことになったが、無駄な時間のロスで疲れがどっと出た。

 最終的には6時過ぎにホテルにチェックイン。 やはりプーノのガイドさんは町中ではなくホテルで待っていた(バスがホテルに着いたときに彼女が出てきてくれれば話は早かったのに…ブツブツ)。
 このホテルの問題点についてはホテル編にも書いたが、部屋に戻ってTVをつけたらちょうど欧州チャンピオンズリーグ予選を放映しており、女王様1号ご贔屓のF・インザーギ(ACミラン)がハットトリックを決めていた。 思いがけずペルーで見たインザーギの大活躍に小躍りする女王様1号。 しもべ1号にはすっかりあきれられたが、高山病も不愉快な気分も一掃され(なんてわかりやすい (^^;)、明日に向かって快く眠りに就くことができたのだった。


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