9月24日(月)3:30

    25日(火)1:30

               6:30

   26日 (水) 1:30

福島テルサFTホール
再びこの地を踏まず

ー異説・野口英世物語ー

     

          日本人なら誰もが知る偉人中の偉人、野口英世

          しかし、彼の本当の素顔はあまり知られていない…


   マキノノゾミが“人間 ”野口に光を当て、彼が駆け抜けた怒涛の後半生を描く。
作 マキノノゾミ
1959年生まれ、静岡県出身、劇作家、脚本家、演出家
1984年劇団MOP結成、2010年の解散公演まで主宰を務める。
1994年、『MOTHER』で第45回芸術選奨文部大臣新人賞。
1997年、『東京原子核クラブ』で第49回読売文学賞。
1998年、『フユヒコ』で第5回読売演劇大賞優秀作品賞。
2000年、『高き彼物』で第4回鶴屋南北賞』。
2001年、『黒いハンカチーフ』『赤シャツ』で第36回紀伊国屋演劇賞個人賞。
      『怒涛』(作/森本薫)で第8回読売演劇大賞・優秀演出家賞/作品賞。
2008年、『殿様と私』で第15回読売演劇大賞優秀作品賞。
2011年、『ローマの休日』で第第36回菊田一夫賞演劇賞など受賞。
主な作品に、『ズビズビ』、『アヘンと拳銃』、『リボルバー』、新橋演舞場『おはつ』
        明治座『晩秋』、赤坂ACTシアター『十三人の刺客』ほか、作家・演出家として
        多彩な作品に取り組む。テレビドラマ『まんてん』(NHK連続テレビ小説)など。.

福島での例会は2010年「殿様と私」文学座。2011年「赤シャツ」青年座、大震災の為2012年に上演
演出 西川信廣
1949年東京生まれ。文学座付属研究所16期/1981年座員に昇格。
1984年文学座アトリエの会『クリスタル・クリアー』で文学座初演出。
1986年から1年間文化庁在外研修員として渡英。プリストル・オールドヴィックやナショナル・シアターでロジャー・リース、ピーター・ホールらの演出助手を務める。
帰国後は、劇団公演以外にも、『黒蜥蜴』(明治座)・『マイ・フェア・レディ』(東宝)などの大劇場作品から『黄昏にロマンス『(可児市文化創造センター)、再演を重ねる『てけれっつのぱ』(文化座)、『真砂女』(朋友)、『十二人の怒れる男たち』『音楽劇わが町』(以上俳優座劇場プロデュース)など幅広く活躍。
地域演劇にも力を入れており、可児市文化センターから『岸田國士小作品』『エレジー』などを発信
金沢市民芸術村で立ち上げた『おーい幾多郎』も全国で上演された。
1992年『マイチルドレン!マイアフリカ!』で紀伊国屋演劇賞個人賞、芸術選奨・文部大臣新人賞受賞。
1994年本公演『配信の日々』で読売演劇大賞優秀演出家賞受賞(その後『水面鏡』『寒花』などでも受賞)
最近の劇団公演は『セールスマンの死』アトリエの会『熱帯のアンナ』、『夏の盛りの蝉のように』。
新国立劇場演劇研究所副所長、東京藝大客員教授。日本劇団協議会会長。日本演出者協会理事。
出演者
あらすじ
舞台は明治31年。野口が北里研究所の助手見習い時代から始まる。
研究所では雑用しか仕事のない毎日に嫌気がさし始めている野口。一日でも早く世界に出たいう野心を抱いているが、それだけの地位、功績、名声、そして肝心の渡航資金と何一つ持ち合わせていなかった。
郷里の親友から借金してもすぐに使い果たしてしまうほど金遣いの荒い浪費家であり、さらに上乗せして無心するほどの途方もない借金魔であった野口。医師を志す女学生・斎藤ます子と婚約。その婚約持参金をアメリカ留学の渡航日に当てようしたが、宴会や芸者遊びで大金を一夜にして使い果たしてしまう。
しかし努力家という本来の一面による彼の熱心な勉強ぶりと、誠実さを理解してくれている、恩師血脇守之助はホトホト呆れるも、野口という人間そのものに魅了されている彼は、渡航実現に向けて尽力するのであった。
時は流れて明治44年。
ニューヨークに新設されたロックフェラー医学研究所に足場を固めた野口は、ついに病原性梅毒スペロヘータの純粋培養に成功する。
そしてひょんなことから知り合ったミリーと結婚。その後も次々と病原体を発見し、地位、功績、名声をを確実に手中に収めていく野口。
やがてアフリカ黄熱病の病原体研究のために命を懸けてアフリカへと渡ることに…

           第410回 2018年9月例会  劇団文学座公演