「ついに…」 ついに転勤の辞令が出て横須賀(横浜)に帰ることに なった。思えば5年前仙台に転勤と言われた時は 横須賀を離れるのがイヤでイヤでしょうがなかった。 俺は一生横須賀を離れる気がなかったのにと…。 そして、今度は一転本社(横浜)に戻って来いと 言われ、仙台を離れるのが寂しくてしょうがない。 人生はままならないものだ。 |
「俺は…」 今日俺は、自分が会社員だっていうことを改めて思い 知らされ、そして実感した。紙切れ一枚の辞令で どこにでも行かなければいけない、それが会社員。 自分の意思などまったく考慮されない無機質で ドライな世界だ… |
「今は…」 今は、何も考えられない…。実際、ここ2、3日は 何も手につきませんでした。このホームページを 維持していくモチベーションもなくなりそうです。 っていうか、もはやこのホームページを公開して いる意味があるのかも正直疑問に思います。 とにかく今は何もする気が起きません…。 |
「また…」 あぁ〜俺はまた、機械の歯車のようにボロボロに なるまでぐるぐると回り続けるだけの生活に戻って しまうのか??? |
「終の住処」 いつの頃からか、仙台にはすごい愛着を持つようになり、 永住してもいいかな?ってマジで思うようになって いました。それだけに今回の辞令は本当にショックで、 内心はかなり複雑な心境です…。 |
「誤解」 俺が本社(横浜)に戻ると連絡をしたら、知人・友人や 会社の連中から「よかったな!本当におめでとう!」 ってメッセージや連絡が次々と寄せられた。????? 何が「本当」にいいんだ?俺的には都会のゴミゴミした 余裕のない生活よりも、仙台の恵まれた住環境の方が よっぽどいいのに…大体、向こうの奴らは仙台や東北に 対して少なからず偏見があるよな…何もない所だって… (俺も来る前はそうだったから、人のことは言えないが…) |
「満喫」 今日、会社の先輩に「君くらい仙台を満喫して、休みの 度にあちこちに行っていれば、向こうに帰るのは、 そりゃイヤだろうね」って言われた。そうか! そうだったんだ!俺は仙台での生活を心の底から 満喫してたんだな…。だからこんなに向こうに 帰るのがイヤなんだ!何でこんな簡単なこと今まで 気付かなかったんだろう?人に言われて初めてわかった。 |
「無念だ…」 あぁ〜無念だ。仙台を離れると思うと残念でならない。 が、それでいいのだろう。何も感じないよりは… それだけ仙台での4年6ヶ月が充実していたって ことだろう。今はこういう思いをすることで 人は成長するんだと信じたい。 |
「男はつらいよ」 映画「男はつらいよ」の主人公「寅さん」が、故郷の 葛飾柴又を愛してやまなかったのは、いつも故郷を 遠く離れた旅の空にいたからだと思う。俺もそうだ! 横須賀から遠く離れた仙台で暮らしていたことで 横須賀を愛してやまない気持ちが芽生えた。 「故郷は遠くにありて思うもの」とはよく言ったものだ。 しかし今にして思うと、それは本当の郷土愛では ないのかもしれない…。本当に故郷を愛して やまないのなら、横須賀に帰るのがこんなにイヤな わけがない…寅さんにしても家族からはいつでも 帰ってこいと言われ続けたにも関わらず、 結局柴又には帰らなかったもんな… |
「元の木阿弥?」 あぁ〜向こうに帰ったら、俺はまた何の取得もない、 只の醜い肉の塊に戻ってしまうのか???。 |
「自己嫌悪…」 最近本当にクダラナイ、普段なら考えられないミスが 多い…。いい加減切り替えなきゃいけないのだけれど…。 わかっちゃいるけど…まぁ〜それができたら こんなに悩んでないわな… |
「こんなことなら…」 こんなことになるのなら、初めから仙台に来なければ よかったな…そうすれば横須賀(神奈川)は最高の 街だと信じて疑うことなく一生を終えることが 出来ただろうに… |
「後少し…」 先週、連休を利用して青森〜秋田に行ってきました。 もうこれで最後かもしれないので、後悔しないように 『きりたんぽ鍋』、『比内地鶏の究極の親子丼』、 『マタギ(熊)鍋』、『キジ鍋』を食べました。 がしかし、悲しいかな?こんな生活が できるのも後少し… |
「俺の心」 俺は完全に仙台に心を奪われていたんだな… 横須賀に帰ることになった今、それはより強く感じられる。 がしかし、本当にこのまま仙台に心を奪われたままだと、 向こうでは魂の抜け殻になりかねないな…馬鹿ヤロウ! 返せよ!『俺の心』って感じだ…。 でも、もしも本当に心を置いていくことが可能ならば それはそれでいいのかも知れない?そうしたら、 これからは痛みも苦しみも感じることが ないはずだから… |
「故郷って奴は…」 あぁ〜故郷って奴は遠くにあるからこそ、望郷の念を 抱き、懐かしく思えるものなのになぁ〜。 |
「なじみのスーパー」 先日、なじみのスーパーに夜飯を買いに行った。仙台に 来たばかりの頃は毎日のように行っていて、当時は スーパーで買い物をすることが、とても新鮮で一人暮らしを しているってことを実感したものだ。まぁ〜いつの頃からか 外食ばかりをするようになり、そのスーパーには滅多に 行かなくなったが…。懐かしいなぁ〜あの頃が…。 そういった色々なことが俺の脳裏に浮かんでは消え、 そして俺は店内を徘徊していた。また、その日は 閉店間際に行ったので、レジで会計をしていると、 「蛍の光」が流れ始めた。その「蛍の光」は店の閉店を お知らせするものだが、今の俺の心境と妙に合致した。 あぁ〜そういえば「蛍の光」って卒業式とかで、 よく歌ったっけな…。って。あぁ〜できることなら、 このまま仙台を卒業したくないぜ。まったく…。 |
「駅までの道」 毎朝何気なく通っている駅までの道。今はホントに 何気ないが、向こうに帰ったら二度と通らない道。 もし、将来仙台に遊びに来ることがあっても、 こうやって駅までの道を歩くことはないだろう。 そう思うと感傷的になったりもする。この景色、 風景を目に焼き付けようと思ったりもする。 |
「横須賀に帰ったら…」 横須賀に帰ったら、もう寂しさに泣くことはない。 寒さに凍え震えることもない。こんこんと降る雪に切なさを 感じることもない。しんしんと降り積もる雪に虚しさを感じる こともない。枯れ葉舞う晩秋にケヤキ並木で木枯らしを見て 哀愁を感じることもない。話し相手が欲しくて人恋しくなる こともない。きっとない。がしかし…、横須賀には… 帰りたくない。あぁ〜でも…、もうどうしようもない。 |
「定年退職したら…」 仙台でお世話になった人に定年退職したら仙台で 住もうかな?って言ったら『何、言ってんの、佐竹さんが 定年するのにはあと30年もあるじゃない。その頃には 佐竹さんをかわいがってくれた人はもう誰も いないんじゃないの』って言われた。 う〜ん…、確かにそうかもしれない…。 |
「多分」 多分、俺は死ぬ時に仙台にいた4年半が人生で 一番いい時期だったと思うことだろう。 本当に毎日が楽しかった。。。 |
「こんなことなら…U」 こんなことなら、仙台で、マンションでも 購入しとけばよかったな…。 |
「向こうとこっち」 あと少しで向こう(神奈川)とこっち(仙台)が 入れ替わってしまう…。あぁ〜そんなのやっぱりイヤだぁ〜 |
「遠くに住んでいても」 遠く仙台に住んでいても、横須賀は俺の生まれ育った 故郷だからいつも意識をしていて気になってた。 でも仙台を離れたら、残念ながらそうはいかないだろう。 もとはと言えば仙台は縁もゆかりも無い所だからな…。 「そして」俺自身、そのうち忘れちゃうんだろうな…。 今、こんなに悩んでることも…。「そして」、 周りの人も俺のことを忘れちゃうんだろうな…。 |
「終わってみれば」 俺が仙台にいたのは、26歳から30歳の4年半。 思えば会社の金で一人暮らしをさせてもらっていたし、 自由になる金や時間、また溢れんばかりの好奇心と それを満たす行動力もある、今考えると「いい時期」 だったよな。仙台では本当に色々なことを体験した。 また、やりたいことは躊躇することなく出来た。 本当にいい4年半だった。 |
「あと3日」 仙台生活も残すところあと3日になった。がしかし実際には 横須賀に帰るという実感はほとんどない。ひょっとしたら 半年、1年後もこのままずっと仙台に住み続けて いるんじゃないかな?って今でも思う。多分20日に 本社に出社するために京浜急行に乗り、ラッシュに もみくちゃにされてはじめて横須賀に帰って来たと 実感するんだろうな。今はまだ現在進行形の仙台生活。 しかし5日後には過去形になってしまう。そして ボディーブローのように効いてくるんだろうな。 ジワジワと…。住環境のいい仙台と神奈川じゃ 何もかもが違うもんな…。 |
「あと2日」 いつの頃からか、ずっとこのままでいいと思うようになった。 そしてずっとこのままだと信じるようになった。がしかし、 それもあと2日。今はこの世の儚さを感じてやまない。 やっぱりこの世には「常なるものは一つもないな…」 |
「無念…。」 例えこの身は、 横須賀の海に 朽ち果てようとも、 心はいつも仙台に あらんと思ふ。 |
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