<4−1、ロール剛性前後配分によるステア特性のコントロール>

まず最初にロールとは何かを簡単に説明しましょう。皆さんは車が旋回するときにロールすることは経験的にご存じだと思いますが、ロールとは車両前後方向軸回りの回転、簡単にいえば横に傾くことです。何故横に傾くかといえば、旋回に伴い車両の重心点に遠心力がかかるわけですが、重心点が通常地上からある高さを持っている(この高さのことを重心高という)ために、車を横倒しにする方向(=ロール方向)にモーメントが発生するためです。このとき車のサスペンションやタイヤがガチガチの、要するに剛性無限大であれば、車は左右の荷重移動はしますがロールはしないわけですが、実際にはそんなことはなく、サスペンションはなにがしかの硬さ(剛性)というか柔らかさを持っているので外輪側が沈み、逆に内輪側は浮き上がって車体がロールするわけです(図4.1参照)。このとき実際には外側の沈み量と内側の浮き上がり量はサスペンションのジオメトリ(サスペンションの構成要素の配置や構造)等の影響で必ずしも一致しない(<5、ジャッキアップ特性>で後述)のですが、ここではそのようなややこしいことはひとまず置いて単純に考えましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


次にロール剛性及びロール剛性前後配分とは何かを説明します。ロール剛性とは読んで字のごとく「車体をロールさせる方向の剛性」=「ロール回転方向のバネ定数」のことで、車体を単位角度ロールさせるのに必要なモーメントのことです。車体をロールさせるには外輪側を沈めて、内輪側を浮き上がらせなければなりませんがこのとき必要なモーメントのことです。4.2を参照して下さい。いま仮に前後のトレッド(タイヤの左右間距離)が1500mm、四輪のバネ定数がホイール端換算で2.0kgf/mmだったとします(ホイール端換算のバネ定数については<4−1−1、ホイール端バネ定数について>を参照方)。つまりホイール端を1mm縮めるのに2.0kgfの力が必要なバネが4輪にそれぞれ付いているわけです。ここでスタビライザーだとかややこしい要素は付いていないものとして単純に考えると、車体を1°ロールさせるには1500mm/2×sin1°=13.1mmずつ外輪がたわみ内輪が伸びなければなりません。このとき各ホイール端バネ定数が2kgf/mmなので外輪を縮めるのには、前後輪共に2.0×13.1=26.2kgfずつ必要で、内輪を伸ばすにも同じく26.2ずつ必要です。従って1°ロールさせるために必要なロールモーメントは前輪で26.2kgf×2(内外)×0.75m(トレッドの半分)≒39kgf・m、後輪のロールモーメントも同じく39kgf・mで、前後輪トータルでは39×2≒78kgf・mとなります。つまり、ロール剛性は前後それぞれ39kgf・m/deg(ラジアン換算するとこれに180/πをかけて≒2250kgf・m/rad)、車両全体では78kgf・m/deg(≒4500kgf・m/rad)となり、ロール剛性前後配分は前後同じなので50:50となります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


いま仮に先程例に挙げた車両がある旋回状態だったとして、そのときに発生しているロール方向のモーメントをキャンセルするために前後トータルで200kgf左右に荷重移動する必要があったと仮定します。もっと簡単にいうと外輪側が200kgf分重くなったと同じだけ沈んで、逆に内輪側が200kgf分軽くなったと同じだけ浮き上がった状態を考えてください。ここでサスペンションのホイール端バネ定数(以後単にバネ定数と記述する)が4輪共に2kgf/mmだったとします。要するにロール剛性前後配分は50:50です。ここでもスタビライザーだとかサスペンションジオメトリだとかその他のややこしい要素は全て無視して単純に考えると、前後輪トータルで外輪側は2kgf/mmのバネ2つですから4kgf/mmのバネがあるわけです。内輪側も同じです。ここでは200kgf左右に荷重移動するわけですから、外輪側が200kgf/(4(kgf/mm))=50mm沈み、内輪側も同じく50mm浮き上がるわけです。この左右で100mm分、車体はロールしているわけです。ところで車体(バネから上の部分)を剛体(堅くて歪まない一体のもの、すなわち一つの箱のようなもの)と考えると、当然車体前部のロール角と後部のロール角は等しくなります。従ってこの場合前外輪も50mm、後外輪も50mm沈み、前内輪も50mm、後内輪も50mm浮き上がるわけです。このとき左右荷重移動量(各輪の輪荷重変化)はどうなっているでしょうか。4輪ともバネ定数は全て2kgf/mmで各輪の変位量(沈み量もしくは浮き上がり量)も全て50mmなので、前外輪:+100kgf(2×50)、前内輪:−100kgf、後外輪:+100kgf、後内輪:−100kgfとなり、前輪の左右荷重移動量も、後輪の左右荷重移動量も、同じく100kgfとなるわけです。

ところがここで、もし前輪のバネ定数が3.2kgf/mm、後輪が0.8kgf/mmだったとしたら前記はいったいどうなるでしょうか。要するにロール剛性前後配分は80:20です。前後輪トータルで外輪側は3.2kgf/mmのバネと0.8kgf/mmのバネですからトータル4kgf/mmのバネがあるわけです。内輪側も同じです。トータルはたまたま同じなので左右に200kgf荷重移動するために、先程と同じく外輪側が200kgf/(4(kgf/mm))=50mm沈み、内輪側も同じく50mm浮き上がるわけです。前後輪共にです(忘れないでください。車体は剛体なのです。1つの物体である車体の前部のロール角と後部のロール角が異なるなんてことはあり得ないのです)。ここまでは先程の例と同じでした。異なるのはここからです。4輪の輪荷重変化を考えてみましょう。前外輪はバネ定数3.2kgf/mmなので荷重変化量は+160kgf(3.2×50)となります。同様に前内輪は−160kgfですが、後外輪はバネ定数が0.8kgf/mmなので、+40kgf(0.8×50)、後内輪は−40kgfとなります。すなわち全体で200kgfの左右荷重移動のうち160kgfは前輪が受け持ち、残りの40kgfだけを後輪が受け持っている状態です(図4.3参照)。この場合4輪の輪荷重はそれぞれ、前外輪:250+160=410kgf、前内輪:250−160=90kgf、後外輪:250+40=290kgf、後内輪:250−40=210kgfとなり、前後輪どちらも左右輪トータルでは各々500kgfですが前輪の方が大きく左右荷重移動している状況が作り出されています。すなわちロール剛性の前後配分により車体のロールに伴う左右荷重移動の前後配分を変えることができるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ここで先程のタイヤの輪荷重に対する非線形性を思い出してください。スリップ角1°あたりのコーナリングフォースは、輪荷重410kgfものと90kgfのものを足したより、290kgfのものと210kgfのものを足したものの方が大きいのです。従ってこの車はアンダーステア特性を有することになり、その度合いは前後のロール剛性配分が前よりなほど強くなることが分かります。以上はタイヤコーナリングパワーの荷重に対する非線形性を利用したサスペンション特性による車両ステア特性のコントロール手法の簡単な説明です。

 

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