<9−7、前後力コンプライアンスステアについて>

 <8−3、コンプライアンスステア及びステアリング剛性の概念とその影響>の項で横力に対するコンプライアンスステアの話をしました。これは旋回時に発生するタイヤ横力によって、サスペンションのブッシュなどがたわんでトー角変化を起こし、それがステア特性に影響するというものでした。制駆動時にはタイヤに前後力が発生しています。この前後力によってもトー角変化は発生し、それは制駆動時の旋回安定性に影響します。

 簡単なサスペンションの例で見てみましょう。例えば9.12のようなAアームとIアームの2本のリンクでトー角を形作るサスペンションがあったとします。制動時にはタイヤに後引きの前後力が発生し、それによってブッシュA、Bが各リンクを後に倒される方向に変形してリンクが後傾します。このサスペンションレイアウトの場合はトー角を形作る2本のリンクが等長でかつ平行にレイアウトされているので、前後力が入ってもトー角変化は起こりません。


しかし、例えば9.13のように後側のリンクが長かったり、また等長でもその初期の傾きが9.13のようになっている場合は後引きの前後力によってトーイン方向にトー変化することになります。


このような後引きトーインの前後力コンプライアンスステアのサスペンションが仮にリアに付いていたとしたら、トー変化のない場合と比べて旋回時の制動安定性はアンダー方向、すなわち安定方向となります。もちろん旋回内輪ではトーインということは旋回外側へトー変化することになり後内輪の場合アンダーとは逆方向ですが、より輪荷重の大きい外輪側の影響の方が大きいためトータルではアンダー方向となります。

 ところで前後力によるコンプライアンスステアには上記のような概念によるトー角変化以外に、前後力がキングピン回りのモーメントとなって、それによりトー角変化が発生するという要素があります。キングピンというのは<7−4、ニューマチックトレールとセルフアライニングトルクについて>の項で説明した転舵方向の回転軸のことで、操舵装置のある前輪だけでなく、概念としては後輪にも存在します。

 ここに上から見たとき9.14のようなリンク配置のサスペンションがあったとします。さらに後ろから見たとき、9.14のように前方のAアーム型リンクが上下2本重なっておりこの2本の間に転舵方向の回転軸が形成されている、つまりこの2本の間でキングピンを構成しているとします。後側のIアーム型リンクはキングピン回りのモーメントが入力されたときにそれを支える役割をしているわけです。


さてこのサスペンションに先程と同じように後引きの前後力がタイヤに入力されたらどうなるでしょうか。先程と同じようにトー角を形作る前後のリンク(前の上側のリンクはここでは非常に上方にあるものとして簡略のため無視して考える)は等長で平行なため、トー角変化は起こらないように思われます。しかし前から見たときに前後力の発生するタイヤ接地点と、回転軸を形作るキングピンの延長線が地面と交わる点とは合致しておらず距離があります。この距離のことをスクラブ半径といい、タイヤ接地点の方が外側にある場合がプラスのスクラブ半径、キングピンの延長線の方が外側にある場合がマイナスのスクラブ半径となります。前輪の場合は、タイヤを転舵するとタイヤ接地中心はこれを半径とする円にそって動くわけです。9.14の例ではプラスのスクラブ半径が付いているわけですから、後ろ引きのタイヤ前後力がキングピン回りにトー角を外に開こうとするモーメントとなり、それを支える後ろのリンクのブッシュBが圧縮力を受けて縮んで、トーアウト方向のトー角変化を起こすことになるわけです。これが旋回時の前輪の場合は制動に伴う旋回安定性はトーアウトでアンダー方向ですが、直進での制動時などに例えば左右輪の路面μが異なるような状況での制動安定性を考えるとあまり大きなトー変化は好ましくないので、スクラブ半径をゼロにすることでこのモーメント分のトー角変化をなくそうという発想があります。今ではゼロ近傍に設定するのが当たり前になりましたが、一昔前にゼロスクラブという言葉が流行ったのをご記憶の方もいらっしゃると思います。ちなみにリアサスペンションではスクラブ半径を若干マイナス側に設定すればその分制動時トーインとすることができます


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