■ エスケイプ 5 ■



「ねえ、危ないって!」
「大丈夫だって」
「だって、ちょちょちょっと、スピード出しすぎじゃない? ねえねえ!」
隣の家から借りたスクーターの座席に無理やり二人で乗っかって、スクーターで行けばまあ近いともいえるコンビ二まで、花火や飲み物の調達に行く。
「俺、バイクの免許だけでも先に取るかな。そうしたら、おまえ乗せてどこにでも行けるし」なんて、ご機嫌で言っているヤマトはもちろん無免許だわ、ノーヘル(ちなみに借りたメットはタケルにかぶせている)だわ、しかも50なのに二人乗り・・と違反だらけだが、一応見かけがサマになっているためか、無事誰にも咎められずに買い物をすませ、またタケルを乗せて家へと戻る。ちょっと遠回りもしてみたりして、ヤマトは鼻歌交じりで楽しそうだ。
最初は本気でこわがっていたタケルも、なんだかすごい冒険をしているような気分になって、ヤマトの背中ではしゃいでいるのがなんとも可愛い。花火だけは自分で持ちたいとねだるとこなんか、まるで小さい子供にもどったようだ。
「おにいちゃん」
「ん?」
「・・・・あと5日だね・・」
「・・・・そうだな」
「楽しかったね」
「おいおい、まだ、あと5日もあるじゃねーか」
「だって、もう5日かしかないんだよ・・?」
「もう、じゃなくて、まだ5日だぜ? まだまだやりたいこと、いっぱいあるだろ?」
「・・・うん」
「あ、明日、ばあちゃんに頼まれて、石田の親戚んちまわるけど、おまえも来るか?」
「え・・・・。僕も?」
「嫌か?」
「う・・・ん・・・」
「無理にとはいわねえけど」
ヤマトの言葉に、ちょっと口篭り、少し考えてから答えようとしたところで祖母の家に到着した。
ヘルメットをとって、兄を見上げる。
「僕、川で遊んで待ってちゃ、だめかな?」
ちょっと遠慮がちに言うと、兄は笑って、タケルの頭を撫でて言った。
「ああ、いいぜ。けど、あんまり一人で遠くに行くなよな」
「おにいちゃんみたいに、ヤラシイ人が出たら困るもんね」と言い返すと、こいつ〜と、撫でていた頭を乱暴にがしがし掻き乱される。
「やめてよお」と笑いながら、タケルはちょっとほっとしていた。
明日、一緒に行かなくてすむということに。
兄のいう「石田の親戚」がどうも、自分には苦手だったから。
父と母が離婚してから、もう既に8年近くもたっている。
高石の姓になって長い自分にとって、父方の親戚というのは、ほぼ疎遠に等しくなっていた。
ほとんど他人といっても間違いではない自分を、祖母はそれでもヤマトと同じようにとても可愛がってくれているが、それをよくは思わない人たちも、やはりいるのだ。
どうせ、一緒にいけば、また母の悪口の一つも聞かされるだろうし。
それを嫌がっているのをよくわかっているヤマトは、タケルにそれ以上は言わず、飯食った後で花火しような?とやさしく言って、それからさっと辺りを窺うと、そっと小さなキスをタケルにくれた。


ぱしゃり・・と、大きめの岩にすわって、足で川の水を跳ね上げる。
今日も天気がいい。
暑いのは変わりないが、どこからともなく秋の気配が、もうすぐそこまで来ているようで、風がここ数日で変わった気がする。
夏の終わりは、いつもどこかしら物悲しい。
ここから立ち去らねばならないことが、何よりも一番つらいけれど、ここにいるのが楽しくてしょうがないのも、それもこれも、兄がいっしょだからだ。
ヤマトが帰ってしまうのに、一人でいてもやはり楽しくない。
今日だって、兄が親戚の家に祖母の使いで行ってしまって、一人になるなり、なんともつまらなくて。
こんなことなら、嫌味の1つや2つ、得意の外ヅラよしの笑顔で乗り切る覚悟で、一緒についていけばよかった。
一緒にいられる時間は、もう限られてきているのに。
夏休みの最後にライブをやる予定があるヤマトには、この日程ですら強行軍なのに、それをもう少し延ばしてくれとは言い難い。
それに自分だって、夏休みの最後の最後にあるバスケ部の合宿も、さすがにサボるわけにはいかないし。
(センパイの目が恐ろしいほどに、練習サボって、ここに来てるからなあ・・。きっと合宿ではイジメられるだろうな・・)
ふう・・と、我知らずと溜息が出る。
こういう時、一人でいるの何だかやだな・・と思いながら下流に向かって歩いて行くと、ひとりで釣りをしている大学生ぐらいの青年に出会った。
「やあ・・」
「あ、こんにちは」
気さくに挨拶されて、思わず慌ててぺこりと軽く頭を下げる。
「釣れます?」
「うーん。今いちかな?」
「あ、 もう少し上の方だったら、よく釣れるとこ知ってますよ」
「そう? じゃあ、そこに移動しようかな。ありがとう」
よっとバケツと釣り竿を抱えるのを見て、タケルがあれ?と思う。
そういえば、ここに来て標準語聞くことってあまりなかったなあと考えて、思い当たることがあってその青年の顔を見る。
むこうも何か思い出したのか、ああ!と言ってタケルを見た。
「キミ。石田のおばあちゃんとこのお孫さんでしょ」
「・・・あ。はい。じゃあ、もしかして、この前おはぎ持ってきてくれた・・・」
「あ、聞いた? 浅田っていうんだけど」
「大学生なんですよね?」
「そう。キミらも東京から?」
「ハイ」
元気良く答えて、なんとなはしに話しながらその青年についていく形になって、タケルが思い出さなくていいことまで思い出した。
確か、この人、この前、離れから入ってきたっけ。
てことは・・・・・。
見られたんだ・・・。
おにいちゃんの腕枕で無防備に昼寝してるとこ。
考えて、顔がかっと赤くなる。
小学生ならいざ知らず、中学生にもなって、ちょっとアレは、他人に見られちゃ恥かしいよなあ・・。
自分で思って、余計に赤くなる。
「どうしたの?」
「あ、いえ何でもないです」
慌てて答えて、それから釣りポイントを青年に教えると「じゃあ」と行こうとして、「急ぐの?」と呼びとめられた。
兄はまだ帰らないだろうし、祖母は今頃、隣のばあちゃんとお茶の時間だろう。
帰ってもつまらないかもしれないと、誘われるままに、釣りの間の話し相手をすることにした。


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