日本小児科学会公開フォーラム「子どもの死を考える」報告

2003.06.03. by てるてる

2003.08.10. by てるてる

「スギケンのホームページ」「森岡正博の生命学ホームページ」から、掲示板の投稿や日記の文章などをまとめました。

(1)公開フォーラムの告知 / 日本小児科学会の報告
(2)公開フォーラムの感想
(3)日本小児科学会の提言 / アンケート 2003.08.10.New!
*関連リンク


(1)公開フォーラムの告知

日本小児科学会倫理員会第二回公開フォーラム 「子どもの死を考える」

日本小児科学会倫理委員会は2001年5月5日(子どもの日)に第一回公開フォーラム
「小児の脳死臓器移植はいかに考えるべきか」を東京で開催しました(日児誌、106:1250,2001)。
それに先立つ日本小児科学会代議員「アンケート調査結果」でもこの課題に引き続き
取り組むべきという回答が95%を占めました。この一連のフォーラムとして、
今回は震災を経験した神戸で成人の日に「子どもの生と死」「子どもの権利」について
討論する機会を持ちます。よろしくご参加ご討議をお願いします。(敬称を略します)

場所:神戸国際会議場(ポートライナー・市民広場駅前)
日時:2003年1月13日(成人の日)午後2時から5時(予定)
入場無料

司会 仁志田博司(東京女子医大母子センター教授・倫理委員会委員長)
   谷澤隆邦(兵庫医大小児科教授・倫理委員会担当理事)
演者
1. 細谷亮太(聖路加国際病院小児科部長)
  子どもの権利と終末医療(仮題)
2. 杉本健郎(関西医大男山病院小児科部長)
   我が子の脳死・親(小児神経医)の気持ちと子どもの権利
3. 高木慶子(兵庫・生と死を考える会会長)
  子どもへの生と死の教育の実践
4. 額田 勲(神戸みどり病院院長・神戸生命倫理研究会代表)
   若きいのちとこころへのメッセージ
指定発言と討論 
主催者まとめ
田中英高(大阪医大小児科助教授)

なおこのフォーラムは日本小児科学会認定医研修会5単位が認められています。
フォーラム事務局・関西医大男山病院小児科内 中村彰利
TEL 075-983-0001(病院代表), FAX075-982-4907(直通)

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*日本小児科学会倫理委員会報告

2003年1月13日 日本小児科学会第2回公開フォーラム 子どもの死を考えるin Kobe


(2)公開フォーラムの感想

186 子どもの死を考えるin Kobe にご参加を
2003/1/8(水)10:34 - スギケン

来る13日神戸ポートアイランドの国際会議場で日本小児科学会倫理委員会主催の
フォーラムをします。内容はすでに掲載しました通りですが、その後指定発言者
として、吉川隆三さん(5歳の息子のドナー家族)、心臓病の子どもを守る会兵庫県
支部からのご発言、そしてインフルエンザ脳症で子どもさんを亡くされた後、「小さな
いのち」を組織し、最近ではグリーフ・ケア研究会も立ち上げられた坂下裕子さんに
発言してもらいます。
 是非ご来場下さい。
当日は成人の日の祝典も同会場で行われるとのこと、晴れ着のままでも
結構です。子どもと成人の違いは果たしてあるのか?生きる意味、死とはなにかを考える
機会と思います。
もちろん入場無料です。会場は1000人近く入れるでっかい器です。
まわりのお友達を誘っておいで下さい。

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「子どもの死を考える in Kobe」 投稿者:てるてる  投稿日: 1月14日(火)00時41分15秒

「子どもの死を考える in Kobe」に行ってきました。
前に、1月10日の投稿で、
>なお、「臓器移植推進側が、USAやヨーロッパでは、
>『生前に臓器提供拒否の意思を表示していない限り家族の判断で臓器提供を行なえる』
>から、そのように臓器移植法を改善するべきだ、と主張している」
>と、とらえられることが多いですが、ほんとうにそうなのか、
>今度の、1月13日の神戸での「子どもの死」フォーラムで、確かめてみたいと思います。

と書いたのですが、きょうは、「全国心臓病の子どもを守る会」兵庫県支部の方と、
大阪支部の方が来られて、それぞれの発言が聴けて、よかったと思いました。

お二方の発言よりも前に、スギケン先生の、NHK特集「剛亮生きてや」がダイジェストで
上映されていたので、兵庫県支部の方は、それを見て、胸をしめつけられる、
とおっしゃっていました。
兵庫県支部の方は、以下のようなことをおっしゃっていました。

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先天性心疾患のあるこどもも、周産期医療センターで命が助かることが多くなったが、
その後も、運動に制限があったりする。
親御さんは、「いつかは……(死)」ということを思いながらこどもを育てている。
でも、元気になることを諦めていた人が、海外で移植手術を受けて元気になることもある。
海外渡航移植は、本人と家族にとって大きな負担がかかる。
国内で移植手術が受けられるように、社会的合意のもとで、脳死のこどもからの移植手術が受けられるように、法律が改正されてほしい。

しかしながら、もし、自分のこどもが、脳死になったとしたら、
臓器を使ってください、と言えるかどうか、わからない。
自分のこどもは、もう成人して、ドナーカードに臓器提供の意思を記入していて、
親にも、署名してくれ、と言っている。
でも、もし、そういうときになったら、同意できるかどうかわからないので、迷っている。
また、自分のこどもが、移植手術を受けないと助からないと言われたときに、
移植手術を受けるほうを選ぶかどうかも、わからない。
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「全国心臓病の子どもを守る会」大阪支部の方の発言の前に、兵庫県立こども病院の循環器の
お医者さんと、聖路加病院の小児科の細谷医師との間で、議論がありました。
兵庫県立こども病院のお医者さんは、次のようなことを質問されました。

心臓病のこどもさんには、
医学的には、心臓移植という選択肢もありうるが、
社会的には、合意ができておらず、海外渡航が不可能な親御さんもいる。
それで、「もしかしたら助かるかもしれない」という選択肢もありながら、
ターミナルを設定するむずかしさがある。
ターミナルをどこにおいたらいいのか。

聖路加病院の細谷医師は、

実験的な医療・先端的な医療で、苦痛が多くとも奇跡的な回復が望めるというような場合、 その選択肢を、医師としては患者とその家族に提示しなければならない。

と、おっしゃっていました。

細谷医師は、臓器移植を、実験的・先端的な医療と考えているのか、それとも、
通常医療と考えているのか、そこを突っ込んで、
二人に議論してほしかったけど、時間切れになりました。

その後で、「全国心臓病の子どもを守る会」大阪支部の方は、以下のようなことをおっしゃっていました。

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去年、こどもを亡くして、角膜を提供した。
脳死のこどもの臓器提供について、自己決定権が議論されているが、
生きている間こそ、もっとこどもの自己決定権が保障されるべきなのに、
実際は、どれほど、保障されているだろうか。
脳死と臓器提供のときだけ、問題にするのは、重箱のすみをつついているようなものである。

自分のこどもは、最期に、少しでも回復の可能性があるかもしれないので、
カテーテル検査で入院するというとき、入院を嫌がった。
親としても悩んだが、こどもを入院させた。
角膜の提供も、最後の、人工呼吸などの治療の中止も、親が決めた。
それに、いまのような高度医療社会では、もともとごく自然にこどもの死を受け容れていた人も、
治療の選択肢が示されることで、さらに、むずかしい判断をせまられる。

それから、司会の人が、ドナーを念頭に置いて、「臓器移植は亡くなった人の犠牲のもとに成り立っている」と発言されたが、それは、問題である。
実際は、心臓外科手術で亡くなったこどもの犠牲のうえに成り立っているのである。
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大阪の「心臓病のこどもを守る会」の人は、もっと言いたいことがありそうでした。

毎日新聞に、記事が載っています。

http://www.mainichi.co.jp/news/flash/shakai/20030114k0000m040056000c.html
「脳死:『子どもの死を考える』シンポジウム 神戸市で開催」
>小児がんが専門の細谷亮太・聖路加国際病院小児科部長は子どもが受けたい治療方法を自分で選ぶ医療の実例を紹介。

これは、6歳の骨折のこどもさんと、5歳の悪性リンパ腫のこどもさんとが、
並んだベッドで入院していて、5歳のこどもさんが亡くなるまで、仲良かった、
というお話のことです。
5歳のこどもさんが、病気が進んで、目が見えなくなると、
お医者さんが部屋に入ってきたときに、
先生が来たよ、と6歳のこどもが教えてあげたりして、
5歳のこどもの目になっていたそうです。
5歳のこどもさんは、緩和ケアと、効果が少しだけあって苦痛も少しだけある化学療法と、
どちらを選ぶのかを、6歳の友人に相談しながら、自分で選ぶときもあったそうです。

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「子どもの死を考える in Kobe」りんご編 投稿者:りんご  投稿日: 1月20日(月)00時19分24秒

てるてるさんが、フォーラムの様子をくわしくレポートしてくれているので、りんごは裏側を、じゃなくて、感想などを。

2001年5月5日(こどもの日)東京女子医での第1回「小児の臓器移植はいかにあるべきか」には、森岡せんせも発表者として参加され、それはそれは迫力ある議論がなされたので、同じ小児科学会で企画された今回のフォーラム、期待で胸が高鳴ります。2003年1月13日(成人の日)、三宮は、すでに成人式へ向かう晴れ着姿の若者で埋め尽くされ、切符売り場も人だかり。あっ、でも、「スルッとKANSAI」が使えるみたいだから、スルッと改札を通る。ポートライナーも若者でいっぱい。さて、どこの駅で降りるのか調べてこなかったけど、きっと、みんなが降りるところだろう。

りんごは、1時間前についてしまった。受付で資料をもらい、あたりをキョロキョロ。会場内では、スライドの試写点検などをしていて、報道関係者もいるようだった。発表者のみなさんは、別室で打ち合わせしてるらしい。書籍の展示販売は、かもがわ出版さんが担当してて、スギケン先生をはじめ発表者の本が並んでました。そうそう、春ころ、スギケン先生の「子どもの脳死」の本が出版されるそうですよ。

それでは、りんごが気になった発言を紹介します。

細谷亮太さん(聖路加国際病院小児科)は、子どものがんのお医者さん。病気の子どもへは、うそをつかない、(年齢に応じて)わかるように、あとのことを考えて話をすること。自らの意見をまとめる能力のある子どもが、その子にかかわるすべての事柄において、自由に意見を表明でする権利を認める。病気が治らない場合、治せる病気には限りがあり、治せない病気がたくさんあるが、つらくないようにすることはできるし、治らなくてもできることはいっぱいあるということを知らせ、緩和ケアのポイントとして、的確な出発点、密なコミュニケーション、ペインコントロール、良いバランス感覚にもとづく処置、家族へのケアをあげられました。

スギケン先生(関西医大男山病院小児科)のお話は何回か聞いたことがあるのですが、今回は、NHK特集「剛亮生きてや」がダイジェストで上映され、親の気持ちなどが痛いほど伝わってきました。そして、子ども自身の自己決定をどのように保証していくのか、子どもの権利条約、レシピエントの権利、長期脳死の問題などの課題を提起されました。

指定発言の坂下裕子さん(インフルエンザ・脳炎の会「小さないのち」代表)。1月13日は、お子さんのお誕生日で、「生きていれば6歳なんですよ」と。かけがえのない子どもを亡くすということは、現実では受け入れられないし、こわれてしまった状態。そして、悲しみを乗り越えるということなく、悲しみをかかえながら共に生きると発言されました。

あっという間の3時間。やっと議論が熱くなってきて。みなさん、ご自分の体験をかかえて生きるんだなあと実感。今回は、話題にならなかったけど、虐待や、育児放棄にされしまう子どもたちもいるとききます。あー、それにしても、途中でトイレ休憩が欲しかったなー。冬は冷えるので(笑)。会場を見渡すと、見たことある人が何人か。関東方面の人も。知り合いを見つけては、おしゃべりがつづくりんごでした。

第3回にも期待したいですね!

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187 re(1):子どもの死を考えるin Kobe にご参加を
2003/1/14(火)16:50 - ぽん(おかだ)

先生の番組、大画面で大変な迫力でした。これがあるのとないのでフォーラム全体のインパクトがまったく違ってくる。お話も鋭くまとまっていました。吉川さんのお話で、「後のケアはまったくない」というのも印象に残りました。フォーラム全体としては、脳死・臓器移植だけがテーマではないので、核心の15才以下はどうする、までは行かなかったようですが、細谷さんのお話からも、年齢的な限界もあるでしょうが、説明と何らかの意思決定も、工夫すればできないことでもないような印象を受けました。最後にやや攻勢的な質問も出ましたが、子供の権利宣言を引きつつ、医療における子供の自律を説かれる先生の主張と、同趣旨のように思われました。私の専門の学会などよりもよっぽど面白かったです。

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188 神戸フォーラムご参加ありがとう・スギケン
2003/1/15(水)16:48 - スギケン

準備期間がほとんどない状態で、成人式の日に開催することをこだわり、強行しました。
約200人の方の参加でした。僕以外のメンバーは主催者が云うのも変ですが、一つ一つの
お話が「子どもの死」という共通話題としてもいろいろな切り口で語られ、終わってみたら
子どもだけでなく成人である出席者の「自らの生き方」を問われ・考える気持ちになって
いたというのが多くの参加者の感想でした。
内容はあらためて書きます。
岡田さんが早速書き込んでくださっています。ありがとうございます。
とにかく仕組んだ本人の予想以上の豊富な内容のフォーラムでした。そうなると もっともっと
来てほしかったなー という気持ちです。
 個人的には第三弾のフォーラムをなんとか近い内にやりたいのですが、僕の意見だけでは
決められません。
NHKニュースでも流れ、その反響も頂いています。日本小児科学会も決して小児の脳死・移植に
無関心ではないことを短いニュースでしたが伝えてくれました。NHKさんありがとう。
この春は、子どもたちの「いのち」を考えるよい場を国会が提供してくれるのではないでしょうか。

189 re(1):神戸フォーラムご参加ありがとう・スギケン
2003/1/16(木)01:49 - だんご

息子が亡くなってから、悶々と過ごしてきました。
自分の問いかけに満足の行く答えは見つからず・・・
フォーラムに参加して、開眼しました。
私は、息子の死に捕らわれ過ぎていました。視野が狭かった。
自分を解放してあげられそうです。

脳死に極めて近い状態で過ごした10ヶ月の間に感じたことを書かせてください。
神経反射で体をくねらせたり、足が動いたりするのを見て
生まれて間もない頃のことを思い出しました。
共通するのは、生きようとする力でしょうか。
あと、どれくらい生きていられるか分からないのは誰しも同じですよね。
そんな我が子に、親だからとて何が出来るわけでもなく
ただ、私たちの元に生まれてきてくれたことに感謝し、寄り添うことだけでした。
始めのころは、それが虚しくて情けなかったのですが、最後の時には
これでよかったと思うことが出来ました。
そう思えたのは、医療従事者が人間味のある看取りの環境を整えてくださったことも大きな要因です。

第3回フォーラム、待っています。 スギケン先生、こだわって生きます!

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「スギケンのホームページ」の「新不定期日記」より

2003年1月19日  子どもの死を考えるフォーラム・私見

第一回日本小児科学会主催の公開フォーラムは2001年5月5日子どもの日に東京女子医大で「小児の脳死臓器移植はいかにあるべきか」を主題に行いました。この時の演者はノンフィクション作家柳田邦男氏や大阪府大倫理学の森岡教授、臓器移植法町野改正案の上智大学町野教授ら総勢10人でした。

この時は、臓器提供の意思表示がない場合は本来人は善行を基本にした存在ゆえ、ドナーカードでの合意がなくとも家族の意志だけで脳死臓器移植を可能とする「町野改正案」に対して、自己決定を重んじる現法を維持し、子どもの権利を考慮した法案を望む森岡教授をはじめとする我々の意見が対立しました。その後政府案でも、町野案は後退し、現在自民党宮崎氏らの現法に加え、これまで臓器提供ができなかった15歳未満の小児からでも家族の了解のもと脳死臓器移植が可能にしようとする流れができています。

第2回小児科学会フォーラムは、脳死移植には直接触れなくても、子どもの権利や生と死についての討論をしようと倫理委員会内では目論みました。小児科医はあくまで子どもの視点にたって、子どもの権利を擁護する姿勢を貫きたいし、その討論の流れは小児科医自身が作るべきと考えたからです。これは2001年の小児科学会代議員アンケート(回収率63%)の大半(95%)を占める意見でもありました。 1月13日成人の日、8年目を迎える震災の日を前に、神戸国際会議場で「子どもの死を考える in Kobe」が行われました。子どもの死を考える点から、成人の日であることと、8年前に6400人あまりの方が亡くなった地・神戸にこだわりました。 当日は、いつもそうであるように待ち合わせ時間よりも約1時間早く行きました。前回の会場一番乗りと同様に今回も後で紹介する吉川隆三さんでした。

700人入る大ホールです。果たして何人来て下さるか。レジメは320部用意しました。第一回が約250人でした。今度もきっと良い話になると思いましたのでなんとか300人きてほしいという主催者としての希望がありました。

聖路加国際病院小児科部長の細谷亮太氏は、子どもの権利と終末医療と題して不治の悪性腫瘍・血液疾患の子ども達への緩和ケアを自らがクレヨンで文字を書いたスライドを用いてソフトにかつ重厚に話されました。子どもたちへの話の原則は、1)嘘をつかない、2)わかるように、3)後のことを考えて、であり、子どもの権利条約第12条の子ども自らの意見を表明する権利を尊重して緩和ケアにあたるとのことでした。10歳でも、5歳の子どもでも自分の治療法の選択ができることも話されました。僕と同世代です。若かった頃、多くの白血病の子ども達を診ました。そのころを思い出しながら聞き入りました。言葉はしんみりと心にしみ通りました。

そのしんみりの気持ちのまま自分の話に入りました。ご存じの通り、僕の話はいつもは「絶叫調」です。昔の自治会委員長時代のアジテートの名残なのでしょうか。杉本は1987年に制作されたN H K特集「剛亮生きてや」45分のダイジェスト版15分を自ら作成し国際会議場の大画面で写しました。16年前のシミ一つない顔がアップで映し出され気恥ずかしい面もありましたが、当時の病室再現映像も手伝って、いくら医師であっても我が子の死はとても受け入れがたいものであるとこを理解してほしかったことと移植はあくまで親の勝手な判断であったと話しました。やはり最後は絶叫調になっていました。

英知大学教授で兵庫生と死を考える会代表の高木慶子氏は、こころやすらかに死んでいただく一番いい死に方を考えるという話でした。エキサイトした僕の話を諭すような静かなお話でした。いのちを子ども達に教える試みを教師グループで試行中です。驚いたことに、この教育を普及して行くには今の子ども達だけでなく、教師そのものが看取りを経験していない世代であるということです。身近に死がないのです。あるのはテレビであり、ゲームの死なのです。さらに共感したのは、現在の教育が偏差値一辺倒であり、社会構造・価値観そのものを変えていかなくてはならないと云う話でした。一人一人が自分以外の人も「いとおしい」という想いをもって共感能力の豊かな社会で生きていきたいとやさしく語りかけました。兵庫・生と死を考える会の実際の授業ビデオを見ると、これからの総合学習の時間に是非実行してほしい優れた課題教育と思います。子ども達自身の頭で生と死を考える教育が必要です。我々小児科医も子どもの生と死を身近に感じる立場からこのような授業にも関わっていくべきと思いました。

神戸みどり病院院長で神戸生命倫理研究会代表の額田勲氏は、「生命」と「いのち」の違い、前者は高度技術、後者は人間性に裏付けられる表現と指摘。虫けらのようにホームレスを殺す子どもや少年Aへの小学校、中学校教育のひずみ、若い世代の生死観の衰退と分裂を指摘されました。額田先生とは12年以上前の東大5月祭でごいっしょしてからの剛亮を通してのつきあいです。ずっと神戸の地で脳死と移植をメインテーマに研究会を続けて来られました。最近では「いのち織りなす家族」(岩波書店)を出版し、地域の内科医の立場から高度技術社会の生と死に警鐘をならしています。がん死、高齢死が対象ですが、僕とテーマは同じです。

指定発言には3人の方をお招きしました。発言をお願いして1ヶ月から1週間しかなかったのですが、素晴らしい発言でした。

剛亮を通しての友人であり、日本ドナー家族クラブ(JDFC)を立ち上げた一人の吉川隆三さんは、僕とほとんど同じ立場での発言でした。日頃は福祉タクシーの運転手をされているのですが、第一回のフォーラムでもいつでも飛んできて下さいます。我が子の死後の生き様が共通する想いがあるのです。僕と同じ世代なのです。死んだ子どもも同じころ同じ歳でした。
ドナー家族になったが、その後のフォロー、ケアが全くなかったことを強調し、全国の多くのJDFCのメンバーは「本当に臓器提供してよかったのか?」と悩んでいることを紹介。とかくマスメディアはレシピエントや移植医ばかりに光をあてているが、ドナーなくしてこの医療は成り立たないのです。15年後、しかも日本で脳死移植再開第一号の高知の取材の放映関連で紹介された吉川さんのことを一人のレシピエント・ター君の腎臓を生かし続けている家族から連絡が入り、行方不明だった息子が帰ってきたと一晩家族で泣き明かしたとのことでした。当時弟の死を目の当たりにした姉は小児科の看護師さんになっています。これからの人生も息子にこだわって共に生き続けましょう。

木村宏美さんは、全国心臓病の子どもを守る会の兵庫県支部長です。当初予定していた方が都合悪くなり急遽支部長が話されたのですが、心臓病をかかえる親の立場を淡々としかも力強く話されました。理屈抜きで海外へ心臓移植を求めて子どもが渡航するのは異常です。話の中で渡航予定の子どもが年末に病状が悪化して現在集中治療中との話もでました。
今回のフォーラムは決して臓器移植の推進を目指すものではありません。とかく慎重な姿勢の人が多いのですが、こと子どもの問題については、ドナーもレシピエントもありません。同じ子どもの生きる権利であり社会的な弱者なのです。先ほどの額田氏が話の中で「大人の臓器移植法はともかくとして、いまのように小さな子ども達が海外へ移植を受けに渡航することをなくすような法律をまっさきにつくるべきです」と強調されました。全く僕も同感です。つい最近に朝日新聞で中島みち氏が「死にゆく子の権利を守る機関を」(1月9日)と訴えました。子どもの心移植ができる周辺整備が急がれます。決して国会で多数決で決める内容ではありません。子どもをとりまく未権利状態の社会構造、教育、医療システム、診断基準など多方面から国家的プロジェクトで専門家や関係者を総動員して研究を急ぐ必要性を思います。

同じ心臓病の子どもを守る会の大阪の田口氏のフロアからの発言も貴重でした。子どもの自己決定というが、我が子の場合ごまかしながら入院させて、嫌がる検査を無理矢理させてそのまま帰らぬ人になった。何故脳死の時だけ「子どもの自己決定」というのか。

僕への質問と思いました。我が国の医療すべてが患者としての自己決定を考えなくてはならぬ状況です。日頃重い障害をもつ子ども達や成人を診ていますと、保護者の意見でいろいろな決断が下されます。現在の貧困な我が国の福祉では保護者負担であり、決定が求められますが、専門家として見たとき、決して当事者の快適さや希望に添ったものではないのです。子どもも弱者です。その意見表明の仕方や聞く耳をこれからの社会は努力して作っていく必要があると思います。そういう視点が問われていると思います。決して脳死臓器移植を遅らせ、邪魔する討論をしかけているのではありません。むしろ問題が明確化し先鋭化しているからこそ、ここで国民的討論をしたいのです。

この討論の時、講演者の一人である高木氏は「大人こそ自分自身の自己決定を考えてみては」と。なるほどなるほど。我が国はあまりにも自分の生きる様を自己決定している習慣がなさすぎます。そうです子どもの権利と同様に我々「大人」も考えねばならないのです。生きることのすばらしさを求めて。

最後の発言者は坂下裕子氏です。ご存じインフルエンザ・脳症の会「小さないのち」代表で、最近グリーフケア研究会も立ち上げておられます。
命ではなく「いのち」である意味。我が子のいのちをいつまでの語りたいし、覚えていて欲しい。親として先を生きていくための糧にもなる。もの言わぬ乳児のいのちが突然の病でひっそりと消えていくべきではない。
現在の病院での医療行為のありかたや看取りの場面での問題点を鋭くかつやさしく指摘されると、現場で働く一人として頭がだんだん下がってきます。
坂下さんの経験の主な舞台がまさに関西医大小児科系列の出来事でした。僕は最初の出会いではそのことを全く知りませんでした。それだけに話の内容は一般化されているとはいえ強烈に胸に落ちます。亡くなってからでも親に声をかけて欲しい。それを嫌がる親は殆どいませんと。
わが男山病院でも同じような出来事がありました。処置中の人払い・我が子の苦闘の場を親に見せない、亡くなってからの見送りができなかった、親の必死の訴えを十分聞かなかった・・・そんなことを思い出すのです。

 討論ではまだまだ課題がありました。勝手に省略してしまいましたが、最終的に3時間半のフォーラムでした。約200人少しの出席者数でした。
「子どもの死を考える」という一点だけを共通項に話してもらったフォーラムでしたが、現在の医療の課題、終末医療、子ども・弱者の権利保障、こどもの教育、社会構造までいろいろなことが語られました。
主催者としてはもっともっと多くの方に来て欲しかった。取り組みの弱さと準備期間の不足も感じました。終わってしまうには、もったいないもったいない内容でした。同じようなメンバーで全国ツアーして、「子どもの生と死を考える全国ネットワーク」を作って実際に国策に意見を出していくような、そして「共感能力の豊かな社会」にしていくために役立てばいいなーと思いました。


(3)日本小児科学会の提言 / アンケート 2003.08.10.New!

2001年春に、日本小児科学会の代議員に郵送でアンケートが行われました。回収率は60%です。
http://plaza.umin.ac.jp/~jpeds/saisin.html#24
(登録:01.10.09)
公開フォーラム「小児の脳死臓器移植はいかにあるべきか」報告書

この報告書を基にして、日本小児科学会の提言「小児の脳死臓器移植はいかにあるべきか」が、2003年春に発表されました。
http://plaza.umin.ac.jp/~jpeds/saisin.html#50
(登録:03.06.24)
小児脳死臓器移植はどうあるべきか

2001年のアンケートでは、日本小児科学会の一般会員へのインターネットによるアンケートも、実施されました。こちらは、回答率が1%に満たないので、当時は、結果が発表されませんでしたが、その後、2003年7月30日に、発表されています。
http://plaza.umin.ac.jp/~jpeds/saisin.html#53
(登録:03.07.30)
小児脳死臓器移植に関するインターネットによる一般会員からのアンケート結果

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日本小児科学会

提言:小児脳死臓器移植はどうあるべきか

2003年4月26日
日本小児科学会

緒言

わが国の脳死臓器移植法は1997年7月に成立し、同年10月に発効してから5年以上が経過したが、この間に施行された臓器提供者は20数例を数えるに過ぎない。わが国の脳死臓器移植法は本人の生前の意思表示と家族の同意の両者を必要とする提供者の人権を尊重した法律であり、世界に類をみない。しかし、わが国の民法では15歳未満の小児での生前の意思表示を認めていないことから現在のところ、小児脳死臓器移植は不可能である。現行法の付則に見直しが施行後3年と記載されていることと,成人臓器では対応できない海外渡航による心臓・肺などの小児脳死臓器移植数が増加している現実から脳死臓器移植法案の見直しが検討されている。  以上の背景から、日本小児科学会理事会では倫理委員会を担当として,小児脳死臓器移植検討委員会を発足させ(以下委員会)、小児脳死判定基準や虐待などによる脳死移植の回避など小児人権擁護の立場から、現状の問題点と今後のあるべき方向について検討を重ねてきたのでここに活動経緯とともに提言する。

小児脳死臓器移植に関する小児科学会および関連分科学会活動の経緯

 小児臓器移植について日本小児科学会あるいはその分科会が議論を開始したのは1983年、第25回日本小児神経学会(会長 鴨下重彦)であった。この時は『来るべき将来の小児脳死臓器移植問題を考えよ』と提言する内容であった。とくに,脳死臓器移植法改正案(厚生省「臓器移植の法的事項に関する研究班」による町野案)が2000年8月23日に公表されてから小児臓器移植に関する検討が熱心にされるようになった。また,小児循環器学会を中心に小児脳死心臓移植適応基準,待機患児の実態と問題点,公開シンポジウムによる啓発活動がなされてきた。

(1)近年の活動に至るまで

 日本小児科学会会員の有志がBrain Deathに関する理解を深めるために、UCLA小児神経学Alan Shewmon教授[1]を日本に招聘講演を計画したことから始まる(1999年秋)。この講演会は在京四私立医科大学合同医局会において開催され(2000年3月6日)、大阪においても開催された[2]。なお、この講演会は2001年9月にも関東、近畿、九州の医学部において開催された。  同時期に、これとは別に日本小児神経学会では、第42回学術集会のイブニングトークで小児の脳死について議論された[3]。この中で(1)親権の問題について合意が得られていない,(2)脳幹機能の評価について臨床経験豊かで神経生理検査に精通した医師が不足している,(3)現場で生じる心理的葛藤への対策、小児の救急医療体制、コーディネーターの役割の不明瞭さなど受け入れシステムの問題がある、(4)小児の脳死は家族という視点でとらえられるべきである、と結論された。

(2)日本小児科学会における活動の経緯

1. 日本小児科学会近畿地区代議員会において脳死臓器移植法改案に関する日本小児科学会員への意見聴取の提案が採択された(2000年10月26日)。  町野案では小児脳死に最も深く関わる小児科医の意見が取り入れられていないことから、上記代議員会において、大阪医科大学小児科玉井 浩教授から提案があり、日本小児科学会理事会の検討事項となった。

2. 上記を受けて、日本小児科学会倫理委員会が中心となり、小児脳死臓器移植に関するアンケート調査が小児科学会代議員を対象に郵送とインターネットを介して施行された(2001年3月)。一般会員は日本小児科学会のホームページ(以下HP)で回答した。その結果は大多数の小児科医は小児臓器移植の必要性を認め脳死を死と容認するが,小児臓器移植法改案には小児科医の意見を採り入れること、また,小児科学会として議論の継続が必要とする結果であった(詳細は小児科学会HPを参照)。

3. また,小児脳死臓器移植の諸問題を広く議論するために、日本小児科学会主催の第1回公開フォーラム「小児の脳死臓器移植はいかにあるべきか」が開催された(2001年5月5日 東京女子医科大学弥生記念講堂)。

4. わが国では宗教的精神基盤が均一ではなく、また、現代の核家族化による家族体系の変化から成人も小児も身近に死を体験することが少なくなった。死生観を含めた倫理観を培うことは社会生活の上でも重要であり、倫理委員会で討議を重ねた結果、今後「生と死の教育」を継続的に行うため、定期的な公開フォーラム開催を決定した。そして,日本小児科学会第2回公開フォーラム「子どもの死を考えるin Kobe」(2003年1月13日 神戸国際会議場)を開催した。

(3)日本小児心身医学会における活動

1. 2001年理事会において小児脳死臓器移植の議論を行う必要性が了承された。 第20回日本小児心身医学会総会においてシンポジウム『子どもの脳死状態における全人医療』が開催された(2002年 9月6日 米子コンベンションセンター)。  真の幸福を得るためには、一人一人が「いのち」の尊厳を理解し、それに基づく医療行為が必要である。しかし、多くの病院では小児に限らず死に際して見取りの体制が不十分である現状である。小児の「いのち」「人権」が尊重されない臓器提供はなされてはならないとの結論であった。

年月日 学会 タイトル・内容 発表者など

1983年 25回日本小児神経学会(会長 鴨下重彦)
(夜間集会) 小児脳死を考える 座長:牧豊
演者;竹内一夫、二瓶健次、藤田慎一

2000年6月8日 第42回日本小児神経学会(会長 岡田伸太郎)
イブニングトーク 子どもの脳死について
(本文参照) 演者:竹下研三(鳥取大学脳神経小児科)
阪井裕一(国立小児病院)
宮林郁子

2001年3月 日本小児科学会
小児臓器移植に関するアンケート調査 日本小児科学会倫理委員会

2001年5月5日 日本小児科学会第1回公開フォーラム
小児の脳死臓器移植はいかにあるべきか

座長:中村 肇
演者:柳田 邦男
公開討論会
座長:谷澤隆邦、仁志田博司
パネリスト:
森岡正博(大阪府立大学倫理学)
杉本健郎(関西医科大学小児科・遺族)
町野 朔(上智大学法学部)
恒松由記子(国立小児病院)
阪井裕一(国立小児病院麻酔・集中治療科)
曽根威彦(早稲田大学法学部)
鈴木利廣(弁護士)
田辺 功(朝日新聞論説委員)
掛江直子(国立精神・神経センター精神保健研究所)

*関連リンク

2002年9月6日 第20回日本小児心身医学会総会シンポジウム
子どもの脳死状態における全人医療
(本文参照) 座長:松石豊次郎、田中英高
         演者:松石豊次郎(久留米大学)
杉本健郎(関西医科大学)
安藤泰至(鳥取大学保健学科)
山口龍彦(高知厚生病院ホスピス)

2003年1月13日 日本小児科学会第2回公開フォーラム
子どもの死を考えるin Kobe

座長:仁志田博司、谷澤隆邦
演者
細谷亮太(聖路加国際病院小児科部長)
杉本健郎(関西医大男山病院小児科部長)
高木慶子(兵庫・生と死を考える会)
額田 勲(神戸みどり病院・神戸生命倫理研究会代表)
指定発言
田中英高(主催者から)

参考文献
[1] Shewmon AD. Chronic メbrain deathモ Meta-analysis and conceptual consequences. Neurology.51: 1538-1545, 1998.
[2]田中英高、玉井 浩、榊原洋一、宮島 祐、星加明徳. 子どもの脳死と死:脳死概念や定義の不整合性について−UCLA小児神経学・アラン・シューモン教授来日記念講演の概要と解説−小児科臨床.54: 1935-1938, 2001.
[3]竹下研三、他。第42回日本小児神経学会総会イブニングトーク:子どもの脳死について 脳と発達.32: 440-447, 2000.

(4)日本小児循環器学会および関連学会の活動

1. 日本小児循環器学会の移植委員会において,a)小児心臓移植の適応基準の決定,b)小児心臓移植・肺移植適応患者の実態調査,c)日本小児循環器学会評議員の意識調査(日小循誌1997年13巻5号),d)小児心臓移植実施マニュアル・ファクトブックの作成「小児心臓移植・肺移植」(日本医学館,2003.1.17)がなされた。

2. 学会活動
・ 17回日本心臓移植研究会
パネルディスカッション:特別発言,小児心臓移植・肺移植適応患者についてのアンケート調査 松田 暉
・ 第35回日本小児循環器学会総会1999.7 福岡
特別企画:本邦における小児心臓及び肺臓移植の現況
我が国における小児の脳死判定の現況と問題点 満留昭久
・ 第36回日本小児循環器学会総会2000.7 鹿児島特別企画:本邦での小児における心・肺・心肺移植の実施に向けて
・ 第38回日本小児循環器学会総会2002.7 東京
特別企画 臓器移植委員会報告小児の心臓移植・肺移植の実現に向けて

3.国際シンポジウム
2003年1月 小児の心臓移植・肺移植の国際シンポジウム開催

4.公開シンポジウム
・ 2000年10月 メディアワークショップ 日本移植学会広報委員会主催
法施行後実施された脳死臓器移植の報告 松田 暉
我が国における小児心・肺移植を必要とする患者の実状 小野安生
・2001年10月 市民公開講座 臓器移植推進連絡会・日本移植学会主催
法施行後実施された脳死臓器移植の報告 松田 暉
我が国における小児心・肺移植を必要とする患者の実状 小野安生・佐地 勉
・2001年7月 移植を考える集い 日本移植者支援協会主催
我が国における小児心臓移植の現状と課題 福嶌教偉
・2002年5月 臓器移植決起集会 移植を考える 日本移植者協議会主催
我が国における小児心臓移植の現状と課題 福嶌教偉

5. 要望書提出
・2001年2月 衆議院議長・参議院議長への要望書提出
・2001年7月 国会議員への説明 中山代議士。宮崎代議士、阿部代議士他
・2002年3月 日本小児循環器学会からの小児心臓移植・肺移植の要望 総理大臣小泉純一郎への要望書提出
・2002年2月 松田班からの小児心臓移植・肺移植の要望 総理大臣小泉純一郎・厚生労働大臣・衆議院・参議院議長・生命倫理委員会会長への要望書提出

小児海外渡航心臓移植

 国内での小児心臓移植例は2003年1月17日現在で心臓移植施行17例中2例である。とくに,心臓移植は生体肝・腎・肺移植とは異なり生体ドナーからの移植は不可能である。また,成人ドナーからの心臓移植はドナー・レシピエントの体重差が3倍以上となる概ね体重が20kg未満のレシピエントでは困難である。
以上の状況からわが国の現行法のもとでは低体重児の小児脳死臓器心臓移植は不可能であることと,15歳以上の脳死臓器提供数が少ないため毎年7-8例の心臓移植待機患児が海外渡航心臓移植を受けているのが実情である。また,心臓移植待機小児例のほとんどが機械的循環補助装置を必要とし,重篤な病状と経済的理由で海外渡航心臓移植ができない小児例も存在することが現状である。

提言

 上記の経緯と背景を踏まえ,日本小児科学会倫理委員会として小児脳死臓器移植検討委員会を設置してわが国での小児脳死臓器移植の現状と問題点の検討を重ねてきた。
 その結果,わが国では小児脳死臓器移植によってのみ生命の維持が得られる小児が待機し,一部は海外渡航移植を受けている現実を厳粛に受け止め,脳死臓器移植医療のもたらすQOLの改善を考慮すると小児脳死臓器移植の必要性は十分に理解できる。また,小児科学会代議員へのアンケート結果からも大多数の小児科医が脳死を死と認め,小児脳死臓器移植の必要性については認めていることからも日本小児科学会は小児脳死臓器移植を治療法の一つとして容認する。
しかし,その前提としてドナー・レシピエントとなる小児の人権を損なうことのないように「死を考える授業」などを実践し,自らの命をどう考えるかの教育を通して,例えばチャイルド・ドナーカードによる自己意志表明,小児専門移植コーディネーターの育成,そして被虐待児脳死例の臓器移植を回避する方策の確立など環境整備の諸問題を今後継続して検討していくことを提言する。
また,後述するようにこの委員会では性格上小児脳死判定基準については多くは議論しなかったが,小児脳死判定基準については重症脳障害患児を扱う機会の多い施設の協力の下に前方視的脳死症例の蓄積が望ましい。また,医学の進歩に即した脳循環,神経生理学的補助的機能検査を採用していくことによって補完的に診断精度を向上させることが望ましい。
日本小児科学会として上記諸問題についてさらに積極的・継続的に介入することを提言する。

(1) 小児の自己決定権を尊重するために

わが国の脳死臓器移植法は本人の生前の意思表示と家族の同意の両者を必要とする提供者の人権を尊重した法律であり、世界に類をみない。わが国では1994年に「子どもの権利条約」を批准していることからも小児脳死臓器移植においてもこの原則は尊重されるべきである。
 内閣府の「臓器移植に関する世論調査」によると、小児の脳死臓器移植が現行法では認められていないことについて、「やむを得ない」が2割であるのに対し、「できるようにすべきだ」が6割で、法改正に理解を示す意見が多数を占めている。しかし,本人の意思表示についての考え方は大きく二つに分かれる。「15歳未満は適正な判断ができないので家族などが代わって判断すればいい」と「本人の意思を尊重すべきだ」がほぼ同じである。
小児の人権を護る立場からは自己決定権を明示するチャイルド・ドナーカードの推進が望ましい。その前提には治験などでの小児自身への説明と承諾の明確化と同様に脳死と死に関する授業教育の実践と自己決定への意図的な誘導を避けるための中立的システムの構築が必要となる。また,民法の規定とは別に表示意思の有効年齢を15歳から引き下げることが求められる。
さらに,ドナー家族・レシピエント本人と家族両者への橋渡しとなる小児移植専門のコーディネーターの育成が脳死移植医療の世論への理解を深め,本人と家族への医療情報提供のみならず精神的な負担の軽減に必要である。

(2) 被虐待児脳死例を排除するための方策

 小児の自己決定権を侵害する端的な例が親権者による虐待死の場合で,加害者である親権者による代諾によって脳死臓器提供となる事例である。
欧米でのHettler J[1]らやLane WG[2]の最近の報告によると、0_3歳までの頭部外傷の30%、骨折の52.9%(minority children)が虐待による。また,わが国では重症頭部外傷の20.4% [3],小児科医を対象としたアンケート調査[4]によれば頭部外傷の10〜40%は虐待の可能性が指摘され,虐待と診断し得るまでに2週間から1ヶ月以上の期間を要し、虐待を見逃してしまう症例も存在する。
 これを排除するためには救急医療機関への小児外傷例のなかに虐待例の混入を疑うことの啓発と中立性の高い医療者以外の参加による審査なども必要となる。とくに、親権者による代諾のみによる臓器提供の危険を回避するために、小児脳死臓器提供はあくまで特別な例外であることを法に明示し、厳格な手続き、その違反への罰則規定を含んで対応することや小児の権利擁護の立場に立つ専門的な調査・許可機関を設置し、その機関の許可を義務づける[5]ことも大切である。

参考文献 [1]Hettler J, Greenes DS. Can the initial history predict whether a child with a head injury has been abused? Pediatrics. 111(3):602-607,2003. [2]Lane WG, Rubin DM, Monteith R, Christian CW. Racial differences in the evaluation of pediatric fractures for physical abuse. JAMA.288(13):1603-1609,2002. [3]高橋義男. 頭部外傷を主病態として入院した乳幼児虐待の現状,背景と予防. 日本神経外傷学会25回プログラム・抄録集 102頁、2002年 [4]田中英高、他。小児脳死臓器移植における被虐待児の処遇に関する諸問題。日児誌,107: 421,2003. [5]中島みち:朝日新聞「私の視点」2003年1月9日

(3) 小児脳死判定基準

 今回の提言では本委員会の範囲を超えるので多くは議論しなかったが,以下のことが指摘された。前方視的症例が139例中11例に過ぎないことと,成人と比較して小児では遷延性脳死(長期脳死,chronic brain death)といわれる症例が多い傾向があることの2点である。 前方視的研究は世界的にも報告が少なく,(旧)日本脳波学会基準,厚生省基準,米国NIHの調査があるに過ぎない。厚生省研究班の11例は多いとはいえないので,報告書にもあるように関係施設の協力を得て小児脳死症例が蓄積されることが望ましい。この場合,医学的にも倫理的にも厚生省小児基準を標準として症例を追加することが望ましい。  遷延性脳死はとくに小児では集中治療の進歩の結果だけとはいえず,可塑性に富む小児脳死状態における脊髄統合機能についても今後考えなくてはならない。このように成人,小児を問わず,遷延性脳死についてはさらに検討を加える必要があるが,厚生省研究班の調査で明らかなことは,これらの症例も脳死判定後に神経所見の変化は認められず,剖検や画像診断所見から脳組織の壊死・融解が示唆あるいは確認されている。 医学の進歩は日進月歩であり,検査法の進歩もめざましい。脳死判定に脳死判定の骨格をなす神経所見とともに種々の時代に即した国際的に認知された脳循環,神経生理学的補助検査を採用していくことが望まれ,補完的に診断精度を向上させ得ると考えられる。  日本弁護士連合会は、成人における初期の脳死臓器移植例の検討から今後は判定手順を厳格に順守するよう勧告している。臓器移植法の運用指針などが定めた手順が守られず、患者の人権が侵害された例があるとしている。成人と同様に小児脳死判定の手順を明示したマニュアルを作成し,人権を擁護し,世論の理解と協力を得るためには脳死判定の過程を患児と関係者のプライバシーを配慮した上で,情報の最大限の事後公開をすることが望ましい。

〈参考文献〉
[1]Shewmon DA. Chronic メbrain deathモ, Meta-analysis and conceptual consequences. Neurology 1998; 51: 1535-1545.
[2]厚生省厚生科学研究費特別研究事業「小児における脳死判定基準に関する研究班」平成11年度報告書. 小児における脳死判定基準. 日医雑誌2000; 124: 1623-1657.
[3]武下 浩. 脳死判定基準−本邦ならびに諸外国の現状−. 神経内科 2001; 54: 497-505.
[4]Bernat JL. Philosophical and ethical aspects of brain death. In: EFM Wijdicks(ed). BRAIN DEATH, Lippincott William & Wilkins, Philadelphia, 2001: pp.176-181.
[5]Miyasaka K, Takeuchi K, Takeshita H. Paediatric brain death in Japan. THE LANCET 2001; 357: 1625.

日本小児科学会
小児脳死臓器移植検討委員会

河原直人、佐地 勉、杉本健郎、清野佳紀、武下 浩、田中英高、田辺 功、谷澤 隆邦(委員長)、田村正徳、仁志田博司


*関連リンク

カエルのケロケロレポート2001年5月5日
小児科学会主催 公開フォーラム「小児の臓器移植はいかにあるべきか」

「脳死臓器移植」専用掲示板 2001年05月01日〜05月06日

「脳死臓器移植」専用掲示板 2001年05月07日〜05月13日

臓器移植法の見直しをめぐる論点

臓器移植法改正を考える

KTVドキュメント「ふたつの命」(2003/04/29)報告

テレビ大阪「ジカダンパン」(2003/06/02)報告

『子どもの脳死・移植』(杉本健郎著、クリエイツかもがわ、2003年5月11日)


News!
http://www.the-em.co.jp/
http://www.creates-k.co.jp/kirinuki/nousi2.htm
「教育医事新聞」〔夏季<6月・7月>特別合併号〕2003年6月25日号 / 7月25日号(第226号・第227号)に、「特別取材レポート/ 子どもの脳死・移植〜臓器移植法施行から6年〜子どもの自己決定権確保を」が掲載されました。
「15歳未満 脳死移植 / 子どもの自己決定権確保を」
(関西医科大学男山病院小児科 / 日本小児科学会・倫理委員会委員 / 杉本健郎)
「・意思表示可能の見解多い・ドナー家族の立場理解し・専門調査機関を設けよう」


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