<9−4、理論制動力配分について>
最近はABS付きが常識となったとはいえ、<9−3、旋回時制動安定性について>の項のようにタイヤの能力を使いきって横力の低下を招く状況は大きな問題を引き起こしかねません。しかしブレーキを思い切りかければいずれ制動力でタイヤの能力を使いきる状況は避けられないので、市販車では、どのような路面でもどのような制動Gでも少なくとも後輪が先にロックすることの無いように基本のブレーキシステムをチューニングするのが一般的です。前輪がロックする場合も、操舵が効かなくなったり旋回半径を維持できなくなるなど、勿論問題が多いのですが、少なくとも後輪が先にロックしてスピン挙動が出るよりはましとの考え方です。
では、どのようにしてそれを実現しているか見てみましょう。ドライバーがブレーキを踏んだとき、前後のブレーキシステムに油圧が発生し、この油圧でブレーキパッドがロータに押しつけられて前後輪それぞれに制動トルク(制動力)がかかるわけですが、この前後の制動力をうまく設定するのです。後輪が先にロックすることがないようにするためには前後制動力配分を前後重量配分より少しフロント寄りに設定すれば解決するかといえばそうではありません。何故なら制動に伴って前後荷重移動が発生するからです(<9−1、タックインについて>の項参照)。
図9.9の黒い太線の折れ線は制動によって後輪が先にロックすることの無いように設定した前後ブレーキ力の例です。ちなみに車両諸元は、車重W=1500kg、重量配分=60:40、重心高H=0.6m、ホイールベースL=2.8m、で計算しています。
このグラフの引き方を説明しておきましょう。まず、様々な路面μのときの前輪及び後輪のロック制動力、つまり限界線を求めます。
各路面μのときの前輪のロック制動力BfLは、<9−1、タックインについて>の前後荷重移動の式(9−1)から
BfL=μ・{Wf/2+(W/2)・α・H/L} …(9−6)
後輪のロック制動力BrLは、
BrL=μ・{Wr/2−(W/2)・α・H/L} …(9−7)
つまり、初期の輪荷重に制動による前後の荷重移動を加減したものです。
ここでαは制動G、またαは前後輪の制動力の和を車重で割ったものだからフロントロックのとき、
(W/2)・α=BfL+Br (Brはロックではない) …(9−8)
これを式(9−6)に代入すると
BfL=μ・{Wf/2+(BfL+Br)・H/L}
BfL=μ・Wf/2+μ・Br・H/L+μ・BfL・H/L
{1−μ・H/L}BfL=μ・Wf/2+μ・H/L
これをBfLで整理すると
BfL={μ・Wf/2+μ・Br・H/L}/(1−μ・H/L)
…(9−9)
フロント制動力をX軸とし、リアをY軸として、式(9−9)を路面μ毎に引いたものがフロントのロック限界線(図9.9中、縦の破線)となります。
尚、X軸との交点は、式(9−9)のBr=0のとき、すなわちフロントだけに制動力が発生しているときのフロントロック限界制動力で
BfL=(μ・Wf/2)/(1−μ・H/L) …(9−10)
となります。
線が左下がりなのは下に行くほどリアの制動力分担が減るため、全体の制動Gが下がり、前後荷重移動が減るために、その分前輪ロック限界が下がることを意味します。
逆にリア側は式(9−7)と
(W/2)・α=Bf+BrL (Bfはロックではない) …(9−11)
から
BrL=μ・{Wr/2−(Bf+BrL)・H/L}
BrL=μ・Wr/2−μ・Bf・H/L−μ・BrL・H/L
BrLについて整理すると
BrL=(μ・Wr/2−μ・Bf・H/L)/(1+μ・H/L)
…(9−12)
これを路面μ毎に引いたものがリアのロック限界線(図9.9中、横の破線)となります。
尚、Y軸との交点は、式(9−12)のBf=0のとき
BrL=(μ・Wr/2)/(1+μ・H/L) …(9−13)
となります。
そして各々の交点が各路面μのとき前輪と後輪が同時にロックするポイントであり、この交点を結んだ線(図9.9中、青線)が理論制動力配分線です。ちなみに、それぞれの交点は、式(9−9)、式(9−12)中のBr=BrL、Bf=BfLとしてこの2式から、BfL、BrLを解いて、
BfL=(μ・Wf/2)+μ2・H・(Wf+Wr)/(2・L)
…(9−14)
BrL=(μ・Wr/2)−μ2・H・(Wf+Wr)/(2・L)
…(9−15)
となります。
理論制動力配分線の意味は、前後荷重移動を考えたときの、例えばタイヤ〜路面間μが0.2のとき、0.4のとき、0.6…のときの前後輪の摩擦円の大きさを同時に使い切る理想的な制動力配分を表しています。そしてあらゆる条件でフロントを先にロックさせるためには、図9.9で青線の内側にブレーキ力を設定すればよいことになります。なぜ0.2Gや0.4Gなどの低い制動Gにおいてもそうしなければならないかというと、ウェット路面や雪道やアイスバーンなど路面μの低い場合を考えてのことです。ここで図9.9中、直線Aのように直線的に設定するとリアのロック限界を突き抜けてしまいますし、図9.9中、直線Bのように設定するとフロント先ロックという目的は達成されますが、特に中間的な路面μ(もしくは高μ路面での中間的な制動G)でリアの制動力を大きく無駄にしてしまうので、効きが悪い印象を与えてしまいます。そのために多くの場合、具体的には後輪のブレーキ油圧を発生させる回路にバルブを一つ入れて後輪のブレーキ油圧を途中で一段折って、折れ線(図9.9中、黒い太線)のような特性にしています。但し最近はこれらも電子制御化されたものが現れ、どのような場合にもロックさせないような制御を搭載した車両が増え始めているようです。