<9−3、旋回時制動安定性について>
ここで、旋回中にブレーキングすると何が起きるのか、もう少し詳しく見てみましょう。いま車両が旋回状態にあり、このとき制・駆動力は発生していないとします。つまり各タイヤにはスリップ角が発生して旋回に必要な横力を発生している状態です。ここでブレーキングしたとするとどうなるか、タイヤのトレッドゴムに着目してみてみましょう。
仮にブレーキング前の状態でスリップ角が比較的小さく、トレッドゴムの最大変位が摩擦限界に対して少し余裕のある状態だったとします。ここでブレーキングすると車輪が減速しスリップ比が生じます。するとトレッドゴムは前後方向にも引きずられて変位します。この変位は接地後端ほど大きくなります。接地後端付近では既にスリップ角によって横方向にかなり変位しているので、前後方向の変位が加わると摩擦限界を超えてしまいます。摩擦限界を超えると路面と粘着できなくなり滑り域となってしまいます。この領域はスリップ比が大きくなるとどんどん接地前端へ広がってきます(図9.7中の円内)。したがって横方向の最大変位が低くなり、横力が下がります(図9.7中、下側の斜線三角形。菱形マークの部分の面積が減るイメージ)。すると先程の旋回状態は維持できないことになるわけです。ちなみにこのときの制動力も、見方を変えればスリップ角が付いていることにより粘着域が減り、直進で同じスリップ比のときより小さい値となります(図9.7中、上側の斜線三角形)。
極端な例で旋回中に後輪をロックさせたとします。すると後輪ではスリップ比が1.0となり、接地前端から後端までトレッドゴムが滑っている、つまりすでに摩擦限界を超えている状態となります。この状態ではタイヤはすでに方向性を持たない単なる消しゴム状態であり、スリップ角が付いていてもタイヤの進行方向に動摩擦係数の滑り摩擦力を発生している状態になります。このとき横力は、この滑り摩擦力にsinスリップ角をかけた値になりますが、実はコーナリングフォースは<1−1、タイヤの役割とは>の項で定義の説明をしたように、タイヤの進行方向に直角な方向の成分なので、今は進行方向にしか力を発生していないのでゼロになります(図9.8参照)。
したがって後輪のコーナリングフォースがゼロとなり車両は後側の糸の張力を失いスピンしながら旋回外側へ振り出されることとなります。ちなみにタイヤがロックしかつスリップ角が付いた状態のタイヤ制動力は、先程の滑り摩擦力にcosスリップ角をかけた値であり(図9.8参照)、cosをかける前の滑り摩擦力はスリップ角=0のときのs=1.0の制動力と基本的に同じです。