<3−3、左右荷重移動とステア特性>
さて、コーナリングパワーが荷重に対して非線形性を持つ場合に前後重量配分との組み合わせでステア特性に与える影響について説明してきましたが、サスペンション特性によって例えば左右輪の荷重移動をコントロールすることで4輪の輪荷重をコントロールし、これとタイヤの非線形性との組み合わせで積極的にステア特性を変化させるということが可能です。以下にその例として左右荷重移動がタイヤ特性との組み合わせにおいてステア特性に与える影響を説明しましょう。
まず、<3−2、重量配分とステア特性(コーナリングパワーの荷重に対する非線形性がある場合)>での前後重量配分とタイヤ非線形特性との組み合わせによるステア特性の説明においては、話を単純にするために前後1輪ずつの2輪モデルで説明しましたが、ここからは左右輪別々に考える必要があります。そうなると車両重心高と旋回に伴う左右の荷重移動の影響が出てきます。車両の重心高が0ということはあり得ないので、旋回すれば荷重が旋回外側の車輪にのしかかった状態になり、外輪(旋回外側の車輪)の荷重が大きくなり、その分内輪の荷重が小さくなること(これを左右荷重移動を起こした状態といいます)は直感的にご理解いただけると思います(図3.2参照)。ちなみにこのとき前後の外輪の荷重が増えた分と、前後の内輪の荷重が減った分は等しくなります。そうでないと車重が旋回前と旋回中で変化したことになり、ヘラクレスか誰かが車を持ち上げたり押しつけたりしていない限りそんなことはあり得ないからです。(もちろん平坦な道が前提で、車両姿勢の変化による空力特性の変化など細かいことはここでは無視です。)
具体的な左右荷重移動量については、図3.2中の記載から
@×重心高=(前後輪のA+前後輪のB)/2×トレッド
車両重量×旋回G×重心高=(前後輪のA+前後輪のB)/2×トレッド
ここで、前後輪のAも前後輪のBもそれぞれが前後輪トータルの左右荷重移動量のこと(Aは外輪が増えた分、Bは内輪が減った分)なので、
車両重量×旋回G×重心高=2×「前後輪トータルの左右荷重移動量」/2×トレッド
となり、整理すると
「前後輪トータルの左右荷重移動量」=車両重量×旋回G×重心高/トレッド
となります。
次に関連するのは先程出てきたタイヤの非線形性です。ここでも荷重に対するコーナリングパワーの非線形性を使って説明します。最初に、このタイヤ非線形特性の例を定義しておきましょう。ここでは輪荷重とそれに対するスリップ角1°のときのコーナリングフォース(コーナリングパワー)を仮に以下のようだとしておきましょう。
表3.3、コーナリングパワーの荷重に対する非線形性の例2
輪荷重 |
コーナリングパワー |
|
150kgf |
9.0kgf/deg |
輪荷重の6.0% |
200kgf |
11.0kgf/deg |
5.5% |
250kgf |
12.5kgf/deg |
5.0% |
300kgf |
13.5kgf/deg |
4.5% |
350kgf |
14.0kgf/deg |
4.0% |
要するに先程の例と同じく輪荷重が増加していく割にはコーナリングフォースが増えないタイヤということです。
車両は例として車重1000kgf、前後重量配分は50:50の車とします。すなわち一定速直進時(あるいは停止時)の4輪の荷重は全て1000/4=250kgfの車ということです。
最初に左右の荷重移動がステア特性にどのように影響するのか考えてみましょう。いま、この車がある旋回加速度である一定の半径の定常円旋回しているとします。左右の荷重移動が無い場合は、各輪荷重は250kgfずつですからコーナリングフォースは前後輪共にスリップ角1°あたり12.5kgfということになり、左右輪トータルでは前後輪共にスリップ角1°あたり25kgfずつということになります。前後輪が発生しなければならないコーナリングフォースが同じで、かつ前後輪(左右トータル)のコーナリングパワーも同じなので、前輪タイヤスリップ角=後輪タイヤスリップ角となり、この車はニュートラルステアということになります。つまり、前後輪共に同じタイヤ特性であり、かつ前後重量配分の影響もない(50:50なので)ことから、この場合他の影響を無視すればこの車はニュートラルステアだということです。
一方、この車が旋回に伴い前後輪共に左右に50kgfずつ左右荷重移動している場合を考えてみます。つまり外輪は前後輪共に300kgfで、内輪は前後輪共に200kgfです。前後輪共に外輪が輪荷重300kgfなのでスリップ角1°あたり13.5kgf、前後輪共に内輪が輪荷重200kgfなのでスリップ角1°あたり11kgfということになり、左右輪トータルすると前後輪ともにスリップ角1°あたり24.5kgfとなり、左右の荷重移動が無い場合に比べて絶対値は0.5kgf下がっていますが前後輪に差がないためこの場合も車両はニュートラルステアとなります。(ただし左右輪トータルでのコーナリングパワー=「スリップ角1°あたりのコーナリングフォース」が左右荷重移動の無い場合に比べて0.5kgf下がっているので、同じ半径の円を同じ車速(すなわち同じ旋回加速度)で、同じコーナリングフォースで旋回するためのタイヤスリップ角を大きくする必要があり、これを満たすために旋回しているときの車体のスリップ角は左右荷重移動が無い場合に比べて大きく、すなわち相対的により内側に向くことになります。)
では次に先程と同じ条件で、旋回に伴う左右の荷重移動量が前後輪で違う場合はどうなるか考えてみましょう。ここでは仮に前輪の左右荷重移動が100kgf、後輪が0kgfという例で考えましょう。この場合も先程と同様に車両トータル(前後輪合計)での左右荷重移動量は100kgfであることは変わりありませんが、前後輪の分担が違う場合というわけです。
さてこの場合、前外輪は輪荷重350kgf、前内輪は150kgf、後輪は内外輪共に250kgfです。このとき前外輪のスリップ角1°あたりのコーナリングフォースは14kgf、前内輪は9kgfで、左右輪トータルでは23kgfとなります。後輪はもちろん内外輪共に12.5kgfずつですから、左右輪トータルで25kgfになります。この場合、前輪は左右の荷重移動が無い場合に比べてスリップ角1°あたりのコーナリングフォースが25kgfから23kgfに小さくなっているわけですから、この分同じ旋回状態を保つために余計にタイヤスリップ角が必要になります。ところが後輪は左右荷重移動がないため、前と同じスリップ角1°あたり25kgfのコーナリングフォースを発生します。従って後輪に必要なタイヤスリップ角は先程の左右荷重移動のないニュートラルステアの車と同じで良く、従って車体スリップ角も同じです。このため前輪は約8%余計に必要になったタイヤスリップ角を得るため、前輪位置での車体スリップ角が変わらないので前輪舵角を余計に切る必要があります。要するにこの車はアンダーステアだということです。
この例では後輪の荷重移動が0という極端な場合ですが、要するに前後輪で左右の荷重移動の割合が異なれば定性的には同じ事が言えるわけです。前輪の左右荷重移動の量が後輪のそれより大きければ、非線形タイヤ特性との組み合わせでアンダーステアの傾向が強くなるということです。
以上説明してきたのは、図3.3に示すように「コーナリングパワーに荷重依存性がある場合には、左右荷重移動すると左右輪トータルの輪荷重は変わらなくても、左右輪トータルのコーナリングパワーは下がってしまい、その下がり代は荷重移動量が大きければ大きいほど大きい」ということ、そしてそれをうまくコントロールすればステア特性に影響を与えるということです。つまり、例えば初期の重量配分がフロント寄りでアンダーステアの車両の場合でも、旋回による左右の荷重移動量を後輪側を大きくすることでニュートラルステアに近づけることができるわけです。