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「ストロべリィ・ワルツ」

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「オイシイ生活」
〜ストロベリィ・ワルツ〜 <3>




なんとなく気まずいまま、部屋に戻ったオレたちは、順番こに軽くシャワーだけ浴びて、買ってきたものを丸い折りたたみテーブルの上に並べ、テレビをつけて。





そして、もうあと少しで日付が変わりそうな時間になって、やっと。
オレたちは、遅すぎる夕食にありついたのでした。





いつも通り、二人一緒に缶ビールを開けて。
レンジであっためた、たこやきとヤキトリをほおばって。
お弁当をパクつく。

テレビは、今日のプロ野球の結果とかをやっているけど、イマイチ野球のルールを理解してないオレには、よくワカんない。(いや、野球に限らずだけど)
普段なら、「ねえ蛮ちゃん。キャッチャーフライって何?」とか、たとえばエビフライを頭に思い浮かべながら聞いたりするんだけど。
そういう時のオレの質問と答えの予測は、どうもかなりトンデモナイらしくて、蛮ちゃんはたいていのけぞって大ウケしてくれる。
(別にウケ狙いじゃないんだけどなぁ)
それでも、ついでにルールなんかもちょっとずつ教えてくれたりしてね。
まぁそういうやりとりが、ご飯たべてお風呂入ってお布団に入るまでの、結構楽しいひとときだったりするわけなんだけど。




今日は二人でぼんやり、"2000本安打まであと何本"とか言っている、そのテレビ画面を見つめているだけ。


まあ、さっきの車の中ほどのひどい気分は、熱めのシャワーとともに洗い流せたけど。
それに蛮ちゃんも、部屋に帰ってきてからは、特に怒ってるとか不機嫌とかいう顔はしていないから。
お店でのアレは、単に疲れてたとかおなかが減ったとか、そういう類の不機嫌さだったのかもしんない。
だから、もう気まずいってこともない筈なんだけど…。







ただ、やっぱ、そりゃあ…。

ケーキを買ってもらえなかったことは、どうしても悲しかったけど。









なんとなく、"もういい"って気もしたから。
うん。
それは、もういいんだ。









そんなことを考えながら。
ちらりと、オレはテレビの上に置かれてる目覚まし時計を見ました。




11:38




あと20分ちょっとで、4月19日は終わっちゃう。







…けど。そうしたら、言おう。
日付が変わったのを確かめて。
『あ、蛮ちゃん! オレ、"昨日"誕生日だった!』
って。

いかにも、今思い出した!って風に。


ま。嘘は、あんま上手じゃないけど。
蛮ちゃんにも前に、"テメエの嘘なんぞ、お見通しなんだからよ。回りくどい事すんじゃねえ"なーんて言われたことあったけど。

そして、どうせバレちゃうんだろうケド。
それでもいい。



なんとなく、そうやって。
自分にも、ちゃんと誕生日があるんだ!って、その事だけでも。
確認しておきたい気がしたから。








オレは今、確かに此処に在るんだって。
そして、それが始まった日も、間違いなく存在するんだって。












――それにしても。
オレも、変だね。


同じことが、どうして明日になったら言えて、今日は言えないんだろう。
"昨日、誕生日だった"ってことなら、明日になったら笑いながらでも言えるのに、"今日、誕生日なんだ"っていうのが、どうしても言えないのは、なぜなんだろう。



それはきっと。

もしかして、蛮ちゃんから気がついてくれるかもしんないって。
そういう僅かな期待を、まだ持ち続けていたいからかもしんない。


もうちょっと、あと20分だけ。


再びちらりと時計を見て、小さな溜息を漏らしたところで、ふいに蛮ちゃんがオレを呼んだ。


「銀次」
「えっ?」


「冷蔵庫から、缶ビール取って来い」
「…はい?」







……なんなの、ソレ。






ヒトがせっかくシリアスに落ち込んだり、考えたりしてるのに。
蛮ちゃんは、オレよりビールのが大事なの!?


ヒドイなぁ、もおー。



蛮ちゃんには、本当にデリバリーってもんがないんだから!
(ん? "でりばりー"っていうんじゃなかったかも)






「銀次。ビール」


素っ気ない蛮ちゃんの一言に、オレはかなりぶすっとして答えました。

「え? さっき買ったの、もう2本とも開けちゃったの?」
「ああ」
「オレ、まだ一本目の半分も飲んでないのに」
「テメーみてぇにトロトロと飲んでたら、せっかくの冷えたビールがぬるくなっちまうだろうが」
「そりゃ、そうだけど…」
「ぶつくさ言ってねぇで、とっとと持って来い」


普段なら、ここで「もぉ、しょうがないなあ蛮ちゃんは」とか言って、立ち上がるとこなんだけど。
今日はなんか、どうにもハンパツしたい気分。


「ヤだ」
「あ゛ぁ?」

「蛮ちゃんが飲むビールでしょ。蛮ちゃんが取ればいいじゃん」
「んだとぉ!?」
「オレ、まだもう一本あるし」
「テメエなあ。生意気に反抗してねぇで、さっさと取って来いっての!」
「だーって。蛮ちゃんのが近いもん、冷蔵庫!」
「オメー、GetBackersのナンバー2の分際で、ナンバー1の俺様に歯向かうたぁ、いい度胸じゃねえか!」
「むっ。別に歯向かうとか、そーゆーコトじゃないですけどねっ! お仕事じゃないんだから、ここでナンバー2とか1とか関係ないでしょうが! 自分のことは、自分でしましょうっ!」


うわ、言っちゃった。
なんかちょっと、八つ当たりなカンジがなくもないケド。
で、でも本当のことだもんねーだ。


言うだけ言って、ぷいとそっぽを向いちゃうオレに、蛮ちゃんが思いきり眉間に皺を寄せ、ドスの効いたこわーい声で言い返します。


「ほーお、自分のことは自分でねぇ」
「…な、何だよっ」

「屋敷忍び込むのに、犬の鳴き声に驚いて塀から落ちかけ、オレにひっぱり上げられ、目的の部屋の前じゃあ、あらかじめ依頼人に渡されてた鍵が、ジャケットのどのポケットに入れたかわかんねぇとか言ってオレに探させ、挙げ句にゃ、だだっぴろい屋敷内で迷子になりやがるわ、奪還した水晶玉を投げ渡しゃお手玉しやがるわ!」
「だって、あれはいきなり蛮ちゃんが投げてよこすから!」
「テメエがトロいからだけだろうが! それに、何千万とかする壷に体当たりしやがって、オレが慌てて押さえなけりゃあ今頃は奪還料はおろか…!」
「あ゛〜〜っ!! はいはい、わかった、もうわかりましたっ!!  オレがビール取ってくりゃいいんでしょっ!」

「おう。わかりゃあいーんだよ!」


蛮ちゃんの言葉に思い切りむっとした顔をしつつも、これ以上ドジの暴露をされてはタマりません!
いや、別に誰が聞いてるってワケでもないけど。
それでも居たたまれなくなったオレは、すっくと立ち上がって、ずんずんと大股で冷蔵庫に向かいました。


まったく、もお。

どうして、蛮ちゃんてば。
ああも、性格が悪いんだよ!
そりゃあオレ、今日は恐ろしくドジばっか踏んでたけどさ。
いつもは、もうちょっとマシなんだから。
たまたまチョーシ悪い時の事ばっか、揚げ足取るみたいにさー。
本当に、イジワルなんだから!


ぶつぶつ思いつつ冷蔵庫の前に立つと、実際口でもぶつぶつ言いながら、オレは目一杯元気よく、その扉を開きました。

「ほっとにもう蛮ちゃんてば、横暴! だいたい冷蔵庫なんて、オレのとこからより蛮ちゃんの坐ってるとこからの方が断然近…!」








――え…っ?







今時めずらしい2ドアの背の低い冷蔵庫の前に屈んで、扉を開いたまま。
オレはまるで魔法にでもかけられたかのように、その姿勢のまま完全に固まっちゃってました…。
ほとんどからっぽに近いその中を見つめ、呆然と、瞳を大きく見開いて。






「蛮ちゃん、これ…」






ようやく絞り出した声は、少しだけ震えてた。
膝から力が抜けて、ぺたんとその場に座り込み、わざわざ正座までして、中にあるものをまじまじと見つめる。



幻、じゃないよね…?









――それは、どう見ても。


ケーキ屋さんの、ま四角のおっきな箱。


ピンクのリボンが掛かったまま、
冷蔵庫の一番下の段に、ちょこんと置かれてる。













――オレは、バカだ…。








蛮ちゃんに、バカだバカだって、いつも言われてっけど。
正真正銘、本当にバカだ。




…情けない。




いったいオレは、今まで、蛮ちゃんの何を見てきたんだろう…?







思うなり、目頭が熱くなって。
ケーキの箱が、瞳に盛り上がってきた涙のせいで、少しぼやけた。









固まったままのオレを背中で感じて、蛮ちゃんが振り返りもしないままオレに言った。

「銀次! いつまでも冷蔵庫開けっ放しにしてんじゃねえ。さっさと閉めやがれ」
「…あ、うん」
「ビールは?」
「えっ?」
「ビール! とっとと寄越せ」
「う、うん…」

言われて、とりあえず冷蔵庫からビールを取り出し、その前に正座したまま"はい"と手だけ伸ばして、蛮ちゃんの背中に缶ビールを差し出す。
それにさも面倒臭そうに振り向き、オレの手から缶ビールをもぎ取った蛮ちゃんと目が合った途端。





ぐす…っ。




鼻が湿っぽく鳴って、大粒の涙がぽろっと、オレの瞳を溢れて落ちた。


「銀次?」


そんなオレに、蛮ちゃんが不機嫌そうだった表情を一気に崩して、少し驚いたような顔をしてオレを見てる。








…そっか。
そういうことだったんだ。


めずらしく、時計を気にしてたのも。
これのためで。


なんだかやけに機嫌悪かったのも。
これのせいだったんだ。

蛮ちゃん特有の照れ隠し…。



いつもはそういうの、すぐわかんのに。
今日は、ワカんなかった。
オレ、自分のことでイッパイイッパイで、自分のことしか考えてなくて。
蛮ちゃんが、オレのことそんな風に考えてくれてるなんて、少しも気がつかなかった。





本当に。
ほんとに、オレってバカ。





オレはそのまま畳の上をずりずりと移動すると、蛮ちゃんから見えないように俯いたまま、その背中にトン…と額を寄せて凭れた。



「…ごめん。オレ…」


俯いたまま、やっとそれだけ言ったオレに、蛮ちゃんが困ったようにぼそっと返す。


「…アホ」



「だって…」

「おい、冷蔵庫」

「うん…」

「扉、しめろって」

「ん…」

「銀次ー」

「うん、わかっ…」

「…ぎーんじ?」

「…………」

「……重ぇよ」

「……ごめん」

「謝るな。バカ」

「…うん。オレ、すごいバカ…」

「おう。知ってるってえの」

「自分が思ってた以上に、バカだったよ…」

「ワカってりゃいい」

「……ひどいなぁ、もうー」

「あぁ」

「んー?」

「確かに。ひでえヤローかもしんねぇな、オレは」


「…蛮ちゃん?」







「せっかくの誕生日に、テメエを泣かせた」






ちょっとつらそうな、その言葉に。
胸がぎゅっと、苦しくなって。

返事を、どう言葉にしていいかもわかんない…。




嬉しいんだけど切なくて、悲しいわけでもないのに涙が出て。
このまま蛮ちゃんの背中にしがみついて、大声をあげて、わあわあ泣きたい。
そんな気分――。



なんだろう。コレ。
どうしちゃったんだろう。オレ。






そして顔も上げられないまま、蛮ちゃんの背中に額を押しつけ、ぐしぐしと鼻を鳴らしてるだけのオレに、蛮ちゃんがそっとかけてくれた言葉は、少々乱暴だったけど。


――声は、とってもとっても、やさしかったのです。


「銀次ー。おい」
「んー?」
「だーから。いつまでも、冷蔵庫開けたままで、ヒトの背中に懐いてんじゃねえ。ボケが…」
「…うん」
「ほら」
「ん…?」
「箱出して、冷蔵庫閉めて、コッチ来い」
「うん…」
「早くしねぇと、日付変わっちまうぞ」
「あ」






言われて、はっと気がついたように時計を見れば。



時計の針はもう、24時にあとわずか5分――というところだったのです。









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4へ続く。
5分でお祝いですか、かなり忙しいなあ(笑)
ともかく、二人がやっとぺったりくっついてくれて、私としても嬉しいですv
もうあと一回かな。おつきあいくださいませーv