観 光 編

<4日目(2002.9.23)>


※ $1 = \120 = 3.5ソル(2002.9当時) ※
※ 太枠の画像をクリックすると大きめ写真が別窓に表示されます ※

 「マチュピチュの日の出」を見るために今日もまた早起き。遺跡の開門時間は6時なのだが、5時半過ぎに部屋で身支度を整えていると、既にホテルの前にアグアス・カリエンテスからのバスが次々到着する音が…。 ホテルのロビーには日の出・日没時間が掲示されていて、それによると日の出は6時半頃となっているが、皆気合いが入っているようで出足は早い。 負けないぞ!(誰に?)とばかりに女王様たちも遺跡へと向かった。
 ここでちょっとした問題が。ツーリスモ ラティーノのHPでは2日目のマチュピチュ入場料もコース料金に含まれていたハズなのだが、昨日のチケットはどう見ても1日券だし、今日の分のチケットなどももらっていない。 チケット売り場で一応昨日のチケットを見せてみたがやっぱり無効なので、ここはとりあえず自腹で$20を支払った。 (帰国後に問い合わせて無事返金してもらいました。)

マチュピチュ独り占め  遺跡内では日の出を待つ間に済ませておきたいことがあった。それはマチュピチュ独り占め写真を撮ること。 実はこれは、旅行前にあれこれペルー旅行記を読んでいた中で見つけたサイト、「So-glad Life ~旅と暮らし」のAzusaさんが実行されていたアイデアなのだ。 まだ人の少ない早朝の遺跡で、1人が「中心の広場」に生えている木の下に立ち、もう1人が段々畑の上の方に上って撮影するという手筈。 旅行記を読んだ女王様1号&しもべ1号は、「独り占め、いいね!」とすっかりやる気まんまんでやって来たのだった。
マチュピチュの日の出・大きめ写真へ  予想よりも多くの観光客が入場していたので「独り占めは無理か?!」と思ったが、ほとんどの人はご来光を拝むためのベストポジションを求めてどんどん上の方に行っているようで、遺跡の下の方には誰もいなかった。 これ幸いとまずしもべ1号の独り占め写真を撮り、交替して今度は女王様1号が木の下でポーズ。 右写真の上にマウスポインタを乗せるとどこにいるかがわかります(笑)。

 独り占め写真撮影会を済ませると、昨日あまりゆっくり見れなかった部分に立ち寄りつつ我々も上の方へ。 突き出た岩の上に腰を下ろしたり三脚をスタンバイしたりと、世界各国からやってきた遺跡好きが日の出を待ちかまえている。
 昨日の夕方とはうって変わって、この朝は雲一つない快晴だった。朝晩のマチュピチュは霧が出ることが多いと言うけれど、それもない。 日頃の行いがいいからね…と悦に入っている間に、ついに東側の山々の向こうから太陽が昇ってきた(左写真)。
 稜線に沿ってくっきり明暗の分かれるワイナピチュ。次第に光を受ける部分が広がっていく眼下の遺跡群。うーん感動ー。 (T_T) 片道20時間もかけて南米くんだりまで来てよかった! ぼったくられまくりながらもサンクチュアリロッジに泊まってよかった! しばし感無量でその場に立ちつくす女王様1号であった。

ライン

 サンクチュアリロッジは海外のホテルにしてはチェックアウト時間が早くて9時なので、朝食後に部屋を引き払って荷物をフロントで預け、マチュピチュでのメインイベント・ワイナピチュ登山に出発。
 ワイナピチュに登る人は、マチュピチュ遺跡の1番奥、聖なる岩の先にある管理小屋のノートに氏名や入山時間を記入しなければならない。 山頂から落下して(実際にいるらしい (^^;)戻ってこない人がいないか、一応チェックされるのだ。 女王様一行が入山したのはちょうど9時で、もう30名以上が入山していた。 ワイナピチュにて

 ワイナピチュはマチュピチュから谷1つ向こうにあるので最初しばらくは下り。 そして谷を越えて「これよりワイナピチュ」というところからは当然上り。足元はある程度整備され、部分的には鎖の手すりもあった。 昨日のインティプンクに向かう永遠のダラダラ坂よりも、傾斜は急ながら短いジグザグを繰り返すこちらの方が登りやすいかも。
 …などと書くとまるで楽々と登れたかのようだが、もちろんそんなことはなく、辛くなると1ジグザグ(?)進むごとに休憩していた女王様1号。 それでも徐々に遺跡が小さく遠ざかり、山頂近くにあるらしい石造りの小屋跡が近づいてくるので、やはりインティプンクより気分的に張り合いがある。
 ゼーハーと登り続けるうちに、9合目あたりで開けた場所に出る(右写真、バックに写っているのがマチュピチュ)。 ワイナピチュはマチュピチュより200mくらい高い(=標高2,700m)のだが、ふと反対側を見るとこの高さにも見事な段々畑が…。 前述した石造りの小屋もあるし、ここにも人が住んで農業を営んでいたとしか思えないが、水やいろいろなものを運ぶのはどうしていたのやら。 少なくとも女王様1号はここには住めない(爆)。

 最後は大きな岩の間をくぐり抜けたりしながら頂上へ向かう。 1番上の岩場によじ登るための足掛かりがなくて困っていたら、後からやってきたジジババ登山チームを引率していた女性ガイドさんが「こっちに足を置いて、こっちの岩に手をついて身体を引っ張り上げて…」と説明しながら実演してくれた。
 頂上はいくつかの大きめの岩で構成されているが、あまり広くはない。 このときは女王様たちの他に先程のジジババ登山チーム、オーストラリアから来たらしい若者チーム、さらに1つの岩をまるまる占拠して寝そべっているバックパッカーなどがいて、頂上はちょっとしたラッシュ状態
 頂上からマチュピチュをバックに入れて写真を撮ろうとするとかなり岩の端に立たなければならないのだが、当然周囲に手すりなどはないし、岩から岩へ移動するときに飛び移らなきゃならないような箇所もあるし、高所恐怖症の人にはキビシイかも。 せっかく登ってきたのだからもう少しゆっくりしたい気もあったが、混雑していてあまり思うような場所に立てなかったので、15分くらいで撤収することにした。

 登ってきたルートではなく、ワイナピチュの裏側の方に行くらしいルートもあったのだが、行きと同じルートで下山。 おそらく、もう1つのルートは月の神殿につながっていたのではないかと思うので、後から考えたらそっちに行ってもよかった(ガイドブックでは通行禁止となっていたが、行きにも途中でワイナピチュと月の神殿への分岐点があったので通行できるようだった)。
 行きにはさすがに下山してくる人とすれ違うことはほとんどなかったが、我々が下山しているとどんどん人々が登ってきて、細い山道ですれ違うのに一苦労。 どうやらみなさん朝クスコを発って、マチュピチュに着くやいなや、ワイナピチュ登山を開始しているらしい。パワフルすぎ (^^;。 しかし、我々が登っているときはほとんど日陰だったのが、この時間になると太陽が動いて直射日光が照りつけてくるのでかなり暑い。 そういう意味で、ワイナピチュ登山希望者は前日からマチュピチュかアグアス・カリエンテスに宿泊して、なるべく午前中早い時間に登るのがオススメ
 結局、頂上などでの休憩時間も含めると、管理小屋に戻ってきたのは2時間半後だった。 いろいろなペルー旅行記サイトで読んだ感じでは「ガイドブックには片道1時間と書いてあるが45分くらいで登れた」という意見が多かったのだが、女王様1号は登りにきっかり1時間かかった。 体力のなさに自信がある人(?)は、やっぱりこれくらいかかると思っていた方が良いでしょう。 インカ橋・大きめ写真へ

 マチュピチュに戻って一休みしてからは、最後の力を振り絞ってインカ橋を目指す。 「最初はキツイですが、その先は平らです」と言っていたタナカ氏の発言は今回は正しかった。 最初の5分くらい続く心臓破りの急傾斜(足元も岩がゴロゴロしていて登りにくい)を過ぎてしまえば、後はほとんど平坦。片道約20分
 だが先日崖崩れがあったそうで、道はインカ橋の手前で通行止めになっていた。 通行止めになっていなくても、多分渡ることは禁止されていたのだと思うけどさ。さすがにこれ(左写真)を渡るのは怖すぎる。 写真ではよく見えていないが、ものすごい断崖絶壁沿いなのだ。 だからこそ、緊急時には渡してある丸太を外して敵が先に進めないようにするということができたのだろうが…。 読んだ話によれば、この丸太の中の1本はインカ時代のものがそのまま残っているらしい。

 インカ橋から戻ってきて、高台からマチュピチュの見納め。名残惜しくて後ろ髪を引かれるが、女王様は常に前進あるのみなのだ(意味不明)。 前進に景気をつけるため、まずは売店でやたら巨大なハンバーガー(顔サイズ) 10ソルを購入して昼御飯。 そしてクスケーニャを1本(笑)。

ライン

 昼食を済ませたらフロントに預けてあった荷物を引き取り、やおら洗面道具を取り出してトイレで洗顔 (^^;。 もうチェックアウトしているけれど、大枚はたいて泊まったので最後まで利用できるものは利用し倒すぞ! なんとか身だしなみを整えて(汗くさいのはどうにもならないが)、アグアス・カリエンテス3時発のアウトバゴンに乗るため2時過ぎには山を下りるバスに乗り込んだ。

グッバイボーイ  ハイラム・ビンガム・ロードを下るときの名物は、「グッバイボーイ」と呼ばれる少年たち。 山の上からバスの先回りをしながら駆け下りてきて、バスが通りかかると「グッバーイ」と叫ぶのだ。子供ながら、まさにカラダを張った商売
 ただ、「バスを先回り」というとものすごい速さに聞こえるかもしれないが、バスが大きく蛇行しながら進むのに対し、グッバイボーイはほぼ一直線に駆け下りるようなので、慣れれば案外楽勝なのかも? 実は先程の昼食時に待機中のグッバイボーイたちがたむろしているところが見えるポジションにいたのだが、順番が来た少年も、バスがホテル前を出発してもまだ結構余裕かまして他の少年たちとじゃれてたりしていたし。
 と、バスが2つめのカーブ(サンクチュアリ・ロッジのすぐ下辺り)に近づいたとき、前方に既にスタンバイしているグッパイボーイを発見。 「チャスキ」というインカ時代の飛脚の衣装を身につけている。そしてバスとすれ違いざまに「グ---ッバ---イ!」(かなり伸ばすのがポイント)
 その後も彼はバスがサンクチュアリ・ロッジ寄りのカーブ(山の下から見て右側)に近づくたびに出現した。 行きに睨んだ通り、斜面に造られている細い石段を利用している。 コール?には他にも「アディオ---ス!」「サ-ヨナーーラ---!」というバージョンがあった。
 そして最後のカーブを過ぎるとバスに乗り込んできて、もう一度3種のコールを披露した後チップを徴収。右写真はそのときに撮ったもの。 山を下りながら撮った写真はすべてブレブレ (T_T)。サイドの車窓からではなく、最前列の席をキープしてフロントガラス越しに撮ればもうちょっとなんとかなる…かも。

 バスを降りたところからアグアス・カリエンテスの駅までは両側にみやげもの屋の並ぶ通りを10分くらい歩くのだが、これがまた女王様1号の苦手なダラダラ坂。 1泊用荷物が登山疲れの身体にずっしりと重いので、とてもみやげものを見る気力などない。 駅に着いたらもうホームに列車が入っていたので、早々と席に座り、靴まで脱いで足を投げ出していた(笑)。
 定刻に列車が出発すると、飲み物サービスがあったり車内販売ショー(詳細は乗り物編にて)があったり遠くに雪をかぶった山々が見えたり…としばらくは起きていたのだが、あまりの疲労に女王様1号もしもべ1号も完全に落ちた。
 気づいたときにはもう日はとっぷりと暮れていた。そして寒い。さらに息苦しい。標高の高いクスコに戻って来たことを体感する。 クスコの市内を見下ろせる地点で列車が止まり、車内の明かりが一斉に消えたので、クスコの街明かりがとても美しく見えた。 てっきりそういうサービスなのかと思っていたら、駅について列車を降りて見ると、我々の乗っていた先頭車両の後ろが切り離されて消えていた(1両ずつで運行可能)ので、単にそういう作業をするために止まったり電気が消えたりしていただけらしい (^^;。

 本来なら駅からホテルは自力なのだが、今回は我々の他にもこの列車で帰ってきてホテルに向かう客がいたため、タナカ氏の会社の別ガイドさんがクルマで迎えに来てくれて大ラッキー。 しかし、部屋に入った頃から女王様1号はクスコ初日より強めの頭痛に襲われる。 どうやら過度の肉体疲労は高山病の症状を悪化させる模様。
 しばらく休憩してみたがあまり症状が改善されないので、この夜にとっておいたフォルクローレ・ディナーショーは中止。 インターネットカフェでのカキコも中止。とほほー、こんなことならやはりクスコ初日にどちらも行っておくべきであった。 「迷ったら買え!」に続き、「迷ったら行け!」という格言が女王様1号の胸中に刻まれた。
 「モナステリオにはインスタントおにぎりがよく似合う」とつぶやきながら、クスコ初日の昼食に続き、室内でインスタントおにぎりの夕食。 そして「高山病も金で解決」とつぶやきながら、ホテルご自慢のOxygen Enrichment System(詳細はホテル編にて)をオーダーし、明日の大移動に備えて就寝。


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