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「ストロべリィ・ワルツ」

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「オイシイ生活」
〜ストロベリィ・ワルツ〜 <4>




「おら」とティッシュの箱が目の前に置かれ、オレはうんと頷くと、そこからティッシュを一枚取って、ずび!と鼻をかんで。
もったいないけど、さらにもう一枚とって、それで涙を拭いた。


ああ、きっと。
鼻、真っ赤だろうな。
カッコ悪…。



「銀次。早くしろっての」
「ん」


促されるままに蛮ちゃんの背中を離れ、冷蔵庫の前に4つん這いで戻ったオレは、そうっと両手を伸ばすとその白い箱を大事に大事に手に持ちました。
そして、用心しなからも、そろっと立ち上がる。

うわ。
なんか、緊張。

そういや今日は一日、やたらとドジばっかふんでたし。
まさかここに来て、それはナイと思うけど。
いや。でも、オレのことだからワカんない。
なんかにつまづいてひっくり返って、ケーキが宙返りして"ぐちゃ!"なんてこともありうるかも。

し、慎重に慎重に。


爆弾の入った箱でも抱えているかのように、そろりそろりと歩くオレを、蛮ちゃんがさもおかしそうに見上げてる。
でも、当然後ろを振り返る余裕なんて、今のオレにあるわけがないのです。

「ば、蛮ちゃん」
「おう?」
「冷蔵庫、閉めて」
「はぁ?」
「お、オレ、今、これ持ってっから。ひ、必死、だしっ!」
「…テメエなー」

"結局オレに閉めさせるのかよ"とブツブツ言いつつも、ぱたんと冷蔵庫の閉まった音を背中で聞いて、ほっとする。
おかげさまで、どうやらケーキの箱も無事テーブルに着地し、オレはさらにほっとしました。
満足げな顔をしてちょこんと坐るオレに、蛮ちゃんがやれやれといった顔で溜息混じりに言う。

「おら、時間ねぇんだ、早くしろ」
「あ、うん!」
「とりあえず、箱開けてみろや」
「うん! って、どっから?」
「横だ。ひっぱり出すんだよ」
「え? 横? あ、ここが開くんだ。ひ、ひっぱり出…? こ、こうかな? っしょっ、と!」
「うわ、テメエ! そんなめちゃくちゃ力いっぱい引っ張るんじゃねえ! ああ、もう! やっぱオレがやるから、テメエは坐ってろ。ったく、不器用なんだからよ」

"勢いよくひっぱり出しすぎて、畳の上にでも放り投げられちゃたまんねえ"などと、憎まれ口を一つ叩いて。
蛮ちゃんの手によって、箱から出されたそれは――。






「うわあ…」





コンビニで売ってるケーキなんかとは、全然違う、
オレが、ずっとずっと夢に描いていたような、
ふわふわの生クリームの上に、イチゴのいっぱいのっかった、





――まぁるいお誕生日ケーキだった。





チョコレートのプレートには、白い文字でかわいらしく、

『ぎんじくん おたんじょうび、おめでとうv』

と書かれている。








…胸が、きゅんとなった。








やっぱりもう、お誕生日のお祝いなんて、後でいいから。
蛮ちゃんの胸にしがみついて、わあわあ大泣きしたい。
そんな気分…。



じっとケーキを見つめるオレの瞳に、涙がまたこんもりと盛り上がってくるのを見て、蛮ちゃんがちょっと照れたように目を細めて笑むと、細い色とりどりのロウソクをオレに差し出してくれた。


「ロウソク、9本しか貰ってねえが。いいか?」
「え、うん」


慌てて手の甲で涙をぐいと拭って、"あ、そっか、さすがに19本もたてたら穴だらけだもんね?"と笑顔で言ったら蛮ちゃんは、何かちょっとバツの悪そうな顔をして、"まぁな"と曖昧に答えて目を逸らしたケド。
…ん? なんだろ?


「だったら、ほら。テメエ、自分で好きなトコたてろや」
「あ、うん!」


蛮ちゃんから、きれいな色の可愛いロウソクを受け取って、それをケーキに1本1本丁寧にたてる。
雪みたいなやわらかい表面に、穴が空いちゃうのは、ちょっと勿体なかったケド。
でも、嬉しさを噛みしめるように、1本ずつ…。


「出来たか」
「うん!」
「おっしゃ。火、つけるぜ」
「じゃ、電気消すね」
「ばーか、焦んなって。先に真っ暗にしちまったら、ロウソクの先が見えねぇだろうが」
「あ、そっか」

言って笑う蛮ちゃんの手のジッポから、9本のロウソクに、1つずつ、やさしい灯りがともっていく。
その度、心の中にも火が灯るように、ほわっとあったかくなる感じがした。
蛮ちゃんのくれた、やさしさの火だね。




「おし、いいぜ…」


「んじゃ、今度こそ電気消すね」
「おう」




オレは立ち上がり、部屋の灯りを消しました。
途端に、ロウソクの炎がぱあっと少し輝いたようにも見えて。





「わ…。すんごいキレイ」





薄暗闇の中、ロウソクの火を頼りにぱたぱたとテーブルの傍に戻ってまた坐り、そこに頬杖をついて、その一段と明るくきれいに見えるロウソクの灯りをうっとりと見つめる。





ああ、なんか。
ついさっきまでの落ち込みが嘘みたいだ。
ホント、ゲンキンだなぁ、オレ。

思いつつ、微かに揺れる炎と、その向こう側でオレを見る、蛮ちゃんのやさしげな瞳を見つめ返す。



時間がこのまま、止まってくれたらいいのに。
せめて、今だけ。

いつまでも、こうして。
このシアワセの火と、蛮ちゃんのキレイな紫の瞳を、交互に眺めてたい。





「ねえ」
「ん?」
「どうしても吹き消さなきゃなんない? これ」
「は? あったりまえだろうが。火つけたまま、どうやってケーキ食うんだよ」
「そりゃそうだけど。なんか、もったいないよね?」
「…去年も同じこと言ってたな、オメー」
「…そうだっけ?」
「ああ。まぁ、それはいいからよ。ほら」
「うん。…あっ」
「あ?」
「歌とか歌わないの? はっぴばーすでーとぅーゆー♪とかって」
「…オレに歌えってのか、テメエ」
「あ…。ははは。いえ、いいです冗談です」



少々ひきつり笑いをしながら、もう一度、ロウソクの火を見つめる。

そして、少しばかり神妙な面もちで。
意味なく、咳払いを一つ。

なんだかこういう時の炎って、どこか神聖なものに思えちゃうから不思議だよね。
ちょっと、どきどきする。
儀式っぽくて。

思いつつ、小さく深呼吸を二つ。
"何いつまでも、勿体つけてんだよ?"と、蛮ちゃんの笑いを含んだ声に、茶々いれないでよねーと返して。




そして。
ふぅうっと息に力を込めて、その9つの火を1つずつ大事に吹き消す。
大事に、大事に、1つずつ。




吹き消してしまうのは、やっぱりどこかもったいない、なんて思うけど。
でも。
このことは、蛮ちゃんと過ごした今までの誕生日で、すでに学習ズミだから。



ロウソクの火は消えていっても、オレの胸の中に灯った火は、ずっとあったかいままだ。
決して消えたりすることはない。
誰かに、吹き消されたりすることも。

だから、ケーキの上の火が消えても、それをサビシイと思うことはないんだって。
コレは消えずに、たぶんずっとココで、この胸の中で、灯っててくれるから。
いつまでも。

毎年、毎年、その本数をだんだんに増やしていきながら。







最後のロウソクを吹き消す寸前。
プレートの文字が、涙で揺れた。

『ぎんじくん おたんじょうび おめでとう』

これって…。
蛮ちゃんが、書いてって頼んだんだろうか。お店の人に。

あの照れ屋の蛮ちゃんが。
ケーキ屋さんで、こんなイチゴの、しかも、いかにもバースディ用ってケーキを買うだけでも、一大決心がいったんじゃないかって思う。
だって、その姿を想像しようとするけれど、あまりにも現実からかけ離れてて想像さえつかないくらいだもん。
あ。それとも。
もしかして、夏実ちゃんとかに頼んだのかなぁ…。






そして。

最後のロウソクがフッ…と消えて、部屋が真っ暗になったと同時に。
闇の向こうから聞こえてきた、低くやさしい声が、少し照れくさそうにオレに言った。











「――誕生日、おめでとう。…銀次」











「蛮、ちゃん…」


その言葉に、オレはもう、なんだかどうしようもなく胸が苦しくなって。
嬉しさのあまり、もうどうしていいか、わかんなくなって。

目の奥と、鼻の奥がツンと痛くなって。
心臓のあたりが、ぎゅっと締め付けられたように切なくなって。
苦しくて、息もできないほどで。

一気に溢れてきた涙を、もう、"ぽろぽろ"なんて可愛いもんじゃなく、"ぼとぼと"と頬から顎から落としながら。




オレは闇の中手探りで、膝でずりずりと移動して、蛮ちゃんに近づき。  
そして、カーテンに映る街灯の灯りを頼りに、蛮ちゃんの首めがけて思いっっきりダイブした。


「蛮ちゃぁああん!!」

「おわ!! ちょっ、ちょっと待…!!」



蛮ちゃんは飛びかかってきたオレに、一瞬怯んだようだったけれど。
オレは、そんなこと、もうお構いなしで。
身体ごと、その膝の上にのしかかり、蛮ちゃんの首に両腕を回して強くしがみつく。


「蛮ちゃん、蛮ちゃん、蛮ちゃんっ!!」
「お、おい! 銀次…っ!」


あまりな勢いに、思わず背後に倒れそうになるのを、蛮ちゃんが後ろに手をつき、どうにかやっと上体を支えたようだったけれど。
オレはもう、それどころではなくて。



さっきからずっとそうしたいと思ってきた、その希望のままに。
オレは、本当に蛮ちゃんに抱きついて、わあわあと大泣きした。


後から思ったら、かなり恥ずかしいことしたんだなぁと思うケド。
こん時のオレには、もうそんなこと考える余裕なんて、全然なくて。






「…ったく、テメーはよ」


文字通り、わんわん号泣するオレに、ちょっと困ったようにそう呟いて。
それでも、オレを抱きとめてくれた蛮ちゃんの両腕は、そのままオレを、ぎゅっと抱きしめてくれた。
頭の後ろから、やさしい手が、オレの髪をくしゃくしゃと撫でてくれる。


「ばぁーか…。せめて、部屋の明かりつけるまでぐれぇ、待てや」
「だ、って…! え、えぐ、ひっ…く」
「だ――! ぁあ、わかった! 泣くな、ほら!」
「だって、だっ…」
「泣くなっての! ったく」
「蛮ちゃん、オレ…。ごめんね、ごめん…」
「あ? 何だ?」
「だって、オレ、知らなくて…。ケーキ… 蛮ちゃんが、買ってくれてるって、知らな…くっ…て」
「あぁ。コンビニで、ケーキ買ってもらえなくて拗ねてたって、アレか?」
「うー。だってオレ、蛮ちゃんが、オレの誕生日、忘れてるって…、そう、思ってた、から…。なんか」
「ん?」
「なんか、さびしいなぁ、って、それで」
「それで? 一人でこっそりケーキ食って、祝ったことにしとこうってか?」
「う、うん…」

蛮ちゃんの首元に甘えるように顔を埋めて泣きじゃくるオレに、苦笑と一緒にやれやれというような溜息が漏れる。




「アホ」



…心底、あきれたように言われてしまった。


「アホか、テメエは!」
「あ、アホって、そんな言わなくても…!」
「そんなの意味ねぇだろが!」
「え…。意味、ないって…?」

思わず、きょとんとしつつ蛮ちゃんの肩から顔を上げるオレに、蛮ちゃんが今度は特大の溜息を1つついた。
薄暗いから、よくは見えないけれど。
ちょっと苦々しそうに、前髪を掻き上げるようにしながら。


「…ったく、信用ねぇなオレ様も。ま、けど。日頃の行いがどーとか言われりゃあ、確かにしゃあねえトコはあっけどよ」
「え…?」

意味が判らず、尚もきょとんとするオレに、どうやら、さらにさらに苦々しい顔つきになって、蛮ちゃんは言った。

「さっきはよ」
「…さっきって?」
「さっきは、"さっき"だ! 口挟みやがるな!」
「は、はいっ」


「――その……。怒鳴って悪かった」


「え…」
「巧くねぇんだ、こういう事はよ。慣れてねぇし」
「蛮ちゃん…?」



「けどな、銀次」



驚いて、暗闇の中で瞳をこらして、蛮ちゃんの紫紺の瞳を間近から見つめるオレに、蛮ちゃんがオレの前髪をくしゃっとしてくれる。
そして、ちょっとふて腐れたような口調で言った。



「忘れるかよ。ばーか!」
「…えっ」



「よりによって、テメエの誕生日をよ」
「蛮、ちゃん…?」






「――お前が生まれた日を、オレが忘れるワケがねえだろが!」
「…蛮ちゃん」





ふて腐れたというよりは、半怒りな台詞。

あ、でも今度はちゃんとわかる。
蛮ちゃん、今、すごく照れ臭いんだよね?
だから、そんな口調なんだ。





「しかもよ、誕生日っていやぁ、テメエが一年で一番ナーバスになる日じゃねえか。一緒に仕事してる相棒としても、忘れてられるかっての!」




意外な言葉に、まじまじと蛮ちゃんの顔を見る。


え、オレって…。
そうなの?
なーばす?
全然知らなかった。そうなんだ。
あ、でも。


「相棒として、って…? それって。どうして?」
「日頃脳天気なオメーが、めずらしくナーバスなんてものになりやがるとな。調子狂って、まさしくドジ踏みたおしやがるかんな。気ィつけてやんねーと、って事だ」
「あー。…なるほど」
「って、人ごとみてぇに感心してんじゃねえ!」
「イテッ!」


いきなりバシッ!と叩かれ、思わず頭を抱えるオレに、蛮ちゃんがぐいと強く、もう一度オレの頭をその胸元へと抱き寄せた。





んあ!
わー、なんか。
オレ、蛮ちゃんの胸に、顔うずめてるー!


初めてじゃないけど。



でも、なんか真っ暗だし。
ちょっと、なんか、恥ずかしいな…。





とか思っていると。
頭の上から、
"くそ…! コイツにゃ、んな廻りくどい言い方じゃ通用しねぇか…"とか何とか。
蛮ちゃんが、ブツブツと呟くのが聞こえた。



え、なに。
なんか、頭と一緒に片方の耳押さえられてるから、よく、聞こえな…。













「だーから。…そんくれぇ。――大事に想ってる」










「え…!」









「テメエの事を、よ――」










大きな手のひらが、オレの両方の頬をやさしく包んでくれる。
ゆっくりと、顔が、蛮ちゃんの胸から上げさせられた。

薄暗闇の中で、瞳が合う。









「よーく、覚えときやがれ」









心臓が、どきどき言ってる。
抱き寄せられた蛮ちゃんの胸の鼓動も、なんだかいつもより少し早い気がした。







――――そっと。


羽毛が唇にふれるような、そんなやわらかな感触とやさしさで。
唇がふれあう。










本当に。

せっかちに飛びつかずに。
部屋の明かり、つけるまで待てばよかった。


今。
暗くて、蛮ちゃんの顔がよく見えないのが。
すごく残念なのです…。
(蛮ちゃんは、助かったって思ってるだろうケド)











…キス。
いつもなら。
強請っても、なかなかしてくれないのになぁ。



でも。
そういう、いつもの、じゃれあいの延長みたいのとは。

…どっか違うカンジ…?





――なんかこう、ふわふわと夢心地で、スゴク気持ちいい…。




















…とかって。

――ヒトがせっかく、うっとりとキスの余韻に浸ってたのに。








「――ま…! まーぁ、つってもよ!!! 常日頃、なーんもテメエにしてやってねぇかんな! だから、せめて誕生日ぐれぇは毎年オレに祝わせろ、と! 
――つまりはまぁ、そういうこった!!!」



「…はい!?」





いきなり我に返ったらしい蛮ちゃんは、そう勢いづいてまくしたて、バッ!とオレから離れ立ち上がると。
ばちばちっと部屋の明かりをつけて。

"あぁ、畜生。ビール飲み過ぎたぜ! ちょいとションベン行ってくらぁ!"と、ぼーぜんとするオレを置いて、ずかずかと大股でトイレに行ってしまったのでした…。










…うーん。


せっかくいいムードだったのになぁ。
もお…。





本当に、照れ屋さんなんだから。
蛮ちゃんてばv













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すみません、終わりませんでした…。
あと、本当にケーキ食べるだけなんですケド(涙)

えーと、なんせお互いに片想いだと思ってる二人なんで(苦笑)
じれったいことでスミマセンー。
気付けよ、いい加減。

それにしても蛮ちゃん、
照れて、トイレに逃げたワケではないであろう。
キミも男のコなら気づけよ、銀次(苦笑)