■ エスケイプ 1 ■ 「お弁当食べる?」 「あ、お茶あるよ。はい」 「お天気いいね」 「おばあちゃん、元気かな」 「兄さん、お手ふき」 「ゴハン粒、ついてる・・」 「ね・・ 何でずっと黙ってるの?」 「別に・・」 なんだかとろけるように幸せな笑顔で見つめられると、どうにもこうにも照れ臭くて。 ヤマトは赤めた頬を弟に気づかれないように、新幹線の窓の外、素早く後ろに流れている景色を見るともなく見つめた。 いつの頃からか、夏休みの恒例行事になってしまった、兄弟での島根へと里帰り(といっても、本当に里帰りをするべき父は、いつもほとんど仕事で欠席だけど・・・)は、今年は少しだけ予定も早めに、少しでも長く一緒にいたくて、互いのスケジュールをとことん修正して、とれるだけの日数をその旅行にあてた。 それでも2週間たらずだったけれど、中学生になって部活が忙しくなったタケルと、高校生になってもまだ続けているバンド活動がさらに多忙になったヤマトにしてみれば、充分頑張って勝ち取った日数だった。 そんなわけで、週末もおろか、会えない時は1ケ月近くだって会えないことがあったのだから、タケルの喜びはもっともなことで、そんなタケルに照れるヤマトもまたもっともであったろう。 久し振りに会って、そんなに嬉しそうにされて、しかも新婚さんよろしく世話をやかれてはなあ・・・。 あまりの可愛さに、弟の顔を正視できない自分ってどうなのか・・・と考えて、まあ、カッコはよくないが、それもまたいいかと思うことにした。 とにかく。 都会を離れて、忙しいスケジュールを忘れて、田舎の空気と自然と、ばあちゃんの手料理と、それからかわいい弟との時間をめいっぱい楽しもう。 そう思うヤマトだった。 「おばあちゃん! 見てみて。こんなにおっきいトマト!!」 大きな声で言って笑うタケルは、すこぶる健康的で、都会で見るのよりずっと、髪の金色すらきらきら輝いて見えた。 ヤマトが、その変貌に我知らずと肩をすくめる。 田舎が性に合っているのか、毎年そんなことを思っている気がする。 かたや、自分は、どうもそれすら照れがあって、昔に比べてなじむのに少し時間がかかるようになってしまったが。 のんびりやの祖母は、もちろん、そんなことは全然構わないし、気がねもないのが心地よい。 来るなり元気いっぱいに林の中や川を駆けまわる孫たちに、ずっと目を細めて微笑んでいる。 年をとって、畑も今はほとんど自分の食べる分くらいしか作らなくなってしまったが、それでもやめようと思わないのは、この健康な野菜を少しでもかわいい孫たちに食べさせてやりたいと思うのと、こうして夏休みに畑仕事を手伝うのを楽しみにしてくれているのがたまらなく嬉しいから。 もぎたてのトマトを、冷たい川の水で冷やして、ぱくっとかじると太陽の甘味とみずみずしさで、ほっぺたがおっこちそうだ。 タケルが口元を拭いながら、おいしい!という顔で笑みをうかべる。 祖母の家に到着するなり、一休みもしないで、麦わら帽子をかぶってビーチサンダルをかりて、田舎の子に変身したタケルは、なんだかすっかり別人のようで。 白い手足も金の髪も、青い瞳も、日本の田舎の風景には似つかないと、少しこぼしていたこともあったし、石田の家の孫だと知らない人から無遠慮に向けられる好奇の目に、辟易としていたこともあったけれど。 そういうコンプレックスのようなものをすべて、冷たい水といっしょに喉に流し込めてしまえるくらいには、タケルも強くなったかもしれない。 かくいう自分も、そんなことを感じながら、成長してきたかもしれないけど。 まぶしい弟の笑顔につられて、つい自分も微笑みながら、トマトを大事そうに籠にいれて抱えるタケルに、ほらと自分のとった茄子を見せる。 「え? これ、 茄子?」 「そ、他に何に見える?」 「何って。そりゃあ、なすだけどさー。でもすごい大きいねえ。普通にスーパーとかで売ってるのの、3倍くらいはあるんじゃない? 長さ」 「いいかもな、これ」 「いいって? 何が」 「夜に」 「よ・・・・・!」 耳元囁かれて、思わずカッと真っ赤になる。 その正直なタケルの反応に、ヤマトはくすくす笑いながら付けたした。 「ナスの味噌炒めとか、あ、お浸しにしてもウマイよな」 「・・・・・え?」 しばらく、ぼけっと何のことか考えて、自分がとんでもなく恥かしい勘違いをしてたと知って、タケルはさっきよりずっとカアアア・・・!と赤くなった。 ヤマトはそれが可愛くておかしくて、腹を抱えて笑いころげる。 「僕、先に帰るから!」 「オイ、待てよ」 「何、もう! 先帰るってば!」 「こら、ばあちゃんの野菜運びサボる気か」 「おにいちゃん・・・!」 まだ赤くなったまま、涙目で見上げる顔に、まだ笑っているヤマトが、それでも「悪い」と一応反省してポンと麦わら帽子の上から、その頭をたたいた。 おにいちゃん、て今呼んでくれたな・・と、小さく感動してみたりしつつ。 中学に入って以来、ずっと「にいさん」と呼ばれていて、それがヤマトには不服だったから。 だから、久し振りに呼ばれた「おにいちゃん」が嬉しくて、ヤマトが帽子を取ってがしがしと弟の髪を撫で回した。 やめてよおと言いながら、タケルが首をひっこめて泣き笑いする。 祖母は、じゃれあう兄弟に、「仲がようて、ええ子たちじゃあ」と破顔した。 novelニモドル < > 1 > 2 > |