【廃墟マニヤ File054】

E盤空港UFO基地/Hヨピラ公園(北海道)

(その3)

国道

かなり高いところまで登ってきました。勾配もきつく、落ちるとシャレにならない感じです。

 

頂上

ようやく頂上です!

 

頂上部側面

横から見たところ。わざわざ東京からやって来たというのに、かなり簡単な構造でした!

 

内部

単なる展望台だったのか、あるいはUFOを呼ぶための施設だったのでしょうか……?

 

崩壊した斜面

ここは山をピラミッド風に仕立てているのですが、その斜面に貼られたパネル(石膏ボード?)も、もはやグダグダに。

 

UFO

初めて円盤基地らしいオブジェです。

 

飛行機

こちらは飛行機に見えますが……。

このときは「カーゴカルトか!?」と一人でツッコミを入れていたのですが、後に、ある意味間違いでもないことが判明して、ちょっとビックリしました。

 

アイヌの像

北海道だからアイヌの像があることをさほど不思議にも思わなかったのですが、これもまた意味があったようです。

 

オキクルミカムイ

オキクルミカムイの像とありました。オキクルミカムイはアイヌの始祖で、アイヌ民族に家造りや狩猟法といった文化を授けたとされています。

……あたりも暗くなってしまったので、以上で探索を終了することにしました。

さて、その後わかったのは、ここは恐らくみなさんご存じの「ベントラ、ベントラ〜」で始まるUFOを呼ぶときの呪文(えっ、知りませんか? つのだじろうのマンガにも出ていたんですが……)の言い出しっぺ、CBA(COSMIC・BROTHERHOOD・ASSOCIATION:宇宙友好協会)という団体によって造られた施設であるということでした。

このCBAという団体はなかなか素敵なので簡単に紹介しておくと、その結成は1957年で、当初は宇宙人とコンタクトを取り、友好関係を築くことをその目的としていました。

しかし1959年ごろから、近い将来地軸の傾きによって地球規模の大洪水が発生し、人類は滅亡するが、CBAの会員とその家族は宇宙人によって救済されるという説を唱え出し、これがマスコミにも取りあげられ社会問題化します。もちろんこの大洪水は発生せず、今度は宇宙考古学的な路線に方向転換をはかっていくことになりました。

そして1963年頃から彼らはアイヌの伝説に注目しはじめ、その結果、アイヌの神オキクルミカムイがカムイシンタという「空飛ぶ龍」に乗って降臨したという伝説の地「ハYピラ」にモニュメントを配した記念公園、つまりここで紹介している「E盤空港UFO基地(太陽のピラミッド、あるいはE盤空港Hヨピラ・ピラミッドとも呼ばれていたようです)」を建設することにしました。オキクルミカムイを宇宙人、カムイシンタをUFOと解釈したわけです。

E盤空港の建設時期は1964年から1967年にかけてで、文字通り会員の手仕事によって造られたという話です。この基地が完成当時どのように使われていたのかという記録は見つけられなかったのですが、残っていた遊戯施設などから想像するに、CBA会員のためだけの閉ざされた施設ではなく、観光施設的に一般の人々にも開放されていたようです。

ところが、この基地が完成してもUFOが飛来しなかったためでしょうか、CBAは急速に求心力を失って、やがて表舞台から消えていきます。

そうして、このE盤空港UFO基地は長い間放置されていましたが、その後地元の町によって整備され「Hヨピラ公園」としてあらためて一般に開放されるようになりました。その姿は都築響一氏の「珍日本紀行」で見ることができます。

しかし聞いた話によると、台風などの自然災害によって再び荒れてしまい、現在はまた廃墟の雰囲気に戻ってしまったそうです。


END
(1991.8)


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