<9−1、タックインについて>

 旋回中にアクセルを戻すと車がインに切れ込んでくれることがあるということは経験的にご存じと思います。この現象をタックインといいます。タックインはFF車で顕著ですが、べつにFF車に限定したことではなくFR車でも起こります。この現象は「アクセルを戻すことにより車速が落ちて、車両がアンダーステアであるためにそのステア特性にしたがって一定舵角で旋回半径が小さくなった。」ということではありません。もちろんアクセルを戻して長時間待てばこのようなことも起きるわけですが、その前にアクセルを戻した直後にまだ車速が落ちるいとまもなく車両がイン側へ切れ込む現象がタックインです。なぜこのようなことが起きるのでしょうか。要因は複数ありますが、大きなものとして前後の荷重移動に伴う前後輪のタイヤコーナリングパワーの変化があります。

 いま仮にある半径のコーナーを一定速で旋回しているとします。一定速なので前後加速度は=0です。ここでアクセルを戻したとすると車両には減速方向に加速度が発生します。なぜ減速するかというと、一つには特にマニュアルトランスミッション車の場合などはアクセルオフによりそのギヤでのエンジンブレーキがかかるためですが、それ以外にも減速する要因があります。もともと直進時にもタイヤの転がり抵抗などの走行抵抗がありますが、旋回中にはそれ以外に<1−1、タイヤの役割とは>のところでちらっと触れたコーナリング抵抗が働いているからです。スリップ角の付いたタイヤは横力を発生し、その車両横方向成分をコーナリングフォースといい、逆に車両前後方向成分をコーナリング抵抗ということは説明しました。したがって特に前輪のスリップ角の大きな場合には「横力×sinスリップ角」のコーナリング抵抗が大きく働いていることになります。逆に言えば一定速旋回中はアクセルを開けて、これらの抵抗に見合う分の駆動力を与えて一定速走行しているわけです。したがってアクセルオフによりこの駆動力が抜けて、コーナリング抵抗分減速することになるわけです。

 さて減速加速度が発生すると何が起きるでしょうか。旋回加速度が発生することにより左右荷重移動が発生したように、減速加速度が発生すると後から前に前後荷重移動が起こります(図9.1参照)


その量は、

 車両重量×減速G×重心高

=前輪荷重増加量×(前軸〜重心間距離)+後輪荷重減少量×(後軸〜重心間距離)

ここで前輪荷重増加量と後輪荷重減少量は同一なので

 車両重量×減速G×重心高=前後荷重移動量×ホイールベース  …(9−1)

となる量です。これに伴い前左右輪の輪荷重が「前後荷重移動量/2」ずつ増えることにより前輪のコーナリングパワーが増加します。逆に後左右輪は輪荷重が「前後荷重移動量/2」ずつ減ってコーナリングパワーがその分減少します。一方車両の(前後方向の)重心位置は質量の重心なので当然変化しません。

つまり減速前の状態に比べて減速中の車両は他の諸元は同じで前輪で受け持つ質量(重量ではない)も変わらないにもかかわらず、輪荷重が変化することでタイヤだけあたかも前輪はコーナリングパワーの大きいものに、後輪は小さいものに履き替えたのと同じ事になり、ステア特性がアンダーが弱くなる方向に変化します。「重量配分自体を前に寄せると、旋回で前輪が受け持たなければならない質量自体が増えるのに対して前輪荷重アップによる前輪のコーナリングパワーは、コーナリングパワーの荷重に対する非線形性がある場合、前輪荷重のアップ代ほどには増えないので、ステア特性はアンダー側になる」こととは状況が違うのです。そうすると減速直後でまだ車速が変わらないとしても、9.2の、上のアンダーステアの相対的に強い線から、下の弱い線に乗り換えるイメージで、その同じ車速、同じ舵角での旋回半径は小さくなるわけです。

テキスト ボックス: 旋回半径

タックインの要因としてはこの他にも前後荷重移動時のサスペンションストロークに伴うトー角変化や前後力のコンプライアンスステアに伴うトー角変化、そして特にFF車の場合は前輪の制・駆動力変化に伴うコーナリングフォースの変化(コーナリング抵抗等に見合う駆動力を発生していた状態から駆動力が抜けたことなどによるコーナリングフォースの変化)などがあります。次章にタイヤの制・駆動力の簡単な発生メカニズムとそれによる横力への影響について説明したいと思います。


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