*2013年12月のワタクシ。*

 

12/4(水)

土曜日に姉と会食して長話をし過ぎたか、また喉が腫れて以来引き籠もっていたんだが、週一バイトは休まず行く。
喉が痛むなと思いつつの仕事中、夕方頃、また声がかすれて来た。
声と痛む膝を気にしつつ働いてたら、子供を抱いたままマットの端に足の小指を引っ掛けた(五つ指ソックス着用)。
その時はそんなに激痛でもなかったんだが、少し経ってふと見たら、小指が外側にはみ出してる!

明日予定があって、今日は直接実家へ向かう。途中の整形外科に飛び込んでレントゲンを撮ってもらった。
声が出ないので母に電話もできず、医者に説明するのもヒヤヒヤもの。
幸いレントゲンで骨に異常は無いと診断され、痛み止めの塗り薬を出してもらって実家へ。
タダさえ遠い駅からの道が、本当に苦痛だったが、まあ骨が無事なんで一安心。

…が、翌日の腫れ上がり方は尋常でなかった。
後から聞いたら、骨にヒビが入った程度だと、すぐにはレントゲンに写らない事が多いんだそうな。
なんかヒビくらい入ってそうな気がするなぁ。
でも翌日も翌々日も用事アリでそのまま仕事場に戻ってしまい、結局そのまま最受診しなかった。
なんでこ、痛い思いばかりしてるんだろ、近頃。
それに後から気付いたが、せっかく整形外科に行ったんだから、ついでに膝も診てもらえば良かった。
かなりパニクッてたし、声は出ないしで、とてもそんな余裕は無かったんだけど、でもなぁ。







12/5(木)

健康診断。
予約取ってしまってたので、体調最悪だが出掛ける。
酷い風邪ひき状態で検査して良いものかと心配になり、朝母に電話で聞いてもらった。来られるなら来てもいい、との事。
ここ半年、本当に風邪ばかりひいていて、ちょっと本格的に身体が心配。健診で何か原因が判明するかもと思い、無理でも調べてもらいたい。
元気なら歩く距離だが迷わずバスに乗った、途端に必要書類を忘れたのに気付き、次のバス停で降りて徒歩で戻る。早めに出たとはいえ、焦りと小指の痛さで泣きそう。
忘れ物を持ってまたバスに乗り、足の事を考えて早めに出発したのが幸いして、何とか予約時間に間に合った。

以前は半日人間ドックをやっていたが、今は市の健診で、とても簡略なもの。
血液検査、尿検査、血圧、身長体重メタボ測定、オプションで肺のレントゲンもお願いした。
検査の前に問診があり、声が出なくて苦労する。一応聴診器も当ててくれた。
1時間程で検査は終了。
以前は簡単な結果説明があったように思ったが、受付に行ったら「結果は2ヶ月後に」はぁ!?
聞き直したら、ガン検診(肺のレントゲン)結果は一度市に提出して戻ってから本人に知らせるそうだ。それにしても長いけど、何かあったら手遅れだよね?ナニソレ。
しかも、ちゃんと聞いたら、他の検査はもっと早く結果が出るので、別々に報告できるとの事。
別々に郵送してもらうようお願いして帰って来たが、2週間経った現在、まだ連絡はナシ。
人間ドックでは当日出せる結果が。







12/6(金)

先日の相談からの保険屋さんと約束だったので、手続きのため駅前で待ち合わせ。
またしても痛い足を引きずって行き、声が出ない事を説明、フラフラ状態で手続き・振り込みを済ませる。
コレが詐欺とかだったら絶対騙されっぱなしだな、等と余計な事ばかり考える。
取りあえず、手続きは無事終了した模様。
帰り道は車で実家まで送っていただいた。

喉の具合が心配なので、仕事場に帰り、行きつけの耳鼻科へ駆け込む。
また声帯にポチが出てたらどうしよう、と焦ったが、例によって鼻から管を突っ込まれた結果、声帯に軽い炎症はあるものの、突起は出来てないとの事で、一安心。
でもここで無理して喋ると出っ張って来るんだよな…バイト日までに落ち着くといいけど。
週一で保母やってます、と医者に言ったら、困ったね、という顔で頷かれた。
炎症止めの処方をもらって薬局へ行くと、先月の内科でも同じ薬局だったので、「またお風邪ひいちゃったんですね…」と、気の毒そうに言われた。
ひいちゃったと言うかひきっぱなしなんですけど…(泣)。

そう言えば、『かわさき市民第九コンサート』今週末だったっけ。
3年連続で参加して、今年も…とエントリーした矢先、声が出なくなって参加中止したけど、当時は「数回練習見送れば治って本番には出られるかも…」なんて悩んだっけ。
こんな状態では、とても無理だったわ。はあ。







12/13(金)

直前まで悩んだが、風邪の具合は大分軽くなったので、毎年恒例・シナリオの会の忘年会に出席。
先々週の土曜日以来、週一のバイトと健診、保険手続き以外、殆ど引き籠もりっきりで寝て過ごした。

ずっと着そびれていた縮緬に刺繍の古着を、やっと着た。
実は物知らずにも水洗いしてしまい(爆)縮んでしまったのを、バラして引き延ばして仕立て直した。通っていた和裁教室では袷は全く教えてもらえなかったので、ほぼ自己流(適当とも言う)。
着てたら袖の裏地が手首のところではみ出して来てて、あ、失敗(笑)。帰って慌てて縫い直した。
でもいいのよ、冬場って、上着で隠れてしまうから、街歩いてる間はボロが出ない、帯なんかも適当でも目立たない。
意外と着付け練習は冬場から始めるのがオススメかも。

会場は毎年同じ、四ッ谷の居酒屋。
懐かしい顔も見られて、かなり喋ったのに喉も痛くならず、本当に良かった。
モノを作る人との会話は、とにかく楽しい。やはり自分の中心はソコなんだろうな、と思う。
ここ2年ばかり顔を見せなかったDさんは、隣にやって来て、実はしばらく鬱気味だったのだと言う。
このところ風邪気が引かないのは精神面もあるのでは、と思っていた私は、ちょっと食い付いて話を聞いてしまった。膝やら小指の話をしたら「続くのよね〜」と。うん、やはり。
それでも、何となく出し続けていた私の年賀状に励まされた、と言ってくれた。
…ご免なさい今年は、年賀状書けないと思う。こんなんじゃ年越し、できない。てな弱音をいっぱい吐いて来た。
Y氏は雑誌の公募で賞を取ったとかで、賞金から刺身を奢ってくれた。嬉しいのでシャンパンでも開けたいと思ったけど、この店には無いというので、発砲日本酒で乾杯。でもY氏ご本人は運転があるので飲めないんだけど(笑)。

ところで足の小指、大分腫れも引いて来たけど、まだ痛い。
靴を履くと痛いので、着物の方が楽なんだけど、足袋でもちょっと痛むので、足袋型ソックス(黒)を履いて行った。ストレッチ足袋ってのも一足あったはずなんだけど、正月に実家で履いてそのまま置いて来たらしく見当たらない。
結果、ソックスは寒い。風を通してしまうのよ。そして滑る。滑り止め付きのもあるようだけど。
足袋って良く出来てるモノなんだなと再認識した。







12/15(日)

父の十三回忌法要。
朝からおだやかな快晴で、本当に良かった。そう言えば父の法要、悪天候に当たった事って無いかも…晴れ男!?
けど、膝がまだ痛い上に、小指は酷く腫れていて、最悪のコンディション。
正座ができない。パンプスも履けない。頭が痛い(←コレは物理的な意味ではなく)……。

久々に着た喪服の上着、肩パッドが厚くてビックリ。
父の葬儀では間違い無く着てたし、その後も三回忌くらいまでは着たと思うんだけど…当時は何とも思わなかったのに!
出発直前に、大慌てでパッドを外す。母の裁縫箱に糸切り鋏が見当たらず、その辺にあった文具鋏で裏地を解く。ああ、もどかしい。
出た来たパッドの大きさに改めて驚愕した。
こういうフォーマル品、一生モノと思って若い頃に無理して買ったけど、やっぱり流行ってあるんだなとシミジミ。まあ着ちゃってるけど。

親戚一同とはお寺で集合。
一足先にお墓に寄り、供花を生け替えて、まずは社務所の方でお茶をいただく。
久しぶりとはいえ、七回忌か何かで会ってるのに、従兄弟には「○○(姉の名)ちゃん?」と聞かれ、その奥さんには「貴女がお姉さんみたいね」と言われ…まあ、小学生から言われ続けてるから、いいんだけどね…トホホ。
お茶が出されたのは座敷だが、何とか横座りでしのぐ。やはり正座は無理…と、憂鬱な気持ちで本堂に向かうと、なんと!椅子が並んでる。
お焼香の時だけは正座だったので、ちょっと見苦しい動作になってしまったが、取りあえずクリア。
良かった!
お経が済むと住職は、初詣の宣伝をして卒塔婆を渡し、早々に去って行った。簡単でよろしい(笑)。
皆でお墓参りをして、車に分乗して食事に向かう。

食事は先日下見に行った鮨屋で。
後日、今度は姉と会席料理の方に行って、そちらは見た目は良いがお味はイマイチという事で、結局この鮨屋に決まったようだ。
座敷(泣)。
注文やら立ち働くべき立場なのに、ベッタリと座りっぱなし。
やはり刺身と寿司はとても美味しかったが、天麩羅や煮物はイマイチだった。でも量も良かったし、まあ合格ではないでしょうか。
あまり飲む人がいないので、親戚が集まっても宴会という感じにはならない。サッパリと終了、父方の人達はそのまま車で帰って行った。
母方の従兄弟達と姉一家とで実家に引き返し、しばらく雑談。姉の息子達はソファで爆睡。
従兄弟のお兄さんは母方を継いでいるので、母の子供時代の話やら、その両親の話やら、聞かされた。こういう機会ももう、あまり無いかもしれない。
母の母方は気が強く、父方は酒にだらしないと(笑)己のルーツを垣間見た。







12/18(水)

バイトに行ったら「お腹大丈夫だった?」
皆さんやられたらしい。
実は先週、けっこう阿鼻叫喚だったんだが、かなり下な話なので詳細は割愛。
要はいつもは1~2歳児クラスなんだが、0歳児に人手が足りないと言われ、助っ人に行ったらお腹下してる子が二人いて、食事やら下の世話やらしたもんで(はい、阿鼻叫喚でした)危ないな、とは思ってたんだが。
私は喉は腫れたものの、お腹は平気で忘れていたが、翌日他の保母さん達は総倒れだったそうで、私が一番接触が多かったので、「絶対寝込んでるよね」と話し合っていたそうな。

呼吸器系はめっぽう弱くなったが、消化器官は頑丈なんだろうか。

一年契約で始めたこのバイト、数えればあと12~3回で終了。
体調を崩した原因は間違い無くこのバイトだし、いつまでも治らないのも多分そう。
でも楽しいのよ、意外に。
付き合ってみると子供達は可愛いし面白い。職場の雰囲気もいい。
続ける事は無理だけど、終わってしまうのは寂しいです。