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          1880年 (明治13年) 最終回  

                               
Clara’s Diary-An American Girl in Meiji Japan
訳者
一又民子 ・ 高野フミ ・ 岩原明子 ・ 小林ひろみ

中央公論文庫より 

ご注意くださいませ
 アイの感想文・抜き書きについて、クララの本を読んで自分なりに感じた感想を手短に記しました。
自分で読んでからここを読みたい方は、しばらく続きを読むのはご遠慮くださいね。

Clara A. N. Whitney Kaji(1860)
Umetaro Kaji
    (1864)
Walter Umehisa
   (1886)
Bertha Waki
     (1887)
Winifred Kino  
   (1889)
Mabel Yuki  
    (1890)
Elsa Rei  
     (1892)
Hilda Isamu  
    (1896)
 W・C・ホイトニーは1882年8月29日再来日の途次ロンドンにおいて病死しました。
アンナは翌1883年4月17日日本で亡くなり青山墓地に葬られました。
1886年に、妊娠(6か月)していた、クララは梶梅太郎と結婚しました。
一男五女に恵まれましたが、1899年に離婚しました。
1900年には、クララが子供とアメリカへ戻りました。
クララ・ホイットニー梶は1936年12月6日に亡くなりました。
ウィリイとアディはそれぞれ結婚しましたが、子供については情報がありません。



ここまで読んでくださった皆様ありがとうございます。
後半を急いだように思われる方もあるでしょうが同じような話は出来るだけ割愛いたしましたので、どうしても後半にその傾向が集中してしまいました。
 
 2005年1月5日 夜中 2時30分
                                      ネギシ アイ
                                           鈴木 惠  


ウィリイの結婚相手
  Mary Caroline Braithwaite (1885年結婚)と言う方だそうで、ジョージ・ブレスウェイト氏のお姉さんだそうです。 
  子供は全て幼くしてなくなったそうです。
  1918年10月26日イギリスのバンベリーで亡くなったということです。
アディの結婚相手
  David Marshall Lang (1892年結婚)だそうです。
  東京にて1896年10月02日に亡くなったそうですが子供が一人生まれました。
     情報に感謝 (*^_^*) 最終更新日2006年6月11日


新しい資料を頂いておりましたがアイ君の都合で記事が消えてしまいましたので今回写真のみ添付させていただきました。

函館の墓地の記事によれば永眠地が函館、命日は1896年10月1日行年26才と読めますので1870年の生まれと推測できますが

Whitneyサイトの情報と大きく違うようでどれが正確なのか調べがつきませんし、
肝心のWhitneyサイトがリンク切れで詳細を乗せることができません。

そのほかのサイトでも行年28才とされていますが根拠がよくわかりません。

1893年に結婚した時が24才とされてあるサイトもありますが誕生日については言及がありません。

多いのは1869年生まれでこれだと最初の来日時がわずか6才という計算です。

クララも最近の記事では1859年生まれとの記事が出ている。

サイトチェンジに際して2020年正月 阿井一矢

   
   




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