少年時代にディ ステーファノの歌うナポレターナに魅せられたのが始まりで、更にイタリア留学中に
入手したロベルト ムーロロのナポレターナのアンソロジーを聞き大きな衝撃を覚えた。
まず第一にナポレターナの唱法の多様さである。いわゆる「ナポリ民謡」はオペラのテノールが大きな声
で情熱的に絶唱するものというイメージがある。それも魅力的ではあるが、決してそれだけではないのだ。
声の力だけに頼らない誇張のない唱法、詩と魂を語る歌手の存在に。
そして今まで知らなかった名曲のあまりの多さに。
その日から私のレパートリー作りが 始まった。
まずそれは楽譜捜しから。入手できない楽譜は自分で採譜した。
歌詞はすべてナポリの方言であり、しかも古い言葉が多い。幸い
通っていたイタリア語学校の先生の中にナポリ出身の先生がおら
れて、放課後残って歌詞の解釈を教えて下さった。どんな名曲も
知らない歌を聞く時に、その意味が解らなければ魅力は半減す
る。そこで自分で訳詞も始めた。R.ムーロロはギターの弾き語り
でナポレターナを歌う。ギターの弾き語りなら自分も出来る。
これならピアノのない所でも歌える。しかし自分の腕では、1本のギターでは自ずとやれる事には限りが
ある。そこで帰国後ギタリストを捜し、運良く 柴田杏里 と出会いそれから約20年、現在までナポレ
ターナ100余曲その他のカンツォーネも含めると数えきれない程のほどのレパートリーを作り、数多く
のコンサートを開いてカンツォーネファンの熱い喝采を受けてきた。また、ギターだけではなくピアノ、
ヴァイオリン、リコーダー、マンドリンなどの楽器の伴奏で。さらにバレーとの共演、カンツォーネのオ
リジナルミュージカルなど、青木純ならではの多才な公演活動も多い。こうした活動と演奏のクオリティー
が認められ、'05年10月イタリア大統領チャンピ氏より「イタリア連帯の星 騎士勲章」が贈られ、
「カヴァレィエーレ」(騎士)に叙せられることになった、