←TOP
「ストロべリィ・ワルツ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「オイシイ生活」
〜ストロベリィ・ワルツ〜 <2>






「ねえ、おつまみ、これとこれでいい?」
「おう、あと、チーカマもな」
「うん! あ、たこやきあるよ。買っていい? あ、ヤキトリも」
「ああ、好きにしろや」
「うん!」

コンビニの中で、いつものようにカゴを持った蛮ちゃんに、あれやこれやと相談しながらお買い物。
なんでもない日常のヒトコマではあるんだけど、オレにはなんだか幸せなひとときなのです。
でもって。
カゴを持つのは、いつもだいたい蛮ちゃん。
なんでかっていうと、オレに持たせると、いろいろ考えなしにポイポイいろんなモン放り込んじゃうから…らしいです。
ちなみに、帰りに買い物袋をぶら下げるのは、いつもだいたいオレなんだけどね。

「ねえ蛮ちゃん。お弁当、どれにする?」
「そーだな。カルビ丼にでもすっかな」
「お肉だけ? 野菜は?」
「いらねえよ」
「えー、お肉だけじゃだめだよー。じゃ、サラダも買おう。オレも食べたい」
「んだよ。結局テメーが食うんじゃねえか」
「いいじゃん、半分こにしたら。ねえ、どのサラダが… あっ」
「あ?」
「あ! いえ、別に」


サラダの置いてある棚から目線を横に移動させた時、偶然見えてしまったものに、オレは思わず小さい声を上げてしまいました。

うう。
ちょっと正直すぎなのです。オレってば。



それにしても。
無いなら無いで、それで諦めもつくものを…。
なんで、こんな時間に置いてあるのかなあ。
女の子とか、もしかして夜食がわりに食べたりするのかなー。



「――さて、と。買うモンはこれで終いか?」
「あ、うん!」
「おし。いいなら行くぞ」


え!
あ、いや、そうじゃなくて、ですね!

まだ、あんのー。
まだあるんだよ、蛮ちゃあんー!


反射的に頷いてしまったものの、そのままカゴを下げてレジに向かおうとする蛮ちゃんに慌て、オレはまたしても反射的に、大声で蛮ちゃんを呼び止めてしまっていたのでした。


「ば、蛮ちゃん、待って!!」
「あぁ?」

なんだ?というような顔で振り向く蛮ちゃんに、オレは、"コレが欲しい"とはどうしてだかすぐに言えず、そこから慌てて視線を逸らしてお菓子の棚を見ると、しどろもどろになりつつ返しました。

「え、えと! えと、あの! ま、まだ! 蛮ちゃん、お菓子がまだ!」
「はぁ? こんだけ買って、まだ菓子食う気かよ!」
「誰も、今夜のうちに食べちゃうって言ってないでしょっ! 明日のおやつ!」
「あ? がなっていうことかよ。ったく、いくつのガキだ、オメーは」



きょっ、今日で、19歳になったガキなのですっ!


って。
そう言えたらいいのに。


はあ…。


「いい加減にしとけ」
「でも、なんだかんだ言って、蛮ちゃんだって食べるくせにー」
「オレは、甘ったるいモンなんぞ食わねぇっての」
「ポテチとかおせんべは、いつも一緒に食べるでしょ。あ、ウニあられにしよっかな。モロ、おつまみだけど。あ、あとは、やっぱチョコレートとか…」
「おい、早くしろ!」
「あ、うん! えーとえーと」
「ぎーんじィ〜」
「うわっ、はーい!」


お菓子の棚の前で真剣な顔をして悩むオレに、少々苛立ったようにギロリとオレを睨みつけ、それからふと、蛮ちゃんが腕の時計を見ました。

あれ?
どうしたのかな。

蛮ちゃんが、約束とかじゃないのに、時間気にするってめずらしい。
なんか、見たいテレビでもあるのかな?


とか思いつつ、オレの全神経は、ともかく一点に注がれていたので。
それ以上、もっと深く考える余裕なんて、全然無かった。







そう、オレの頭の中は、実は目の前のお菓子なんかはどうでもよくて―。
さっき、お弁当とサラダを選ぶ時に通り過ぎた、デザートの棚のことでいっぱいだったのです。






…それは。






パックに入った、2個入りのショートケーキ。
ふわふわの白い生クリームの上に、かわいいイチゴがのっかってる。

ケーキ屋さんで買うのとは、きっとちょっとは味とか違うんだろうけど。
オレには、そんなのワカんないから、パックに入っていようと全然お構いなし。


あれが、食べたいな…。


見た途端。
心の中で、ぽつりと思ってしまった。









例えば。
誰に祝ってもらえなくても。

今日あれを食べて、一人で密かに「お誕生日おめでとう。オレ―」をやったら。
なんだか、明日の朝にはすっきりしちゃって、

『ねえ蛮ちゃん、そういえばオレ、昨日誕生日だったんだよねー』

なんて、軽く言っちゃえそうな、そんな気がしたから。
それってたぶん、オレ個人の"キモチの問題"ってだけなんだろうケド。


蛮ちゃんはどうせ、そんなオレの言葉に内心ぎょっとしていても、そんなのは絶対顔には出さないだろうから。
「あ、そーだったか」なんて一言で、軽く返されておしまいだろうけど。

でも、その方がオレもいいし。

このまま、黙ったままよりはいい気がする。
気づいてしまったのに、自分でも知らんぷりなのは、ちょっとワケもなく苦しい気がして。






「銀次ー、さっさとしろ! もう行くぞ!」
「あ、うん…!」

再び時計を気にしつつ、蛮ちゃんが怒鳴る。







…言おう。

ケーキ、買ってって。




言っちゃおう。




どきどき。

いや、こんなことでどきどきしてるのも、なんかオカシイけど。




「あ、あのさ。蛮ちゃん」
「んだよ」
「お菓子、じゃなくてさ。デザートとかでもいい?」
「あ?」
「え、えーと。その…。たとえば、"ケーキ"とかさ」



言いながら、いかにも"アレが欲しいー"というように、デザートの棚をちらりと横目で見る。



イチゴのケーキ。
なんかこう、ケーキの上のイチゴさんが、オレににっこり微笑みかけてくれてるような、そんな幻覚さえ見えちゃいそうな。



そう。オレはこの時、頭の中にはもうケーキのことしかなくて。





――だから。

だから、気がつかなかったのです。
"ケーキ"と聞いた途端。
蛮ちゃんの表情が、目に見えて変わったことに。




「……ケーキだぁ?」
「うん! あの、イチゴのケーキがさー」



「んなもん、いらねえ!」
「え…っ?」
「馬鹿か、テメエ」



蛮ちゃんは怒鳴った後、ほとんど吐き捨てるように、そう言ったのです。
その口調には、冗談のかけらさえ含まれてはなくて。
目も、どうしてだか怒ってて。


冷たくにべもない一言に、オレはただ驚いちゃって声も出なくて、気がつくと、ただぼうっと蛮ちゃんを見つめてた。


だって。
まさか、そんなに素気無く拒否されるとは、予想もしてなかったから。
というか、蛮ちゃんが本気で"駄目だ"なんていうとは、たぶんオレは考えてもなかったんだと思う。
いつも通り、強請ったら買ってもらえるもんだと、きっと信じて疑わなかった。





だから、期待が大きかった分。
心にきたショックもまた大きくて。



オレは、その場に立ちつくしてしまってました。





棒立ちになるオレに、どうしてだか蛮ちゃんは、余程オレのそのリアクションが気にいらなかったのか、さらに苛立ったように怒り出して。


「何を言うかと思えば。…ったく! いったいいつまで待たせる気だ、テメエは! 菓子、買わねぇんなら行くぞ!」
「ば、蛮ちゃん! あ、あのね! だからお菓子じゃなくて!」
「ケーキなんざ、こんな時間から食うモンじゃねーだろ! おら、早くしろ」
「だって! そんなの! いつ食べても自由だし!」
「はあ?! 何だよテメエ。オレに逆らう気かよ!」
「そ…! そんなコト言ってないじゃん! オレはただ」
「"ただ"何だ! はっきり言え!」
「そ、そんなに怒鳴んなくても」
「オレ様は気が短けぇんだよ! 菓子を選ぶぐれぇのことに、いつまでもちんたらやってやがって! 今まで待ってやってただけでも有り難てぇと思え!」
「お、思ってる! 思ってるよ、蛮ちゃん、だから!」
「なら、もういいだろが!」
「いいって…!」
「おら、ボケッと突っ立ってねえで、さっさと来い!」
「ねえ、だけどさ!」
「しつけぇ!」
「蛮ちゃん!!」


有無を言わさず、レジのカウンターにどかっ!とカゴを乗せる蛮ちゃんに、お店の人がビビりつつも、"いいんですか…?"というようにちらりと蛮ちゃんの様子を伺う。
それを、もの凄い目で睨み返したらしく、お店の男のヒトはびくっ!と硬直し、それでもぎこちない動きで、カゴから商品を取り出し始めました。


「ちょ、ちょっと待って! ねえ待ってったら!」
「ああ、うるせえ! テメエは、母親に纏わりつくガキかってえの! 離せ、こら!」
「だって、蛮ちゃん…!」

必死でその腕をひっぱるオレに、それを気にもとめない素振りで、蛮ちゃんが財布を取り出す。





ねえ、蛮ちゃん。
なんで怒ってんの。
話きいてよ。

ひどいよ、ねえ。


思っているのに言葉には出来なくて、オレは本当に小さな子供みたいに、ただ蛮ちゃんの腕をぐいぐいひっぱるしか出来なかった。




そして蛮ちゃんは、お弁当やらが入った買い物袋を受け取ると、まだオレが取り縋ったままの腕を、振り切るようにして歩き出したのです。







…な、なんで…?








乱暴に振り払われた腕。





立ちつくすオレを見ようともせず、お店の扉を押して、さっさと一人出ていってしまう蛮ちゃん。






…どうして?












…カナシクなってしまった…。











どうして。



どうして、ケーキ一個で、そんな怒んの?






だって。オレ。
お誕生日なんだよ。
オレ、今日、お誕生日なんだよ。








一年に一回っきりの。




お誕生日、なのに…。









…ケーキぐらい、いいじゃんかー…。









ひどいよ、蛮ちゃん。
忘れてるくせに。


忘れてるんだから。






だったら。
オレ一人でお祝いするぐらい、させてくれたって、いいじゃん…。








――蛮ちゃんの、ばか…。























それでもオレは、渋々蛮ちゃんの後について店を出て、無言のまま車に乗り込むとサイドシートで膝を抱えた。
"靴のままシートに足上げるんじゃねえ"と叱られて、半ベソをかきそうになりながら靴だけ脱いだ。




涙がじんわり溢れそうになったけど。
理由が理由だけに、カッコ悪くて。
さすがに必死で堪えた。





だって蛮ちゃんには、オレなんて、ケーキ買ってもらえなくて半べそかいてる大きな子供にしか見えないんだろうし。
そう思うと、なんだか悔しくて。




オレはむやみにぎゅっと、膝を抱える両の腕に力を込めました。
泣くな泣くなと、頭の中で自分に言い聞かすように唱えながら。












そして。
アパートにつくまでの車の中で、オレも蛮ちゃんも、一言も口をききませんでした。

そのわずか5分ほどの時間が、オレにはとても、とても長く重く感じられて。







ぼんやりと涙で滲む窓の外を、抱えた膝の上に顎を置いて見つめながら。
オレは、こそりと心の中で呟いた。







”――嫌な予感。的中…”













・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3へ続く。
「蛮ちゃん、ひどいよー;;」という皆様のヒメイが聞えてきそうですねえ。ははは。
まったく、どちらも無器用モノ(笑)
懲りずに、あと二回ほどお付き合いくださいませv