■ エスケイプ 2 ■


祖母の食事は、素朴で美味しい。
ヤマトは祖母を手伝って台所にたって、それから、いざ食事となって、タケルの食欲に驚かされる。
自分のマンションに来て食事をする時だって、こんなに食べることは滅多にない。
長旅をしてきて、それからすぐに祖母を手伝ってこまめに働いていたとはいえ、運動量では普段の部活とそう変わらないはずなのに、いつもは比較的小食だから。
これも、島根マジックかよ?と、ヤマトは首を傾げるけれど、当の本人は本当に美味しそうに夕食をたいらげながら、「ねえ、おばあちゃん、聞いてよ」と学校の話なんかを楽しそうにしている。
それをさも嬉しげに聞いている祖母は、目尻の皺がなお深くなるほどニコニコ顔で、それにうんうんと相槌をうっている。
「聞いて、聞いて」というとこなんか、本当に子供っぽくて、ヤマトは普段は一人で味気ない食事をしているタケルを想像して(むろん、自分もそうなのだが、自分はそれで気楽だと思っているから、それでいいのだ)、ちょっと胸が切なかった。


早くに床につく祖母を見習って、自分たちもテレビもそこそこに、さっさと離れに戻って布団にはいる。
2つ並べて敷かれた布団の回りには蚊帳がつるしてあって、ヤマトとタケルは布団の中にもぐりこむと、思わず顔を見合わせてにっこりとした。
兄弟ともに、この蚊帳が大好きなのだ。
縁側に面した戸は開け放ったまま寝るから(無用心といえばそうだが、まあ裏は山だし、来ても猪とかタヌキぐらいなものなので)蚊帳はもちろん必需品なのだが、この風情あるものに包み込まれるようにして眠るのが2人とも好きなのだ。
「ねえ、明日は、山に入って虫取りしよ?」
「ん・・? ああ、いいぜ」
「川にも行きたいな」
「はいはい、ところでおまえ、宿題は?」
「もうほとんど出来ちゃった。わかんないとこだけそのままにして持ってきたから、また教えて?」
わかんないとこなんてあんのかよー?とヤマトは、出来のいい弟をよく知っていて思うが、まあ勉強教えてなんて甘えてくれるのも今のうちかもと思い、快く承諾する。
本当は、わかんないとこなんて、そうそうないんだろうけれど。
「あ、花火買ってくるの忘れた」
「近くのコンビ二で買ってやるよ」
「・・近くにコンビ二なんて、あった?」
「あったぜ。歩いて30分くらいのとこに」
「・・それ近いって言わないんじゃ・・」
「隣んちでスクーター借りて行きゃあ、すぐだって」
「スクーターって、おにいちゃん、無免許でしょ」
「まあ、気にすんなって」
「気にするよ!」
じゃあ、あれも、それからこれもと次々に遊びの予定を考えて、「わかったから、もう寝ろよ」とヤマトに叱られ、タケルが「はあい」と微笑みながら夏布団を腹の上まで引き上げる。
充分に日干しされた布団は、おひさまの匂いがして、タケルがつい微笑む。
それから枕もとの蚊取りブタにパタモンを思いだし、またにっこりした。
虫の声がざわざわとし、あとは何も、車のクラクションなんて、もちろん聞こえない静かな夜。
開け放ったままの縁側から見える空には、降ってきそうなほどの星が見える。
寝たまま星が見られるなんて、なんて贅沢なんだろう・・。
「ね、おにいちゃん」
「・・・・・・」
「寝たの?」
小さく声をかけて、上体を起こす。
そんなに早々に寝ちゃうなんて、疲れてたのかな?と思いつつ、そろりと顔を覗き込む。
まだ、もっと話したかったのに。
それから、もっと話した後に・・・・。
だって、夏休みもここに来るためのスケジュールの調整で多忙で、恒例の8月1日に皆で会ったっきりだし、二人きりになるのなって、ゆうに1ケ月以上ぶりだ。
最初の夜だし、少しくらい期待は・・・・・。
そう思いつつ、昼間のことを思いだし、かっと一人で赤くなる。
<欲求不満なのかな・・・?僕・・・)
一人淋しく密かに落ち込んで、そろそろと自分の布団に戻りかけたところを、いきなり腕をとられて、ぎょっとなる。
「お、おにいちゃん・・!」
「何だよ、したいんじゃねえのかよ?」
「え・・っ」
「お前に、寝込み襲われんのかと楽しみに待ってたのに」
「な・・な・・・何言っ・・!」
返事も途中で引き寄せられて引き倒されて、あっと言う間に兄の身体の下じきになる。
「おにいちゃん!」
「したい?」
「・・離して・・!」
「素直じゃねえなあ」
「離してってば」
両腕をとられて布団の上に押しつけられて、じたばた暴れるタケルとなおも押さえ込みながら、からかいようにヤマトが笑う。
「つか、俺よりナスのがよかったか?」
言われて思い出して、またしてもかああぁぁっと耳たぶまで真っ赤になる。
もちろん、野菜をそんなふうにいただくのはお断りだが、そんな風に言われると、つい想像してしまうではないか。
「試してみるか?ん?」
真っ赤になった顔を隠す腕を強引に広げて、それから、ヤマトがはっとなる。
かみしめた唇と、その口元が悔しげに歪んでいる。
上気した目許にじんわりとにじむ涙に、掴んでいた腕をゆるめると、ふいと怒ったように顔を反らした。
「悪い・・」
からかいが過ぎたと反省し、ちょっと困った顔で髪を撫でると、ヤマトの身体の下で、タケルがちらっとその顔を見て、それから身を捻るようにして視線をそらす。
兄は知らないだろうが、これでも、ずっと会いたかったのをずっと我慢して、我慢して、この2週間たらずの里帰りを指折り数えて待っていたのに、初日からこんなってちょっとあんまりじゃないかと思ったら、またじんわりと涙が出てきた。
ヤマトにとっても会いたかったのは同じ事で、こちらもカレンダーと日々睨めっこをしてきたのに、いざ会った途端、ひさしぶりに見る弟が、もうまぶしくて。
照れ臭くて、つい余計な一言でも言ってからかいたくもなるのだが、それはデリケートは弟には、きっと理解しがたいことだろうし。
思いながら、そっと金の髪を撫でる。
まだ怒っている頬にそっと口づけて、ご機嫌窺いをしてみるが、タケルの視線は外に向かったままだ。
そういう顔も、すんげえ可愛いや・・とのんびり眺めて、それでも、この夏休みの島根行きが、いつまで続くかをふいに思うと、ヤマトはちょっと淋しくなった。
いつまで、一緒に来てくれるだろう。
自分も、いくつまで、こうして田舎に来れるだろうか。
祖母だって、いつまでも健康とは限らない。
「永遠の夏」ということはありえない。
いつか終わりが来るだろう。
そのうち、夏休みはずっと『カノジョ』と過ごすから・・と、言われる日もくるのだろう。
弟はその夏休みを最後に、『兄と深く過ごした夏』を、2度と思い出さないように記憶の中に封印するだろう。
そう思うと、今この一瞬さえ、惜しくなってくる。
黙ってしまった兄に、タケルが少し心配になったのか、ゆっくりと視線を戻し、ヤマトを見上げた。
それにやさしく微笑んで、「悪かったな」ともう一度言うと、タケルが小さく首を横に振る。
限りのある時間の中で、互いを想って切ないのはどちらも同じだ。
そう言っている瞳に笑いかけて、親指でくいと細い顎を捕らえて上げさせ、唇を重ねる。
小さくいくつか軽く口づけた後、それを深くしていきながら、寝巻きがわりの浴衣の裾をそっと開いて、まだ少年ぽい細い足を膝あたりから手のひらで味わうように撫で上げていく。
「や・・・・」
首筋を吸われながら、いきなり布の上から中心を兄の手のひらに包み込まれて、タケルが少しあらがうように手を伸ばす。
「ずっと、待ってたろ?」
「・・・・ン・・・・・・・・・・・あ・・っ」
「俺の手で、こうされるの」
「・・・や・・・っ」
思わず合わせようとする膝を開いて、下着の中に手を入れて、直にふれると全身がぴくん!と波打った。
俺も同じだよ、ずっとこうして、おまえにさわりたかった・・・と熱く耳元で囁かれて、その言葉に心臓をどきどきさせながら、タケルが本当に待ち焦がれた愛撫に、すぐにでも達したい自分を戒めるようにきつく首を横にふる。
力のこもったつま先が、白い敷布の上を苦しげにかき乱した。

「あ・・・・・あぁ・・・・・・や・・・!」
久し振りに兄に全身くまなく愛された体は、とろけて、もう形すらなくなってしまったかのようだ。
いつも、いつも、どこか自分に自信がなくて、生きることが、特に街中に身をおいているとつい希薄になってしまうタケルだけれど、こうして兄に身体中を、一つ残らず、(たとえば自分がどんなに汚いと思う場所でも)愛でてもらうと、少し何かしら、存在を許されているような、自分の存在が希薄なものではなくて確かなものになっていくような、そんな気がしてしまうのだ。
だから快楽だけでなく、兄に愛撫されることは、この上なく至福で、ひどく好きなことなのだ。
無論、そんなことを兄に伝えれば、大喜びして、さらにこれ以上過剰なことをされては恥かしくて死んでしまうから、それは内緒にしておくけれど。
「あ・・・・ああ・・・・・!」
何度も唇と指でイカされて、もう正体をなくした身体は、しばらくぶりだというのに、あっさりと兄を受けいれ、知り尽くしたポイントを確実に突き上げられて、全身を朱に染めて身もだえる。
表情が次第に恍惚としたものになっていき、ヤマトはそれを満足げに見下ろしながら、タケルの心地よい体内に愛情と欲望を吐き出した。





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