■きみがそばにいない日 2■ 「ねー、夏実ちゃん。ボールペンか何かある?」 「ありますよー。はい、どうぞ」 「あんがと! じゃあ、この手帳、本当にもらっていい?」 「いいですよv でも銀ちゃん、えらいですねー、蛮さんの留守中にちゃんとお仕事の『業務日誌』つけておこうなんて」 「ぎょうむ?? なんかわかんないけど、蛮ちゃんが”オレのいない間に起こったこと、ちゃんとメモっとけよ。テメー、すぐ忘れやがるかんな!”って言ってたから。書いておいたら、さすがのオレでも忘れないもんね! もしも依頼とかあった時にも、仕事内容書いて残しておけば間違いないし! んじゃ、ビラ配り、行ってきまーす!」 「行ってらっしゃーい」 「おう。気ぃつけてな」 「はーい」 夏実ちゃんと波児さんに見送られて、オレはさっそうとビラ配りに出かけました。 どこからにしよう。やっぱ駅前行くかなー。 なんかいつも蛮ちゃんが一緒だったから、あんまり思わなかったけど、ちょっと恥ずかしいっていうか・・。 でもまあ、お仕事お仕事。 そんなことは言ってらんないよね。 そんなわけで、オレは蛮ちゃんのいない淋しさを振り払うように、元気にビラ配りを始めました。 「ダッカンヤのおにいちゃあん」 「はい?」 「今日はひとりなの?」 「え? あ、お嬢ちゃん。えーと」 「かおりねー、今、ようちえんからママと帰ってきたとこなのー。それでねー、ママがねーそこのコンビニでー」 「はい?」 蛮ちゃん。あのねー。 オレはどうも、小さい女の子には、すごくモテるみたいです。 今日はこれで4回目なんですけど。 女の子から話しかけてもらうの。 しかも。だいたい平均年齢5歳くらいな感じです。 蛮ちゃんの喜びそうなチチの大きいお姉さんはまだ1人もいないので、心配しないでください。 あ、かおりちゃんは、コンビ二でママに買ってもらったんだって、小さな箱からアメを取り出して一個くれました。 あ、もらったりしたものもメモっておいた方がいいのかな。 アメ一個・・と。 ちなみにオレはビラ配りに忙しいので、いろいろ報告したいことはあるんだけど、全然手帳には書けてないのです。 後で思い出せるかなあ。 あ、そうそう。 さっき歩道橋のところでね。大きな荷物を持ったおばあさんが階段を上がるのによろよろしてたから、荷物持ってあげたんだ。 そしたら、お礼にって、お煎餅を一袋くれたよ。 一応、いいですよーって断ったんだけど、たくさん買ったからもらってもらってって言ってくれて。 今夜のビールのアテが出来たよ。 ゴマ煎餅、蛮ちゃん好きでしょ。 一緒に食べようね。 これも書いておかなくちゃ。ごませんべい・・と。 「ダッカンヤさーんv」 「はい? あ、りこちゃんのオトモダチ・・・だったよね、君ら」 「そうそう! みこにーまさみにーありほにーまゆみにー・・・」 蛮ちゃん・・。 オレには、全員同じ顔に見えるんですけども・・。目おかしいんでしょうか。 しかも、紹介されたって、名前覚えられないし。 あ、りこちゃんていうのは、ほら赤屍さんに懐いていた勇気ある女子高生で、なんだかいろいろ大変な目に遭わされたあの子だよ。 覚えてるかなあ。 え? 思い出したくもない? でも、けっこう可愛い子だったよね。 「ねえ、今日は1人なの?」 「うん。蛮ちゃん、仕事でちょっと遠くまで行ってて」 「じゃあ、ちょうどいいじゃないー。あたしたちと遊ぼうよーv」 「あたしたちも、ちょうどテスト中で早く学校終わってヒマしてんの」 「はい?」 蛮ちゃん。オレ、学校ってよくわかんないんだけど。 でもテスト中っていうことは、勉強してなくていいのでしょうか? 夏実ちゃんはいつも、テスト中は勉強しなくちゃ大変なんです!っていってバイトもお休みしてるよねえ? 何がどう大変なのか、よくわかってなかったけど。 「あ、でもオレ、仕事中だし」 「いいじゃない、そんなのー」 「でもちゃんと仕事やっとかないと、蛮ちゃんに怒られちゃうから」 蛮ちゃん、いいわけに使ってごめんなさい。 でも、そうでも言わないとさー。 で、まあ、かーなり押し問答した挙げ句、やっとあきらめて歩き出してくれたんで、ホッとしたんだけど。 なんか歩きながら、みんなでコソコソ何事か相談しててね。 ちょっと離れたとこまで行ったかと思ったら、全員一斉にくるっと振り返ったんだ。 「え?」 そしたらね、蛮ちゃん。 あの子たち、なんといきなりオレに向かって突進してきたんだよ! 「え? ええええええ〜〜〜!?」 ぺたぺた、なでなでなでなで。 「のわあああ」 ば、蛮ちゃん! オレ、逆セクハラされちゃいましたー!!! じょしこおせい、恐るべし!! 足さわられちゃったあ! それも膝とか腿とかなでなでってしたり、ハーフパンツの裾から中に手入れてくる子もいて! びびびびっくりです!! 「ひえええ」 「きゃははは。かわいーいv 真っ赤になっちゃってv」 「じゃあね、ダッカンヤさーん。今度は遊んでね!」 「あのこわーい顔のオニイサンがいない時にね!」 「あははは・・・・」 笑いながら去っていく彼女らは、マジ、こわかったです。 しかも、その後には、通りがかった女の子にいきなり携帯についてるカメラで写真撮られちゃったし! 可愛い女の子も、やっぱり怖いんだねー。 ある意味、菱木のオッチャンより強敵かもしんない。 そんなこんなで疲れたので、ちょっと、というかかなり遅いお昼ご飯にすることにしました。 蛮ちゃんがお昼代にって千円も置いていってくれたので、お弁当にしようかと思ったんだけど、1人でお弁当食べるのも淋しいので、おにぎりにしたよ。 それから、コーラと。 ”なんでおにぎりとコーラなんだよ、気持ち悪ぃだろーが!”とよく蛮ちゃんは言うけど、そっかなー。 にぎりめしといったら、茶だろうが、日本茶!って。 蛮ちゃんは、変なとこで頑固で古風です。 それから、菓子は一個だけなら買ってよし!と言ってくれてたので、小さいチョコレート買いました。 半分置いとくね。蛮ちゃんの分。 でも・・・。やっぱオレもいいや。 蛮ちゃん帰ってから食べることにする。 「ふあー」 とりあえず、公園のベンチで一息つくと、おにぎりをほおばりつつ空を見たらね。 あのね、蛮ちゃん。 赤トンボがいっぱい飛んでたよ。 もう秋なんだねー。 今年の夏はあんまり暑くなかったけど、それでもビラ配ってるとけっこうヘトヘトになったけど。 今日はお天気いいのに涼しいなあって思ってたら、そうか、いつのまにか秋になってたんだねー。 無限城にいる時は、この国に四季があるのさえ、あまり感じることはなかったから。 なんだかそういう風に風景が変わっていくのが、とても不思議なことみたいに思えてたよ、まだ最初の頃は。 蛮ちゃんといるようになって、やっと色々知ったけれど。 今頃、どこらあたりかなー? ちゃんと、お昼ご飯食べられたかな? おじいちゃんたち、車酔いしてない? 蛮ちゃん、スピード出しすぎるから。 事故とか気をつけてね、離れてるとなんか急に心配になっちゃうよー。 それにしても。 1人で食べるご飯はおいしくないです。 いつもなら、おにぎり一個でも美味しいーって思うのに! 今日は、なんだか味がよくわかんなくて。 コーラの炭酸も、なんだか喉を灼いてるだけってかんじです。 空も、秋だから高く見えるのはあたりまえなんだけど、今日はずっと、手が全然届かないってぐらい(あたりまえだけど)遠く遠くに感じます。 蛮ちゃんと見上げる空は、いつも、すぐそこってぐらい近くに思えたのに。 「銀ちゃーん」 「あ、おかえりー」 いつも公園で、よくサッカーしてる小学生の子たちです。 オレも仕事なくてヒマしてる時は、時々混ぜてもらいます。 ってことは、あれっ? もうそんな時間なのー。 オレ、結構な時間、1人でぼんやりしてたのかな。うわ、ヤバイ。 「あれ? 今日は蛮さんはー?」 「仕事でちょっとね。あ? 今日はサッカーしないの?」 「うーん。運動会の練習で、もおオレたちヘトヘトだから。塾もあるし、ちょっと遊んだらすぐ帰る」 「そっかあ」 蛮ちゃん、小学生っていうのもなんだか大変みたいです。 なんだかいつもオレたちより忙しそう。 運動会って、かけっことか玉入れとかするアレでしょ。 そんなにいっぱい練習ってあるのかなー。 さて、もうちょっと残ったビラを配り終えたらホンキートンクに帰ろう、と思っていたら、オレが坐っていたベンチの横に、いきなりスーツ姿のお兄さんが坐ってきて。 「ねえ、今、何時かな?」 言うなり、オレの手をぐいっと握って引き寄せてきました。 「あ、えーと、オレ時計って持ってないんですけど」 言いながらちらっとその人の腕を見たら、ちゃんと腕時計をしていたので、なんで自分の見ないんだろう? もしかして壊れちゃったのかな?と思った瞬間。 ひえええええ・・・・・!! ばばばば蛮ちゃん蛮ちゃん蛮ちゃあん!! あのねえ! そのお兄さんがね、オレの手を握ってる反対の方の手でオレの肩を抱き寄せてきたかと思ったら。 その手をススス・・と下に滑らせてきて、いきなりハーフパンツの上から、オレのオシリさわったんだよおおおお!!! さわったというか、もう軽く掴んだってカンジで! うえええ!! 蛮ちゃんからよくこういうセクハラ(セクハラっていうんでしょうか?)は受けますが、しかも肩抱きーvとかはしょっちゅうで、オレすっかり慣れちゃってるというか、むしろ蛮ちゃんにそうされるのは好きというか嬉しいというか、そんな感じなんだけど。 でも、オレは別に男の人が好きとはいうわけでは断じてないので! ぞぞぞぞわあああ・・・・と悪寒が背中を駆け上ってきて。 「うわああぁぁぁあぁあ・・・!!!」 ・・・・・・電撃しちゃった・・。 はぁはぁはぁ・・・・っ。 じょ、冗談じゃないよ、もう! 「き、気色悪い真似、すんじゃねえーーーっ!!!」 思わず、立ち上がって両肩をいからせて、蛮ちゃんの口真似しちゃった。 まあ、電撃といっても一般の方相手なので、もちろんちゃんと加減はしたよー。 でも一瞬気絶してたみたい。 まあ、痺れただけだから、大丈夫と思うけど。 はあ、びっくりした。もう・・。 泣いちゃうよ、オレ。 それにしても、蛮ちゃんといないと、どうもこの街は危険がいっぱいです。 そんなわけで。 もうとにかく、とっととビラ配りを終えてホンキートンクに帰りたい一心で、オレはかなり頑張りました。 結構受け取ってもらえたし。 なんだかいつもより、声もよくかけてもらった気がするよ。 でも・・・。 なんか、すごく疲れちゃった。 蛮ちゃんとしてる時は、そんな疲れたなんて思ったことないのになあ。 手荷物がなくなって、やっと身軽になってホンキートンクに戻ろうとしたオレの後ろで、いきなりワン!と声がしたので驚いて振り返ってみると、そこにはマドカちゃんの愛犬モーツァルトがいました。 「わあ、モーツァルト! 久しぶりー! オレのこと、覚えててくれたんだー。あ、あははっ、くすぐったいよ、こら」 屈んで頭を撫でてやったら、頬のあたりとか唇舐められちゃって、オレはご機嫌です。 動物、大好きだから。 それを微笑んで見ている(といっても彼女は目が見えないんだけど)マドカちゃんを見上げて、オレはにっこりしました。 相変わらず、可愛いです。彼女って。 いいなあ士度。 ね、蛮ちゃんもそう思うでしょ? 「銀次さん、お久しぶりです」 ぺこっと頭を下げられて、こちらも立ち上がってぺこっと頭を下げます。 「こっちこそ、マドカちゃん! いつも、士度がお世話になっちゃって」 お世話になっちゃって・・はおかしいかな。 オレ、別に士度の家族とかじゃないんだから。 でも無限城でずっと一緒に過ごしてたから、ちょっとそういうカンジもあるんだよね。 マドカちゃんは、そんなオレの言葉にやさしく微笑んでくれます。 「いえ、そんな。士度さんには、私の方こそ、本当によくしていただいて」 「あ? ところで、士度は? 一緒じゃないの?」 「ええ。士度さんはお仕事で出かけてるものですから。私、1人でいろいろ買い物に」 「え? そうなの」 見ると、彼女の片手にはいっぱい荷物の入った紙袋がひっかけられてます。 「ずいぶん買ったんだねー」 「士度さんのお洋服とかも欲しいなあって。お店の人に選んでいただいたのですけど。どういうのがいいのかよくわからなくて、ついいっぱい買ってしまって。・・・士度さんと一緒のお買い物の時に、士度さんのものを買うのはなんだか恥ずかしくて、お留守の間にと思ったんですけど・・」 「ふうん」 蛮ちゃん。士度はなんだかとっても幸せみたいです。 こんな可愛い人に、そんなに大事に想ってもらえるなんて、本当に幸せだよね。 なんだか羨ましいなー。 「あ、帰りは、どうすんの?」 「お邸から車が迎えにきてくれているはずなのですけど。駅の近くで待っていてもらうようにお願いしてるんです」 「そっか。じゃあ、オレ、そこまで荷物持ってってあげるよ!」 「わあ、いいんですかー。助かります、銀次さん」 「いーえ、どういたしまして。そんなのお安いご用だよ、マドカちゃん」 「本当にありがとうございました。銀次さん」 「そんなー。お礼を言ってもらうほどのことでもないよ」 そんなこんなで、無事マドカちゃんを車まで送って、じゃあと言おうとしたら、銀次さんも乗っていってくださいなと言われてしまいました。 「はい?」 「よろしかったら、お礼にお茶でも」 「え? でも」 「士度さんももう帰ると思いますし、銀次さんが一緒ならきっと喜びます」 「え、えーと。オレももちろん士度には会いたいんだけど、でも、マドカちゃん」 「さあ、どうぞ、乗ってくださいな!」 「へ? のわああ」 口ごもっていたら、ねっvとにっこりされて、そのまま車の中に引き込まれてしまいました! 彼女、なんだかかよわい女の子って、イメージがあったんですけど。 力はとっても強いです、蛮ちゃん! さすがに、あの士度を尻に敷いているという噂の女の子だけあります! 「ちょ、ちょっとマドカちゃん!」 返事にしどろもどろになっている間に、じゃあ出してくださいなvとマドカちゃんはにっこり運転手さんに話しかけ、オレはなんとそのまま拉致されてしまったのでした。 あーあ。 本当は、早くホンキートンクに帰って、蛮ちゃんの電話を待ちたかったんだけどな・・。 novel< 1 > 2 > 3 > 4 > 5 |