<9−5、旋回時内輪のロック限界と旋回時制動安定性>
ところで、ここまでやってもまだ後輪が先にロックする状況を完全に消すことはできません。それは旋回中の車両の場合で、旋回中は左右にも荷重移動しているからです。特にフロントヘビーの車両はもともと後輪荷重が少ない上に旋回による左右荷重移動で内輪側の荷重が減ると後内輪荷重がかなり下がってしまうからです。旋回中の制動安定性という意味では本来この左右荷重移動まで含めて先程の前後ブレーキ力を設定すべきですが、もともとフロントヘビーの車両でそこまでやってしまうとほとんど後輪の制動力が出せないということになってしまいます。これでは極論するとフロントのブレーキだけで止めるようなもので、ブレーキ性能に問題のある本末転倒な車両になってしまうため、多くの場合そこまではされていません。言い換えれば旋回中に制動すれば後内輪が前内輪より先にロックする状況があり得るということです。
さてここで先程の図9.9に、例えばドライ路面で旋回中の内輪側荷重をベースに前後それぞれの内輪のロック限界線を引いたらどうなるか見てみましょう。図9.10を参照してください。ドライ路面のμをμ=1.0とし、0.5G旋回中の車両の内輪側の前後輪摩擦円の大きさを「前後輪内輪荷重×μ」として、フロント、リアそれぞれの内輪ロック限界を引いたのが図9.10中の赤線です。ちなみに車両諸元はロールセンター高(前後とも)=0.1m、トレッド=1.4m、ロール剛性配分=50:50、とし、その他の諸元は先程と同じで計算しました。
つまり先程のやり方で決定した前後制動力特性(図9.10中、黒い太線)を持つ車両がドライ路面で0.5G旋回しているときにブレーキングすると、左右荷重移動により輪荷重が減っている内輪側のタイヤにも同じ制動力が入り、その際前後どちらが先にロック限界を迎えるかをみたものです。
これをみて注意すべきは、図の例だと0.3〜0.4Gあたりの中間的な制動において「旋回時内輪リアロック限界線」を突き抜け(図9.10中、円内)、後内輪が先にロックし始めるということになります。これにより旋回中に軽くブレーキングするという、よくありがちなシチュエーションにおいて後内輪のコーナリングフォースがゼロとなり、重心点回りのモーメントの釣り合いが崩れ、特に高速旋回中は場合によっては後輪がグリップを失ってスピンするという危険が潜んでいるわけです。
実はこの中間的な制動G近辺が最もスピン挙動が出やすかったりします。それ以上ブレーキを強く踏むと、一つには前内輪も次第にロック傾向となり前内輪のコーナリングフォースも減り、横力による重心点回りのモーメントのアンバランスが是正されることになるのに加えて、前後輪の内輪制動力がロックによって頭打ちとなり、まだ余裕があって増え続ける外輪側の制動力とのアンバランスが増えることにより、前後力の左右差という重心点回りのモーメントがスピンを止める方向に働いてくる(図9.11参照)ことから、むしろスピン挙動が抑えられる傾向にあるためです。但し、今度は旋回G(旋回半径)を維持できずに外に飛び出す危険性が出てきます。
もっとも最近の車はABSの制御がより高度になっただけでなく、ヨーコントロールなどのハイテクが一般化しつつあるので、簡単のこのような状況には陥らない車が増えてはいますが。