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「ストロべリィ・ワルツ」

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「オイシイ生活」
〜ストロベリィ・ワルツ〜 <5>







結局。
そうこうしている間に、12時はとっくに回ってて。
やっとオレがケーキにありついたのは、20日になってだいぶ経ってからのことでした。



まぁるいケーキ。

ちなみにオレたちのおうちには、ケーキナイフなんてお洒落なものがあるはずもなく。
切るといったら、やっぱ包丁しかなかったんだけど。

だからといって。
生クリームふわふわの、いちごさんがいっぱいのっかってる可愛いケーキを出刃包丁で切りつけるっていうのはさ、なんかこう…。どうにも犯罪っぽくて…。
蛮ちゃんに"如何なもんでしょう"と訴えたら、はあ?と呆れられた後、

"ま、テメーが食うんだから、切ろうが切るまいが好きにすりゃいいさ"

なんて言ってくれたので。





…えっへっへv





オレはねー。
ものっすごーくお行儀悪いんだけど。


まーるいまんま、そのイチゴのケーキにフォークを差し込んで食べることになったのです!
丸ごとだよ、丸ごと!!

うわあ、なんて贅沢な!!



「あれっ? でも蛮ちゃん、食べないの?」
「オレが食うかよ。んな甘ったるいの」
「そうなの? んじゃ、これ全部オレ一人で食べちゃっていいってこと?」
「ああ、テメエのもんだ。好きなだけ食え」
「うわーい! どっから食べようかなあ。やっぱ、いちごさんから? んあ、おいしそー! あ、チョコレートのプレートは、食べずに残しておこうっとv」
「あぁ? アホ、それも食え」
「えー、だって勿体ないじゃん。せっかく名前書いてあんのにー。しばらく冷蔵庫に置いといていいでしょ」
「…まぁ…。いいけどよ、別に」

まさか来年の誕生日まで置いとくとか言うなよ、という蛮ちゃんのスルドイ言葉に、あははと曖昧に返して。




「んじゃ、いっただきまーすv」


フォークを持った手を合わせ、蛮ちゃんにぺこりとすると、オレはそろっとフォークの先をケーキに差し込んだ。


「うわぁ、やわらかーい」
「つーか、もったいつけてねーで、とっとと食え!」
「ワカってます! 言われなくても食べるもんねっ!」

ぱくっ!

「んあ〜〜v あまーいっvv 蛮ちゃん、このケーキ! スポンジんとこもすっごいふわふわで、甘くて美味しいよ!!」
「そっか。そりゃ、よかったな」
「うん! それにさ。なんかケーキ丸ごと食べるって、すっごいお金持ちになったリッチな気分♪」
「金持ちが、んな意地汚ねぇ食い方すっかよ、ばーか。だいたい、んな程度で大喜びしてるなんざ、逆にビンボーくせぇっつーんだよ」
「ええっ、そうかなあ」

とか何とか、なかなかにシビアな発言をしてくれちゃったりする蛮ちゃんですが。
でも、その顔は、なんだか照れくさそうで嬉しそうで。

オレが、やわらかな生クリームをフォークで掬って、にま〜〜vと顔をほころばせたり、イチゴをぷすっと刺して、ぱくっと口にほおばって、そのふるーてぃな甘酸っぱい味に、思わず"んあーv ほっぺ落ちそっv"とか言って、頬を両手で(落ちないように)押さえたりすんのを、すごく満足そうな顔で眺めてくれてて。
テメーが食ってるのを見てると、こっちまで幸せな気がすんな…と、やさしく目を細めて、ぽつりと呟いてくれたりした。







そんな蛮ちゃん見てっと、なんかオレ。

オレって…。

今更だけど。






すごく幸せなんだなぁって。







――蛮ちゃんが、こうして、オレの傍にいてくれることが。

なんか、奇跡みたいに思えてくる。










「ん…?」

「へ?」

「んだよ、じっとヒトの顔見やがって。気色悪ぃ」
「気色悪いって! ひどいなぁ」
「だーから。ボケっとしてねぇで早く食え。朝になっちまうぞ」
「あ、うん!」




言われた通りに、ぱくぱくぱくと三口ぐらい続けて口に放り込んだ後。
もぐもぐと咀嚼をしつつ、ちょっと上目使いになって蛮ちゃんを見る。



「あのさ」
「あぁ?」
「ば、蛮ちゃん!」
「ん?」


やさしく返されると、ちょっとまた胸がぎゅっとなって、涙が出そうになっちゃうケド。
でも、我慢する。
このタイミングで、ちゃんと言いたい。
大事なこと、伝えたい。





「…蛮ちゃん、ありがとっ!」





ちょっと驚いた顔になって、短い返事が返ってくる。

「…おう」






「オレ、すっごくしあわせ!!」






蛮ちゃんが、オレの言葉にすうっと目を細める。
返ってきた声音は、やわらかであたたかかった。



「――そっか…」



「うん…!」







よかった、言えたぁ…。

と思った途端。

ほっとして、また涙がぼろぼろ出てきて。
オレは、手の甲で涙を拭いつつ、えへへと照れ笑い。


そして、ぐずぐず泣きながら、蛮ちゃんに「よく泣くガキだ…」とか呆れられつつほおばったケーキは、涙の味がして、ちょっとしょっぱかった。


















おなかいっぱいケーキ食べて。
そのあと、また改めて乾杯なんかもして。
さんざん飲んで食べたオレは、お布団に入る頃にはもう、酔いも回ってぐだぐだで。

自分の布団なんか、普段からろくに使ったことないけど。
この日もやっぱり、蛮ちゃんのお布団で寝ると駄々をこねて。

明かりを消した部屋で、一緒のお布団に入ってぴったりと身を寄せると、いつも以上に蛮ちゃんの体温があったかく感じられて。



オレは、春とはいえ、まだ肌寒い時期に生まれたことを、なんとなく嬉しく思った。




そんなことも、一人じゃ絶対ワカんないことだよね?
蛮ちゃんが、ここにこうして居てくれるからだよね。



オレのそばに。
こうして、いてくれっから。









「ねえ、蛮ちゃーん…」
「んー?」

眠そうな返事。

「あのさー」
「ぁあ、うるせえ。いいから、もう寝ろって」
「うん、寝るけど…。もういっこだけ」
「…あ? 何が一個だけだ?」
「お願いきいて」

「…何だよ」








「ちゅーしてv」







真っ暗な部屋の中で、長めの沈黙。






「…………さっき、しただろうがよ」





うん、そうなんだけど。





「あーゆーのじゃなくて」





「………………どーゆーのだっての」





ためらいがちな返事に、オレもちょっとためらいがちに。







「もっとこう…。こ、コイビト同士でするみたいな?」






今度はまた、長ーい沈黙。
もしかして、寝ちゃったの?と思うほど。









「……………なんで、それをテメーとしなきゃなんねえ?」








眠そうっだった声が、なんか冴え冴えとしたような気が。
でも、オレも引かない。
ていうか、これってもしかして、絡んでるっていうかな。


なんでって。

そんなコトはオレにもワカんないけど。
酔っぱらってて、ちょっと頭の中がぐるぐるしてるけど。



どうしてだか、どうしても。
どうしても、蛮ちゃんとキスしたくなった。




「理由なんて、オレもわかんない。けど…。したくなっちゃったんだから、しようがないじゃんかー!」





「…なんで、テメーに逆ギレされなきゃなんねえ?」





蛮ちゃんのツッコミ。
ある意味、正しいような。




「いいじゃん。オレ、お誕生日だし!」
「カンケーねえだろが!」
「あるよ! 誕生日記念に!」
「アホぬかせ! つか、どういう記念で、ヤロウ同士でキスしなくちゃなんねぇんだ!」
「どういう記念って、"19歳になったよ記念"じゃんか! ねえ、いいから、してして! さっきだってしたじゃん! しかも、蛮ちゃんからっ」
「〜〜〜! あーのな! さっきのアレはキスってな色気のあるモンじゃ…。つーか、テメエ酔っぱらってんだよ! いいから寝ろっ!」
「やだ! ねー、ちゅーしてったら! ちゅーしてくれるまで寝ないっ! ねえねえねえねえっ!」
「うるせえ!!」
「いたっ! もぅ蛮ちゃーん、せっかく迫ってんのに殴んないでよっ」
「そのまま気絶して寝ろ! ったく、相変わらず酒グセの悪いヤローだぜ! 自分で言ってることの意味も、これっぽっちもワカっちゃいねえくせによ!」
「わかってるよ!」
「わかってねえっての!」

「わかってるってば!!」



怒鳴るが早いか。
オレは蛮ちゃんの腕の中で、その肩に両手をかけるようにして伸び上がると、蛮ちゃんの唇に、自分から唇を寄せちゃってました。




「な…!」




唇が軽くふれあっただけで、どきりと心臓が大きく高鳴って。
ちゅ、とささやかな音を残して唇が離れる。






「――ワカってるよ…」






そのまま、両手を蛮ちゃんの肩に置いたまま、顔を蛮ちゃんの鎖骨のあたりに埋めた。
声が僅かにくぐもって。





「ワカってるよ、オレ。蛮ちゃん…」




「銀次?」




「オレだって。いつまでも、子供じゃないよ…」




「銀次…?」




「たぶん、ずっと知ってた。蛮ちゃん見てて、こういう胸の奥がぎゅってなる、気持ちって…」




「銀次…」




「オレ、たぶん――。たぶん、蛮ちゃんのコト。好…!」





「…!」





"好きなんだ"と言おうとした言葉は、オレの唇からこぼれることなく。
蛮ちゃんのキスに、封じこめられてしまった。


両の頬を、蛮ちゃんの手のひらに包まれて。
薄く開いた唇から、そっと蛮ちゃんの舌が入り込んでくる。






そっか…。
こういうの。
ホントのキスっていうんだ。





「んぅ……」




なんか、ちゅってしてるのより、もっとずっとキモチいい…。
頭の芯がぼうっとしてくるような。










「マセガキが…」
「……ふぁ…?」




「まぁ、いっか…。 ケーキ以外、プレゼントもなんも用意してなかったからよ――」

唇が離れるなり、ちょっと熱くなった息を誤魔化すように、蛮ちゃんはそう呟いて。



「これで…。我慢しとけ」



そう言って、オレの頬を手の中で包み直し、親指の腹でそっとオレの唇を撫でた。






「……ばん、ちゃ…」



もう一度、唇が寄せられる。

近づいてきた蛮ちゃんの瞳を薄暗がりの中で見つめながら、オレは夢を見るように引き寄せられるように、すっと瞳を閉じていた…。
















――そして。



19歳になった、その夜。
しあわせな夢と、しあわせなぬくもりに包まれて。

オレは眠りについたのでした。



甘酸っぱい苺の香りと、ほろ苦い煙草の味のキスに酔っちゃったみたいに、ふわふわと。
幸福な夢のゆりかごに抱き取られながら。























余談。

そして翌日。オレは、お約束のように――。
オレから蛮ちゃんにキスを迫ったなんてことは。
きれいさっぱり忘れちゃってたんだけどねっ!
あ…あはは!

「あははじゃねえっ!! この色ボケガキがっ!(ぐりぐりぐり)」
「んあぁっ! 痛いっ、痛いよぉ、蛮ちゃあん!!(びちびちびち)」
「うるせえ!」






END







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や、やっと終わりました。
予定していたのより、3倍は長くなっちゃったな…。
でも、しあわせなお誕生日を銀ちゃんにプレゼントできてよかったですv
よろしかったら、ご感想など聞かせていただけると嬉しいです。