<3−2、重量配分とステア特性(コーナリングパワーの荷重に対する非線形性がある場合)>

 ところが前章に対してタイヤコーナリングパワーに荷重に対する非線形性が存在する場合、わかりやすく言うと荷重が大きくなるのに比例してスリップ角1°あたりのコーナリングフォースが純増しないタイヤの場合はどうなるのか。仮に下表3.2および3.1赤線のように、荷重が増えるほどにはコーナリングパワーが純増しない特性だったとします。

3.2、コーナリングパワー(コーナリングフォース)が荷重に対して非線形な例

輪荷重

コーナリングパワー

400kgf

22kgf/deg

輪荷重の5.5%

500kgf

25kgf/deg

    5.0%

600kgf

27kgf/deg

    4.5%

テキスト ボックス: コーナリングパワー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 A車は前述の旋回条件での前後輪のスリップ角は、輪荷重500kgfのときのコーナリングパワーが同じ25kgf/degなので先程と同じく4°となりますが、B車の場合は少し違ってきます。すなわち輪荷重600kgfではコーナリングパワーは輪荷重の4.5%しかないので前輪のスリップ角は120/(600×4.5%)=4.44°、後輪は逆に輪荷重400kgfでこのときのコーナリングパワーは輪荷重の5.5%なので、後輪のスリップ角は80/(400×5.5%)=3.64°となります。従ってA車は「前輪スリップ角(βf)=後輪スリップ角(βr)」となり、相変わらず「ニュートラルステア」ですが、B車は「前輪スリップ角(βf)>後輪スリップ角(βr)」であることから「アンダーステア」であることがわかります。そして、例えば同じ旋回半径を維持しようとした場合に前輪舵角がどうなるかをみてみると、B車はA車に比べて車速、旋回半径、旋回加速度やヨーレイトは同じですが、前輪位置を含めて車体各部のスリップ角がそれぞれ4°−3.64°=0.36°小さく(重心点のスリップ角は、重心位置が異なりB車の方がA車より前になるのでB車の方が更に小さくなる)、つまり相対的に外を向き、前輪に必要なスリップ角はB車の方が4.44°−4°=0.44°大きくなければならないので、車体に対する前輪の切れ角を0.44°+0.36°=0.8°大きくしなければならないと言うことになります。すなわち同じ車速で同じ半径(同じ旋回加速度)の旋回をするために、B車はA車に対して余計に前輪を切らなければならないと言うことです。

 念のため同じ事を旋回加速度が倍の0.4Gのときについて考えてみましょう。

A車の場合、前後輪が発生すべきコーナリングフォースはそれぞれ先程の倍となり、

前輪:500kgf×0.4G=200kgf、後輪も200kgfです。

B車の場合はそれぞれ、前輪:600kgf×0.4G=240kgf、後輪:400×0.4=160kgfとなります。これに先程の非線形のタイヤ特性を当てはめると、A車は、前輪スリップ角:200/(500×5%)=8°、後輪スリップ角も同じく8°となります。この場合後輪は車体に固定されており操舵機構を持たないので、車体が内側に向いて車体そのものにスリップ角がより多く付くことで必要なスリップ角を得るわけです(図2.6改、右側のΔβ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


つまり後輪に必要な8°のスリップ角を得るため、先程の0.2G旋回時に対して車体は更に4°余計にスリップ角を付けなければなりません(4°余計に旋回内側方向を向くわけです)。車体が4°余計に内側に向いたため車体の前輪位置にもスリップ角が4°余計に付くわけです。従ってこの分で前輪に必要な+4°のスリップ角が与えられるため、前輪舵角を更に切り増す必要は無いわけです。このことはつまり同じ半径の円を車速(旋回加速度)を増やして旋回するのに同じ前輪舵角で良いということであり、前述したニュートラルステアの特性であることが理解できると思います。

一方でB車の方はどうでしょうか。0.4G旋回時のB車の前輪スリップ角は、240/(600×4.5%)=8.88°、後輪スリップ角は、160/(400×5.5%)=7.28°となります。後輪のスリップ角は0.2G旋回時の3.64°に対して更に約3.64°増えなければなりません。この分を得るため車体全体が0.2G旋回時に対して+3.64°内側に向くわけです。これにより前輪にも3.64°余計にスリップ角が与えられます。しかしながら0.2G旋回時に対して前輪に必要なスリップ角は、8.88°−4.44°=4.44°大きくならなければならないので、車体が余計に内側に向いた分(ここでは+3.64°)では0.8°分足りなくなります。従ってB車は0.2G旋回時に対して前輪舵角を更に0.8°切り増して補う必要があります。A車に対しては1.6°切り増さなければならないということです。言い換えればB車はニュートラルステアの車に対して、0.2G旋回時は0.8°、0.4G旋回時は1.6°、前輪舵角を切り増さなければならないと言うことであり(もしステアリングのギヤ比が15:1でステアリング系&サスペンション系の剛性が無限大であればハンドル舵角でそれぞれ12°、24°切り増さなければならないということになる)、このように同じ半径の円を車速(旋回加速度)を増やして旋回するのに、どんどん前輪舵角を増やさなければならないアンダーステアの特性というわけです(<2−1、ステア特性の定義>参照)。

以上のように考えてくると、車両のステア特性に前後重量配分単独では影響しないが、それに例えばタイヤコーナリングパワーの荷重に対する非線形性が組み合わされるとステア特性を変化させることがおわかりいただけたかと思います。尚、ここで例に出した「荷重に対するコーナリングパワー特性」を含むタイヤの諸特性については、実際の特性がどこまでも線形であることはほとんど無く、非線形であることの方が一般的です。ちなみに「荷重に対するコーナリングパワー特性」が非線形である理由については、タイヤに荷重をかけたときタイヤは円形ではなく路面に接地している部分がつぶれたような形になっているわけですが、この接地面の長さ(の二乗)が荷重に対してどんどん大きくなるため滑り域の割合が増大することと、たわみが大きくなるとタイヤの構造上タイヤの横剛性が低下するためと言われています。これ以上の詳しい説明はここでは省きますが、更に興味のある方は下記の項を見るか、タイヤ工学に関する専門書をごらんになって下さい。

<7、タイヤ横力(コーナリングフォース)の発生メカニズム(詳細)>

このようにステア特性に影響を与えるタイヤ特性の非線形性は、ここで説明した荷重に対するコーナリングパワーの非線形性だけではありません。このほかにもスリップ角に対するコーナリングフォースの非線形性などもステア特性に影響を与えます。(<7−3、タイヤコーナリングフォースのスリップ角に対する非線形性とステア特性>参照)

 

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